ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-一筋縄ではいかない政治

2022-06-16 21:21:46 | 大人の童話
《条件は揃っていたんだよね。本音を言い合えてたら、僕らの出番もななかっただろうに》
 セランにルージュサンも同意する。
《大切なことほど口に出せない。遠慮しあった十一年。長かったでしょうね》
《十四か。綺麗な顔だったが、まだ子供だ。二年も前に、よく嫁に出せたもんだな》
 ムンの呆れ顔の下には、怒りが潜んでいる。
《おまけに華奢だ。腕なんか親指と中指で回るぞ。あんなんでこれから生きていけるのか?<贄の妻>だなんだ、この国は変なことばっかりだ。イーニャみたいなのはそういないだろう》
 オグは憤りを隠さない。
《抜け道は、どこにでもあるものです。大体は売られた子供か、奴隷がなります》
 ルージュサンの説明を聞き、オグが鼻に皺を寄せた。
《最低だな。そもそも妻が<棺入り>するのがおかしい。しかも今時。なんで禁止しないんだ》
《禁止したこともありましたが、復活させました》
《折角止めたのに?》
《女性の変死が増えたのです。この国の富裕層は、多くが複数の愛人を持っています。彼女達の地位は低いけれど<棺入り>しなくていい。それでバランスが保たれていたのです》
《じゃあ愛人も禁止すりゃいいんだ》
《私も同感です。けれどこの国で権力を握っているのは、その男達ですから。一筋縄ではいかないようです》
オグは口をへの時にして、黙りこんだ。
 青臭い夜気の匂いが、濃く感じられる。
 暫くの間、四人の足音と混ざるのは、耳鳴りに似た虫の声だけだった。
《政も大変なんだな》
 畑を別ける道を抜けたところで、オグが呟いた。
《そうですよ。フレイアも昔は、軍人のようにきりっとしてました。町に出て民の声を聴いたり、王の第一子として、必死だったようですよ。従者二人と嫁ぎ先を出された今だって、従者の衣食住はみなければならないんです。貰った一時金は大金に見えても、自分一人が一生を過ごすのにも厳しい額ですからね。大変ですよ》
 オグが目を丸くした。
《あの、歩くとポンポン花が飛び出しそうなフレイアが?》
 他の三人が、同時に吹き出した。
《花束になさって、お売りになるとよろしいわ。きっと、高く売れましてよ》
 ルージュサンがフレイアを真似た。
《そっくりだ》
 セランが嬉しそうに手を叩く。
《百年近く前、村にサス国からの使者が来たそうだ》
 ひとしきり笑った後、オグが言った。
《そして、他の国から守ってやるからサス国の村になれと言った。村人より多い兵士を連れてな。サス国は遠い東の国だと思っていた村長は驚いたが、選択の余地は無かった。それから村は税と、時には兵士も取られるようになった。村は何百年も前からそこにあった。村だけで上手くいってたんだ。それなのに、だ。何でも貢がせて好き勝手やってる連中、それが王族だと思ってた。だからお前達への反発心が消せなかった・・・悪かった》
 最後は独り言のように、小さな声になる。
 他の三人の微笑みが、柔らかな空気になって、オグを包んだ。
《でも火葬だろ?骨でばれたらどうするんだ?》
 思い出したようにオグが聞いた。
《その時は<そぐわない二人を彼の地の番人が分け、妻は妻でなくなって、己に相応しい場所に送られた>ことになります》
《なんだそれっ!?》
 オグが思わず大声を上げた。
《抜け道はどこにでもあるものなのですよ》
 ルージュサンが笑った。









楽園-Eの物語-エバ

2022-06-10 22:16:27 | 大人の童話
 一行と別れたエバは、南の町に向かった。
 母の姉が嫁いだ農場を訪ねるのだ。
 隣には侍女だったイーニャの父。
 手燭が頼りの夜道も、怖くは無かった。
-絵空事のような半日だった-
 エバは足元に気を付けながらも、午後からの出来事を思い出していた。
 使いに出たイーニャがなかなか戻らず、気を揉んでいると、赤毛の女性を連れて帰ってきたのだ。
 満ち溢れた力が、黄金色に輝いて見えたその人は、ルージュサンと名乗った。
 そしてイーニャが『贄の妻』になるつもりだったと、教えてくれたのだ。
 それを聞いて私は、イーニャと初めての喧嘩をした。
 声の大きさこそ抑えていたけれど、罵り合いの大喧嘩だ。
 イーニャは彼女の母親が出した火事が元で、私が母を失ったことを気に病んでいた。
 隠れ鬼をしたままクローゼットで眠ってしまった私を探し回ったせいで、イーニャの母親が亡くなったことを、私が悔やんでいたように。
 イーニャの気持ちを知って、私は生きないことを止めた。
 私の婚礼が決まった時、伯母が訪ねてきて言ったのだ。
「もしもの時、覚悟があったらこれを使いなさい。私の農場に来れば、こき使うけど自由はあるわ」
 そして小瓶を二つ渡された。
 眠り薬と、体の働きが極端に落ちる毒だ。
 夫とは疎遠だった。
 けれどイーニャの母親とその家族への償いの為に、使わないつもりだったそれを、使うことにしたのだ。
 打ち合わせはすぐに済み、後は計画通りに進めるだけだった。
 私は棺入りの服に着替えて、棺入りの毒の代わりに小瓶の毒を飲んだ。
 私は棺に納められ、夜更けにはイーニャが寝ずの番の男に出すお茶に、眠り薬を盛って裏の塀から螢石を投げる手筈だ。
 予定通り棺の中で目覚めた私は、途端に死臭で噎せそうになった。
 私はそれを、夫への裏切りの罰だと感じた。
 孫に近い年齢の自分を、お金で買うように後妻にした夫は、固太りで脂ぎり、見るからに精力的だった。
 けれど婚礼の夜、緊張で失神した私に『十五になるまで待とう』と、言ってくれたのだ。
 以来夫は私を遠ざけ、婚家は針のむしろだった。
 そして夫は突然逝った。
 だからこれが二人で過ごす、最初で最後の夜だった。
 そう気付くと厳粛な気分になり、時はゆっくりと、そして一瞬に過ぎた。
 紐を解く音に我に帰ると、やがて棺の蓋が開かれた。
 音を立てぬよう棺から這い出し、死臭の上に喪服を纏うと、男の声が聞こえた。
 寝ずの番の男が、予定より速く目覚めたのだ。
 私は棺に取りすがるふりをして、紐を絞めては後ろに下がる、を繰り返した。
 全ての紐を絞め終わり振り向くと、ルージュサンの舞が終わるところだった。
 彼女が両腕を高く掲げた時、空気の淀みを巻き込んで、天高く解き放ったのだ。
 棺からも、もやのようなものが滲み出して、それに導かれるように一体となり、天へと昇った。
 その時私に染み付いた死臭が、芳しい花の香りに変わったのだ。
-私は愛されていた-
 それは突然襲ってきた。
 確信さえも及ばない、事実としてただあった。
-私は赦されている-
 それも同時に、ただ事実としてそこにあった。
 込み上げる歓びと供に屋敷を出ると、イーニャの実家で旅姿に着替えた。
 イーニャの父親は私を恨むどころか優しく出迎え、伯母の農場まで送ってくれるというのだ。
 旅人達も又、優しかった。
 度を越した親切も、優しさから来るものなのだろう。
 言葉を失うほど美しかったり、華やかだったり、無口だったり、ぶっきらぼうだったりしたけれど。
 その目の暖かさは同じたった。
 二度と会うことは叶わないだろうけれど、魅力的な人達だった。
 イーニャはどうだろう。
 彼女のお陰で、母の居ない実家でも、冷ややかな婚家でも、笑って過ごせた。
 再び人生を重ねることが出来たら嬉しい。
 足元が疎かになり、エバは小石に躓いた。
 とっさにイーニャの父親が、二の腕を掴んでくれる。
 布越しのその掌も、エバには温かく感じられた。


楽園-Eの物語-葬送の舞

2022-06-03 21:24:19 | 大人の童話
合図は北側の屏の中から、外に投げられた螢石だった。
 小柄な女を左右から支えるように、林の陰から二人の男が出てきた。
 後に続くのは、男と女だ。
 全員が白い喪服で、体を覆っている。
 正面に回ると、入口を挟んで二人の門番が、松明の横に立っていた。
 夜通し弔問を受けるしきたりとはいえ、夜中に訪れる者は少ない。
 しかも深夜だ。
 門番達は一行に、不審の目を向けた。
「疱瘡が顔に出来、高熱も出ております。けれども旦那様とは、浅からぬご縁があるゆえ、人目を忍んで参りました」
 男の一人が、澄んだ声で囁いた。
 喪服のストールで顔は殆ど見えないが、美しい手や顎先だけでも、下賤の者ではないことが見て取れる。
 浮き名を流すこと絶え間なかった、故人の相手の一人を連れて来たのだろうと、門番達は母屋の入口を指し示した。
 そこにも若い男が一人立っていた。
 先程の台詞を繰り返しても、若い男は一行を凝視したままだった。
「私も昔は、若い女でございました。お察し下さい」
 少し年寄った、弱々しい声が一行から聞こえた。
 若い男は少し考えた後、顔を赤らめ、横を向いた。
 白い大理石が張られた廊下を静かに進むと、左側の扉が一つ、開け放たれていた。
 中を覗くと、寝ずの番をしている筈の男が、白髪の頭を後ろに投げ、椅子の背もたれに上体を預けている。
 両腕もだらんと垂らして、脱力していた。
 部屋の奥に組まれた祭壇は、大人の腰より高い。
 三方を囲むように垂らされている、吊るし飾りが鮮やかだ。 
 赤と紺の玉に嵌められた、貝細工の精緻さも目を引く。
 その中程にある台座には、大きな布張りの棺が置かれていた。
 一面に刺繍が施されたその蓋は、頭側が一ヶ所、足側が一ヶ所、左右は五ヶ所づつ、飾り紐で本体と縛られている。
 男二人はその横に、支えていた物を下ろした。
 それは重い絨毯を皮で包んで『棺入りの服』を着せ、喪服を纏わせただけの人形だった。
 男の一人は人形の服に手を掛け、残りの三人は棺の紐を解きにかかった。
 女はするすると、男達は不器用な手つきでほどいていく。
 頭側と足元、右側を外したところで蓋を開けようとしたが、ピタリと閉まっていて外せない。
「左側は緩めるだけにしましょう」
 女が小声で言った。
 残りの紐を全て緩めて右側を持ち上げると、蓋が斜めに開く。
 その隙間から『棺入りの服』を着た女が静かに、けれど素早く滑り下りた。
 人形から脱がせた喪服を、黙って手に取る。
 四人は紐を元通りに縛り始めた。
 後は左側の紐を絞め直すばかりになったところで、小さな声が聞こえた。
「ん?んん」
 寝ずの番の男が、体を起こそうとしている。
 女が紐を放して、音もたてずに祭壇から飛び降りた。
 喪服を着終えた方の女は、棺に取りすがる。
 歳嵩の男が、取りすがる女を宥めるように前に回り、男の一人が引き離したそうに後ろに付く。
 残りの男は棺の後ろに立ち、寝ずの番の男から、仲間を見えにくくした。
 寝ずの番の男は眠りから覚めると、祭壇に目をやった。
 眠ってしまった疚しさも手伝って、訳ありの女がこっそり来たのだろうと、自分を納得させる。
 すると後ろから、布がはためく音が聞こえた。
 慌てて振り向くと、女が舞っていた。
 僅かに腰を落とし、肩の位置はぶれない。
 二の腕は肩より上げないまま、ゆったりと腕を動かし、自在なテンポで足をさばく。
 葬いの舞だった。
 抑えた動きに密度を増した情感が、辺りの空気を染める。
 神経の行き届いた指先からは、時折光が放たれるようだ。
 祭壇では、女と前に回った男が、体の陰で紐を絞め直していた。
 一度絞め直すと、後ろの男が女の体を引いたように動く。
それを二回繰り返して全ての紐を元に戻し終えた。
 舞っていた女が、すい、と爪先立ちになり、両腕を高く掲げる。
振られた袖に巻き上げられた空気が、部屋中の淀みを吸い上げて、全てが天高く昇華していく。
 その光を見送ると、女は床に伏し、霜が降るように静寂が訪れた。
 寝ずの番の男が、呆然としている間に、祭壇から下りた四人と連れ立ち、女は去って行った。 


楽園-Eの物語-贄の妻

2022-05-27 21:28:48 | 大人の童話
「つまりそのナイフは、久しぶりに帰って来た娘さんに、急いで干し肉を切っていたものなんですね」
 男の家は粗末だったが、ほどほどに片付いていた。
 オグは男と娘を並んで座らせ、向かいにルージュサンと並んで座った。
「そうだよ。そしたら果物屋のかみさんが、娘の仕えているお嬢様の旦那様が、亡くなったって知らせに来たんだ。そんな時に家に来たとなれば『贄の妻』にさせられるに決まってるだろう。聞こうとした途端に逃げ出したんだ」
「『贄の妻』?」
 オグがルージュサンの顔を見た。
「この辺りには、豪族の当主が亡くなると、妻が供に埋葬される風習があるのです。けれど妻の髪を懐に入れた独り身の女性が、身代わりになることもあります。それが『贄の妻』です」
 オグが嫌悪感を露にした。
「なんだそれ。後追い自殺無理強いかよ。おまけに身代わりだって?」
 オグが娘を見る。
「何であんたが死ななきゃならないんだ?そんなとこ辞めればいいじゃないか」
 娘がオグを睨む。
「お嬢様は気位の高い方です。私が代わると言えば止めるでしょう。だから早く帰して下さい。気付かれてしまいます」
「あんたは何で死にたがるんだ」
 オグが怒るように聞いた。
「貴方には関係ないでしょう?」
 娘はオグを睨んだままだ。
「お父様、ご事情をお聞かせ願えますか?」
 ルージュサンの微笑みには、有無を言わせぬものがある。
 男は半ば目を伏せて、ぼそぼそと話し始めた。
「俺たちは昔、隣町に住んでたんだ。近所のお屋敷で女房は下働きをしてたんだが、火の不始末をしちまった。三歳だったお嬢様を助けて女房は死んだし、煙を吸ったのが元で、体が弱かった奥様も亡くなった。旦那様は咎めなかったが、十三だったこいつは奉公に出た。そしてお嬢様がこの町に嫁ぐ時も、付いて来たんだ。俺も心配で越して来たんだが、案の定この始末だ」
 次第に大きくなっていった男の声は、仕舞いには娘に向けられていた。
「お嬢様は三歳でお母様を亡くされたのよ。それからは妾達に邪険にされて、たった十二で四十も上の男に嫁がされた。そして二年で死ねっていうの?母さんが火さえ出さなければ、全部無かったことなのよ?」
「だからってお前が死ぬこたないだろ!嫁にも行かず尽くして来たんだぞ。もう十分だ!!」
「違うのよ。お父さんは全然分かってない!あぁ、最後に一目なんて、思わなきゃ良かった!」
 睨み合う二人に、ルージュサンが提案した。
「気持ちの行き違いがあるようですが、時間が無いのでしょう?先ずはそちらを解決しましょう。お父上はお嬢様に、お嬢様はお仕えしている方に、亡くなって欲しくない。であれば二人とも助ければ良いのです。理解し合う時間は、その後で十分に持てる筈です」
「そんなこと出来るのか?」
 口にしたのは男で、目を丸くしたのは娘だった。
 ムンは大体察した様子で、オグとセランは手伝う気満々で笑みを浮かべた。


楽園-Eの物語-衝突

2022-05-20 21:23:13 | 大人の童話
 木の靴底が土を蹴る音に、一行は振り向いた。
 目に飛び込んだのは、若い女がドレスを閃かせ、全力で走る姿だ。
 ルージュサンとセラン、ムンは道を開けたが、避け損ねたオグが女にぶつかり、派手に尻餅を着いた。
「すみませんっ」
 そう言って立ち上がろうとした女が、自分の裾を踏み、又膝を着く。
「捕まえてくれっ!」
 野太い男の声がした。
 反射的にオグが女の右手首を掴む。
 今度はごま塩頭の男だった。
 必死の形相で走ってくる。
「すまん。助かった」
 息を切らせながら言うと、女に左手を伸ばす。
 オグは急いで立ち上がり、女を背に庇った。
「それは家の娘だ。渡してくれ」
「止めてよっ。もう決めたの」
 睨み合う二人を、オグが見比べる。
「渡しても逃がしても、後味が悪い。話を聞かせて下さい」
「悪いがあんたには関係ない」
「いいから放して下さいっ」
 二人が同時に言う。
 オグがまず、女を見た。
「こんな風に逃げても、親を心から振り切るなんて出来ない。きっと後悔する」
 女はすがり付く様な目で、首を小さく横に振る。
「そうだ。とにかく家に戻ろう」
 再び伸ばされた男の手を、オグが阻む。
「帰せるわけないだろう!」
 オグの視線が、男の右手に注がれた。
 その手にはナイフが握られていた。