
太郎が髪染めてみようかな、なんてこっそりママに打診したそうです。
ヘェ~~
頭髪は野球人らしくさっぱりとした髪型をすること
また染めることも禁止する
ちゃんと部のルールで決まってるじゃないですか。
もちろん学校が休みの期間だけのことだし、なんでも一度体験してみれば納得するんだよ、と親は割と柔軟な対応ぶりでしたが、ちょっとほのめかして反応を見る程度だったのか、あっさり取り止めたと聞いて安心しました。
それでなくても毎年議論の花を咲かす部員の長髪。
そもそも高校野球に限って髪型がなぜ坊主なのでしょう?
『ときは明治44年、東京朝日新聞社が野球害毒論と言うキャンペーンを行ないました。
当時熱狂的な人気が出て来た野球が青少年の教育に「害毒」を及ぼしていると、当時一高の校長だったあの五千円札の新渡戸稲造さんや、後日軍神とあがめられた学習院長の乃木希典さんなど、高名な教育家が新聞紙上で非難したのです。これに対して読売新聞や東京新聞が野球擁護論で反撃したそうですが。
朝日新聞は四年後の大正5年、手のひらを返して中等学校野球大会を開催する事になり、今度はいかに野球が教育的であるかを主張するため、試合開始前と終了後に整列させて挨拶させるというルールを定めたり、審判に対する抗議を廃したり、開会式では軍隊式の分列行進を行わせるなど、「中学野球は教育」と言うイメージを定着させていったのです。』 (「スポーツとは何か」玉木正之著より)
大新聞社といえども相当なこのブレ、やっぱりどこにもあるんだ。
型にとらわれず自由な個性を活かして
太郎の高校では野球はあくまでも野球とみて、他校で継承されている「野球道」の追求も勢い違った形で現れてくるようです。
あるとき白熱した試合の真最中、相手チームからひときわ大きな声でヤジが飛びました。
「てめぇら、野球を遊びと思ってんのか!」
聞いた選手のひとりが負けない大声で返しました
「バカヤロー、野球はアソビに決まってるじゃねーか!」
これは名せりふとして今も語り継がれているそうです。
