7分29秒あたりから、妖精の女王ミルタ役のまおさんが出て来るのですが
パドブレが超絶に上手くて、まるでスーッと滑っている様に見え、体重も感じさせず
まるで本物の妖精の様に見えます。ゾクッとしました。
誕生日公演で予想外のハプニング起きた…|ロシアの誕生日文化もご紹介!【本番映像あり】
カレリア共和国って?
オーロラも見える、寒い所みたいです。
カレリア産シュンガイト
カレリア共和国は、ロシア北西連邦管区に属する共和国で、フィンランドとの国境に位置する。南はアルハンゲリスク地域、北はムルマンスク地域などと接している。
そんなカレリア共和国の冬の醍醐味といえば、釣りや犬ぞり。都会の喧騒を忘れ、穏やかな時間を過ごすにはうってつけの場所。さらに、ムルマンスク地域と同様、運がよければオーロラを観察することができるかも。
こんなロシアはご存知? カレリア共和国の冬
NEW Star of Dutch National Ballet - Incredible Giorgi Potskhishvili
去年、ツィスカリーゼさんが「ヒーローを見つけた!!」といたく感激していたダンサーがyoutubeのお勧めに出てきました。去年は殆ど知られてなかった人が、とうとうお勧めに出て来る程、凄い勢いで出世しています。
出身もツィスカリーゼさんと同じグルジアで、2002年に世界一と謳われたニーナ・アナニアシヴィリさんもグルジア出身です。グルジアのこのお三人様は、親戚かな?と思う位、顔の特徴が似ています。民族的な血が濃いのかも❔
ツィスカリーゼさんはユニセックスな感じで、女性よりも美しく踊り、ジャンプ力も世界屈指でリフトも上手でしたが、このギオルギ・ポツヒシヴィリさんは、男っぽいタイプのダンサーです。
初めてツィスカリーゼさんのお勧めで見た動画では、ソロヴィヨフかと思った位でした。
ジャンプがすんごく飛んでいて、きゃっ!と思ったのを覚えています。
ガタイが良いので、相当な力持ちらしく、女性のリフトも軽々です。
こう言う人がパートナーなら、女性は落とされる心配はありませんね。
今の若い男性ダンサーには、テクニックと魅力を備えている人が何人も出ていますが、その様な時期なのでしょうか?
Giorgi Potskhishvili
ジョルジorギオルギ・ポツヒシヴィリ
プリンシパル
「すべては祖父から始まった」とプリンシパル・ダンサーのギオルギ・ポツヒシヴィリは言う。2023年6月に他界したゲロディ・ポツヒシヴィリは、60年にわたって舞台に立っていた。1978年、彼はグルジアの伝統舞踊を専門とするメテヒ・ダンス・シアターを設立した。「両親や祖父母の踊りを見ていなかった時のことは覚えていない」とジョルジは言う。ダンスは私の人生の中でごく自然なものだった」。
だから子供の頃、彼は自分がステージに立つのが待ちきれなかった。両親のダンスキャリアと並行して両親が立ち上げたスクールで、7歳の子供がついに正式にレッスンを受けることを許された直後、それは起こった。「グルジア舞踊や他の民族舞踊をたくさん踊った。だから、たとえば『白鳥の湖』のハンガリー舞踊は、私にとても合っているんです」。
出生地
トビリシ(グルジア)
オランダ国立バレエ団でのキャリア
プリンシパル(2023年12月)、ソリスト(2023年4月)、グラン・スージェ(2022年)、コリフェ(2022年)、エレーブ(2021年)、ジュニア・カンパニー(2020年)
チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35 ハイフェッツ/ライナー
Tchaikovsky Violin Concerto in D major
ハイフェッツは1917年に来日したことがありますが、その際に訪れた場所が震災で変わり果てた姿にショックを受けます。しかし、すぐにチャリティー・コンサートを開き多くの被災者に対し心に染みる演奏をしました。演奏会はホール崩壊の恐れから野外で行われましたが、数え切れないほどの聴衆が集まったことが映像から見てとれます。
人々の救済のためにスター、著名人、音楽家がチャリティ・コンサートを開くことは今でこそ日常的になっていますが、当時は珍しいことで、ハイフェッツがそういった運動を定着させたということです。冷徹無比な演奏スタイルからは想像がつきませんが、ヒューマニストだったのですね。もし今彼が生きていたら、東北の被災地でヴァイオリンを弾いて聴かせてくれたかもしれませんね。
ヤッシャ・ハイフェッツ|神のヴァイオリニスト|DVD
ヤッシャ・ハイフェッツ (ロシア語: Ио́сиф Ру́вимович Хе́йфец, ラテン文字転写: Iosif Ruvimovich Heifetz,リトアニア語: Jascha Heifetzas、1901年2月2日 - 1987年12月10日) は、20世紀を代表するヴァイオリニストであり、「ヴァイオリニストの王」と称された。wiki
デジタルリマスター版で音に雑音がありません。
子どもの頃から聴いていたのは、ヴァイオリンはハイフェッツ、ピアノはジョルジ・シフラ
ショパンはサンソン・フランソワでした。
ハイフェッツやシフラを基本として聴くと、他のどの演奏家も物足りなくなります。
テクニック的にも、正に「抜群」で、音楽性も音の音色に心が現れています。
それもこれも、テクニックが盤石で、一つも難しい事が無いから出来ることです。
テクニックが足りないと、必死の形相物凄く、表現が疎かになります。
どれ程の超絶技巧であろうが、譜面には、一つも「難しそうに弾け」とは書かれていません。
サーカスと芸術の大きな違いは、サーカスでは、本当は楽々出来ることを、あたかも大変な振りをして、観客をはらはらどきどきさせるエンターテインメントであり、芸術は、どんなに難しい事であっても、一つも難しさを感じさせず、簡単そうにその曲の本質を表現する事にあります。
それが楽々と実行できる人が「神様」です。
諏訪内晶子 メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲
諏訪内晶子/Zigeunerweisen
諏訪内 晶子(すわない あきこ、1972年2月7日生)東京都出生
桐朋女子高等学校音楽科卒業後、桐朋学園大学ソリスト・ディプロマ・コースを修了
1990年春、チャイコフスキーコンクール優勝
1995年、ジュリアード音楽院修士課程修了
ジュリアード音楽院との単位交換制度を実施しているコロンビア大学では政治思想史、政治学を受講
*桐朋のディプロマ・コースでは、実技専門、学問の授業はないので、演奏上、一般教養の不足を自覚し自己の活動と音楽形成にも影響していると痛感し、いったん演奏活動を中止し、ジュリアード音学院留学、コロンビア大学で受講したそうです。
大変に賢い選択だったと思います。演奏には人間性のすべてが出て来るので、教養も必要なのです。だからこそ現在、今までの"巨匠"に負けずとも劣らないバイオリニストに成長できたと思います。素晴らしい👏👏👏*
林 絵里(ピアニスト)
東京生まれ。4歳よりピアノを始める。
1977年第31回全日本学生音楽コンクール東日本大会で奨励賞を受賞。桐朋女子高校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部卒業。
1986年第8回チャイコフスキー国際コンクールのチェロ部門で最優秀伴奏者賞を受賞。1986年より日本国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門の公式伴奏者を務める。これまで、ソ連芸術祭、東京の夏音楽祭、タリアセン室内楽音楽祭出演の他、ヴァイオリニスト、エドアルド・メルクス、バルツゥオミ・ニジョー、徳永二男、加藤知子、漆原朝子、チェリスト向山佳絵子の各氏をはじめ多くの演奏家のリサイタルで共演。また、N響メンバーとの室内楽や、NHK FM、CDなどの録音を行っている。現在、桐朋学園大学音楽学部嘱託演奏員。
この人の生年月日が分からないけど、多分、私が大学生の時に音高に在籍していたと思われます。
伴奏ピアニストの草分けが星野明子さんで、入試の時に、たまたま星野さんにあたって、とても歌いやすく、感激した記憶は忘れられません。
桐朋は人数が少ないので、音高の生徒とも交流がありました。音高のバイオリン奏者の子に頼まれて、声楽を教えた事もあります。😅
当時音高に清水和音が居て、音高の生徒の間で、「あいつはアホだ!」と評判でしたが、素行が悪過ぎて、放校処分になり、学部に進学できなかった、或る意味「稀有」な存在です。
もう一人の「稀有な存在」亀井聖矢(まさや)現在、21歳。桐朋学園大学音楽学部4年生在学中。愛知県立明和高校音楽科高校2年生終了後、桐朋学園大学初となる「飛び入学特待生」になる。
2022年、20歳で3つの国際コンクールに挑み実績を残す。
どっちが好きか?当然、後者です。😊
上田道子さん、75歳の演奏
来年の4月6日にキタラで演奏するそうなので、聴きに行きたいと思っています。
75歳にしてこの運動神経(指が凄く回る)&エレガントな演奏が素敵です。
Etude Op.10 No.12 by Chopin "Revolution" (Piano Grandma)
ピアノおばあちゃん【2024春の五大都市ホールツアー】11月11日(土)朝10時チケット発売開始!
東京4/1(月)ヤマハホール👉https://t.pia.jp/pia/event/event.do?e...
札幌4/6(土)コンサートホールKITARA👉https://t.pia.jp/pia/event/event.do?e...
名古屋3/28(木)電気文化会館👉https://t.pia.jp/pia/event/event.do?e...
北海道学芸大学附属中学=現、北海道教育大学
小学生の時に、小中高のピアノコンクールで優勝
芸大付属高校の入試失敗
千葉県立女子高校3年生の時に日本音楽コンクール入選
東京藝術大学主席卒業
ウィーン国立大学主席卒業
武蔵野音楽大学 愛知県立大学 の非常勤講師
普通科高校の不登校からピアノ科で藝大首席卒&ウィーン国立音大首席卒のおばあちゃん(ピアノおばあちゃん/Piano Grandma)
"White Nights" - 11 pirouettes
映画の中で、11回転したら11ルーブル払う!!と言われて、見事に11回転してしまう。
しかも、革靴でなんて、よく出来るものだわ ( ゚Д゚)
本当に軸が全くぶれずに、高速回転で、まるで独楽の様に回っている。
私が小学生の時にNHKで放送されたオペラ「イーゴリ公」に出演した男性ダンサーが
ピルエットで14回転したのを見て、びっくり仰天したのだけど、ちゃんと伝統は
後輩のバリシニコフに受け継がれていた、と言うことですね。
今現役のダンサーに、ここまでの人は居ない様です。
若手はまだまだ伸びしろがあるので、是非、追いついて貰いたいと思います。
Mikhail Baryshnikov - The Turning Point (Ballet)
ミハイル・ニコラエヴィチ・バリシニコフ
1948年 1月27日 - ) はソ連出身のバレエダンサー・振付家・俳優
Don Quixote Age 18 Shale Wagman
バイエルン州立バレエ First Soloist
シェール・ワグマン:2000年5月2日、カナダのトロント北郊ソーンヒル生まれ
ローザンヌ国際賞2018 最優秀賞(金メダリスト、ルドルフ・ヌレエフ財団芸術賞)
ユースアメリカグランプリ2014ジュニア部門(ユースグランプリ賞)
注目の新名とダンスヨーロッパの年次総括における素晴らしい若手ダンサー
osiel gouneo don quijote var.
バイエルン州立バレエ Principal(主役)
オシエル・グネオ:1990 年 キューバ、マタンサス生まれ
受賞歴
キューバグランプリ金メダル
北京国際バレエコンクール金賞
ヴァルナ国際バレエコンクール銀賞
毎年恒例のポジターノ賞で国際ダンスシーンの最優秀新人賞を受賞
***********
バリシニコフは天才ダンサーで、ソ連からアメリカへ亡命
私は中学生の時に来日した「レニングラードバレエ」の眠れる森の美女を見たのですが
当時はまだ主役ではなく、オーロラ姫のお婿さん候補の一人の王子役で出演していました。
オーロラ姫はイリナ・コルパコワ 青い鳥がユーリ・ソロビヨフ
オールスターキャストで、素晴らしかったです。
後にスーパースターになったバリシニコフの踊りは、驚嘆、溜め息、そしてブラボーの嵐を巻き起こす、とんでもない技術と魅力を兼ね備えていました。
最近の若いダンサーにも、驚異的なテクニックを持った人が続出していますが、その素晴らしい現代のスターダンサーよりも、格上である事が映像から分かります。
ピルエットの回転速度が半端なく、軸が全くぶれずに高速回転する姿は「神」です。
ジャンプの高さも凄いです。
その昔(60年程前)にTVで見た、ボリショイ・オペラで「ダッタン人の踊り」を踊った男性ダンサーがピルエットで、14回転した時にもビックリ仰天したのですが、ロシアバレエの伝統は素晴らしいです。
比較にあげたのは、私のお気に入りの若手ダンサーです。彼らのこれからに期待したいと思います。
何故か二人共、バイエルン州立バレエに所属しています。
北海道のあらゆる一番を探る「イチバン!!」今回は、バレエを始めてわずか3年で世界1位の座を獲得した小学6年生の女の子。11歳の新たな挑戦に密着です。
札幌市の小学6年生、山田優七さん。学校から帰ってきたら、ペットのウサギと遊ぶのが日課です。
山田優七さん:「かわいいね」。
コントローラーを持って始めたのは、ゲームかと思いきや、突然、音楽に合わせて踊り出しました。実は優七さん、世界的なコンクールで1番になったバレエダンサーなんです。
週に5日、バレエ教室に通っている優七さん。毎回レッスンが始まる40分ほど前にはスタジオに入り、1人でストレッチや筋トレなどのメニューをこなします。1回のレッスンは2時間から3時間ほど。ほとんど休みなしで続けます。
講師・小林絹恵さん:「持って生まれた素質、スタイルや柔軟性、足のラインもきれいなのですが、そういう子は意外にたくさんいる。素質や持っている才能を生かすには、本人の努力なので、やはり才能がありながら努力をするところが彼女の伸びの早さ」。
日々の努力が優七さんの足に現れています。足の甲が描く曲線は、バレエを踊る上で重要なポイントの1つ。
優七さん:「こうやって押して、ここで甲を出してからつま先を伸ばす」。
毎日欠かさず、足首のストレッチや足裏の筋トレをした賜物です。バレエ歴15年の記者と比べてみると、その差は歴然。
物心ついたころから、音楽に合わせて踊ることが大好きだった優七さん。6歳の時「バレエを習いたい」と両親に願い出ました。
優七さん:「YouTubeを見ていて、たまたまバレエの動画が出てきて気になって見てみたら、目を輝かせて踊っていたからいいなと思って。パパに『バレエやりたいです。頑張ります』と言って」。
父・山田友貴さん:「初めて自分からやりたいと言った。それ以外は何もなかった。そうやって言われたら『いい』って言うしかないでしょ」。
母・山田瑠理子さん:「(バレエは)お嬢様の習い事というイメージで、習わせたくても習わせられるんだろうかと最初は思った」。
両親と弟との4人家族。姉弟2人でバレエを習っているため、レッスン代は月に3万円以上かかります。舞台の出演費やコンクールの遠征費もあり、経済的な負担は小さくありません。
プロのバレエダンサーを目指す娘のため、やれることはやってあげたい。自宅でも練習ができるように、部屋を整えました。レッスンがない日も1時間以上、自主練習をしています。そして、優七さんの努力は、こんなところにも。
優七さん:「これはバレエノートで、いつもレッスンが終わった後に注意されたことをメモしておいて、次のレッスンの時に思い出せるように使う」。
バレエを始めた時から欠かさずつけているノート。そこに、ひときわ力強い文字でコンクールへの意気込みが。11歳が世界への切符をかけた挑戦をしようとしていました。
若手バレエダンサーの登竜門、ユース・グランプリの日本予選に向け最終調整をしていました。世界大会は毎年アメリカで開催され、優秀なダンサーには世界各国のバレエ学校から奨学金が授与されます。去年、優七さんはクラシック部門で1位に輝き、ドイツとモナコへの短期留学を叶えました。
優七さん:「先生に言われたこともちゃんと直して、自分で考えたこともちゃんと発揮できるような舞台になるように頑張ります」。
迎えた出発の日。日本予選が行われる兵庫県へ。全国から9歳から20歳のバレエダンサー1000人がエントリーした日本予選。いよいよ、勝負の時。
優七さん:「舞台に出る前は緊張したけれど、やっぱり舞台出ると楽しくて、緊張は解けて緊張よりも楽しいほうが多かったです」。
結果はクラシック部門第1位。そして、想像していなかったうれしい出来事が待ち受けていました。
優七さん:「1位よりも、年間スカラシップの方がうれしかったです。びっくりしました。ワクワクするというか、本当にもらったんだなって」。
念願のモナコ王立グレースバレエ学校に、1年間留学できる奨学金を獲得したのです。日本予選では異例のこと。成績が良ければ、18歳で卒業するまでモナコで学ぶチャンスも。世界を舞台に、11歳のバレエダンサーの夢は広がります。
優七さん:「自分らしい踊り、自分の個性や研究した結果を出せる踊りがしたい。優七だけにしかできない踊りがしたい」。
バレエ始めて3年で世界一に 11歳のバレエダンサーに密着 札幌からモナコ留学の夢叶える
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この小さなバレリーナの何が凄いか❔
既に自分の将来のビジョンがはっきりしている事です。
「自分らしい踊り、自分の個性や研究した結果を出せる踊りがしたい。優七だけにしかできない踊りがしたい」
11歳にして、ただ上手なだけではなく、考え方がしっかりしているところが素晴らしい。💕
正に、これからやって来る、新時代に相応しい人だと思います。
一心不乱に精進していていると、人は、神に近付きます。