OL主婦の小さな幸せ。

日々の出来事や小さな幸せ、お出かけ、身近なエコ、環境問題、フェアトレード、鳥のこと、アロマなどを綴っています。

2019年の滋賀京都旅行・8(ヴォーリズ記念病院・希望館【五葉館】と礼拝堂)

2021年10月29日 | 旅行・小旅行

2019年の滋賀京都旅行、前回に続き、ヴォーリズ記念病院です。

☆今迄の記事☆
2019年の滋賀京都旅行・1(滋賀・豊郷小学校旧校舎群)
2019年の滋賀京都旅行・2(滋賀・豊郷小学校旧校舎のウサギとカメ)
2019年の滋賀京都旅行・3(滋賀・町おこしの主役☆豊郷小学校旧校舎群)
2019年の滋賀京都旅行・4(豊郷町のレトロ建築)
2019年の滋賀京都旅行・5(彦根☆花しょうぶ通りのレトロ建築)
2019年の滋賀京都旅行・6(袋町遊廓跡を歩く)
2019年の滋賀京都旅行・7(ヴォーリズ記念病院・ツッカーハウス)

滋賀へ来たからにはここも絶対見たいと思っていました。
しかし・・ツッカーハウスを見た後、敷地内で迷ってしまい・・
mapに場所は出るもののストビューには出ないので、少々時間がかかってしまいました。

日暮れも近付き、いよいよ焦ってきた頃。



静かに現れました・・!!
森の中に静かに佇む、というのがピッタリなこの歴史的建造物は、
「旧近江療養院希望館(五葉館)」
1918年・大正7年築。

間取りが楓の葉の形をしていることから五葉館、または五葉分館と呼ばれたのだそう。







個室型の結核療養施設で、真ん中の社交室(ラウンジルーム)から5つの病室が放射線状に配置された建物です。
プライバシーも守りつつ、コミュニケーションもとれるよう配慮されたそう。

文化遺産オンラインによると、各病室の3面に窓を開いて通風と採光を確保、窓に鎧戸をたてて
ラウンジの屋根頂部には換気塔。国の登録有形文化財に指定されています。


ドイツ壁が素敵ですね。
換気塔かわいい。
床下からの自然換気で気持ちよさそう。


入院患者にやさしい設計は、
ヴォーリズさんの入居する人・使う人に対する思いが詰まっているように思います。



滋賀へ来たからにはツッカーハウスとこの五葉館が見たかったーー


そして、中は入らなかったけど「礼拝堂」も。



ヴォーリズ記念病院礼拝堂(旧近江療養院チャペル)
1937年・昭和12年築。
国の登録有形文化財





木立に生える白いチャペル。
時間がなかったのですが、のぼって窓から覗いてみたかったな~
(文化遺産オンラインに画像あります)

さて、かなり時間がおしてしまいました。
この時点で17時をとうに過ぎていますが、画像の撮影日・撮影時間を見ると、このあと2ヵ所に行っていました^^;
続く・・



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2019年の滋賀京都旅行・7(ヴォーリズ記念病院・ツッカーハウス)

2021年10月23日 | 旅行・小旅行

15周年や閉店の投稿で中断しておりましたが、2019年の記念日旅行・滋賀京都の続きです

☆今迄の記事☆
2019年の滋賀京都旅行・1(滋賀・豊郷小学校旧校舎群)
2019年の滋賀京都旅行・2(滋賀・豊郷小学校旧校舎のウサギとカメ)
2019年の滋賀京都旅行・3(滋賀・町おこしの主役☆豊郷小学校旧校舎群)
2019年の滋賀京都旅行・4(豊郷町のレトロ建築)
2019年の滋賀京都旅行・5(彦根☆花しょうぶ通りのレトロ建築)
2019年の滋賀京都旅行・6(袋町遊廓跡を歩く)


夫が行き先を決める記念日旅行ですが、滋賀県に行くと聞いた時、まず頭に浮かんだのは
「滋賀へ行くからには少しでも多くのヴォーリズ建築が見たい」ということでした。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズは
「建物の風格は人間と同じくその外見よりもむしろその内容にある」という信念で、全国約1,600もの建築設計に関わったそうです。

住む人や使う人々のことを思いやったその建物に、レトロ建築に興味を持ち始めた頃から憧れていました。

国登録有形文化財のウォーターハウス記念館、アンドリュース記念館、ヴォーリズ記念館、旧八幡郵便局、池田町洋館街などなど
見たいもの行きたい建物は果てしなくありましたが、この時は車でないとちょっと行きづらい場所を優先しました。
(いつか一人で電車で行けそうな建物は見送った)

それが、当時不治の病として恐れられた結核治療を目的とした「近江療養院」(現・ヴォーリズ記念病院)です。



ヴォーリズ記念病院ツッカーハウス
旧近江療養院(サナトリウム)本館 
1918(大正7年)年築
国の登録有形文化財
滋賀県近江八幡市

樹木で大分見えないのですが・・・
(老朽化の為、建物周辺へは立ち入り禁止。坂道から撮影)


左右にあるベイウィンドウ部は日光浴室。
(左側しか撮れなかった)


木々の間からですが、採光に注意をはらったという大きな窓が、かろうじて見えます。

建物そのものが日光消毒されるよう、そして患者にとっても太陽光が治療の一助となるよう建てられているそう。

受け入りの知識ですが、
日照の方角や時間を計算し、冬至期でも最大の熱量が得られるよう
窓の形状や間隔、建物内の配置など効果的に建てられたということです。
人への思いが伝わる建物です。


現代では結核は治療できる病気。でも当時は不治の病として恐れられ、しかも患者は社会から排除されるような時代だったようで・・
しかしヴォーリズはかねてより、結核の療養院建設を志していたそうです。

記念病院の敷地内から裏側へ回ってみました。
通りすがりの職員さん?に撮影してもよいか聞くと、旧本館敷地に入らなければいい、ということでした。







かなり老朽化しており、心配になります。
立入禁止なのも充分にわかる。




こちらは通用門かな。




ツッカーハウスは、日本で先駆的な私設の結核療養施設の本館として使われたのち、
ヴォーリズ記念病院旧本館として地域医療に貢献したそうです。





ところで建物の名称のツッカーハウスとは、
結核により亡くなる人の命を救いたいとのヴォーリズの思いに共感した米国のメアリー・ツッカー女史の多額の寄付金により、創設されたことからその名で呼ばれているということです。

画像は2019年なので、今回記事を書くにあたり検索してみると、なんと2021年9月各情報サイトに
「ツッカーハウスの保存活用へ」という記事を何件か見付けました。

15年位前に解体も発表され、取り壊しが決まりましたが
市民グループの活動によって改修されながら保存されてきたそうです。
一般公開するために耐震工事を予定しており、その資金の一部としてクラウドファンディングも実施されたそう。

工事スケジュール(案)も掲載されており、
2021年年内:工事着手
2022年8月:諸工事完了
2022年10月:建物使用開始
ということです!

滋賀県はまだまだあと何回も行きたいので、ツッカーハウスの一般公開を待とうと思います。


次回の記事もまだまだヴォーリズ建築です


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

創業昭和20年「栄屋ミルクホール」が10/8閉店

2021年10月05日 | エコいろいろ

2019年滋賀京都の途中ですが、、、またしても急な投稿。

インスタにも載せましたが、
東京・神田多町二丁目にある、あまりにも有名なラーメン店「栄屋ミルクホール」
こちらが10/8に閉店すると、先月21日深夜に知り合いから聞きました。
仕事が忙しい時期に突入していて難しいかなと思ったけど、なんとか先日仕事の合間にラーメン食べに行って来ました。






神田多町・神田司町・神田須田町と、このあたりは見事な木造建築や近代建築に銅板などレトロ建築が多いので、
これまでも頻繁に散策しており、こちらも外観だけは何度も撮影したのですが、中に入る機会がありませんでした。
(どうしても純喫茶行っちゃうから…)
参考までに☆ノスタルジック東京5*神田須田町レトロ建物探訪

なのでこの建物の中で、ラーメン食べてみたかったのです。
話によると、ラーメン屋としては別の場所で再出発するそうですが、この戦前建築の中で食べることが出来るのは10/8が最後。
(建物は区画整理で解体されるそう)

あと、レトロ散策ではいつも営業時間終わってから建物撮影していたみたいで、
「ミルクホール」の暖簾が出てる画像が2013年に撮影したもの1枚しか持ってなくて・・
ノスタルジック東京13~銅板張り看板建築~

最後にキレイに撮りたかった。※30枚位撮った^^;






側面は赤茶けている。



広角でも1枚。












銅板は、最初はピカピカの銅の色。赤橙色というらしい。
でもその輝く時代は数か月で半年もすると光沢感は落ち着くそう。
そして経年変化で、赤橙色→褐色→暗褐色→黒褐色→そしてあのキレイな緑青色へ変化する。

大都市にある銅板建築の銅板は、排気ガスの影響でキレイな緑青にはなりにくいそうですが、
それでも戦前の銅板建築!大変貴重です。
※山間部や海岸近くでは、比較的キレイな緑青が生成されるとのこと。
※自然環境に左右される









もう最後だと思うと、色々な角度から撮る。





12:45、お店を出た時には麺も売り切れだったのか注意書きの看板も片付けられ、
列がなかったので、こんな風に外観やディテールを人が写らず撮れました。
(入店前に撮影したものは人が写っていて、トリミングしています)






この日は11:40到着で列は10~15人位。
入店12:20、着丼12:30。
(画像のデータより)
カレーのルゥは既に売り切れでした。
私はラーメンと決めていたので問題ないのですが、カレーも美味しく、人気だったようです。


少し生姜が効いたシンプルな醤油ラーメン(チャーシューメン)。
クセはないのにクセになる味。とがっておらすまろやかな醤油味でとっても美味しい。
これはまた是非いつか食べたい!









店内は満席で撮れなかったけど(でも感染防止対策で席数は減らされていたかも)
食べ終わってお会計して外に出た時に、手前だけパチリ。
向かい合わせ用のアクリル板も一応ありました。





消毒液が置かれたトレイは、
昭和食堂の銀のトレイ^^

店内でおしゃべりする人もほとんどいなかったし、十数人の列も誰もしゃべらずシーンとした列でした。
そこはやはり日本人のいいところだなぁ。まぁ皆さん一人で来てるってのもある^^;



昭和20年創業、素晴らしい銅板張り看板建築。
お店の方へはもちろんだけど建物にもお疲れ様でしたと言いたい。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする