ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語・バックヤードー過ち

2021-02-26 21:53:25 | 大人の童話
 デュエールは、いつもの曖昧な笑みを浮かべて、大広間の観覧席に居た。
 広間には王族と有力な貴族が、集められている。
 王太子夫人お披露目の舞踏会だ。
 これでもう、四度目になる。
 周りは、三十になる自分のことをとやかく言うが、自分は、妻帯しない。
 デュエールは廃嫡を伝えられた日を、思い出した。
 あの、屈辱と諦めと安堵。
 覚悟を決める為に、先ずは赤毛を短く切った。
 それからデザントを受け入れ、目立たぬように、一歩引き続けた。
 計画的な木材の切り出し、植林。効率的な道の整備。納税方法の見直し。
 政策の提案も、デザントを通している。
 自分は王宮の隅で、民と王宮の為に、一生を終えるのだ。
 王位を巡って、争いが起こらぬように。
 その為にも、デザントには子が必要だ。
 彼も必死なのだろう。
 自ら選んだ今度の娘は、とても健やかそうだ。
 挨拶に来る者達と次々に歓談し、物怖じする様子も無い。
 楽団員達が楽器を手に取った。
 そろそろ演奏が始まるのだ。
 最初はいつものように、亡き王妃が愛したサス国の曲だろう。
 皆で王妃を偲んでから、カナライの曲で踊るのだ。
 すると、中央に空間が出来た。
 デザントとダリアが進み出たのだ。
 二人は両手を取り合い、互いを押しやった。
 各々がステップを踏みながら右に回る。
 その時。
 曲が聞こえた。
 十七年前に失った筈の『音』だ。
 目が釘付けになる。
 聞こえる。
やはり、聞こえる。
踊る彼女を見ている時だけ、確かに曲が聞こえるのだ。
手摺に身を乗り出すデュエールに、侍女達が驚いて目を合わせた。
その一月後、デュエールは丘の上の別荘に移ることを、願い出た。

沐浴から戻ってきたダリアは、藤の椅子にどかりと座った。
「お姉様も、来れば良かったのに」
 そう言いながら、舞踏会の様子を早口で語る。
 頬の紅さは、湯に浸かった為だけでは無いようだった。
 時々相槌を打ちながら、フィリアはダリアの銀の髪を纏めた。
 色々と思うことはあるが、自慢の可愛い妹だ。
 似ているようでも、自分より美しい気がする。
幾分すっきりとした顔立ちをしているのだ。
 その妹が、もっと美しく見える様に、そして眠りを妨げないように。
 最後に四色の宝石が嵌め込まれた、花型の髪飾りを挿して、フィリアは満足気に微笑んだ。
「はい。出来上がりよ。凄く綺麗で可愛いわ」
「お姉様より?」
 ダリアが鏡越しに問い掛ける。
 ざらりとした感触があった。
「私はいつもお姉様と比べられていたわ。お姉様は淑やかなのに。お姉様なら出来るのに。お姉様、お姉様、お姉様!」
 ダリアはぐいっと振り向いて、侍女達を見た。
「私はお姉様より美しい?」
 侍女達は顔を伏せ、横目で互いを探っている。
 フィリアの顔が曇った。
「勿論よ。だけれど皆さん、私の前なので気を使ってらっしゃる。こんな風に周りの方々を困らせるのは、大人のすべきことではないわ。それに、ここで大切なのは、王太子殿下に貴女が選ばれた、ということよ」
「そうね」
 ダリアが左の口の端を上げ、前を見た。
「妻に選ばれたのは私。そういうことよね」
 鏡に映る自分の、勝ち誇った顔を、点検する。
「王太子殿下がいらっしゃいました」
 扉の外から声が掛けられた。 
 ダリアが立ち上がり、フィリアが椅子を納める。
 フィリアと侍女達が、横に控えるのと同時に、デザントと侍従が中に入った。
 視線を感じて、フィリアが僅かに頭を上げる。
 目が合った。
 あの男だ。
 木の上で見つけた、見つけられた、あの男。
 フィリアは鋼の糸で、体を巻き取られた気がした。
 蜘蛛の巣に掛かった虫のように。
 何も考えられない。
 ただ、直感で覚った。
 この男は、間違えたのだ。

 フィリアはデザントを避け続けた。
 早朝の雑用を買って出て、夜は早めに自室に戻るのだ。
 それでも出くわしてしまった時には、俯いて視線は決して上げない。
 それが礼に敵っているのは幸いだった。
 無事に一年をやり過ごせば、待っている筈の、穏やかで伸び伸びとした暮らし。
 フィリアは思い描いた日々にすがりつきながら、じりじりと時を過ごした。

 宮殿を辞す挨拶は、もう済んだ。
 ようやく明日、解放される。
 フィリアは荷造りを終え、胸を撫で下ろしていた。
 あの、私を呑み込むような視線から、やっと逃れられるのだ。
 暦の日付を一つ一つ潰していく毎日の、なんと長かったことか。
 ダリアは少し寂しがるかも知れないが、清々ともするだろう。もう、離れても良い歳だ。
 少し浮かれて、知らずに歌も口ずさんでいた。
 一応寝ようと、布団に手を掛けたとき、扉が開いた。
「王太子様!」
 押さえた悲鳴が口をつく。
 後ろ手に扉を閉めると、ほんの数歩で、デザントはフィリアの左手首を、捕らえていた。
「知っていたであろう」
 押さえた怒りが言葉になる。
「初めて会ったあの時から、わかっていたであろう。私の思いは」
 フィリアは答えることができなかった。
 そう、分かっていたのだ。最初から。
 この男の熱情を。
 知っていた。気付いていた。
 自分の中の熱情に。
 そしていつか、こうなることも。
 自分は既に知っていた。
 だから恐れ、避け続けたのだ。
 フィリアの靴が、床に落ちた。


楽園ーFの物語・バックヤードー歯車

2021-02-19 21:53:56 | 大人の童話
 その日、門を入るなり、フィリアは我が家の異変を感じた。
 空気が妙にそわそわとしている
のだ。そして微妙な緊張を孕んでいる。
 正直なところ、止めて欲しかった。面倒なことは、お断りだ。
 特に今は。
 今日は珍しくミスをしてしまった。公爵夫人の髪飾りを、床に落としてしまったのだ。
 ー全てあの男が悪いのだー
 フィリアは思った。
 木の上で目があった、あの男。
 噛みつくような、絞め殺すような、恐ろしい目をして、私を見ていた。
 脳裡に焼き付き、時折膨れ上がっては、私を惑わせる。
 昨晩も、首筋に噛みつかれる夢を見て飛び起きた。
 苛々している上、寝不足なのだ。
 案の定、執事が直ぐに呼びに来て、フィリアは嫌な予感に包まれながら、居間に向かった。
 部屋には男爵夫妻が、緊張した面持ちで、ソファに掛けている。
 夫人に
促され、対面にフィリアが座ると、男爵が渋い顔で話し始めた。
「今日、宮殿から使いが来た。ダリアを王太子夫人に、お望みだそうだ」
 フィリアは驚いた。
 夫人には、申し分ない家柄の、淑やかな姫君がなるものだからだ。
けれど直ぐに、王太子が子を欲していたことに、思い至った。
 フィリアの様子を見て、男爵が続ける。
「ダリアがお前の様に、色々と弁えているのなら良いんだが、とても嫁がせられるものではない。長女のお前を家から出し、婿を取ろうとしていた程だ。なのに王太子夫人になど」
 男爵が言葉を切ると、夫人がフィリアの手を取った。
「お願い、フィリア。付いていって頂戴!」
「えっ?」
 再び男爵が口を開く。
「一年でいい。嫁ぐのを延ばして、お目付け役として付いていってくれ。お前ならしっかりしているし、公爵家で行儀見習いもしている。せめてダリアが王室に馴れるまで、申し訳ないが、助けて欲しい」
 ーまただ。いつもいつも、ダリア中心。全て勝手に決められてー
フィリアは目の前が暗くなった。
 けれど、逆らうだけ無駄だ。
「一年ですね。ぴったり、一年きりですね?」
 夫妻が目に見えて安堵する。
 フィリアは婚約者との結婚生活に思いを馳せた。
 彼が叔父様から譲り受けた、郊外の広い牧場で伸び伸びと暮らすのだ。
 その時一瞬、樹上で見た男の顔が頭を過った。
 フィリアは心の中で、首を振る。
 そして右手の指輪を探った。婚約者が好きな石を嵌め込んだ指輪だ。
ーこれで最後だ。あと一年で、この両親から、妹から、解放されるー
 フィリアは自分に言い聞かせた。

「えっ!私が?何で!?」
ダリアは文字通り、ソファから飛び上がった。
「お前の頑健そうなところが、お気に召したのだろう」
 男爵も、まさか木登り姿を見られたとは言えなかった。
「頑健?そっか。お世継ぎが欲しくて夫人探しに血眼って、話だものね。私なら産めそうってことよね」
 男爵は深い溜め息を吐いた。
「これだから心配なのだ。お前は全く分別がない。口にして良いことかどうかも、分からんのかね」 
「どっちにしろ同じじゃない。やだわ、あんな窮屈そうな所」
「私達だって嫁がせたくない。けれど、この国の決まりは知っていたるだろう。使者が来てから爵位を返上しても、遅いのだ」
 暫くの沈黙。
「お前だけでは不安だろう。だからフィリアにも付いていってもらうことにした。一年だけだが、そのうちに慣れてくれ」
「フィリアが?私より先にこのことを知ってるの?私のことなのに!」
「お前を少しでも安心させるためだ」
「何言ってるのよ。いつもそう。何でもかんでも私だけ仲間外れの子供扱い!」
「実際子供でしょう。動揺するのは分かるわ。でも、フィリアのことで怒るなんて。フィリアだったら心配ないのに」
 夫人はハンカチで顔を覆った。
「いいわ。分かったわよ。確かに当面フィリアがいた方が安心だしね。そして一番に子供を産んで、王太后になってやるわ」
 顔を赤くして宣言するダリアに、男爵夫妻は頭を抱えた。

 祖霊を祀る部屋は、十数歩で横切れる程の広さだった。
 白い三方の石壁には、レリーフが施され、正面に高い祭壇がある。
 その右に祭司長が立ち、左に王、
続いてデュエールを始めとする王族達だ。
 ダコタは中央に立って、胸を高鳴らせていた。
 扉が開き、ヴェールを被ったダリアが入ってきた。
 白地の金の地模様が入ったドレスを纏って、巫女に手を取られて堂々と進む。
 ダコタの前で歩を止めて、跪くと、目を閉じた。
 ダコタは真言を唱え、ダリアの顔を覆うヴェールを上げる。
 違和感があった。
 この娘だったであろうか。
 祭司長に促され、薬指の先に聖灰を取って、ダリアの眉間に着ける。
 ダリアが目を開けた。
ーやはり、違うー
 デザントの背筋がすうっと冷えた。
 よく似てはいるが、この娘ではない。
 ダリアは立ち上がり、再び巫女に手を取られて、部屋を出て行く。
 もう、儀式は終わったのだ。
 デザントは二人の後ろ姿を、呆然と見送った。
 

楽園ーFの物語・バックヤードー邂逅

2021-02-12 22:56:55 | 大人の童話
デザントは焦っていた。
子供が出来ないのだ。
王家の直系が求愛すれば、貴族の家に生まれた者は、拒むことは出来ない。
正室の他に第三夫人まで認められる上、三年子供に恵まれなければ、実家に帰せるのだ。
 それだけ、大切なことなのだ。
 廃嫡になった兄は思慮深く、学問にも優れている。その上、王座に着けば、国が繁栄するという赤毛だ。
 ただ、健康であるというだけで、自分が王太子になったのだ。
 そして、周囲の勧めで十八で最初の夫人を迎えた。 
 なのに。
 第一夫人の時は、三年寝所に通った。
 第二夫人は二年、次の夫人も二年。
 自分には子を作る力が無いのでは、とも思う。
 けれど相性の良い相手や、子を宿す力が強い相手であれば、なんとかなるのではないかと、第一夫人には悪いが、里に帰ってもらった。
 今度は自分で選ぶことにしたのだ。
 でも、どんな相手なら。
 視察の為だと言って、町中を馬で歩きながら、頭はそのことでいっぱいだ。
 高い石塀の横を通った時、上の方で、枝が擦れる音がした。
 反射的にそちらを向く。
そこに、少女がいた。
木の葉に所々隠されても、驚くほど愛らしく、美しい顔立ちをしている。肩を流れる銀髪が、それを際立たせていた。
 長い睫毛に囲まれた目を見開いて、デザントを見返している。
 馬が進んでも、互いに視線を外せない。
 不審に思った侍従が声を掛けるまで、その邂逅は続いた。

「アダロン男爵家の娘ですか。サス国生まれの奥方に似て、美形だと評判の姉妹です」
侍従長の答えに、デザントは亡き王妃を思い出した。
そういえば、カナライでは珍しい銀髪だ。顔立ちも少し似ているかもしれない。
侍従長に再び尋ねる。
「姉妹?何人いるんだ?」
「二人です。姉は性質も申し分なく、直に侯爵家に嫁ぐ筈です。妹はじゃじゃ馬で、手を焼いているとか」
「では、妹の方だ」
 見つけた。
 デザントの胸が高鳴った。
自らに忍従を強いながら、押さえ切れない怒りをもて余している。
 あれは私と同じ者だ。
 あれは、私のものだ。

 王宮からの突然の使いに、男爵は急いで応接室に向かった。
 そして書状を読み、更に慌てた。
「ダリアをですか?あの娘は未だ十四歳で、それ以上に子供です。我が儘でじゃじゃ馬で、とても王太子夫人になど。合点がいかない。そんな物好きが」
 動転して言い立てる男爵を見かねて、侍従長が口を開く。
「大変失礼ではありますが、殿下はご存知の筈です」
「それは、どういう?」
「木登りをする姿を、見初められました。ここだけの話にしておいて下さいませ」
 逃げ道は無い。
 爵位など返上しておけば良かった。
 男爵は頭を抱えた。

楽園ーFの物語・バックヤードー木登りと姉妹

2021-02-05 22:11:18 | 大人の童話

「ダリア!早く下りて!見つかるわよ」
 青々とした庭にぽつぽつと、高い木が植えてある。
 中でも一層太々とした木の下で、姉のフィリアが呼び掛けているのだ。
 長い睫毛に囲まれた大きな瞳、すっきりと通った鼻筋、緩やかにウェーブした煌めく銀髪。
 年より幼く見える愛くるしい顔立ちは、意思の強そうな口元で引き締められている。
 男爵になりたての家柄だが、その美貌と利発さで見初められ、侯爵家の次男との結婚が決まっている。 
 その為に現在、公爵家で行儀見習い中だ。
 今日は久々の休みだった。
 木陰でゆっくりと読書でも、と思っていたのに、二歳下のダリアがうろちょろして、木の休まる暇もない。
「お姉様も来ない?いい眺めよ!」
 ダリアが大きく手を振った。
「ダリアっ!」
 外廊下で男爵夫人が睨んでいる。
「お母様!」
 ダリアがゆっくりと下りてきた。
 フィリアに良く似た顔立ちをしている。けれどその悪戯っぼい笑顔は、彼女を幼く見せていた。
「あ~あ、見つかっちゃった」
 そう言いながら、フィリアが揃えた靴を履く。
「フィリア。貴女がついていながら」
小走りでやって来た夫人が、ダリアの服を点検する。
「全く。姉妹なのに、何でこんなに違うのかしら」
 両腕を上げて母に任せながら、ダリアが言い返す。
「本当にね。お姉様は私よりダンスも蹴鞠も上手なんだから、私より高い木に登れるのに」
「これっ、何を言っているの」
夫人がダリアの腰を軽く叩く。
「ほら、ここのレースが外れかけているじゃないの。早く中に家に入って。繕わないと」
「はーい」
 ダリアが勢いよく走り出す。
「本当に、もう」
 言葉では怒っているが、顔は笑っている。
 夫人がダリアの後を追い、フィリアは一人、庭に残された。
 フィリアは溜め息を一つ吐くと、木陰で再び本を開いた。
 皮の表紙がしっとりと手に馴染み、箔の装丁が美しい。
 フィリアは三頁読み進め、本を閉じた。
 思い出されるのは、婚約者と引き合わされた、春の夜会だ。
さり気無さを装ってはいたが、話が決まっているのはみえみえだった。
 そういうものだと分かってはいた。
 けれどもこのまま、箱の中で一生を終えることを実感し、うんざりした。
 庭へと抜け出し、苛立ちのままに靴を蹴り脱ぎ、宙で受け止める。
その時後ろから拍手が聞こえたのだ。
「上手ですね。面白そうな方で嬉しいです。楽しい家庭を作りましょう」
 彼は快活にそう言ったのだ。
 きっと彼なら大丈夫。
 フィリアは自分を慰めた。
 いつも真面目に大人しく生きてきた。
 両親が望むように。家に迷惑が掛からないように。
 けれど両親が、より愛しているのは、我が儘放題の妹の方だ。
 自分だって、木登りぐらい出来るのだ。
 きっと、ダリアより高く、そして、見つからないように。
 外廊下からも、よく使われる部屋からも見えにくい、塀際の木をフィリアは選んだ。
 それはかなり高かった。
 けれど横に張る枝は、かなり太い。
 出来る筈だ。
 自分だって、登ってもいいのだ。
 フィリアは靴を脱ぎ捨てた。