ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園 Fの物語ー掃き溜めに鶴ー

2020-09-26 22:00:00 | 大人の童話
「やあルー!。何年ぶりだ?。大きくなったな!」
エルムの宿に付いている料理屋で、髭もじゃの男が手を振った。
ドラフだ。
ルージュサンも手を振り返す。
「二年半ぶりです。ドラフさん。大きさはもう変わりませんよ」
ドラフが立ち上がって、ルージュサンと抱き合い、背中をバンバン叩く。
「俺にとっちゃずっと、七つ八つの餓鬼だ。もじゃもじゃの赤毛も、細っこい体も、昔とちっとも変わらねぇ」
「もじゃもじゃはドラフさんの髭でしょう」
軽口を楽しげに叩き合っていると、ドラフの横に座っていた男が、席をずれた。
「ああ、有難うアスル。こいつはルー。子爵んちの養女になって、貿易商社をやってるんだが、俺の友人が船で育てたんだ。こいつはアスル、見習いだ」
「宜しく、アスルさん」
ルージュサンが右手を差し出した。
その手といわず、瞳といわず、全身に満ち溢れている力が、ハレーションを起こしている。
握手をすると身体中に、熱がぶわりと回るようだ。
「こちらこそ。噂に聞いてはいましたが、『掃き溜めに鶴』ってとこですね」
「『鶴』は、後から来ます」
怪訝そうなアスルに、悪戯っぽい笑みを見せ、ルージュサンがドラフに向き直る。
「私用でジャナに行きたいんです。二人乗せてもらえませんか?」
「いいよ。貸し切りなんだが、信用出来る奴なら、一人二人乗せても構わないって話だ」
アスルが目を丸くした。
「もう一人の身元は、聞かなくていいんですか?」
ドラフが事も無げに言う。
「ルーの連れだぞ。で、どこにいるんだ?」
「道に置いてきました。宿の名は言っておいたので大丈夫です。出発はいつですか?」
「さっき、最後の荷が着いたんだ。明日の昼前には出る。だから酒はお預けだ」
ドラフが片目をつぶってみせた。
「その分今夜は存分に食おう!」
「はいっ」
喜ぶルージュサンを優しく見つめ、ドラフがオーダーする。
「旨い料理を全部、持ってきてくれ!」
「うちのは全部、美味しいよ!」
長身の女将が答える。
「そうだったな。じゃあ宜しく」
アスルが又、目を丸くする。
何十皿になるんだろう。それを三人で?。
「大丈夫です。私はここで、美味しくない料理に出会ったためしがありません」
ルージュサンが力強く言う。
「そうですか。それは良かった」
アスルはほっとした。
彼女が言うなら、大丈夫なのだろう。
何が大丈夫なのか、さっぱり分かりはしなかったが。




生魚と青菜の和え物、衣にナッツを使ったプフライ、野菜とイカの炒め物、肉団子入りのスープ。
取り分けられるものは一皿、それ以外のものは三人分運ばれてくる。
自分の分を早々に止めたのは、一番若いアスルで、次がドラフだった。
その後は味見程度で、残りはルージュサンがが平らげる。
敬意と親愛の情を込めて、集まって来る船乗り達と、楽しげに語らいながら、いつの間にか食べ終えているのだ。
ドラフはお茶を片手に、上機嫌でそれを眺めている。
二十三皿目が運ばれて来たとき、扉が大きく開かれた。
「愛しのルージュサン!お待たせしました。只今到着しました!」
皆一斉に入口入口を見る。
そこに立っていたのは、布袋とリュートを背負った、美しすぎる男だった。
通った鼻筋、滑らかな肌、黒子の一つも見当たらない。
セランは瞬時にルージュサンを見つけた。
「なる程。『鶴』だな」
ドラフの呟きに、アスルも同意する。
セランはルージュサンへと一直線だ。
他の客のどよめきも、視線も目に入らない。
「私の部屋も、取っておいてくれたんですね」
「船もお願いしてあります」
セランが喜びに満ち溢れる。輝く笑顔だ。
「有難う!。置いてきぼりにされた時には、悲しみに打ちひしがれましたが、こうして僕に、楽をさせてくれる為だったんですね!貴女の愛を疑った、僕はなんて愚かだったんでしょう!」
皆一斉に身を引いた。
スプーンごと両手をがしっと包まれた、ルージュサンだけが平然としている。
「単に効率を取っただけです。こちらお世話になるドラフ船長とアスルさん」
ルージュサンの両手を一度、胸に抱いて彼女に返すと、セランが爽やかな笑顔を二人に向けた。
「初めまして。セラン=コラッドと申します。宜しくお願い致します」
差し出された、小指の爪まで美しい。
握手をしながらドラフが言う。

「こちらこそ。しかし、何事も度が過ぎると呆れるもんだな」
セランは爽やかな笑顔のままだ。
「はい。皆さんすぐに諦めて慣れて下さいます」
ドラフは眉を八の字にした後、豪快に笑った。
「よしっ、好きなだけ食え!」
「ご馳走さまです!遠慮なく頂きます!」
セランが嬉しそうに言う。
一体、何人分の食料を船に積めばいいのか。
その食べっぷりを見て、アスルは空恐ろしい気持ちになった。

楽園 Fの物語ー正しい歩き方ー

2020-09-19 22:00:00 | 大人の童話
都を出て、道も石畳から土に変わり、人家が疎らになっても、セランは喜びに溢れていた。
「こうしていると、思い出しますね」
歌うように問う。
「何をですか?」
ルージュサンが素っ気なく答える。
「二人が出会った日のことです」
セランはめげたためしがない。
そして大概上機嫌だ。
ルージュサンの傍では尚更。
「監禁場所から逃げ出して、二人で夜通し歩きましたね」
セランは運命の相手と出会い、共に苦難を乗り越えた、素晴らしい日を反芻していた。
ルージュサンは妙な男がぼうっと立っていたせいで捕らえられ、おまけにのこのこ付いてきて、足手まといになった、不運な日を思い出した。
「そうですね。それはそうと、夜迄には港に着きましょう」
「あの時は夜、今は昼」
セランの目尻が下がる。
ルージュサンは嫌な予感がした。
「安眠妨害にはなりません。貴女を称える歌を歌わせて下さい」
そう言って背中のリュートに手を伸ばす。
「体力は温存しておいて下さい。貴方は無駄な動きが多すぎる」
セランが不思議そうに首を傾げる。赤子顔負けの無邪気さだ。
「無駄?どこがですか?」
「さっきから踏んでいる、そのステップです」
「ステップ?ああ、そういえば踏んでいる気もします」
納得して喜んでいる。
「体が勝手に動くんです。何故なら僕の心も体も、貴女と共にいられる喜びに、打ち震えているからです」
「そうですか。わたしは『エダムの宿』に泊まる予定です」
「?はい」
セランは文脈が分からず、怪訝な顔をした。
そして、ルージュサンに置いていかれるに至って、理解したのだった。



ルージュサンが港に着いた時、組合の灯りはまだ点いていた。
ほっとして頬が弛む。
ここで日数を取られたくない。
「いらっしゃいガーラントさん。久しぶりですね」
愛想よく男が出迎える。
ルージュサンもにこやかだ。
「ご無沙汰してます、カシヌさん。義弟を仕込むのに忙しくて」
「では、代替わりするというのは、本当なんですか?」
「ええ、最初からそのつもりで養女になったんです」
「まあ、父から色々と聞いてます」
男は訳知り顔で頷き、話を変えた。
「ところで、今日はどんな荷をお探しですか?。それとも、船を?」
「今回は、私用でジャナに行きたいんです。なるべく早く」
男は少し驚いて、帳簿を開いた。
「えーと、ドラフさんの船があります。最後の荷が届き次第、出るそうです。運がいいですね。貸し切りですが、人なら乗せてくれるかもしれません」
「他には?」
「ネッツさんの船ですね。三つ目の寄港地になっています。出発は明後日」
「有難うございます。これは酒代の足しに」
ルージュサンが財布から少し渡すと、カシヌが頭を掻いた。
「いつも済みません。ドラフさんなら『エルムの宿』にお泊まりです」


楽園 Fの物語ー出発の朝はおまけ付きー

2020-09-12 22:00:00 | 大人の童話
次の朝、ルージュサンは、いつもの時刻に食堂の扉を開けた。
「お早・・・」
挨拶が途中で途切れる。
「お早うございますっ」
セランが爽やかな笑顔で、両手を広げ、出迎えたからだ。
ルージュサンは、思わず目を閉じ扉を閉めた。
「どうしたんですか?リボンの結び目でも気になりましたか?大丈夫。いつも通り美しいです。いえ、貴女は、どんな成りをしていても、いつでも究極に美しい」
セランの底抜けに明るい声が追ってくる。
ルージュサンは頭を抱えた。
見間違えであって欲しかった。
観念して扉を開けると、セランもすっかり旅支度だった。
「仕事はどうするのですか?」
「秋休み前の試験は、講師の方にお願いしました。そのまま秋休みに突入です」
「日数を減らす為に船ですよ。船酔いするのではないですか?」
「大丈夫。その前に貴女に酔い潰れている筈です」
「利用出来る時は利用しますよ」
「お役に立てるなら光栄です」
「容赦なく見捨てますよ」
「勿論。そうして下さい」
セランは爽やかな笑顔のまま、目尻を少し下げた。
「貴女は私に『休みは変わらない』と、嘘をつくことも、仕事の段取りをせずに、昨日出発することも、使用人の方の負担を増やして今朝早く出ることも出来ない。それが貴女の弱点です」
セランは手を組み、うっとりと宙を見た。
「ああ、一日中、貴女の側にいられるなんて」
その姿はまるで、祈りを捧げる美神の像だ。
何度見ても、美しいものは美しい。
何を言っても、変わらないものは変わらない。
呆れて諦め、受け入れるしかない。
そして完璧に美しい分、より、痛ましい。
ルージュサンは深く、溜め息をついた。


楽園 Fの物語ー恐怖の椅子ー

2020-09-06 21:47:24 | 大人の童話
本文応接室の重い扉を開くと、小柄な若い男が立っていた。
「お待たせました。どうぞ、お掛け下さい」
横の椅子を示されて、アージュが戦いた。
背もたれが高く、妙な角度に脚が付いている。
これがきっと『恐怖の椅子』だ。
先輩達が「決して座ってはいけない」と、忠告してくれた、あれだ。
「私はその様な身分ではございません。ただ、主からこれを」
そう言って、手紙を差し出した。
「確かに受け取りました。では、失礼して」
ルージュサンが指先で封蝋を外すのを見て、アージュが目を丸くする。
書状を一呼吸で読み終えると、ルージュサンが告げた。
「折角のお迎えですが、私は同行致しかねます。今、返事を書いて参りますので、少しお待ち頂けますか?」
そこに女中頭のマルが入って来た。
ワゴンのポットからは、甘く、微かにスパイシーな香りが、立ち上っている。
「失礼致します」
花柄のカップに注いで、テーブルに置いた。
「遠い所から、陸路は大変でしたでしょう。これは、彼女自慢のハーブティーです。疲れが取れますので、是非、お召し上がり下さい」
アージュは再び戦いた。
これがきっと『恐怖のお茶』だ。
先輩達が「決して飲んではいけない」と、忠告してくれた、あれだ。
「遠慮なさらず、どうぞ、どうぞ」
にこにこと三人に勧められ、アージュは観念して、恐る恐る、椅子に座った。
すうっ、と沈んで、体を包み込みながら、しっかりと支えられている。
全身から力が抜けて、思わず目を閉じた。
「さあ、お茶もどうぞ」
声が遠くから聞こえて来るようだ。
ーああ、これが禁断のー
操られるように薄目を開け、お茶に口を付ける。
スパイスの快い刺激が、甘味を体の隅々まで染み渡らせ、疲れを滋養で埋め尽くしていく。
ーああ、これがー
そしてアージュは、返事を待つには十分過ぎる時間を、爆睡して過ごすことになった。
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