夜半を過ぎて砂がチリチリと冷えた頃、ルージュサンは起き出して焚き火へと向かった。
砂漠狼の警戒に、ムンが番をしているのだ。
少し離れて休んでいたベイが、睫毛で重たそうな瞼を上げた。
ルージュサンが耳元で優しく囁き、隣に座る。
左手でその体を撫でると、ベイは気持ち良さそうに、首をルージュサンの肩に預けた。
《そろそろ替わります》
ルージュサンが、火を挟んで座っているムンに言った。
《そうだな。そのラクダもその方が嬉しそうだ。随分懐いたな。動物は好きか?》
《今まで触れ合った動物は、概ね好きです》
《そうか》
ムンは焚き火に視線を落とした。
《俺は猟師だ。山に入って獣を射る。その肉と皮で生かされてる。妻とオグを町に出してる時も、それで稼いだ》
《そうですか》
ルージュサンはムンを見つめ相槌を打つ。
《そのせいか、獣には嫌われる》
ムンは苦笑いをして続けた。
《子供達は四歳だったな》
《はい》
《俺には子供がいない。でもオグが懐いてな。不出来な甥だがそれでも可愛い》
ムンが顔を上げてルージュサンを見た。
《お前の子達は美しい上、随分利発だ。でもお前は振り向かなかった。一度も》
《お褒め頂いたのに恐縮ですが、まだまだ子どもです。振り向けば思いが募りましょう》
《聞き分けが良すぎて不憫か。ではなぜあの男が行くと決めた時<有難う>と、言ったのか》
《私が行きたがることを推して、決めてくれたからです》
《義を重んじる妻と、思い遣る夫か》
ムンの言葉に、ルージュサンが薄い笑みを浮かべた。
《私は義を重んじているのではありません。切り捨てる勇気が無いだけです》
《・・・大体のことはそんなもんだ》
火がはぜた。
炎に照らされたムンの頬を、ルージュサンが見つめる。
《有難うございます》
ムンが黙って首を振る。
《神はなぜ、神の子を捧げさせると思うか》
《まずは、少女に分けて失ってしまった山の気を、取り戻す為だと考えています。次には、その特徴ゆえに、里では生きにくい子を救済するという意味があるとも推測しています。そして、もしかしてですが、神も寂しいのかと》
《神が寂しい?面白いことを言う。では女になぜ歌わせる?》
《子どもを慰める為、そして母親に踏ん切りを付けさせるためだと考えています》
《神は、人の心がわかると考えるか》
《長い間、祈りを捧げられれば、人の気を帯びることもあるようです》
《神の情けで、帰れると思い付いて来たか》
《セランは楽しく生きているようですが、安心材料はそれだけです。山の気を補充するには、不完全な存在でしょうから、帰して貰えるどころか、不足分を要求されかねないと思っています》
ルージュサンが肩を竦めてみせた。
《気の補充・・・我らが考えるべきだった。食べ物を備え、歌で知らせる。それだけだった》
ムンが苦く嗤った。