おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

キネマの天地

2020-12-30 06:06:26 | 映画
「キネマの天地」 1986年 日本


監督 山田洋次
出演 中井貴一 有森也実 渥美清 松坂慶子
   倍賞千恵子 三崎千恵子 すまけい
   笠智衆 岸部一徳 桜井センリ 山本晋也
   なべおさみ 笹野高史 田中健 前田吟
   下絛正巳 吉岡秀隆 松本幸四郎 柄本明
   美保純 ハナ肇 財津一郎 桃井かおり
   山城新伍 木の実ナナ 藤山寛美

ストーリー
浅草の活動小屋で売り子をしていた田中小春が、松竹キネマの小倉監督に見出され、蒲田撮影所の大部屋に入ったのは昭和8年の春だった。
小春は大震災で母を失い、若い頃旅回り一座の人気者だった病弱の父・喜八と長屋での二人暮らしだ。
蒲田撮影所での体験は何もかもが新鮮だった。
ある日、守衛に案内されて小倉組の撮影見学をしていた小春はエキストラとして映画出演することになったのだが、素人の小春にうまく演じられる訳がなく、小倉に怒鳴られた小春は泣き泣き家に帰り、女優になることをあきらめた。
長屋に戻って近所の奥さんにことのいきさつを話している小春を、小倉組の助監督島田健二郎が迎えにきて、「女優になりたがる娘はいっぱいいるけど、女優にしたい娘はそんなにいるもんじゃない」という健二郎の言葉で、小春は再び女優への道を歩み始めた。
やがて健二郎と小春はひと眼を盗んでデイトする間柄になったのだが、しかし時がたつにつれ、映画のことにしか興味をしめさない健二郎に少しずつ物足りなさを覚えるようになった。
師走に入って、健二郎は、労働運動で警察から追われている大学時代の先輩をかくまったとして、留置所に入れられてしまうが、その留置所生活で得たのは、かつてなかった映画作りに対する情熱だった。
年が明けて、小春が大作の主演に大抜擢された。
主演のトップスター川島澄江が愛の失踪事件を起こしたため、その代打に起用されたのだ。
しかしその大作「浮草」で演技の壁にぶつかって、小春は苦悩した。
その小春を、喜八はかつて旅回り一座の看板女優だった母と一座の二枚目俳優のロマンスを語り励ましたのだったが・・・。


寸評
東映が深作欣二で松竹の蒲田を舞台に名作「蒲田行進曲」を撮ったので、本家の松竹がそれならばと山田洋次を起用して撮った松竹版「蒲田行進曲」といったような作品である。
見ているこちらは勝手に登場人物を誰かがモデルだろうと想像してしまうような名前の付け方とエピソードが散りばめられているような気がする。
有森也実が演じている主人公の田中小春は田中絹代だ。
だとすれば中井貴一の島田健次郎は清水宏ということになる。
岸部一徳の緒方監督は小津安二郎を思わせるし、松坂慶子の川島澄江は名前から栗島すみ子を連想されるが、駆け落ちエピソードでは岡田嘉子を連想する。
松本幸四郎の城田所長は間違いなく城戸四郎だろう。
そんな楽しみ方をしていると、「男はつらいよ」の面々がチョイ役で次々と登場してきて楽しませてくれる。
前田吟は相変わらず倍賞千恵子と夫婦で、おいちゃんの下絛正巳、おばちゃんの三崎千恵子、満男の吉岡秀隆 も相変わらず満男役で、御前様の笠智衆に源公の佐藤蛾次郎といった具合で、出ていないのはタコ社長の太宰久雄ぐらいである。
その他にも財津一郎の刑事が共産主義者らしい平田満の小田切を捕まえ、「マルクスを読んでいやがる」と言って手にした本がアメリカの喜劇映画俳優であるマルクス兄弟の本というギャグなども所々に散りばめられている。
冒頭で助監督らしい島田健二郎が出社してきて名札をひっくり返すが、そこには豊田四郎、吉村公三郎、山本薩夫などの名前もあった。

物語は映画館の売り子だった女の子が大女優に成長していくものだが、その過程の中で映画作りの裏側を見せて楽しませる内幕物でもある。
撮影風景を楽しく見せてくれるし、俳優と現場の衝突も盛り込まれている。
小春は大部屋俳優からセリフをもらうようになり、そして準幹部からスターへと出世していくのだが、民子三部作にみられるように家族を描いてきた山田洋次はここでも喜八と小春という親子の物語を挿入している。
小春は喜八の実の娘ではないことが早い段階で匂わされる。
それでも喜八はカラ意地を張りながらも娘を心底心配し、時には頬を叩いて叱りもする。
喜八は病気持ちで無職である。
小春は女優の仕事が忙しくなっても、そんな喜八を見捨てることが出来ず家に帰ってくる。
この親子は隣の奥さんと懇意で、お風呂を入れてもらったりする仲である。
僕の子供の頃にもお風呂を借りに来る近所の子がいた。
この映画の時代は無声映画からトーキーに代わるころだから、そんな近所づきあいは多分にあったに違いない。

喜八は映画館で小春の名場面を見ることなく一筋の涙を流して死んでいくが、あの涙に家族の絆を感じさせた。
喜八は亡き妻にお前の産んだ子供が立派な女優になったぞと報告して、喜びの涙を流したのではないか。
実の子ではないが愛したお前の子供を立派に育てたぞという喜びの涙だったに違いない。
ホロリとさせられる場面だが、父の死を知らず蒲田行進曲を歌う小春のキャスティングが有森也実で良かったのかなあ・・・。僕はちょっと違和感を感じた。