翌日、王の私室には、デザントとダリア、フレイア、ルージュサンがいた。
ルージュサンが集めたのだ。
ナザルとセランも着いてきた。
挨拶もそこそこに、ルージュサンが本題に入った。
「私がここに来たのは、フレイア殿から『王妃の不貞の証拠が、ダコタ殿下に渡った』と、手紙を頂いたからです」
「姉上っ!」
フレイアが途中で止めたが、ルージュサンは構わず続けた。
ダリアは全身を強張らせている。
「大丈夫です。陛下はとうにご存じなので」
僅かに体を浮き上がらせ、くずおれかけたダリアを、デザントが受け止める。
「どうして分かった?」
そのままの姿勢でデザントが尋ねた。
「陛下は正直な方です。以前頂いた手紙には『お前の妹と王子達の為に』という一文がありました。今回の話と合わせれば、偶然だとは思えません」
「そうか。続きを」
「相手がデュエール殿下だとは、証拠の手紙で初めて知りました。それは証拠としては不完全なものでしたし、私とフレイア殿達で、取り戻したのでご心配なく。ところで、陛下はラウル殿下に、王座を譲りたいのですよね?」
「その通りだ」
「ならば全てを公にしてしまえば良いのです。そしてデュエール殿下の王位継承権を復活させる。国民は殿下に同情的です。なんとかなるでしょう。『貴族に生まれた女性は直系王族の求愛を断ってはならない』。この規則を盾に取れば、王妃も護れます」
「それではラウルが知ってしまう!どれほど傷付くか」
フレイアが小さく叫んだ。
ルージュサンが溜め息をつく。
「それ位受け止められずに一国の王が務まりますか。あなた方は勝手に思い込み、思い遣り、秘め事にし、話を面倒にしてしまう」
フレイアは呆然とし、デザントは憮然とした。ダリアは赤い顔で二人を見比べている。
やがてデザントが口を開いた。
「他には?」
「ダコタ殿下が、フレイア殿と私達を殺めようとしたのは、ご存じですか?」
「いや、初耳だ」
デザントは目を吊り上げ、ダリアは目を見開いた。
「本当です陛下」
フレイアが肯定し、ナザルとセランも頷く。
「事実であれば王族の地位を剥奪する。息子のフォッグも同様だ。あれは息子を王座につけようと、無茶をするのだ」
「陛下はお世継になられた時、ご生母様やダコタ殿下と、別に暮らすようになられたのですよね。寂しさは時として、残された方に多くつのるものです。ダコタ殿下の根底にあるのは、引き裂かれた痛みです。陛下」
「この年でか」
デザントは呆れたが、生母が陰で支え続けてくれていたことを、思い起こした。
「分かった。他には?」
「フォッグは花に関して、卓抜した才と実績があります。国策の一環として、お考えになっても宜しいかと存じます」
「検討しよう。ルージュサン、お前のことも今回のことと共に公にする。これで全てか?」
フレイアが補足する。
「姉上とセラン=コラッド、そしてナザルは、ムール街道の峠で恐れられていた野犬を捕獲し、山賊をカナライ側に出ないようにしました。私達が襲われた時も、守り続けてくれたのです。彼らなくして、この件の解決はございませんでした」
「ほう」
デザントは二人を見る目を改めた。
「セラン=コラッド。礼を言う。褒美は何が良い?好きなものを申せ」
「光栄です。褒美については考えさせて下さい」
セランがゆったりと答える。
「ナザル。よくやった。お転婆のお守りは大変だろうが、これからも尽くしてくれ」
「恐れ入ります」
ナザルは緊張に顔を赤くしている。
フレイアが吹っ切れたように、顔を上げた。
「こう決まった以上、私が嫁がない理由がありません。三月前に打診があったサス国との縁談を、受けようと思います」
「おお、そうか」
デザントの頬が弛み、すぐ、王の顔に戻った。
「けれど婚姻に伴う王位継承権の返上は認められん。ラウルではまだ心許ないからだ。ルージュサン、お前も同じだ」
「はい」
ルージュサンが左の奥歯を、ほんの僅か、噛み締めた。
「殿下!欲しいものが決まりました」
全員がセランに視線を向けた。
「ルージュサンの王位継承権返上の承認です」
セランが続ける。
「ルージュサンは拾われ子として船に尽くし、養子としてガーランド家に尽くし、それをやっと終えようとしているところなのです。そしたら今度は血縁者の、いざこざに駆り出された。しかもまるで当然のように。彼女が今まで王族であることで、何か恩恵を受けたことがありましたか?」
セランはデザントの視線を外さない。
「彼女は出来ます。期待を上回る果実を返せます。けれどそれは我が身を顧みず、命を削った結果なのです。僕はもうこれ以上、彼女に何も背負わせたくないのです」
セランがデザントを見つめ続ける。
やがてデザントが視線を外した。
「確かに何でも、と言ったな。ルージュサン、お前に継承権は重荷かね?」
ルージュサンがはっきりと答える。
「はい。陛下」
デザントが少し俯いて苦笑した。
「では、認めよう。ところでルージュサン、彼は一体、お前の何なんだね?」
「ああ」
ルージュサンは、今気付いたように紹介した。
「彼は私の婚約者です」
「ええっっ!?」
セランが大声を上げた。
「聞いてません聞いてません。僕は何もそんなこと」
「いりませんそんなこと。紹介するのは私ですから」
ルージュサンがすまして言う。
セランの口が『い』の形になった。
そしてようやく、その内容を受け入れ始める。
「いつ決めたんですか。黙ってちゃ分からないでしょう?。何回目の求婚の時ですか。百三回目?百四回目?
「まだ百三回ではありませんでしたか?」
「えっ?確かに百四回ですよ。いつのを忘れたんですか?」
ナザルがくすくすと笑いだす。
「俺は気付いてました。ルージュサンが貴方に歌ったという『船乗りの子守唄』は、大切な家族にしか歌わないものなんです」