《条件は揃っていたんだよね。本音を言い合えてたら、僕らの出番もななかっただろうに》
セランにルージュサンも同意する。
《大切なことほど口に出せない。遠慮しあった十一年。長かったでしょうね》
《十四か。綺麗な顔だったが、まだ子供だ。二年も前に、よく嫁に出せたもんだな》
ムンの呆れ顔の下には、怒りが潜んでいる。
《おまけに華奢だ。腕なんか親指と中指で回るぞ。あんなんでこれから生きていけるのか?<贄の妻>だなんだ、この国は変なことばっかりだ。イーニャみたいなのはそういないだろう》
オグは憤りを隠さない。
《抜け道は、どこにでもあるものです。大体は売られた子供か、奴隷がなります》
ルージュサンの説明を聞き、オグが鼻に皺を寄せた。
《最低だな。そもそも妻が<棺入り>するのがおかしい。しかも今時。なんで禁止しないんだ》
《禁止したこともありましたが、復活させました》
《折角止めたのに?》
《女性の変死が増えたのです。この国の富裕層は、多くが複数の愛人を持っています。彼女達の地位は低いけれど<棺入り>しなくていい。それでバランスが保たれていたのです》
《じゃあ愛人も禁止すりゃいいんだ》
《私も同感です。けれどこの国で権力を握っているのは、その男達ですから。一筋縄ではいかないようです》
オグは口をへの時にして、黙りこんだ。
青臭い夜気の匂いが、濃く感じられる。
暫くの間、四人の足音と混ざるのは、耳鳴りに似た虫の声だけだった。
《政も大変なんだな》
畑を別ける道を抜けたところで、オグが呟いた。
《そうですよ。フレイアも昔は、軍人のようにきりっとしてました。町に出て民の声を聴いたり、王の第一子として、必死だったようですよ。従者二人と嫁ぎ先を出された今だって、従者の衣食住はみなければならないんです。貰った一時金は大金に見えても、自分一人が一生を過ごすのにも厳しい額ですからね。大変ですよ》
オグが目を丸くした。
《あの、歩くとポンポン花が飛び出しそうなフレイアが?》
他の三人が、同時に吹き出した。
《花束になさって、お売りになるとよろしいわ。きっと、高く売れましてよ》
ルージュサンがフレイアを真似た。
《そっくりだ》
セランが嬉しそうに手を叩く。
《百年近く前、村にサス国からの使者が来たそうだ》
ひとしきり笑った後、オグが言った。
《そして、他の国から守ってやるからサス国の村になれと言った。村人より多い兵士を連れてな。サス国は遠い東の国だと思っていた村長は驚いたが、選択の余地は無かった。それから村は税と、時には兵士も取られるようになった。村は何百年も前からそこにあった。村だけで上手くいってたんだ。それなのに、だ。何でも貢がせて好き勝手やってる連中、それが王族だと思ってた。だからお前達への反発心が消せなかった・・・悪かった》
最後は独り言のように、小さな声になる。
他の三人の微笑みが、柔らかな空気になって、オグを包んだ。
《でも火葬だろ?骨でばれたらどうするんだ?》
思い出したようにオグが聞いた。
《その時は<そぐわない二人を彼の地の番人が分け、妻は妻でなくなって、己に相応しい場所に送られた>ことになります》
《なんだそれっ!?》
オグが思わず大声を上げた。
《抜け道はどこにでもあるものなのですよ》
ルージュサンが笑った。