夜。玄関先にぼーっと人影らしいものが映れている。
何げなく目をやると、黒いシルエットにピンク色の光がさして、今度ははっきりと人の姿が浮かび上がった。
なんだ、おとうさんか。
あ、居た、居た、
何度も訪ねてやっと会えたようなホッとした声もきこえて
外出から帰って部屋を覘くときのいたずらっぽい顔で、ニコッとする。
急いで玄関の戸をあけた。「お帰り!」
こちらも長い出張から帰ってきた人を迎えるようで妙に心が弾む。
肩がすりあって、確かに彼は一歩中へ入ってきたのだが。
夢と気付くまで数秒かかった。
夢にしても20年近くの間ほんの3~4回しかお目にかからない。
その上いつも物惜しみするみたいにチラ、とかウッスラ、とかしか現れないのに、忘れかけていたあのころの表情もそのままに鮮やかだった。
そして「終の棲家」の我が家に戻ってきたのも初めてのこと。
気分的にも落ち込んでいたのかなぁ、と自分を振り返る。
予期せぬ猛暑と小さなストレスの積み重ねに、思わぬところへひょっこり顔を出す老化現象は、当然のことながらどれもこれも初体験。
体力と情熱は両天秤、それが傾きかけて、あの世から冷やかし半分、力づけてみるかと彼は現れた?
そんな風にひねくれたのは後のこと。
その日、なすべきことをし終えて初めて小さな幸福感を味わっている。
人間関係の複雑に絡み合う糸は、解きほぐすのが年数を重ねた者の特権と考えれば
現金に次の制作意欲がひたひたとにじみ出てくるのも嬉しくて、
夜中の2時、私は純粋にすなおに懐かしい回想に身をまかせた。
ほんとにあの頃は、こんな幸せを与えてくれる人とは気付かなかったよ、おとうさん…
