ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-居酒屋

2022-04-29 21:41:17 | 大人の童話
 四人が選んだのは、地元で人気の料理店だった。
 夜には酒の注文も増え、毎夜賑わいをみせるのだ。
 白っぽい石造りの建屋に、掠れた緑色の扉が付いているが、それは開け放たれていた。
 入り口近い木のテーブルに、オグとムンが扉を向く形で四人が座る。
 客達がセランの美貌に度肝を抜かれたり、ルージュサンの華麗さに見惚れたりしていたが、ムンとオグももう慣れて、気にも止めない。
《ここは蒸し饅頭が看板料理です。ふかふかでキメの揃った皮に、美味しい餡がたっぷりと入っていて、種類も豊富です。大きさも女性の掌に余る程です》
 ルージュサンに言われ、オグとムンが周りのテーブルを見回した。
 確かに何人もの客達が、大きな饅頭にかぶりついている。
 オグが入口の方に向き直り、壁のメニューをサス語にして、ムンに聞かせ始めた。
 全てを読み上げる前に、頬を紅く染めた若い女が、注文を取りに来た。
《難しい》
 オグの呟きにムンも同意する。
《では、饅頭を全種類頼んで、お二人で分けてはいかがですか?それと、蒸し上がるまで皆で二、三品。余されましたら私が引き受けます》
 ルージュサンが二人に提案した。
《僕達もそうしない?》
 目顔で同意し、ルージュサンが注文する。
「饅頭を全部二つづつ下さい。根野菜の酢漬けと、潰した豆のサラダは大皿で、そして濃い目のお茶を四人分お願いします」
 店員が困り顔になる。
「うちの饅頭は十二種類あって、とても大きいです。無理です」
「そのお客さんなら大丈夫!いくらでも受けて!」
 厨房から太い声が飛んだ。
「お久しぶりです。お元気そうて良かった!」
 店主が覗かせたのは、丸い頬と半月の口だ。
「ご無沙汰しています。相変わらずのご盛況ですね」
 ルージュサンが返した笑顔は、金色に煌めくようだ。
 店主は少し眩しげに、それを受け止める。
「とんでもなく美男の学者さんと結婚したって噂だけど、その方ですか?」
「はい!そうです」
 セランが手を上げて答えた。
「僕がルージュサンの夫!とんでもなく美男の学者です」
 乾ききらない銀髪が、肩にまとわりつく。
 それでもカラッとしたその笑顔は、全ての色を含んだ、透明な光を撒き散らしている。
「噂通りの美しさですね。実にお似合いです」
「そうでしょうそうでしょう。僕はこのルージュサンに選ばれたただ一人の男、僕が知る限り、世界一の男なのですから」
 セランが立ち上がって、右手で胸を叩いた。
 店主は一瞬表情を失くしたが、すぐに立ち直る。
「お祝いの気持ちも饅頭に包ませて頂きます」
 そう言って顔を引っ込めた。
「嬉しいなあ。ルージュのお陰だ」
 にこにこと椅子に座ったセランが、身を乗り出してオグの手を掴んだ。
「『お祝いの味』がどんなのか知りたいから、半分交換してくれない?」
 その声を聞いた者達がセランを見る。
 オグはセランをまじまじと見つめた。
 セランは真顔だ。
 オグが念のためルージュサンに聞いた。
「あんたは、いいのか?」
「私は何度も頂いているので判ります。有難う」
 ルージュサンが微笑んだ。
「分かるのかっ?」
 オグの目と声が大きくなる。
 ルージュサンは悪戯っぽく見つめ返しただけだ。
 オグが口を引き結んだ。
 その顔は赤く、頬も少し膨らんでいる。
 ムンの肩が細かく揺れた。
 それはすぐにくっ、くっ、くっ、という笑いに変わる。
 次はルージュサンだった。
 遠慮なく大口を開け、愉快そうに腹から笑う。
 ルージュサンから放たれた笑いの波動が、熱を帯びて周囲を呑み込んでいく。
 先ずはセランと隣のテーブルの男が、そして後ろの席の女達、そのまた隣の五人連れへと、笑いは伝播していった。
 それは理由も知らない客達にも及んで、店中が笑いに包まれる。
 その波が引くと、斜向かいの男が立ち上がった。
 三色の丸い帽子を被って、鼻の下には巻き貝の様な髭が二つ、並んでいる。
 ルージュサン達のテーブルを覗き込み、陶器の瓶を真ん中に置いた。
「飲んでくれ。あんた達は愉快だ」
 三人が口々に礼を言う。
 一人仏頂面のオグの肩を、貝髭の男が軽く叩いた。
「あんた幸せ者だよ、こんな連れがいるなんて」
 オグが横目でじろりと見たが、貝髭男は構わず続ける。
「気楽に構えて任せときゃいいのさ。全部いいようになる」
「あんたに何が分かる」
 オグが噛みつくように言った。
「分かるさ。あんたはこの中で一番年下で、他の三人はかなりタフだ。あんたの場所は決まってるんだよ。その場所にいるのは甘えなんかじゃない。役割分担というものさ」
 オグがあからさまにそっぽを向く。
 そこに大きなトレーが運ばれてきた。
「お茶と酢漬けとサラダ、それと店主からお祝いのお酒です」
 手際よく並べると、感謝の言葉と伝言を持ってすぐ戻る。
「では、貴方も」
 ルージュサンが貝髭男のカッブに、酒をなみなみと注いだ。
 つぎにムン、オグ、セラン、そして自分だ。
 度数が低く、スパイスや果物で風味付けした透明な美しい酒だ。
 貝髭男が乾杯の音頭をとると、数人の客が杯を掲げ、オグも仕方なく調子を合わせる。
 酢漬けは体の淀みを取るようで、サラダの豆は滑らかに濾してあり、喉に優しい。
 次第に気持ちが落ち着いて、再びサラダに伸ばした手を、オグが不意に止めた。
 ムンも目を上げ、オグを見る。
《夕陽を見てくる》
 オグが早足で出口に向かった。
《料理より夕陽、なんだ。意外だなあ》
 セランがのんびり言う横で、ルージュサンがサラダをオグの皿に取り分ける。
《そうですね。どう思われますか?ムンさん》
《少し、いつもは違う》
《そうなんですか。お酒をもう少しいかがですか?》
《気にするな》
「ご結婚はいつされたんですか?」
 オグが座っていた椅子の辺りに
、二人連れの女が斜めに並んだ。
「六年になります。それでも祝って頂けるのは嬉しいです」
 セランの微笑みに、女達の目が潤む。
「なあ、どこに行くんだ?」
 ストールを巻いた若い男も、カッブを持って寄ってくる。
「『エクリュ村』はご存知ですか?」
 答えたのはセランで、カッブに酒を注いだのはルージュサンだ。
 男は首を傾げた。
「いや、どこにあるんだ?」
「北だよ。サス国の西の外れだ」
 他のテーブルから年嵩の男が答える。
 ルージュサンが酒を大きな瓶で頼み、店は三人を囲んで、立食パーティーさながらの様相を呈していく。
 蒸かしたての饅頭が運ばれて、セランが腰を浮かした。
《オグさんを呼んで来る》
 ムンが顔を上げてセランを見る。
《ずっと四人でいたんです。少し一人にさせてあげましょう》
 ルージュサンがセランの右手の上に、左手を置いた。


楽園-Eの物語-浴場

2022-04-22 21:37:06 | 大人の童話
 砂漠を抜けた町で宿を取ると、四人は二手に別れた。
 オグとムンは近所のエクリュ村出身の者に、『神の子』の選定結果を知らせに。
 ルージュサンとセランはオバニの元に、ベイを頼みに。
 名残り惜しそうなベイを見たオバニが「お前と歩いたラクダは皆懐いちまう。いっそのこと、ラクダ飼いになったらどうだ?」と
笑った。

《夫婦で明日の朝見送りに来る》
 ルージュサン達が宿に帰るなり、浮かない顔でオグが言った。
《そうですか。色々お疲れでしょう。まずは浴場でさっぱりしませんか?》
 ルージュサンが提案した。
《賛成!行こう!》
 セランが扉を開けて、さっさと歩き出す。
《そうしよう》
 ムンも扉に向かう。
 後を追おうとしたオグが、靴の紐が弛んでいることに気付いた。
 前屈みになって紐を直すオグを、ルージュサンが待つ。
 ムンはすぐに、セランに追い付いた。
《浴場が分かるか?》
《いえ、この町は初めてです》
 ケロリと答えてセランは歩みを止めない。
 ムンが目をしばたたいた。
《なぜこっちだ?》
《美味しい気配がするからです》
《大丈夫か?》
《はい》
 平然と進むセランに、首を傾げながらムンが並んで歩く。
 オグとルージュサンもすぐに追い付いた。
《ルージュ、お風呂どっち?》
 母親に甘える三歳児のように、セランが聞く。
《この道は少し遠回りになりますが、夕食を取る店を選びながら、進むのに良いと思います》
 そう言ってルージュサンはムンとオグを見た。
《何を召し上がりそうたいですか?》
《ね?》
 セランがムンに言った。
《なるほど》
 ムンが納得した。

 砂と乾きに晒された体に、浴場の湯はどこまでも深く染み込むようだった。
 着ていた服はそのまま浴場で売り、新しく服を買う。
 数日滞在するなら洗濯も頼めるが、急ぐ時には便利な仕組みだ。
 この旅でも入浴の度、使っている。
 セランはその都度、服を洗うのが女性かどうかを確かめた。
「男に洗わせるくらいなら燃やします。それが勿体ないというなら、僕が食べます。ルージュの服ならきっと大丈夫。愛の力で滋養にしてみせますとも!」
 そう叫んで驚かれたり、気の毒そうな目で見られたりすることもしばしばだった。


楽園-一問一答 殺した者

2022-04-15 21:16:36 | 大人の童話
《じゃあ、幼名は正式な名ではないのか》
《そうです。あくまで呼称です。嫁ぐ前は誰々の何番目の娘、嫁いでからは誰々の妻、というのが正式な名前になります》
《井戸掘りがきっかけで、色々な部族と親しくなったか》
《はい。どの部族にも属さない場所だったので、砂漠の族長全てに許可を取りました》
《何でまた、砂漠に井戸なんか》
《貿易商をしていた頃、砂漠も通ったのです。使える井戸があれば便利ですから》
《水を巡る争いを減らす為もあったんだよ。ルージュは言わないけど》
 オグとルージュサンの一問一答を、セランが補足した。
 盗賊との騒動を目撃し、オグの好奇心が屈辱感に勝ったのだ。
 それから道中の会話は、オグの疑問が大半を占めるようになっていた。
《刀はどこで覚えたんだ》
《育った船で》
《随分腕が立つんだな》
《海賊も出ますから、身を守れるように鍛えてくれました。そして心も守れるように、更に》
《心を守る?》
《なるべく人を殺さずに済むように、です》
《それが心を?》
 オグはピンと来ない。
《俺は一度、戦に駆り出されたことがある》
 ずっと黙っていたムンが、口を開いた。
《獣を仕留めようとする時、俺は威厳を感じる。固くて重い。同じ強さの何かが俺に生まれて、矢を放つ。戦は違う。命じられたからでも、正義や国の為でもない。死なない為に射る。的に弓を引くように、殺し続ける。敬意も尊厳も何も無い。でも確実にすり減る。棲み付く。嫌なもんだ》
 訥々と語って振り返る。
《大事にされたな》
《はい》
 ルージュサンが深く頷く。
《花嫁に何を渡した》
《指輪です》
《えっ?指輪?あ、本当だ。小指にしていたのが無い!お父上から頂いたのに!》
セランが驚いてルージュサンの左手を取った。 
《問題ありません。まだ足の指にもはめる程あります。彼女にはお守りが必要になるかもしれないのです》
《いっつもこうなんです》
 セランが呆れた振りをしてムンに言う。
《自分のことはそっちのけで、人助けばっかりしてるんです》
《お前はそれを助ける為に吹き矢を覚えたか》
《足手まといにならない為に、です》
 その口調に滲み出るルージュサンへの愛に、ムンが小さく笑った。
《なかなかだった。けれどルージュサン、あれは速い。見たことが無い》
《ナザルと鍛練しています。力では到底敵いませんので、速さと勘が磨かれます》
《ああ、あいつも強いな》
《判るのか?》
 オグがムンを見た。
《猟師の勘だ》
《役立たずは俺だけってわけだ》
《ベイと荷物を守るのも、大事な役だ。お前は畑が得意。それでいい。いや、俺はそれがいい》
 ムンは口をつぐんで前を見た。。


楽園-Eの物語-砂漠の花嫁

2022-04-08 22:13:01 | 大人の童話
 薄い衣が風をはらんで、ふわふわ肢体を覆う。
 それでも隠しきれないすい、と伸びた立ち姿は、女の芯の強さを思わせた。
 花嫁だ。
「お前はまた、女のくせに」
 カンが口をへの字にした。
 ルージュサンは嬉しそうに、花嫁を見る。
「貴女の言う通りすぎだと、私も思います」
「それはまあ、俺もそう思います」
 カンが太股を射抜かれた、大柄の盗賊の前に屈んだ。
「花嫁の命が狙いだったのか」
 大柄の男が横を向く。
 カンが男を押し倒し、腕の動きを封じた。
「きちんと手当てが出来るまで、矢は抜かり方がいい。もっと血が出るからな。もちろん矢の先は折ってだ」
 カンが男に刺さった矢の、羽根の下を握った。
「このまま抜いたら酷いぞ。もちろん痛いし、血が溢れ出て死ぬかもしれない。その上俺は回しながら抜くからな。周りの肉はずたずただ」
 カンが矢を少し引いた。
 男が小さく呻く。
「誰に言われた?」
 男の黒目が一瞬動いた。
「言え」
 矢がまた引かれ、先が肌に刺さる。
「ユナ族だっ、そう聞いたっ」
「誰に」
 男の黒目がまた動く。
「よく覚えてない」
 様子を見ていたルージュサンが、カンの隣にすっと座った。
「大丈夫。彼はまだ気絶しています」
「他の奴らが聞いてるだろっ」
 男が言い返す。
「有難う」
 ルージュサンが少し離れて気絶している、色の白い盗賊の懐に手を入れる。
 大柄の男が目を見開く。
 ルージュサンは地図を探り出し、カンに渡した。
「なるほど」
 カンが目を細めて、地図を自分の腰帯に隠した。
 そして色白の盗賊に跨がり、平手打ちをする。
「起きろ!」
 一呼吸おき、逆の頬を叩く。
「起きろっ!」
 五度目の平手打ちで男は小さく唸り、咳き込んだ後、目を開けた。
 カンがその胸ぐらを掴んで睨む。
「お前に俺達を襲わせたのはユナ族だそうだな。ユナの誰だ」
「・・・長だ」
「嘘をつけ!本当は誰だっ!」
 カンが男を強く揺さぶる。
「嘘なんかつくもんか!」
 男がカンを睨み返す。
「正直に言えっ!」
 カンが再び手を上げる。
 そこにルージュサンが割って入った。
「長なら額に鷲の入れ墨があったでしょう。それはどちらを向いていましたか?」
 カンが眉を上げてルージュサンを見る。
 その時再び声が掛かった。
「兄さん、来て」
「ちょっと待っててくれ」
 カンはルージュサンに断って、面倒臭そうに花嫁に近寄った。
 花嫁を男達から隠すように立ち、二言三言、言葉言葉を交わす。
 カンは元の場所に戻ってすぐに、右手を上げて言った。 
「悪かった。続けてくれ」
 ルージュサンが頷いて繰り返す。
「鷲の向きは?」
 その隣では、カンが右手を振りって威嚇している。
「正面だ」
「確かですか?何故判りました?」
 急かすように言われ、男が何度も瞬きをする。
「なんで答えない!嘘なのかっ!?」
 カンが再び男を揺する。
 男が顔を横に向けた。
「大きい嘴と目が二つ、こっちを見てた」
 カンとルージュサンが目配せをする。
「そこまではタジに教わらなかったか」
 カンが鼻を鳴らした。
 男が口を引き結ぶ。
「図星か。砂漠では鷲の目の良さを讃えて、六つ描くんだ。俺達には当たり前だから、言い忘れたんだな。これはタム族の地図で、走り書きはタジの字だ。長に子供が出来なければ、次の長になれると思ったんだろうな」
 カンが吐き捨てるように言った。
「回収出来たよっ!」
 突拍子もなく明るい声が響き渡った。
 意識ある者が一斉にそちらを見て、息を呑む。
 屈んでうろうろしていたセランが、立ち上がって叫んだのだ。
 マントで身を包んでいても明らかな、完璧に均整の取れた肢体。
 フードから覗く顔は、美神を思わせ、こぼれ落ちた銀髪は場違いに清らかな流れの様だ。
「僕はムンさんのような手練れじゃありませんからね。慣れた矢じゃないと、上手くいかないんです。あ、大丈夫ですよ。細いから抜いても大したことありません。ああ、苦情を言うにも目が覚める頃には僕は居ないか」
 セランが爽やかに笑った。
 皆の眼差しが、賛美から急カーブで変容する。
 それを見たセランが左手を振る。
「大丈夫ですよ。ちゃんと消毒して毒を塗り直しますから。皆平等です。安心して下さい」
 唯一人、優しい目で見ていたルージュサンが立ち上がり、セランに微笑んだ。
 セランが満面の笑みで応え、人を器用に避けながら、ルージュサンに駆け寄った。
 三呼吸分抱き締めてからカンを見る。
「初めまして。僕はセラン=コラッド。ルージュサンの夫です」
「初めまして。俺はカン=ザザ=ジン、ザザ族の長の息子です。今回は本当に助かりました」
 カンが両手で菱形を作る。
「矢を射って下さった方にも、お礼を言いたい」
「あちらの岩陰です。案内しましょう」
 カンとセランが連れだって歩き出すと、花嫁がルージュサンの前に歩み出た。
「初めまして。ルージュサン=コラッド様。私はヒム=ザザ=ジンの二番目の娘です。危ういところをお救い下さり、感謝の言葉もありません」
「どういたしまして。この度はご結婚おめでとうございます」
 ルージュサンが煌めくような笑みを浮かべる。
「重ねて有難うございます。後のお二人にも宜しくお伝え下さいませ」
「承知しました。ところでカン殿に私の意図や筆跡のことを、教えて下さったのは貴女でしょう?こちらこそ助かりました」
「そんな・・・お恥ずかしい限りです」
 花嫁は俯いたが、すぐに、顔を上げた。
「実は私、一度貴女をお見掛けしてるんです。井戸を掘りたいと、実に堂々と皆を説き伏せてらっしゃった。あの日から貴女は私の憧れです。砂漠に生まれた私には、望むべくもないことですが」
「嬉しいお言葉です。だけれど私が自由に動けるのは、家族や仲間が支えてくれているからです。あの日お父上は、女の私の話に、あっさりと耳を傾けて下さいました。あれは利発な貴女に、女への感覚が影響されていたからなのですね。お陰様で他の族長達の説得も、順調にいきました」
「私が貴女な役に立てたと?」
 不思議そうに花嫁が言った。
「はい。貴女の存在が、私を助けてくれました。そして砂漠に自由な井戸を二つ、掘ることができたのです」
「私に甘い父や兄弟といても、息苦しい毎日でした。これから私は夫の従属物になります。それでも私は私として、世に関わっていけるのでしょうか?」
「勿論ですとも」
 花嫁の心細げな視線を、ルージュサンの落ち着いた笑みが受け止めた。
「貴女の幼名を教えて頂けますか?」
「マナ、マナといいます」
「マナ。真という意味ですね。良い名前です」
 ルージュサンは小指からリングを抜いて、花嫁に差し出した。
「ささやかですが、私からの餞です。マナさん、貴女のこれからの人生が、真の幸せに溢れたものになりますように」

 
 



 
 









 


楽園-Eの物語-砂漠の盗賊

2022-04-01 21:38:59 | 大人の童話
 その日の午後も又、四人は黙々と歩いていた。
 ムンとルージュサンは寝不足の筈だったが、疲れた様子は無い。
 そのルージュサンの足が、ピタリと止まった。
《すみません。少し先に行きます》
《どうしたの?》
 セランが聞いた。
《トラブルが起きそうなんです》
 言うなりルージュサンが走り出す。
《僕も手伝います》
《俺も行く》
 セランとムンも走り出す。
《有難う。ムンさんは援護を、セランは相手の矢が終わったら、お願いします》
《分かった。オグ、隠れてベイと荷を守ってろ》
 振り向いても、ムンは足を止めない。
 砂をけたてて三人が走る。
 大きな砂山を駆け上がる途中で、ラクダと人の悲鳴が聞こえた。
すぐに丘の上の盗賊達と、道に白装束の一行が目に入る。
 ルージュサンが走りながらナイフを投げる。
 ムンは足を止めて矢を放った。
 その全てが盗賊達の肩に刺さって、弓を持つ者が居なくなる。
 盗賊達は驚きながらも、丘から降り始めた。
 その脚をムンの矢が狙った。
 セランの吹き矢も加わって、又数人、転がり落ちた。
 矢を免れた盗賊達が、女達に襲い掛かろうとする。
 それを庇う男達と盗賊達の間に、ルージュサンが踊り込む。
 首、みぞおち、頭と、峰打ちで盗賊達を薙ぎ倒していく。
 残像さえ追えないほどのその速さに、身動きのとれない者もいる。
 刀を振り下ろすなり回した蹴りで、最後の一人が地に這った。
「ルージュサン」
 腰のベルトが一際美しい、白装束の若い男が、出番の無かった剣を納めた。
「逞しくなられましたね、カン=ザザ=ジン殿。妹君の輿入れですか?」
 八百屋で会ったかのような気軽さで、ルージュサンが問う。
「はい。タムの族長の所です。前妻を亡くして七年、やっと諦めがついたらしい」
「おめでとうございます。あの方は優しい方ですからね。きっと幸せになられるでしょう」
「有難うございます。それを」
 カンが足下に視線を移す。
「最近旅人を襲ってるやつらです。身なりが聞いた通りだ。全く不運です」
 カンが視線をルージュサンに戻して、胸の前に両手で菱形を作った。
 最大の敬意を表すサインだ。
「けれど貴女方に会えたのは、望外の幸運でした。一族を代表して感謝申し上げます。こんな言葉では全く足りない。先ずは婚礼の宴にお招き致します」
「どういたしまして。当然のことをしたまでです。有り難いお申し出ですが、先を急ぐのです」
「そうですか。残念です・・・ではこの盗賊どもも、こっちで処分します」
「高価な荷ではなく、花嫁を狙っていました。これ迄は金目の物を奪うだけではありませんでしたか?」
「今までのはカムフラージュで、狙いは妹だってことか?」
 カンが太い眉を寄せた。
「最近ユナ族との小競り合いが続いてる。あいつらか」
「用意周到に偽装する必要が、ユナ族にありますか?」
 カンが喉に手を当てて考えた。
「確かにないな。じゃあどこだろう。うちとユナ族の結び付きが強まるのを嫌う部族は・・」
「訊けば早いでしょう?兄さん」
 薄いベールを何重にも被った花嫁が、すっ、と前に出た。