おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

善き人

2024-08-07 07:31:07 | 映画
「善き人」 2008年 イギリス / ドイツ

                                     
監督 ヴィセンテ・アモリン
出演 ヴィゴ・モーテンセン ジェイソン・アイザックス ジョディ・ウィッテカー スティーヴン・マッキントッシュ マーク・ストロング

ストーリー            
1930年代、ナチス台頭のドイツ。
ベルリンの大学で教鞭をとる文学教授ジョン・ハルダーは、家族思いの善良で平凡な男。
介護が必要な母と妻のヘレン、そして2人の子供たちの生活を背負っていて、失職覚悟で党に抵抗する余裕はなかった。
1937年4月、総統官邸から呼び出し状が届き、ジョンは党の検閲委員長ボウラーから意外な申し出を受ける。
数年前にジョンが書いた不治の病に侵された妻を夫が安楽死させる内容の小説をヒトラーが気に入り、同様の「人道的な死」をテーマにした論文を書いてほしいという。
断るすべもなく仕事を引き受けるジョン。
さらに彼は、親衛隊少佐フレディから、執拗に入党の誘いを受け、ジョンは入党を決意、混乱した私生活にも区切りをつけようと思い立つ。
母親をブランデンブルクの実家に帰し、ヘレンとも別居して、数年前から愛人として交際していた元教え子のアンと共に暮らし始める。
やがてジョンは学部長に昇進。
親友のユダヤ人精神分析医モーリスは喜んでくれたが、ジョンの入党を知ると軽蔑の視線を投げつけて去っていく。
1938年10月、アンと再婚し、新たな人生を歩み始めたジョンは親衛隊大尉の肩書きを持つまでに出世を遂げていた。
そんな中、ジョンの母が孤独な闘病生活に絶望して自殺未遂、そのまま帰らぬ人となった。
ある日、パリ駐在のドイツ人書記官がユダヤ人に暗殺される事件が起こり、ベルリンで反ユダヤの暴動が発生。
ユダヤ人の家や商店が襲撃され、ユダヤ人たちは警察に連行される。
この騒動にモーリスが巻き込まれることを案じたジョンは、駅へ出向き、パリ行きの切符を購入。
「今晩自宅へ来てくれ」と、モーリスのアパートに伝言を残す。
その直後、党本部への出頭を命じられたジョンは、留守を預かるアンにモーリスへの切符を託すが、結局彼は現れず、消息は途絶えてしまう。
1942年4月、親衛隊の幹部としてユダヤ人強制収容所の情報収集を命じられたジョンは、党の誇る最新鋭の設備を使い、モーリスの消息を追う。
そのとき初めて、4年前のあの夜に何が起きたかを知るジョン。
さらに収容所の視察に赴いた彼は、自分が無意識のうちにどれだけ深い罪を犯していたかに気づき、愕然とする…。


寸評
邦題は「善き人」となっているが、「善き死」としても良いような内容だった。
ジョン・ハルダーは安楽死を描いた自身の小説がアドルフ・ヒトラーの目にとまり召喚されるのだが、その小説は認知症の母親を世話していたことをヒントに書いたものだと言うことは容易に想像がつく。
そしてそれは安楽死にかこつけて後々のホロコーストを正当化しようというものだということも。
映画の中でジョン・ハルダーは新しい論文を要求され「恩寵の死」を書くが、それは正にナチスの論理となり現実のものとなっていく。
ラストでジョン・ハルダーはユダヤ人収容所でモーリスの幻影を見る。
そして収容所員のオーケストラ演奏を聞くのだが、しかしこれとても幻影で、この幻聴の源は虐殺されたユダヤ人の嘆き悲しみ怒りだったと思う。
ここに至ってジョン・ハルダーはモーリスの受けたであろう過酷な事態を理解し涙するが、むしろ僕は時代の雰囲気に流されて権力に同調し、時代に順応してしまう庶民の愚かさと悲しさを感じた。
ジョン・ハルダーの不倫相手のアンはもともと「論理より情熱」という女性だが、その彼女も自分達が置かれた優越した幸福な世界を守るために行動してしまう。
狂気の世界は絶対的な正義などが入り込めないような世界を作りだすのだと言っているようで、空恐ろしいものを感じさせられた。
全く派手さはなく、地味で淡々とした展開となっているが、普通の人が陥る世界を描いているだけに、見終わるとその抑揚のなさがかえってジョン・ハルダーとモーリスの命に対する危機感の差を出していたのだと感じた次第。
戦後に生まれた僕は戦中の世の中を知らないが、あの頃の日本も同じような状況下にあったのではないかと想像する。
新聞各社も煽っていたのだし、世の中の雰囲気とは恐ろしい側面を持っているものなのだろう。
僕たちは昨今の何となく流れる雰囲気政治に心しなくてはいけないと思う。