これは由紀子が一年生になったのをきっかけに
お世話になった方たちに郵送していた新聞です。
それを日記風にアップしました。
もともとの新聞としてPDFで見ることもできます。
2001年12月24日発行
ゆきちゃん通信No15
寒くなったなあ…と思ったら雪がチラチラとふっていました。
もうクリスマスですね。
去年まで無関心だった由紀子が
クリスマスがどうゆう物かにやっと気がついてきました。
『クリスマス…ケーキ…サンタさん…プレゼント!』
『サンタさん来るかなあ?』
今年は楽しいクリスマスになりそうです。
O上先生と本当の再会
覚えていらっしゃるでしょうか?
ゆきちやん通信 No4で
「O上先生との再会」と題して書いた
再会の時に大パニックを起こして
先生に申し訳ないことになってしまった‥・
と、いうお話。
いつかまた先生と由紀子が会える日が来ることを
心から願っていました。
そして先日、思いがけずO上先生から福江に来られると、
うれしい連絡を頂きました。
この2年の間にひでき先生やネーネーとの再会を
クリアしてきた由紀子です。
もしかしたら今度はうまくいくかもしれない‥・
そう思いました。
約束の朝、
由紀子にO上先生と会う事を告げると
意外とあっさり『うん!』と答えてくれました。
この由紀子の変化にあらためて驚きながら
家を出発したのですが、約束の場所に着いて、
いざ車を降りようとしたその時です。
由紀子が急に
『O上先生はいないよ!先生はいない!』
と大きな声で叫んだのです。
そしてシートにしがみついて降りたくないと無言の抵抗です!
でも、それは長い時間ではありませんでした。
『先生は待っているよ!だいじょうぶ!がんばれ!』
という私の言葉に何かしら吹っ切ったように
車から降りてきました。
そして、不安そうに私の後ろを歩きながら
ずっと保育園時代のお友達の名前をとつぶやき続けました。
私も忘れてしまっていた名前が次々と出てきます。
きっと由紀子の頭の中で封印されていた
保育園時代の思い出が溢れ出していたのかもしれません。
そして先生の姿が見えたその時、
由紀子は『O上先生』と一言小さな声でつぶやいていました。
でも、もう泣いたり逃げ出したりはしませんでした。
しばらくは視線を合わせることはできませんでしたが、
先生の側で少してれながらうれしそうな由紀子の姿に
私は本当にホッとしました。
その由紀子の成長を先生が喜んでくださったのは
言うまでもありません。
先生とお別れした後、
『O上先生いたね!よかった!』
と笑顔で言った由紀子の一言が
心の成長を感じさせてくれました。
「今度はO上先生に会いに行こうね」
由紀子と話しながら家路につきました。
がんばりニュース
NO1 たて笛が上手になりました。
福江小学校では3年生になると
市内の小学校の音楽祭へ参加します。
その発表曲の中にたて笛の合奏がありました。
鍵盤ハーモニカは得意な由紀子ですが、
たて笛はとても難しくて音すらきちんと出ません。
これは困った!と、思っていたら
ナント!吹けるようになったのです。
たくさん練習をした由紀子ですが、
その陰にはお友だちの暖かい応援がありました。
音楽の時間に、いつも由紀子の笛の練習に付き合ってくれ、
少しでもうまくなるとみんなで喜んでくれた子ども達が
由紀子の力を引き出してくれたのです。
音楽祭の時、舞台上の由紀子の顔は自信に満ち溢れていました。
NO2 持久走大会!
毎年頭の痛い持久走大会が今年もやってきました。
今年はみんなよりも1周半は遅れそう‥・
という恐ろしい連絡を頂き覚悟して参観に行きました。
でも、そこで目にしたのはとても心温まる光景でした。
スタートした直後から応援の子ども達がみんなで
『ゆきちゃんチャチャチャ!
がんばれチャチャチャ!』
の大合唱。
そして由紀子がみんなから遅れ始めると
交流学級のお友だちが交代で伴走してくれました。
しかも、のこり半周の所からは
交流学級の担任のT中先生が一緒に走ってくださり
ゴールでは由紀子をしつかり受け止めてくださいました。
校長先生、Y田先生、保健室のM原先生と、
いつも由紀子を応援してくださる先生方に見守られて
笑顔でゴール!
由紀子は本当に幸せな子だと思いました。
編集後記
今回は由紀子が成長したことをいっぱい書きました。
本当はこの陰たくさん問題や課題もあるのですが、
あえてうれしいことばかり集めてみました。
得意の『よい事探し』です。
今年は懐かしい先生方とお会いすることの多い年でした。
由紀子が自閉症と判定された時に
チェックを担当してくださった三人の先生に
別々の場所でお目にかかり、
この十一月には療育センターで
最後までお世話になった心理の先生にも
お会いすることができました。
皆さん私がつらかった時期を支えてくださった先生方です。
療育をはじめた頃、
脳の発育は十歳ぐらいまでが大切・・・と、
聴いた覚えがあります。
由紀子もこの二月で九歳です。
まるで、区切りの時を教えてくださっているような気がしています。
思春期に向かっていく由紀子の育て方を
再チェックする時期なのでしょう。
アルバムを開いて療育センターの玄関を初めてくぐった頃の
三歳の由紀子の写真を見ながら、
これからは何を手助けしてやるべきなのかと
あらためて考えるこの頃です。
=END=
お世話になった方たちに郵送していた新聞です。
それを日記風にアップしました。
もともとの新聞としてPDFで見ることもできます。
2001年12月24日発行
ゆきちゃん通信No15
寒くなったなあ…と思ったら雪がチラチラとふっていました。
もうクリスマスですね。
去年まで無関心だった由紀子が
クリスマスがどうゆう物かにやっと気がついてきました。
『クリスマス…ケーキ…サンタさん…プレゼント!』
『サンタさん来るかなあ?』
今年は楽しいクリスマスになりそうです。
O上先生と本当の再会
覚えていらっしゃるでしょうか?
ゆきちやん通信 No4で
「O上先生との再会」と題して書いた
再会の時に大パニックを起こして
先生に申し訳ないことになってしまった‥・
と、いうお話。
いつかまた先生と由紀子が会える日が来ることを
心から願っていました。
そして先日、思いがけずO上先生から福江に来られると、
うれしい連絡を頂きました。
この2年の間にひでき先生やネーネーとの再会を
クリアしてきた由紀子です。
もしかしたら今度はうまくいくかもしれない‥・
そう思いました。
約束の朝、
由紀子にO上先生と会う事を告げると
意外とあっさり『うん!』と答えてくれました。
この由紀子の変化にあらためて驚きながら
家を出発したのですが、約束の場所に着いて、
いざ車を降りようとしたその時です。
由紀子が急に
『O上先生はいないよ!先生はいない!』
と大きな声で叫んだのです。
そしてシートにしがみついて降りたくないと無言の抵抗です!
でも、それは長い時間ではありませんでした。
『先生は待っているよ!だいじょうぶ!がんばれ!』
という私の言葉に何かしら吹っ切ったように
車から降りてきました。
そして、不安そうに私の後ろを歩きながら
ずっと保育園時代のお友達の名前をとつぶやき続けました。
私も忘れてしまっていた名前が次々と出てきます。
きっと由紀子の頭の中で封印されていた
保育園時代の思い出が溢れ出していたのかもしれません。
そして先生の姿が見えたその時、
由紀子は『O上先生』と一言小さな声でつぶやいていました。
でも、もう泣いたり逃げ出したりはしませんでした。
しばらくは視線を合わせることはできませんでしたが、
先生の側で少してれながらうれしそうな由紀子の姿に
私は本当にホッとしました。
その由紀子の成長を先生が喜んでくださったのは
言うまでもありません。
先生とお別れした後、
『O上先生いたね!よかった!』
と笑顔で言った由紀子の一言が
心の成長を感じさせてくれました。
「今度はO上先生に会いに行こうね」
由紀子と話しながら家路につきました。
がんばりニュース
NO1 たて笛が上手になりました。
福江小学校では3年生になると
市内の小学校の音楽祭へ参加します。
その発表曲の中にたて笛の合奏がありました。
鍵盤ハーモニカは得意な由紀子ですが、
たて笛はとても難しくて音すらきちんと出ません。
これは困った!と、思っていたら
ナント!吹けるようになったのです。
たくさん練習をした由紀子ですが、
その陰にはお友だちの暖かい応援がありました。
音楽の時間に、いつも由紀子の笛の練習に付き合ってくれ、
少しでもうまくなるとみんなで喜んでくれた子ども達が
由紀子の力を引き出してくれたのです。
音楽祭の時、舞台上の由紀子の顔は自信に満ち溢れていました。
NO2 持久走大会!
毎年頭の痛い持久走大会が今年もやってきました。
今年はみんなよりも1周半は遅れそう‥・
という恐ろしい連絡を頂き覚悟して参観に行きました。
でも、そこで目にしたのはとても心温まる光景でした。
スタートした直後から応援の子ども達がみんなで
『ゆきちゃんチャチャチャ!
がんばれチャチャチャ!』
の大合唱。
そして由紀子がみんなから遅れ始めると
交流学級のお友だちが交代で伴走してくれました。
しかも、のこり半周の所からは
交流学級の担任のT中先生が一緒に走ってくださり
ゴールでは由紀子をしつかり受け止めてくださいました。
校長先生、Y田先生、保健室のM原先生と、
いつも由紀子を応援してくださる先生方に見守られて
笑顔でゴール!
由紀子は本当に幸せな子だと思いました。
編集後記
今回は由紀子が成長したことをいっぱい書きました。
本当はこの陰たくさん問題や課題もあるのですが、
あえてうれしいことばかり集めてみました。
得意の『よい事探し』です。
今年は懐かしい先生方とお会いすることの多い年でした。
由紀子が自閉症と判定された時に
チェックを担当してくださった三人の先生に
別々の場所でお目にかかり、
この十一月には療育センターで
最後までお世話になった心理の先生にも
お会いすることができました。
皆さん私がつらかった時期を支えてくださった先生方です。
療育をはじめた頃、
脳の発育は十歳ぐらいまでが大切・・・と、
聴いた覚えがあります。
由紀子もこの二月で九歳です。
まるで、区切りの時を教えてくださっているような気がしています。
思春期に向かっていく由紀子の育て方を
再チェックする時期なのでしょう。
アルバムを開いて療育センターの玄関を初めてくぐった頃の
三歳の由紀子の写真を見ながら、
これからは何を手助けしてやるべきなのかと
あらためて考えるこの頃です。
=END=