おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

チャップリンの独裁者

2021-06-02 07:02:17 | 映画
「チャップリンの独裁者」 1940年 アメリカ


監督 チャールズ・チャップリン
出演 チャールズ・チャップリン
   ジャック・オーキー
   ポーレット・ゴダード
   チェスター・コンクリン
   レジナルド・ガーディナー

ストーリー
1918年の第一次大戦末期、トメニアのユダヤ人一兵卒チャーリーは飛行機事故で記憶を失い入院するが、ここまでの痛快なドタバタの中に戦争諷刺を盛り込むタッチは、チャップリン映画に親しんだ者なら想像がつく。
さて、それから数年後のトメニアは独裁者アデノイド・ヒンケルの天下で、ユダヤ人掃討の真っ最中。
そんな時、退院したチャーリーは生まれ育ったユダヤ人街で元の床屋の職に戻る。
親衛隊の傍若無人ぶり、特にそれが恋人ハンナ(ゴダート)に及ぶに至り、彼は勇猛果敢かつ抱腹絶倒のレジスタンスを開始する。
それがどういうわけかヒンケル総統の替え玉を演じさせられることになる展開の妙、素晴らしいギャグの数々はとてもここには書ききれない。
ただ目をみはるのは、かの風船状の地球儀と戯れる場面の前に見られるような狂人ヒンケルを“神”としようとする勢力の存在の示唆だ。
独裁者の孤独をも憐れみをもって表現する、作者が得た神の視点といったものを感じさせる。
傑作という言葉では当然その意義を言い尽くせない神話的作品だ。

ユダヤ人迫害を推し進める独裁者ヒンケルの重臣シュルツは彼を失脚させようとするが逆に命を狙われ、ユダヤ人の床屋チャーリーらと逃亡。
ところがその途中で兵士たちがチャーリーをヒンケルと間違えたことから、彼はヒンケルになりすますことに。


寸評
無声映画が多かったチャップリンだが、この作品を見ると映画はやはりトーキーだと思わせる。
チャップリンが手掛けてきたドタバタ喜劇としても僕が見たチャップリン作品の中では抜きん出たものがある。
冒頭ではサイレント時代の作品を髣髴させるギャグが展開される。
第一次世界大戦で始まる冒頭のコメディ・シークエンスはまさにそれ。
馬鹿でかい大砲のヒモを引っ張ると弾が飛び出すというシュールな作りの大砲で予想通りのネタが展開する。
進軍中のチャーリーが砂塵の中をさまよい、砂塵が晴れると敵のど真ん中にいるという、吉本新喜劇がやりそうなバタクサイものも描かれる。
チャップリン演じるヒンケルは風貌からしてヒンケルはヒトラーであることは一目瞭然であり、へリングはゲーリングであり、ガービッチはゲッペルスであろうし、ナバロニはムッソリーニを連想させる。
ヒンケルの一日は官邸を落ち着きなく動くだけで、その間に空いたわずかの時間で絵と彫刻を作らせたり、秘書に欲情したり、失敗ばかりする新兵器を見学したりと、これでもかというほどにヒトラーを茶化している。
世界征服を夢見て、地球儀のような風船で戯れるシーンは秀逸である。
描かれているのは独裁者ヒンケルの幼稚さだけではない。
側近たちが独裁者に取り入って操ろうとする姿も強烈なアンチ・テーゼとなっている。
ヒンケル暗殺のために命を捧げる者を選ぶロシアンルーレットの場面では、ハンナが5個全部に硬貨を入れていたのだが、最初は威勢の良いことを言っていた皆が死にたくない一心から、その硬貨を隠したり飲み込んだりと必死になるという人間の浅ましさも描き込んでいるのである。
このバランス感覚は素晴らしいと思う。

ヒンケルが行う演説は何語か分からないでたらめなものなのだが、それは最後に放つチャーリーの大演説を際立させるための演出で、訳の分からないヒンケルに対してチャーリーが行う演説は正しくチャップリンの主張でもあり名演説となっているのだが、抜粋すれば以下のような内容である。
「私は皇帝になんかなりたくない。誰も支配したくない。ユダヤ人も黒人も白人も、人類はお互いに助け合うべきだ。世界には全人類を養う富と英知が十分にある。
人生とは自由と美しさの謳歌である。しかし、私達はそれを忘れてしまっている。貧欲が人類の精神を蝕み、憎悪をもたらし、悲劇と流血を招いた。
私達の知識は皮肉さと独りよがりと自分さえよければという風潮を生み出した。知識より思いやりが必要である。思いやりがないと暴力だけが残る。
独裁者の奴隷になるな!彼等は 心も頭も機械に等しい!諸君は機械ではない!独裁を排し 自由の為に戦え!
諸君は、幸福を生み出す力を持っている。諸君の力を民主主義の為に集結しよう!
人々に働く機会を与え、老人に保障を与えよう。独裁者も同じ約束をした。だが彼らは約束を守らない!世界に自由をもたらし、国境を取除き、貧欲と憎悪を追放しよう!
ハンナ、見上げてごらん。暗い雲は遠くの方へ流れていくよ。そして、太陽が輝きはじめている。
人類は貧欲と憎悪と暴力を克服したのだよ。見上げてごらん。ハンナ。人間の魂は翼を与えられていた。虹の中に飛び始める。希望の光の中、未来に向かって・・・輝かしい未来が君にも私にもやって来る」
正に名演説である。