「憲法(明治憲法)第11条(統帥権)の存在それ自体が、破滅と戦争への道を必然化したわけではない。問題は制度運用者の政治的意思の在り方にかかっていたのであり、文官が好戦的で軍部が慎重な場合には、統帥機関による平和の克服ですらありえたのである」とあり、私自身の読後感でもあります。
歴史の「もし」はないといいますが、その時々の政治判断において、制度そのものより、政治的判断にかかわる行動が大きく、その運命を感じてしまいます。
今の政治制度である民主主義がどこまで機能するかは、民主主義である以上、国民の判断にゆだねるということです。しかしその欠点も十分承知しながら日本の行く末を考えていかなければなりません。
コロナ禍という経験したことがない状況下において、冷静な判断を求めていかないと、歴史の「もし」という事態になってはならないでしょう。
歴史の「もし」はないといいますが、その時々の政治判断において、制度そのものより、政治的判断にかかわる行動が大きく、その運命を感じてしまいます。
今の政治制度である民主主義がどこまで機能するかは、民主主義である以上、国民の判断にゆだねるということです。しかしその欠点も十分承知しながら日本の行く末を考えていかなければなりません。
コロナ禍という経験したことがない状況下において、冷静な判断を求めていかないと、歴史の「もし」という事態になってはならないでしょう。