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「民族生命の原始無限流動」②

2022年02月06日 | 日本・国士

則ち、

「明治維新」とは「神武創業への復古」である。

世界の諸民族のなかで、

「太古」への「復古」によって

近代国家建設を達成した国が何処にあろうか。

近代国家を自認する欧米列強は、

還るべき「太古」を持たない国々なのだ。


森先生に十二歳遅れて生まれたとはいえ、

ほぼ同時期を生きたフランスの社会人類学者

クロード・レブィ=ストロース(一九〇八~二〇〇九年)は、

「われわれ西洋人にとっては、

神話と歴史の間に、ぽっかりと深淵が開いている。

日本の最大の魅力の一つは、これとは反対に、

そこでは誰もが

歴史とも神話とも

密接な絆をむすんでいられるとい点にあるのだ。」

と言った。

では何故、西洋は

神話と歴史の間に「ぽっかりと深淵が開いている」のか。

その理由は一神教が「唯一絶対の神」しか認めず、

欧州諸民族の神話(多神教)の記憶を抹殺したからだ。

その悲劇は、

西暦三九二年、

ローマ帝国がキリスト教を「国教」にした時から始まり、

欧州諸国がキリスト教の選民思想に基づき

地球の諸民族の領域を植民地にし尽くした二十世紀まで

一千六百年間続いた。


そして、

二十世紀半ばに、それを止めたのが、

キリスト教化されていない

唯一の近代国家、日本だった。

則ち、欧米のアジア・アフリカにおける

植民地解放と

人種差別撤廃を掲げた日本が、

大東亜戦争を闘って人類の惨害を止めたのだ。

我が国は「戦闘」では負けた。

しかし「戦争」では勝ったのだ。

戦争とは「手段を代えた政治」であるからだ。

これ、

人類史の偉大な転換である。

このこと

日本人が忘れてどうする。


では、その「日本の原像」、

「民族生命の原始無限流動の原点」は何処か。

昭和二十三年生まれの西村が振り返れば、

我々の中学高校の歴史教科書は、

日本の歴史は農耕が始まった弥生時代からと教えていた。

それ以前は、

縄文時代という「原住民」がいた歴史以前だったとされていた。


③に続く


西村眞悟FBより





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