川崎老人ホーム連続殺人事件の記事を読んで、リンク先から辿り着いたこちらの記事
ルポ・「地獄」の介護現場
~虐待・セクハラ・逆ギレ……職員の「質の劣化」が止まらない
絶望的な負のスパイラル
現代ビジネス
この記事によると、介護現場での慢性的な人材不足によって、働く人材の劣化が進んでいるらしい。
政府の度重なる方針転換に経営側もどんどん苦しくなり、働いてくれる人達の境遇改善に手が回らない。
面接に来る人材も問題のある人物ばかり。
その中から多少マトモそうな人を採用しても、やはり、働き始めると様々な問題を引き起こす。
が、人員不足を考慮し辞めさせられない。その当事者も辞めさせられないのに味をしめてどんどん助長していく。
そんな現場に嫌気がさし辞めていくのは他業種に転職できる能力のある優秀な人材ばかり。
結果、現場には問題のある人物だけが残っていくという負のスパイラルの歯止めが効かない。
こないだ紹介した「いつ恋」の中でも介護現場の環境の劣悪さ、言う事を聞かない後輩達というシーンを通じて人材劣化を描いていたが、あれは今の「介護」の偽らざる現状なのだろう。
育児、看護、介護
他の人間の面倒をみるってのは想像以上に大変な事だ。
ご飯を食べさせたり、痛む所をさすってあげたり、糞尿の始末もしなければならない。
でも、育児や看護は、一部例外もあるが、成長や快方に向かっていくものだ。
一週間後、一か月後には自力で出来るようになってくれているかもしれないという「希望」がある。
介護は逆だ。
今日出来ていた事がどんどん出来なくなっていく。
そこには「不安」や「閉塞感」、「絶望」がつきまとう。
育児ノイローゼなんて言われる言葉があるように、自分の子供の育児にだって神経をすり減らしてしまう母親がいるのに、
奇声をあげる人、文句をいい続ける人、ちょっと目を放すとどこかにフラフラ行ってしまう人、中にはすぐ暴力的になって職員数人がかりで押さえつけなければならない人、そんな人達を一人で何十人と看ていかなければならない。
そんな他人の、それも悪くなっていく一方の老人を介護し続けていくのは精神を大きくすり減らす作業なのだろうなと安易に想像出来る。
もちろん、だからといって虐待止むなしって事ではない。
ましてや殺人などとんでもない。
日本政府は来るべき高齢化社会に介護の手を外国人労働者の育成という形で模索している。
そもそも介護にはコミュニケーションが必要なのだから日本語が解らなければ文字通り話にならない。
外国人を大勢連れてきては衣食住を与え、日本語教育と介護教育を施すなんて本末転倒のパフォーマンスを日本政府は繰り広げる。
日本人にだって老人の介護をしてあげたい、人の役に立つ仕事をしたいという立派な志を持つ若者も沢山いる。
でも、
酷務、イジメ、セクハラ、薄給、
今の状態では3年で半数、5年でほぼ100%辞めていくという。
そもそも「介護」には生産性が無いのだから、利益を生み出せる性質のものではない。
政府の助けが必要な業種だと思う。
税金をドブに捨てるようなパフォーマンスを国民に見せる余裕があるのなら、今の介護士達の待遇改善に税金を使ってほしい。
介護士の待遇が改善されればその仕事に就きたいという若者も現れるだろう。
なりたい若者が増えれば経営者も採用する人を選べる。
虐待や暴行、殺人事件を繰り返さないように社会全体で捉えなければいけない。
そうやって人は支え合うべきなんだと私は思う。