ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園―Eの物語―小間物屋のガジャ

2021-11-26 21:30:58 | 大人の童話
「この乳母車はあまり揺れませんのね」
「バネがいくつも入っているんです」
「初めて聞きましたわ」
「セランが特注したんです。真似をする方も出てきたそうですから、そのうち増えるかもしれません」
「勝手に真似をされて、腹が立ちませんの?」
 フレイアが片眉を上げる。
「嬉しいですよ。皆さん便利になるでしょうから。これは、椅子の下に荷も入るんです」
 ルージュサンが意外そうに答えた。
「なるほど」
 高くなりだした陽を浴びて、レンガの道が乾き始めている。
 店が開きだす頃合いだ。
ルージュサンが街を案内すると、フレイアを連れ出したのだ。
 ルージュサンのドレスは、ローシェンヌが考案した独特のデザインだ。
 裾を踏むことなく、足を大きく前に出せる。
 肩回りの自由もきき、動き易い。
 そのドレスをフレイアも借り、真っ赤な巻き毛は少しだけ束ねて、あとは滝の様に流している。
 乳母車は珍しい作りの二人乗りで、そっくりな赤ん坊が乗っている。
 そして四人とも、飛びきりの美女だ。
 道に出るなり、目立つことこの上ない。
「おはよう、ルージュサン」
 家の前を掃いていた中年女が、手を止めて腰をさすった。
「おはようございます。腰の具合は如何ですか?」
「大分良いよ。あんたのくれた薬草のお陰だね。いつも有難う。ところで隣の美人さんは?よく似てるけど」
「妹のフレイアです。一緒に住むことになりました。宜しくお願いしますね」
 にこやかにそう言うと、ルージュサンはフレイアを振り返った。
「こちら、小間物を作っているガジャさん」
「フレイアです。よろしくお願いいたしますわ」
 フレイアが右手を差し出した。
 よく手入れされた肌はふっくらと艶やかで、指はすんなりと細い。
「あらやだ。ダメダメ、こんなすべすべの手。汚しちゃうよ」
 ガジャが左右に振った手を、フレイアが両手で包み込む。
 そして愛らしく微笑んだ。
「何をおっしゃるんですか。よく働く美しい手ですわ」
「うひゃあ。やんなっちゃうね。あたしが男だったらイチコロだよ」
「イチコロ?」
 フレイアが首を傾げる。
「ん?ああ、上手だから気付かなかったけど、この国の人じゃないんだね。そういえばルージュサン、あんたの生まれは」
「両親はカナライです」
「そう、カナライ」
 ガジャが目と口を大きく開けた。
「妹ってあんた、姫様だ!どうしましょ。あれ、ちょっと待って。そういやそもそもルージュサンだって、いや、ルージュサン様?」
 目を白黒させるガジャを見て、ルージュサンがからっと笑った。
「何を言ってるんですか。私は私、ルージュサンです。それに、ここにいる間は、フレイアはフレイア、私と同じです」
「そうですわ。わたくしはフレイア。フレイアとお呼び下さいませ」
 二人の笑顔に、ガジャもニカァと笑った。
「ああよかった。このままでいいんだね。あたしゃ堅苦しいのは苦手でさ。よろしくね、お姫様」
 ガジャがもう片方の手を添える。
「こちらこそ。フレイアですわ。フ・レ・イ・ア」
 フレイアが力強く握り返した。

 








楽園―Eの物語―足形ゲーム

2021-11-19 21:15:33 | 大人の童話
 翌日、館の住人達はカードゲームに興じていた。
 丸く座って、全てのカードを配り終えたら、自分の手を見て、同じカードのペアがあったら場に捨てる。
準備が出来たら順に、右隣の人から一枚引いて、ペアが出来たらやはり場に捨てる。
手持ちのカードが無くなったものから勝ちになり、最後に足形カードを持っていた者が負けになる、単純なゲームだ。
ただしその都度負けた者が、全員に足を羽根でくすぐられ、その日一番の勝者が、全員に一日限りの命令が出来る、おまけが付く。
「お姉様はどうして、足形のカードを引いて下さらないの!?」
 フレイアがたまりかね、小さく叫んだ。
「負ける確率が、上がるからです」
 ルージュサンが冷たく返す。
「確率もなにも、ひかなければ負けようがありませんわ」
「最後の一枚になれば、引かざるを得ません」
 ルージュサンは、自分の手を見たままだ。
「それもそうだわ」
 フレイアが納得しかけて思い直す。
「そうじゃなくって!どれが足形かどうして分かりますの?何か仕掛けがあるんじゃありません?」
「ありません」
「では仕掛けなしのいかさまは?お姉様なら出来るに違いありませんわ」
「出来ないこともないですが、していません」
「じゃあ、何故ですの?」
「一つ、教えて差し上げましょう」
 ルージュサンがちらりとフレイアを見る。
「足形カードを持っていることを、先程から皆に言いふらしていますよ」
「あっ!!」
 フレイアが口をあんぐりと開けた。
「貴女は本気でカードゲームをしたことが、あまりないのでしょう。コツ以前の問題です」
「私は勝者にはなれませんの?」
 フレイアが肩を落とす。
「今日は無理でしょう」
 ルージュサンの声は冷たい。 
「二人に言うことをきかせたかったのに」
 フレイアの言葉に、ユリアとナザルが顔を見合わせる。
「何を命令するかは、途中で言っちゃ駄目なんですよ。多分関係ないでしょうけど」
 ルージュサンからカードを引きながらセランが言った。
「そうですわね。私に勝ち目はないんですもの」
「そういう意味じゃないんですが。そういうことでもありますね」
 セランが一組、場に捨てる。
 残り一枚だ。
「よくわからない。教えて?」
 ユリアがセランから引き、ナザルを見る。
「言葉の問題じゃないでしょう。俺にもよく分かりません」
 ナザルがユリアから一枚引き、一組揃って場に捨てた。
「私にも分かりません。フレイア様はいかがですか?」
 ドラがナザルから一枚引く。
「わたくしにもさっぱり。ああ、又揃いませんわ」
 フレイアがドラから引いたカードを後ろ手で交ぜ、胸の前で開く。
「ではこちらを・・・上がりです」
 ルージュサンが引いたカードをペアにして、場に捨てる。
「又ですか」
 ナザルが溜め息を吐く。
「ルージュはゲームに強いんです。二人ではあまり遊んでくれませんが」
 セランがフレイアから一枚引き、場に捨てる。
 残り一枚だ。
「私が勝つと喜ぶのだから、張り合いがありません」
 椅子を少し後ろに引いて、ルージュサンが座り直す。
「妻が勝って喜ばない夫が、どこにいますか」
 セランがユリアにカードを差し出しながら言った。
「上がりです」
 ユリアは残り二枚になったカードを、ナザルに向ける。
「よく、わからない」
「大丈夫。ユリアさんはこの一年で、日常会話を殆ど理解出来るようになりました。理解が必要なのは、セラン様の人格についてです・・・上がりです」
 ナザルが一組場に捨てた。
 残り一枚をドラが引く。
「それも大丈夫です。慣れです。慣れ」
 ドラも一組揃った。
 あと一枚だ。
「ドラさんも上がりね。ああ、もう」
 フレイアも一組揃ったが、二枚残っている。
 その目線を追っていき、ユリアが逆のカードを掴む。
「ごめんください。勝負の世界」
 フレイアの両目が思い切り垂れる。
 ユリアが揃えて、決着が着いた。
 フレイアが涙目になって椅子の向きを変え、背に向かって左膝を置き、靴を脱ぐ。
 幾重にもなったドレスの裾が、鳥の尾羽のようだ。
「では、私から」
 ルージュサンが孔雀の羽を、右手に取った。
「お誘いした身で恐縮ですが、子供達が起きるころなので、私は抜けます」
「そうね。今日はもう終わりにしましょう」
 フレイアが答える。
「賛成です」
 セランが同意し、他の三人も頷いた。
「今日の勝者は計算するまでもなく、ルージュサン様ですね。ご命令は?」
 ナザルがルージュサンを見る。
「全員互いに『さん』付けで呼び合うこと」
 フレイアが驚いて振り向き、爪先を羽根で撫でられ、肩をすくめた。
「ひゃっ、ふゆっ、ふゅふゅっ」
「それは無理というものです。昨夜フレイア様にも、お断り致しました」
 ナザルが抵抗する。
「そうです。だめ」
 ユリアも反対だ。
「ひゃっ、ふゆゆっ、ひゅっ」
 ルージュサンは、手を止めない。
「大丈夫ですよ」
ドラがナザルとユリアに向かって言う。
「セランさんが家を出られる時に、同じことを言われて、私も最初は抵抗がありました。長いこと『お坊っちゃま』とお呼びしていましたから。けれどもそのお気持ちを受け取らないことこそ、不忠だと思い至ったのです。これも慣れです、慣れ」
「うーん」
 ナザル唸り、ユリアも眉間に皺を寄せる。
「では、この国の言葉を使う時だけ、では如何ですか?」
「・・・それなら何とか」
 ナザルが不承不承承諾する。
「私も、がんばります」
 ユリアが口をきつく結んだ。
「きまりですね。では、私はこれで」
「ふひゃっ、ふっ、ふひゃ、くひゅっ」
 最後に土踏まずのきわを攻め、ルージュサンはセランに羽を渡した。
「どうして、わたくしが何をしたいのか、解ったのかしら」
 ルージュサンを見送りながら、フレイアが言う。
「三人のご様子から、推測したんでしょう。ルージュサンは、大抵のことはお見通しなんです。だからフレイアさんが願いを言っても言わなくても、関係ないんですよ」
そう言うとセランは、フレイアK指の裏に羽を這わせた。
「うっ、ひゅっ、ひゅ」
セランがナザルに羽根回す。
「そういえばカナライにいらっしゃった時も、フレイア様」
 フレイアがすかさず振り向いて、ナザルを睨む。
「・・・フレイア『さん』の短いお手紙から全てを察して、快刀乱麻の働きをして下さいましたね」
 ナザルがフレイアの足裏を、羽根の軸で縦にすうっと擦る。
「きゅう」
 フレイアは派手にのけぞったが、今日限りの呼び方にする気は、毛頭無かった。


楽園―Eの物語―四年前、春には遅く夏には早い楽園で

2021-11-12 21:49:49 | 大人の童話
「只今帰りました」
 セランの実家から帰宅したドラは、居間の扉を開けて驚いた。
 右手には乳母として育て上げ、独立後も住み込みのメイドとして仕えている、セラン=コラッド。
 生まれた時から三十路半ばの今日まで、完璧に美しい国立学院の教授だ。
 リュートの名手で歌も作るが、ルージュサンと出会ってからは、その殆どが彼女の讃歌だ。
 隣にはそのルージュサン。
 子爵家の養女として貿易業に辣腕をふるい、義弟の成長を待って家督を譲った船育ちの拾い子。
 その上遠い東にある、カナライ国の王女だったという、賑やかな経歴の持ち主だ。
 見た目もそれに相応しい、真っ赤な巻き毛で、その美貌と相まって桁外れの存在感を放っていた。
 今はセランの妻として、そして双子の赤ん坊、オパールとトパーズ、愛犬のフィオーレの母として、眼差しに優しさと深さも加わっている。
 けれど左手に立つ、いかにも姫様らしい女性には、見覚えが無かった。
 豪奢なドレスがよく似合う、可愛くも美しい女性だ。
 ルージュサンに似ているが、雰囲気が全く違う。
 後ろには騎士然とした四十絡みの男と、侍女然としたまだ若い女が、異国の装束で控えていた。
「「お帰りなさい、ドラさん」」
 セランとルージュサンが同時に返す。
 それはいつも通り、とても心地よいハーモニーだった。
「こちらはフレイア殿。ルージュの異母妹です」
 セランが笑顔で紹介する。
「フレイアです。夫の喪が明けたので、自由を満喫しに来たのです。宜しくお願いしますわ」
 ドラがひざまずいて礼を取った。
「住み込みのメイドをしております。ドラと申します。不調法ゆえ、無礼の程は何卒ご容赦下さいますよう、お願い申し上げます」
「わたくしは嫁ぎ先から、直接こちらに来ましたの。今は身分など無い身ですわ。居候の庶民に過ぎませんの。そのように扱って下さいませ」
 フレイアは屈んで、優しくドラを立たせた。
「左後ろは、嫁ぐ時カナライ国から付いてきたナザル=アージュ、お姉上達の知人でもあります。右後ろは嫁ぎ先のサス国を出るからのユリア。どちらも生涯従者です。宜しくお願いしますわ」
―生涯従者?―
 ドラは頭の隅から、滅多に使わない知識を引っ張り出した。
 大金を一括で受け取って、その後一生仕えるのだ。
 ドラの目に気の毒そうな色が浮かんだ。
「私にはとても光栄なことです。護衛と下働きを致します」
 ナザルが誤解を解く。
 厳つい身体に似合わない、人懐っこい笑みだ。
「私は世話したかった。家事もします」
 ユリアがたどたどしく話す。
 この国の言葉を、まだマスターしきれてないのだ。
「失礼しました。メイドのドラです。色々教えて下さいませ」
 三人がにこにこと笑みを交わす。
 ルージュサンがフレイアに目を向けた。
「ところでフレイア殿、居候の庶民としてと仰有いましたね?本当にそうなさるおつもりなのですか?」 
「あら姉上、いえお姉様。もちろんですわ。ですから『フレイア』とお呼びください『フレイア』と」
「ではフレイア、居候の庶民と言いましたね。本当にそうするんですか?」
「もちろんですわ、お姉様。ですから何でも致します。まずはドラさんのお手伝いかしら」
 ドラが目を丸くして首を振った。
「とんでもないことでございます!アンという通いのメイドもおりますし、私の娘も使えます。手は十分に足りております!」
「わたくし達が住まえば、仕事も増えますわ。ユリアとナザルに加えて、わたくしもいれば鬼に金棒。余った時間は、赤ん坊達とお昼寝でもなさいませ。あの二人はお兄様達によく似て、とても美しい。見がいもありますでしょう?ああ似てるといえば、犬のフィオーレもお姉様に似てますわね。拾ったいきさつをナザルから聞いていなければ、お姉様の不倫を疑うところです」
ルージュサンが微笑む。
「そうですね。拾ったのは結婚前ですから、不倫は成り立ちません」
「えっ!?じゃあ結婚前にそういう関係に!?」
 セランの顔色が変わった。 
「種も違います」
 ルージュサンの笑顔に苦笑が混じる。
「愛が種を越えたんですね。僕と出会う前に産んだんだ・・・」
 セランが呆然とする。
「愛は種を越えるかもしれませんが、種の身体の秩序を越えるのは、極めて限定的でしょう。百歩譲って産んだとしても、どうして遠いカナライで野犬になっていたんですか」
 セランが大きく頷いた。
「ルージュでも解けない謎があるんですね。でも大丈夫。覚悟は決めました。今、この時から、我が家の長女はフィオーレです」
 セランが高らかに宣言した。
 目を白黒させているユリアを見かねて、ナザルが収集に乗り出した。
「そもそもルージュサン様は、フィオーレを産んでないんですよね?」
「勿論です」
「そうゆうことです。ご安心下さいセラン様」
 セランが激しく瞬きをする。
「そうなんですか?ルージュ」
「当然です」
 ルージュサンは苦笑を消し、フレイアに向き直った。
「そんなことよりフレイア。貴女は掃除をしたことがあるのですか?」
「掃除?馬のブラシ掛けならお手のものですわ」 
 フレイアは得意気に言った。
「洗濯は?」
「身体は自分で洗ってますの」
 フレイアは自慢気だ。
「調理用のナイフを持ったことは?」
「お姉様には遠く及びませんが、剣はそれなりに使えます」
 フレイアはにんまりとルージュサンを見た。
 ルージュサンもにんまりとフレイアを見返す。
「昼寝をするのは誰か、決まったようですね。ドラさんもアンさんも忙しいのです。貴女に教える手間が惜しいでしょう」
 フレイアが眉間に皺を寄せた。
「わたくしは能無しということですの?」
「いいえ、時間がかかるということです」
「では、やはり姪達の世話ですわね」
「それは駄目です」
 ルージュサンの顔から表情が消えた。
「けんもほろろですわね。頬に名前を書こうとしただけじゃありませんか」
「髪の色で見分けがつくでしょう?」
「薄暗かったら判りにくいわ。第一名前を書こうとしたのは、プレゼントを付けさせてくれないからですわ」
「生まれて半年の赤ん坊の耳に、突然針を突き刺そうとするのを、見過ごすわけにはいきません」
「名前と同じ石で作った、ピアスですのに」
 フレイアが頬を膨らませる。
「身体に傷をつけずに、石を身に付ける方法があるでしょう?痛いだけではなく、傷口から毒が入るかもしれないのです。まずそれを考えるようでなければ、預けることは出来ません」
 フレイアの口が、への字になった。
「では一体、何を手伝えばよいのです?」
「私の商いではいかがですか?」 
「商い?結婚して国立学院に編入して双子を産んで。どこにそんな暇がありましたの?」
「事情があって、農作物を少しだけ取り扱っているだけです。それでも色々学んでもらわなければなりませんが、よろしいですか?」
「望むところです」
 フレイアが大きく頷いた。
「私はスパルタですが」
「受けて立ちますわ」
 フレイアが顎を上げる。
「それは頼もしい」
 ルージュサンが楽しそうに笑った。
「まずは旅の疲れを、と、言いたいところですが、セランの継母に紹介させて下さい。すぐ近くです。馬車を使うまでもありません」
「継母・・・ローシェンナのことですね」
フレイアは手を叩いた。
「カナライで会った時に、お兄様から聞きましたわ。再婚して一年で旦那様を亡くされたとか。あと確か出会った時に、旦那様と二人で雷に打たれたんでしたわ。なのにお元気で、布問屋を切り盛りなさっているなんて、丈夫な方もいたものだと、感心しておりました」
「それは物の例えです。雷に打たれたように感じた、ということです。私は元々ローシェンナの友人ですから、直接話を聞いています」
「そうなんですかっ!?」
 叫んだのはセランだった。
「父上も継母上も無事だったので、随分上手に打たれたものだと思ってました」
 ルージュサンが溜め息を吐く。
「貴方は書物には強いのに、どうしてこうも、会話には弱いのでしょう」
 途端にセランが笑顔になる。
「はい。書物なら任せて下さい!」
 堪えきれずにナザルが吹き出す。
 セランが怪訝そうに彼を見た。
「本当ですよ。天文学といっても、空を眺めるだけではありません。そしてものの理を探るには、多彩なアプローチを検討することもあるのです」
 ナザルが慌てて笑いを引っ込めた。
「失礼しました。けれどもそういう意味ではなく、ルージュサン様の言葉が、あまりに的を射て、あ、これも又」
 セランがぱっと顔を輝かせ、ナザルの言葉を遮った。
「そうでしょう、そうでしょう。ルージュは本当によく見てて、僕をいつもフォローしてくれる、自慢の妻です。あ、ルージュって呼んでいいのは僕だけですからね。僕だけの特別な呼び方なんです。ね、ルージュ?」
 セランが不意に、ルージュサンの唇を狙う。
 寸前でかわしたルージュサンは、無表情だ。
「なにを照れているんです。これから一緒に暮らすんだから、いちいち気を遣っていたら、身が持ちませんよ。けれども照れている貴女も、少女のように可愛らしい」
 今度は抱き締めようとするセランを、ルージュサンが又、かわす。
「あの、ドラさん」
 ユリアが小声でドラに尋ねた。
「いつも、これですか?」
「いえ、少し違います」
 ほっとした様子のユリアを見て、申し訳なさそうに、ドラが続けた。
「普段はもう少し仲がよろしくて、年増の私でも、目のやり場に困ることもしばしばです」
 ユリアが困り顔でフレイアを見る。
「大丈夫ですか?フレイア様」
 フレイアは鷹揚に頷いてみせた。
「わたくしも看病の時は、手を握りましたわ」
 フレイアは夜の無い結婚だったのだと、ドラも察した。
 そしておずおずと訂正する。
「おそれながら本当は、少しどころか大いに違うのです。しばしばどころか・・・」
 ユリアが頬に両手を当てた。
「かかって来なさい!」
 フレイアが真っ赤な顔でそう言い放ち、腰に手を当て反り返る。
 ドラは心の中で深く、深く、溜め息を吐いた。

楽園―Pの物語―愛しているよ

2021-11-05 21:25:11 | 大人の童話
「夢を見たんだ」
 日差しが頬の産毛を照らす。
 クッションを背中に当てられ、ギャンはベッドで身体を起こした。
 頭上の出窓には、鳥達が全員並んでいる。
「どんな夢?」
 サキシアがベッドサイドの椅子に座った。
「真珠のサキシアに似た色んな花が咲いている島に、パール達と同じ種類の鳥が沢山、人と仲良く暮らしてたんだ。だけど知らない人達が攻めてきて、鳥達は山に逃げ込んだ。そのうち山が噴火して、島全部が岩になった。生き残った鳥達は、幾つかに分かれて島を飛び立った。その一つが、人と一緒に先に島を出ていた鳥と合流したんだ。その鳥は色んなサキシアの種が入った袋を下げていた。長い旅の後、その袋が破けて種が散った。その近くの森に、鳥達は下りて、住み始めた。随分時が過ぎて、そのうちの一羽が、懐かしい人達に似ている匂いが微かにする、男に着いて行った。それが俺で、匂いの主がサキシアだった。そして昔、自分達が呼ばれていた名前を付けてくれた。『パール』って」
 サキシアは目を見開いて、パールを見た。
「貴方達が見せたの?」
 パールが首を傾げる。
「種族の記憶の継承って、どうなっているのかしらね」
 サキシアも首を傾げて、パールを見た。
「私の母方の祖父が、南で生まれたって話は前にしたわよね?ギャン」
 サキシアがギャンに向き直る。
「うん。お祖母さんが一人でお母さんを産んで、あの町に移り住んだって」
「そうなの。お祖父さんは囚われていたから、お祖母さんとお腹の子供に希望を託して、送り出したの。そして生まれたお母さんに、お祖母さんはお祖父さんの島に沢山いたという鳥の名前『パール』と名付けたかったの。だけれど、父親が誰か分かってしまうことを恐れて、文字を入れ換えて『プラー』にした。私が生まれた時はもう安心だからと、島の花の名前『サキシア』と名付けたのよ」
 ギャンは暫く口を明け、やがて唾を飲み込んだ。
「ぴつたり、合うね」
「鳥や花が名前を呼び寄せたのかしらね。そしてお祖母さんも」
「今まで、何で話してくれなかったの?」
「お母さんが言ってくれたのよ。お前は希望だけを受け取って、お前自身を生きなさいって」
「いい言葉だね、それ」
 ギャンが微笑んだ。
「言葉の力と物の力。記憶と記録。世の中は解らないことだらけだ」
 ギャンは森での出来事を思い出していた。
 あの日、ギャンは苗木の具合を見に行って、帰りがけに家族の声を聞いたのだ。
 驚かせようとそっと近付き、木の陰から覗いて動きを止めた。
 サキシアとミルドレッドとロイが、花冠を編んでいたのだ。
 絵画のような美しさに見惚れていると、突然声を掛けられた。
 振り向くと王弟が抜き身の剣を下げ、走って来ていたのだ。
 家族に『逃げろ』と叫びながら
、自分が殺されれば身近な人達、特にサキシアが酷く傷付くと思った。
 同時にサキシアが宮廷で受けた痛みの、仕返しをする材料になるかもしれない、とも。
 そのまま切られて仰け反り、倒れながらも、ギャンはバシューの顔を見た。
 その時ギャンは確信したのだ。
 王弟はもう、自分がサキシアの夫だと気付いている。
 王弟の目の光は、嫉妬の焔だと。
 だからギャンは取り調べ官に、自分は不審者と間違われて斬られたのだと言ったのだ。
 王弟に自分を斬る理由など、全くないのだと。
 サキシアの心を守る為、そし王弟の恋心を封じる為には、それが一番だとギャンは考えたのだ。
 ―そのことも―
 ギャンは思いを巡らせた。
 記録にはきっと、王弟が自分を不審者と思って、自分を斬ったとだけ記されるだろう。
 自分と王弟だけ口をつぐめば、真実は抜け落ちて事実となるのだ。
 けれどもどの事実を選ぶかも自分達次第、それも真実の内だろう。
サキシアが今まで黙っていたことも、まだあるだろう語っていないことも。
 だから、いいのだ。
 自分の一番の真実は。
「愛してるよ、サキシア」
 ギャンは唇を少し尖らせ、キスをねだった。
 
 
 



 
                 終