ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語・バックヤードー庭と王妃と廃太子

2021-01-29 21:24:48 | 大人の童話
デザントの朝は、広い部屋にポツンと置かれたベッドから始まる。
目覚めたらまず身支度を整え、朝食を取る。
 王妃の部屋に挨拶に行き、本の塔に登って講義を受ける。
 軽い昼食を挟んで又講義を受けると、短い休憩の後、湯を浴びて、王妃、デュエールと共に夕食を取る。
 王妃は気を遣って、時々話しかけるが、会話は続かない。
 デュエールはいつも曖昧な微笑みを浮かべて、二人の様子を見ながら、挨拶をするだけだ。
 その後、寝る迄の時間は、一人で過ごす。
 今迄とあまりに違っていた。
 侍従や侍女達もよそよそしく、デュエールと比べ、失望している様子が垣間見えた。
 母もいない。
 ダコタもいない。 
 あそこには、もう帰れないのだ。
自分が後継ぎになってまったから。
 その自分がまずしなければならないことは、勉強だ。
 デザントは、自分にそう言い聞かせて、毎晩机に向かった。
 けれどもなかなか、思うようには進まなかった。

「今日はここまで」
 壮年の教師は、僅かに首を曲げて、デザントを見た。
「王太子様。最初に申し上げた通り、今までとはお立場が違います。学ぶべきことも、その量も、全く異なるのです。殿下はまず、その入り口に立たなければならない。焦りは禁物ですが、急ぐことは必要です。今日お教えしたことは、次までにしっかり、身につけてらっしゃるように」
「はい。有難うございました」
 俯いたまま立ち上がって教師を見送り、デザントは溜め息をついた。
 窓の外を見たが、自分達が遊んだ庭の木は、よく見えない。
 身を乗り出そうとして、窓枠に付いた手が滑った。
 慌てて体を中に戻す。
 そして、壁を背に座り込んだ。
 ダコタの姿が見えたとしても、自分はもう、手を振ってはいけないのだ。
 又、甘えたくなってしまうから。
 第一、自分にその資格は無い。
 あの日、自分は振り向かなかったのだから。
 デザントは階段を駆け下りた。
 庭に飛び出すと、小道を進んで茂みの陰で丸くなる。
 精一杯、頑張っているのだ。
 それでも出来ない。
 どうすれば良いのか分からなかった。
 このまま見つからなければいい。
そんな思いと、楽しかった記憶、教師達の冷たい横顔が、頭の中をぐるぐると回る。
 暫くそうしていると、目の前に影が落ちた。
「どうしたの?」
 デュエールだった。
 長かった赤毛は、短く切り揃えられている。
 いつもな曖昧な笑みのまま、デザントの左横にしゃがみこんだ。
「なんでもないです」
 顔を背けてから、相手の耳が不自由だったことを思い出す。
 しぶしぶデュエールの顔を見て、口を大きく動かしながら、同じ言葉を繰り返す。
「何でもないです?」
デュエールの確認に、デザントは頷いた。
「有難う。そんな風に話してくれると少し分かる。でも」
デュエールが首を傾げた。
そうすると、十一歳らしい幼さが目立つ。
「何で泣いているのかが分からない」
「泣いていません」
デザントはとっさに言い返した。
それから口を大きく動かし、もう一度。
「泣いていません」
 言葉にしたら、涙が溢れた。
 本当はずっと、泣きたかったのだ。
涙が自然に止まるまで、デュエールは横にいた。
「頑張っているのに、勉強が出来なくて」
 デザントがポツポツと話し始める。
「出来ない?ご免ね。他は?」
 デザントは指で土に書いた。
「皆にも馴染めなくて」
 これも後から土に書く。
「ああ、それは僕も悪かった。心細い思いをさせてご免ね。これからは一緒に復習しよう。今みたいに口を大きく動かしたり、書いてもらったり、面倒だとは思うけど。僕も口を読む練習にもなるしね。王妃様はサス国で生まれたから、その国のダンスがお得意なんだ。習うといいよ。かなり動くから僕は無理なんだけど、殿下なら大丈夫」
「デン、でいい」
「え?」
「デン、がいい。デンと呼んで下さい」
「デン?わかった」
 デュエールが微笑む。
「じゃあ僕のことは、デュー?」
「兄上、がいいです」
「兄上?」
「はい」
 デザントは少し照れながら頷いた。
「じゃあ、そうしよう」
 デュエールがデザントの頭に手を置いた。

軽快なリズムに合わせてデザントが回る。
 ステップ三回で右に三回転、左にターンして手拍子、すぐに逆回りで繰り返す。
 男性がサポートする時は、デザントは手を伸ばすだけで、王妃が一人でポーズを取る。
 それでも王妃は楽しそうだった。
「本当にデンは筋が良い。私と背丈が釣り合う時が待ち遠しい」
 曲の合間に声を掛けられ、デザントが嬉しそうに笑顔を返す。
 デュエールは鈴を片手に、微笑みながら見守っている。
 再び曲が始まった。
踊りながら王妃は、思考に沈む。
 どうしてデュエールを丈夫に生んであげられなかったのか。 
 どうして耳を聞こえなくしてしまったのか。
 人一倍賢く、王家を繁栄させるという、赤毛に生まれついたのに!。
 王妃である私と王との、ただ一人の愛し子なのに!!。
 夜通わなくなったのは、王の気遣いだ。 
 廃太子も、デュエールの体を思ってのことだ。
 デザントも第一夫人も、ある意味被害者だ。
だけど!!。
 頭の中の、堂々巡りは終わらない。
ーそれでもー
デザントは活発で努力家だ。
デュエールは、穏やかな笑みを浮かべながら、鈴でリズムを取っている。
 二人は互いに学び合うことで、次第に仲良くなって来た。
ーこれでいいー
 頬を紅潮させ、息を弾ませながら、王妃は思った。
 思いは消えない。
 けれどもこうして、時間をともにすることで、少しづつ感じ方が変わってくるだろう。
ーこれでいいのだー
 王妃は左にくるりと回った。

二人での勉強は、一年ほどで必要がなくなったが、週一回のダンスは、習慣になっていった。
 デュエールが十五歳になり、別の棟に移っても、それは続けられた。

「王妃はっ!」
 王が丘の上の別荘に、飛び込んで来た。
 王妃が雷に驚いて、崖から足を踏み外したのだ。
 途中の枯れ木に引っ掛かり、下までは落ちずに済んだが、その枝に太股を裂かれ、出血が止まらなかった。
 デュエールと共に、療養に訪れていた時のことだった。
 寝台の左側に医師と侍女が、右の枕元にデュエールが立っている。
 デュエールが一歩下がって、王が王妃の右手を取った。
「王妃っ」
 王妃が薄く目を開けた。
 苦しい息の下、途切れ途切れに言う。
「私は、王妃としての、役割を、十分に、果たすことが、出来ません、でした。申し訳、ございません、でした」
「何をいう王妃。私こそ未熟な王であった。許してくれ」
「畏れ、多いことで、ございます」
 王の手に、力が加わった。
「王妃。いや、ジャスミン。私は身勝手な夫であった。今だけは、いや、一度くらいは、妻として、不満の一つも聞かせてくれ」
 王妃が微かに笑った。
「そう、ですね・・・・。少し、ほんの、すこおし、寂しく、思って、おりまし、た」
 言い終えると、静かに目を閉じた。
 

楽園ーFの物語・バックヤードー木登りと兄弟

2021-01-22 21:18:53 | 大人の童話
「デン!早くおいでよ!」
「待ってよ、ダク!」
 広い宮殿の中、第一夫人が住む一角は、特に賑やかな場所だった。
 七歳になったばかりのやんちゃな双子の王子達が、しょっ中騒動を起こしているからだ。
 いつもは目を細めて見守っている、第一夫人の姿が今日は無い。 
振り回される侍女達は、案外楽しそうだった。 
「母上は、父上のところだよね?」
「うん。きっとあっちの方」
 思い思いの枝に乗り、本殿を探す。
 建物と塀に阻まれてそれは見えなかったか、木の上は二人の大好きな場所だった。
 ダコタが上の枝に登り、横に身を乗り出す。
「あ、『本の塔』が見える!」
「皇太子様は、今も勉強なさってるのかな」
「こっちおいでよ。見えるから」
 ダコタが別の枝に移り、デザントが上の枝に手を掛けた。
 その時。
 枝が折れた。
「デンっ!」
 デザントが背中から地面に落ちた。
ダコタが急いで木から下りる。
侍女達も慌てて駆け寄った。
デザント暫く息が吸えなかったが、ダコタに笑顔を作って見せた。
 そして上体をゆっくりと起こすと、ダコタがしっかりと抱き締めた。
「ごめんなさい。でも大丈夫」
 デザントが侍女達に謝る。
「僕がさそったんだ。ごめんなさい」
 ダコタが庇う。
「ご無事そうで何よりです。仲が良いのも素晴らしいこと。けれど、この事はお母様に報告しなければなりません」
 乳母のセレアが言った。
「あ、母上」
 デザントが母の姿を認めた。
 こちらにゆっくりと歩いてくる。
「申し訳ございません。今、デザント様が」
 謝るセレアを、夫人が遮った。
「聞こえていました。木登りを黙認していたのは私です。心配をかけて悪かったわ。ご免なさいね」
 夫人は恐縮する侍女達から、デザントに視線を移した。
「大丈夫?どこか痛い所はありませんか?」
「うん。息がちょっとできなかっただけ。今はなんともない」
「良かった」
夫人はデザントを抱き締めた。
そして立ち上がり、王子達に言った。
「私の部屋にいらっしゃい。大切な話があります」

部屋に着くと、夫人は二人を並んで座らせ、自分は向かいに腰掛けた。
「デュエール様はお体がご丈夫ではなく、先日の病で、お耳がご不自由になられたのは知っていますね」
 二人を交互に見ながら話す。
「デュエール様は明日、王位継承権を剥奪され、王太子様ではなくなります。そしてデザントがお世継ぎになります。明日からデザントはお妃様の御子となり、あちらで暮らすことになるのです」
 王子達は、お互いと母親の顔を交互に見る。
言っていることは分かる。
分かるが、 心の理解が追い付かないのだ。
「どうして、デンなんですか?」
 ダコタが聞いた。
「僕達はそっくり同じです。なのになんでデンだけが?」
「デザントが兄だからです。双子とはいえデザントが後から生まれて来た。先に腹に宿ったからです」
 夫人が辛そうに目を細くした。
「私もお前達が十五歳になるまで、一緒にいられるものと思っていました。けれどこれは絶対。国を守る為の決まりなのです。デザント、お前はこの国の民を幸せにする、立派な王にならなければなりません。お妃様とデュエール様の元で、精進なさい。ダコタ、お前は今後、デザントを王太子として、常に立て、敬意をもって接しなさい。気安く呼ぶこともなりません。明日からは立場が違うのです」 
 夫人は涙の滲む目で、デザントを見つめた。
「明日から貴方は、ダコタを同腹の弟と扱ってはなりません。私を母と呼ぶことも、二度となりません。用なく、こちらに来ることも控えなさい。貴方は徹底して、お妃様の子、王太子となるのです」
 不安げなデザントを夫人が抱き締めた。
「大丈夫。私はいつでも、いつまでも、貴方のことを思っていますよ」

王子達のベッドは、少し隙間を開けて、置いてあった。
 緑色に塗った、お揃いの木のベッドだ。
 以前は並べて置いてあったが、いつの間にか一緒になってしまうので、六歳の誕生日に離したのだ。
 夫人は二人の間に椅子を置き、童話を読み聞かせるのが常だったが、今夜は右手でデザント、左手でダコタの手を握り、幼い頃によく歌った、子守唄を聴かせていた。
 それは、心配した王が迎えに来るまで、続けられた。
 二人が部屋を出ると、寝たふりをしていたデザントが、ダコタに聞いた。
「そっち、行っていい?」
「うん」
デザントがダコタの横に潜り込み、右手で右手、左手で左手を握った。
 ダコタデザントを見つめる。
 ベッドサイドの灯りで薄く照らされる、自分と同じ顔だ。
「デンが自分じゃないって、ううん、自分がデンじゃないって、気付いたのはいつだったっけ?」
 今まではどうでも良かったのだ。いつでも一緒にいたのだから。
「えっ?そう思っていたの?知らなかった」
 ダコタが驚きに目を見開く。
「デンは違うの?そう思っていなかったの?」
「うん。僕が覚えている時はもう、ダクは僕そっくりだけど、頼りになる弟だった」
ーそうなのかー
 ダコタは突き放された気がした。
 そして、明日は本当に置いていかれるのだ。
ーどうして?ー
 握りあっていてもダコタの手は、冷たくなっていった。

次の日、侍従がデザントを迎えに来た。
 ダコタは見えなくなる迄、デザントの背中を見つめていた。
 デザントは一度も、振り向かなかった。


楽園ーFの物語ーエピローグ・・フィオーレ・・

2021-01-16 16:44:39 | 大人の童話
音楽が好きな犬だった。
横笛を吹き始めると、いつも、気持ち良さそうに、体を伏せて聴いていた。
 そして抜群に頭が良かった。
 じっくりと語り聞かせれば、概要は把握出来るようだった。
 人への信頼を取り戻せれば、後は早かった。
 預かって一年で、新しい飼い主に届けることになった。
 最初の宿では、亭主と女将がほっとした様子だった。
 一年前フィオーレが泊まってから『金狼』が出なくなったので、彼女がそうだったのではと、気を揉んでいたのだろう。
 峠を越すと、急にフィオーレが警戒した。
 ナザルに言われた通り、フィオーレの今後について『ミンガ』に大声で伝言を頼んで、先に進んだ。
 海を渡って一日歩くと、目的の家に着いた。
 歓迎され、勧められた椅子は、柔らかく、俺をしっかりと包み込み、深い眠りへと誘った。
 目を覚ますと、フィオーレは飼い主達とすっかり馴染んでいた。
 これなら安心だ。

「最近フィオーレが出迎えに来てくれない」
「子供達と一緒にお昼寝です。子守り上手の、本当に良いお姉さんぶりなんですから、我慢して下さい」
 拗ねる夫をなだめながら居間に戻れば、ソファーベッドの上に、金と銀の塊がある。
「本当だ。境目が分からない」
見事に整った顏の、目尻は下がりっ放しだ。
「愛しい塊です」
 優しい声で返す。
「僕も入って良いよね?」
「勿論です。愛しい人ですから」
 極甘の微笑みを返してから、言葉にした。 
「僕も愛しています。この上なく」
 蕩けるように見つめ合う。 
 やがて、セランが三人を囲むように横になる。
 ルージュサンは静かに、『船乗りの子守唄』を歌い始めた。


楽園ーFの物語ー不埒と淫らと濃厚接触

2021-01-08 21:47:28 | 大人の童話
 早々に宮殿を辞し、一個小隊で送るというのをなんとか断って、七日後、ルージュサンとセランは、ドラフの船の上にいた。
 セランは欄干に寄りかかり、愛用のリュートで、愛の歌を弾き語っている。
 海を眺めながら聴いていたルージュサンがふいに、セランの首に腕を回した。
 セランの胸で何かが光る。
 セランがリュートを下に置き、不思議そうに手のひらに乗せる。
 それは白金のペンダントだった。
 小さな笛が下がっている。
「吹いてみて下さい」
ルージュサンの言葉に、セランが素直に従う。
軽やかで高い音色が、辺りの空気を澄みわたらせた。
「私が必要な時に吹いて下さい。行ける時は行きます」
「いつ・・・あの時ですね?僕が足を点検していた、じゃあ、まさか」
 ルージュサンがシャツの中から金のペンダントを引き出す。
 その先にも、セランのものと同じ形の、笛が付いていた。
セランの顏が喜びに輝く。
「やっぱりっ!ペアルックっ!貴女って人は、貴女って人は!いつもいきなり僕を喜びの渦に突き落とすっ!」
 セランが身をよじり、のけ反った。そしてルージュサンに向き直る。
「ああ、では貴女の音も聞かせて下さい。貴女が僕を必要な時には、万難を廃して駆け付けられるように」
「それは困ります」
「どうしてですか?僕はそんなに頼りないですか?」
 途端に泣き出しそうになるセランの頬を、ルージュサンが両手で包み込む。
「私はいつでも、貴方が必要だからです」
 セランは目を見張ったまま、背を欄干に預け、ずるずると伝い下りた。
 ぺたんと座り、数秒の間そのままでいる。
 そして、切なそうに呟いた。
「腰が抜けました」
「それは、丁度良い」 
ルージュサンが軽やかに笑い、セランの膝に頭を預けた。目は閉じている。
 セランは驚き、両手を跳ね上げた。
 やがてとろける様な笑みを浮かべて、ルージュサンの頭を撫で始めた。
そして数える。
「・・・三十一本、三十二本・・・どうして右の睫毛が、二本多いんですか?」
「気になるなら、引き抜いて下さい」
「とんでもない!これも貴女です。いつでもそのまま全てが、永遠に愛しい貴女です」
ルージュサンはその思いを、しっかりと受け止める。
時間をかけて全身に、染み渡らせて、目を開けた。 
「港に着いたら、少し遠回りしても良いですか?」
「もちろんです。でも何処に?」
「母が夫婦で宿を営んでいるんです」

女は遠目でそれと分かった。
しばし呆然とし、泣き崩れた。

二月後、ルージュサンは事業の引き継ぎを済ませて、ルージュサン=コラッドになった。複雑な儀式は全て省いた。 
セランは祖父母の旧宅に、そのまま住んでいたので、ルージュサンが身の回りの品を運び込めば、新居の準備も足りた。
その夜、ルージュサンは初めて、セランの寝室の中を見た。
 そして、納得した。
 大人がなんとか、体をねじ込める程度の隙間は四方に残されていた。けれど広い寝室のほぼ全てが、巨大な寝台に支配されていたのだ。
「セラン、この寝台は、お祖父様が使われていたものですか?」
「はい。僕が使っていたのと、大体同じだったので」
「ひょっとして、お父様も?」
「そうです。母上のはとても小さいです。他所にあるのと同じくらい」
 ルージュサンは家系について考えた。そして自分が産むであろう、子供達の行く末に不安を覚えた。
 セランはルージュサンの額を見た。
 その目が閉じる気配はない。
 この目がある限り、穏やかにたゆたう様な日々を、続けることは出来ないだろうと思った。 
 けれど。 
 そうであろうとなかろうと。
 自分がしたいことも出来ることも、ひたすら愛し続ける、それだけだ。
 セランは優しく、密やかと言って良いほど繊細に、ルージュサンを抱き寄せた。 
「やっと、貴女を抱き締められた」
「・・・待たせましたね」
「いいえ、貴女を恋慕う日々も、ときめきに輝き、心弾むものでした・・・今日から貴女を『ルージュ』と呼んで良いですか?」
 そう言いながら、セランはルージュサンの髪を束ねる、リボンを外した。
「えっ?どうして!?」
 ルージュサンの驚きに、セランが驚く。
「何でって・・・その方が綺麗だと思って」
「甘く見ないで下さい!編んで寝ないと、私の髪は爆発するんです。ちょっとやそっとの早起きで、追い付くものてはないんですよ」
「いちじゃないですか。明日も休みです。僕がゆっくりと、お好みに結って差し上げます」
 セランは構わず、リボンを放る。
「面白い。そうして頂きましょう」
ルージュサンは、自分に『痛い痛い』と言われながら、セランが悪戦苦闘する姿を想像した。
 けれど、それも二人なら、楽しい時間に違いない、と思った。


 
 

 
 

 









楽園ーFの物語ー第三の目

2021-01-01 22:22:42 | 大人の童話
東にあるフレイアの棟に、ルージュサンとセランは戻って行った。 昨晩早々に、客間をあてがわれたのだ。
 その途中、フレイア、ナザルと四人だけになると、ナザルがルージュサンに尋ねた。
「私がフレイア様の使いだと、いつお気付きになられたのですか?」
「最初からです」
ルージュサンがあっさりと言った。
「アージュ殿に休んで頂いている間、馬車を見に行ったのです。馬を優しく労われていましたね。こんな人使いが荒い王女に付いているより、馬と過ごした方が幸せなのではないですか?」
 フレイアが文句を言う。
「私のせいではない。皆、勝手に動いてくれるのだ。私はただ迎えの馬車を出し、事実を伝えただけではないか」
「船よりずっと遅くて、目立つ馬車を出すのに、叔父上の注意を私に向け、囮にする以外に、どんな理由が?」
「船の方が速かったのか。それは知らなかった」
「では何故、船をお誂え向きに借り切り、ナザルに私達の後を付けさせたのですか?私が時を惜しんで、船を使うと読んだからでしょう?」
「ドラフが言ったか。あの船長も口が軽いものだ」
「ただ、『信用出来る奴なら、一人二人は乗せても構わないって話だ』と、言っただけです。それなら既に乗船が決まっていたナザルは、荷主側の人間でしょう。第一、あんなに都合よく出る船が、そうそうあるとは思えません。おまけに帰りの分まで借り切っておくとは」
「怒っているのか?」
「いいえ。貴女のしそうな事は、手紙のやりとりで大体分かっています。妹の世話を焼くのも、姉の努めでしょう。ナザル、貴方に近づいたのは貴方の手間を省く為でした。ですが私達はもう友人でしょう?敬語は止めて下さい」
「恐れ入ります」
ナザルが軽く礼をとる。
「それに」
ルージュサンがフレイアをじっと見る。
「貴女と会えました。陛下にも。有難う」
「それは手間賃だ」
 フレイアが笑う。
「ところでコラッド殿、昨夜は聞きそびれたのだが、『目が二つしかない』とは何なのだ?」 
「ああ」
 セランが何でもないことの様に言った。 
「王座に着く方や、何かが突出している方の中に、たまにいるのです。額の中央が宝石の様に、輝いている方が」
「そうか」
 フレイアは少し考えてから尋ねた。
「私は国の安定のためと思い、縁談を受けた。これで良かったのであろうか」
「さあ?」
 セランが肩をすくめる。
「何の為であれ、心から望んだことならば、それで良いのではないですか?我々は宿命から逃れることは出来ません。けれど運命は選び取ることが出来るのですから」