おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ぐるりのこと。

2019-05-08 06:46:19 | 映画
「ぐるりのこと。」 2008年 日本


監督 橋口亮輔
出演 木村多江 リリー・フランキー 倍賞美津子
   寺島進 安藤玉恵 八嶋智人 寺田農 柄本明
   木村祐一 斎藤洋介 温水洋一 峯村リエ
   山中崇 加瀬亮 光石研 田辺誠一 新井浩文

ストーリー
1993年。
小さな出版社に勤める几帳面な性格の妻・翔子(木村多江)と根は優しいけど優柔不断で生活力に乏しい夫・カナオ(リリー・フランキー)。
ふたりはどこにでもいるような夫婦。
2人は初めての子どもの誕生を控え、それなりに幸せな日々を送っていた。
職を転々とするカナオを、翔子の母・波子(倍賞美津子)、兄・勝利(寺島進)とその妻・雅子(安藤玉恵)は好ましく思っていない。
日本画家を目指しながら靴修理屋でバイトをしていたカナオは、先輩から法廷画家の仕事をもらう。
カナオは法廷画家の仕事に戸惑いつつ、クセのある記者・安田(柄本明)や先輩画家・吉田(寺田農)らに囲まれ次第に要領を掴んでいく。
そんなカナオとの先行きに不安を感じながらも、小さな命を宿した翔子には喜びのほうが大きい。
1994年2月。
寝室の隅には子どもの位牌と飴玉が置かれていた。
ふたりの部屋に掛けられたカレンダーからは「×」の印が消えていて、夫婦関係も途絶えていることがうかがえる。
初めての子どもを亡くした悲しみから、翔子は少しずつ心を病んでいく。
法廷でカナオはさまざまな事件を目撃していた。
1995年7月、テレビは地下鉄毒ガス事件の初公判を報じている。
産婦人科で中絶手術を受ける翔子。
すべてはひとりで決めたこと、カナオにも秘密である。
しかし、その罪悪感が翔子をさらに追い詰めていく。
翔子は次第にうつになっていくが、そんな翔子を静かに見守るカナオ。
1997年10月、法廷画家の仕事もすっかり堂に入ってきたカナオ。
台風のある日、カナオが家へ急ぐと風雨が吹きこむ真っ暗な部屋で、翔子はびしょ濡れになってたたずんでいた。
「わたし、子どもダメにした……」翔子は取り乱し、カナオを泣きながら何度も強く殴りつける。
「どうして……どうして私と一緒にいるの?」そんな彼女をカナオはやさしく抱きとめる。
「好きだから……一緒にいたいと思ってるよ」ふたりの間に固まっていた空気が溶け出していく──。


寸評
2003年からのおおよそ10年に渡る夫婦間の出来事が描かれる。
出来事と言っても大したことはなく、子供を亡くしたこと以外はどこにでもあるようなことが起きているだけである。
しかしこの間に世間では、死刑が執行された宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件やオウム真理教による地下鉄サリン事件、世田谷の幼稚園児殺害事件、宅間守による池田小学校児童殺傷事件など、世の中を震撼させる事件が起きていた。
この精神の異常性が問われる事件はその後も定期的に発生し、秋葉原無差別殺傷事件も起きた。
映画の中では翔子がうつ病になるが、カナオが法廷画家という設定のため、時代の象徴事件を連想させる裁判を再現することで、日本中も"うつ状態"ではないかと問いかけながら、しかしそれでも、たとえどんなにヒドイ世の中でも、一緒に生きていける相手がいれば救われるということを訴えかけているように思えた。
自分の無力を知るカナオは、翔子を決して責めず、ただ そっと寄り添う。
この優しさを至極当然の自然な演技で見せたリリー・フランキーが良い。
木村多江の頑張りもあったが、彼の存在なくしてはこの映画の存在がありえないような出来栄えだった。
ラストでお寺の天上画の下で寝ころがった2人の姿が微笑ましくて心にジワリと染みてきたが、倍賞美津子の母親がカナオに「この子をよろしく頼みます」と頭を下げたシーンもよくて僕は不覚にも涙を流した。
離婚をした自分と違って、一緒にいる理由を叫ぶでもなく、結婚を意味づけるでもなく、周りで起きる事柄を包み込むように、お互いに離れることなく存在し合っている二人への祝福の言葉だったように思えた。
夫婦とはそれでいいのではないかと、それでこそ夫婦ではないかと、別れることなく添い遂げてこそ夫婦なのだと・・・。