賃貸住まいの高齢者

単身赴任生活が終わり、定年。でも生活できないから、、どうしよう。。

専業主婦と労働環境に関しての一考察

2024-06-08 06:11:03 | 暴言
『専業主婦は悪なのか』

私は専業主婦は良い環境だと思う
それは労働人口が安定してるから成り立つ環境だと思う
家事や育児は敢えて言うなれば分業だろう
その家庭の労働者が足りてて家庭内の未来の労働者の育児に取り組める環境だろうから

戦後の貧乏な時代など、或いは戦時中はその時代の労働者が欲しいから、産めよ増やせよ、と言うスローガンすらあった。
つまり労働者として、子供の頃から労働をさせるために出産が必要だった
当然、専業主婦だけしてるような環境でもなく、家事も全員の誰かが携わらねばならないし、ただ労働の手数が必然的に多くなるから専業主婦が存在したけれど、当時の専業主婦も当然に労働もした
主婦も子供も労働せねばならない時代だっただろう

それが労働に余裕がある程度できたから、育児と家事に専念できるいわゆる今の様な専業主婦が出来上がった

時代のトレンドでしかない、と言えばそうかも知れない
何故なら、独身が増えれば、必然的に家事も労働も全てを自分自身でやらざるを得ないから
だから専業主婦の役を男女問わず生きる行為全てを自分だけでやらねばならない

一般的な現代の家事はある程度は楽になってるのだろう
世間の家電も充実してる
ただし、育児に関してはせめて幼少時の頃の子供の環境は、母親が大きな精神的な鍵を握っている
幼少時に適切な環境に包まれてないと子供は精神的に劣悪な状態になる場合が多いと聞く

他国で平和ではあり得ない国が多々あるが、おそらく人的に安心安全な環境を意識できない人たちなのではないだろうか
今までの日本の環境は自立心が出来上がるまでの家庭の安全や安心はどうあるべきかを、無意識に教育できていたのではないだろうか
それが専業主婦の環境がある程度 意味を持っていたのではないかと思う
他国でも専業主婦的な環境の家庭がある
そういう環境の国は先進国に多いのではないか
先進国はただ学校の勉強だけでなく、そもそも家庭環境自体が安心安全であり、人の生き方や環境に於ける学習ができているから、だから先進国なのではないだろうか

ただ専業主婦に社会で働く環境を充実させるというのは、方向がズレている気がする
働こうと思えば制度がどうあれ、希望者は働くのではないのだろうか
むしろ専業主婦になり子供を産みたいと感じる人を増やす方が社会環境としては良い様に感じる

専業主婦がポピュラーになり、3食昼寝付き、という言葉が蔓延していた頃に、きっと出産が増えて団塊の世代と言われる、いわゆるベビーブームが起きたのではないのだろうか
そう感じる
どちらかというと、そういう環境を作ってあげることが良い様に感じる

今は働ける主婦を作ろうとしてる
出産、育児、労働
それをしなければならないのは、おそらく女性に偏る
男性はいくら頑張っても出産できない
その上、子供は幼児期に、やはり母親に主に懐く母乳は母親にしか出ない

私が女性ならば、そのたくさんのことを押し付けられるのは嫌だ
3食昼寝付きなら女性をやっても良いかな

そう感じる
だから、専業主婦を増やす環境の方が良い様に感じる
詭弁なのかも知れないけれど


『労働基準法そのものがおかしい』

体力は人によって違う
24時間働ける人は働いたら良い
8時間の労働が適度な人はそれで良い
逆に一日の労働時間で、せいぜい4時間くらいが限界な人はそういう労働したらいいんじゃないですか?
それを体調の悪い人とか、虚弱体質の人がまるまる一日の労働時間を消化したり、精神的に追い詰められたりした人が その原因を「時間の決まりがないからだ」と判断することがおかしい
そもそもきついのは時間ではないんじゃないのかな
やっている仕事の内容、あるいは中身あるいは時間、あるいは自分の体調等がそぐわないか、仕事が合ってないからキツいのだと思います
それを「時間」だけに当てはめて決めてしまう
まずそこがおかしいと思う

それと社内の人間環境が良くない問題で、言い方が良いとか、悪いとかいうけれど、それは言葉がきちんと伝わってなかったりするから、そこに大きな問題がある場合が多いのでは?
当然、内輪揉めとかの場合は喧嘩になってしまうわけであり、それ自体に何かの仲裁あるいは誰かの仲裁が入るのが適切な対応方法ではないですか?
それを言葉だけに限定して対策をしても無意味なように思います
言葉そのものではなく、一体何を伝えたいのかをきちんと把握した上で、そこからきちんと議論をすることが正しい対策ではないんですか

表面ヅラ、体裁だけであっさり決めてしまおうという横着な考え方が、この国全体、あるいは世界中に広まっていませんか

簡単だからあるいは便利だからということで、そっちを好む人が増えているのは、今のこの世の傾向だと思います
早ければいいとか簡単だからいいとか
本当にそれでいいのかどうか
むしろそっちの方が問題ではないんでしょうかね

時間をかけてきちんと丁寧に物事を判断すると言うことがしにくい時代になってきてるような気がします
ラジオから始まり、テレビ、通信、インターネット、そういったものが余計にそれに拍車をかけて進めている
人間の文化が、人間の身体能力を超えていて、追いついていっていない
それに対応できるのは機械のみ

人間がスーパーコンピューターにならない限り、そういう時代を乗り切ることはできないんではないでしょうかね

今私が思うのは、今現在の日本の政治を根本的に適正な形に整えるためには、人口減少が大きな課題に感じているのは事実です。

そして、少子化対策の第一歩は 団塊の世代が生まれた頃の、そういう時代背景の仕事の仕方や生活の仕方に立ち返って、物事を再構築する方が良いのではないかと感じるのであります

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