ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

心と体と

2018-04-12 23:14:05 | か行

 

いい映画。見るべし。

 「心と体と」77点★★★★

 

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ハンガリー・ブダペストの食肉処理場に

代理の職員としてやってきた

若く美しい女性マーリア(アレクサンドラ・ボルベーイ)。

 

だが彼女はコミュニケーションが苦手で

周囲と決して交わらない。

 

上司のエンドレ(ゲーザ・モルチャーニ)は

彼女を気にかけ、会話を試みるが、どうもちぐはぐでうまくいかない。

 

だが、あるとき

エンドレは自分と彼女の、驚くべき共通点を知ることに――。

 

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本年度アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作。

 

なんというか、観たあとに

いたわりの気持ちのような、ほの温かい何かが、身体中に染み渡る。

不思議だけど、いい映画です。

 

まず冒頭、しんしんとした雪景色のなかにたたずむ

二頭の鹿のシーンで、グッと心を掴まれる。

 

その静謐な美しさに、息を止めると同時に

いまにも銃声がとどろきそうな不安にドキドキしますが

しかし、全編通じて、鹿には危険は起こらないので、ご安心を。

 

舞台となるのは食肉加工場で、

そこで運命を待つ牛たちの目や様子は悲しいけれど

なぜ、この場が舞台になっているかにも、ちゃんと意味がある。

 

鹿のいる清らかな風景と、血の流れる現実。

生々しい生の手触りと、目に見えない、人と人の隔たり。

すべてが対をなし、物語を織り上げているんですねえ。

 

 

ヒロインのマーリアは

「あいまいさ」が苦手で、予定の変更に対応できない。

異様に片づいた自宅に一人で暮らし、

明日するかもしれない会話をシミュレーションして、練習する。

見ている観客は

すぐに彼女がアスペルガー症候群かな、と感じ取れるんですが

 しかし、彼女を気にかける上司エンドレは、そのことになかなか気づけない。

 

そんななか、ある出来事から

彼らの思いがけない共通点が明らかになる。

 

それは「同じ夢を見ている」こと。

そう、冒頭から繰り返し挟まれる「雪の中の二頭の鹿」は

二人の見ている夢なのです。

 

なんだかファンタジー方面にいきそうですが

この映画は、その不思議もしっかり「現実」に巻き込んでいく。

 

そこがおもしろい。

 

で、夢のことを知った二人は、お互いをいっそう意識し始める。

同じ波長や、想いを感じとりつつも、

しかしエンドレはまだマーリアの「特徴」に気づけないので、

その展開は異様なほどもどかしい(苦笑)。

 

そんな不器用な二人に、周囲の人々が、ものすごーくささやかに、

小さなエールを送ったりしてるのも、なにげにいいんですけどね。

 

描かれているのは

人と人が本当の意味でコミュニケーションを取ることの難しさ。

映画の二人だって、これからどうなるか、別にすごく明るいわけじゃない。

 

でも

パーッと明るい光が刺すことはないけれど

ここには、たしかにかすかな、ぬくもりがある。

 

それは薄い陽の光をいとおしむ、

東欧の人の想いに、触れたような感覚でもありました。

 

★4/14(土)から新宿シネマカリテ、池袋シネ・ロサほか全国順次公開。

「心と体と」公式サイト

コメント (2)
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