ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-祭りの前夜

2022-07-22 21:26:16 | 大人の童話
 翌日セランとルージュサンは、山の麓から沸き出す温泉で、ゆっくりと沐浴した。
 ドニの予想通り山ほど集まったご馳走を、二人で難なく平らげると、もうすることは無か  った。
セランが借りている部屋からルージュサンが出ようとする。
その背中にはいつもの、力が無かった。
「ルージュ」
セランが後ろから、柔らかく両腕を回した。
「愛のままに生きられる幸せを、そのまま貴女に伝えられたらいいのに」
ルージュサンの肩に、セランが顎を乗せる。
「あの子達は大丈夫。思い浮かべて。フィオーレをフレイアをユリアをナザルをドラをアンをローシェンナを。そして他の沢山の素敵な人達を。皆、愛してくれている。それでも心配なのは親の情だよ。だから辛いって言っていい。会いたいって言っていい。自分でしたかったことだからって、我慢する必要なんて全然無いんだ。君といるって決めたのは僕で、今、最高に幸せなんだから」
 セランの腕に力がこもる。
 ルージュサンは泣き言を口にはしなかった。
 ただ暫く、抱擁に体を預けていた。



楽園-Eの物語-祭りの準備

2022-07-15 21:51:26 | 大人の童話
その後村は<神の子>の準備に、慌ただしくなった。
 <神の子>の衣裳は、少し上質な礼服に、森の象徴を刺繍した長い毛織物を巻き付けるだけだ。
けれど当然ながら、用意してあったのは、子供用だ。
 なので村長の甥が娘の婚礼用にと、とっておいた反物を譲り受け、三人がかりで仕立てることになったのだ。
ムンの家に泊まっているルージュサンの所には、儀式の歌と作法、礼服や織物の着せ方を教えに、村の女五人がやってきた。
 儀式の前日から、<神の子>に触れていいのは<歌い女>だけになるからだ。
《僕も一緒に覚えます》
 そう言ってルージュサンに付き添うセランに、女達は見惚れたり、涙ぐんだりした。
 手の空いている男達は、なんやかやと理由をつけて、ムンの家に集まってきた。
 夕方になると料理を差し入れに来た女達が、時には男達の耳を引っ張って、家に連れ帰った。
 三日後にはどうなるか分からない夫婦の、邪魔をする野暮を止めさせたかったからだ。
《これは大変だね。明日はきっとずっと増えるよ。明後日にはもっと》
 ざっと十人分はありそうな料理を並べ、ドニが溜め息を吐いた。
《じゃあこれ、今晩全部食べていいんですか?》
 セランの顔が嬉しげに輝く。
《この二人に任せとけば大丈夫。どんとこい、だ》
 ムンが笑いながら、ドニに言った。
《私は食い溜めが出来るのが特技なんです》
 ルージュサンは茶目っ気たっぷりだ。
《僕は美味しい物を、沢山食べるのが大好きなんです。溜められないから無駄ですけど》
 セランが続ける。
《ところでルージュサン、今日の髪型は初めて見たな》
 ムンがルージュサンに聞いた。
《この方が印象的で、効果が高いでしょう?》
 ルージュサンがウインクをする。
《呼ばれると分かっていたか》
《セランの笛は、風呂場では目につくでしょう。理由を聞いていても不思議ではありません。旅の途中で、何度かそれらしい振る舞いもしましたし。そこに私を置いていく、となれば、推測出来ることです》
《血筋のことも黙っていた》
《村から出た男系を全て調べたなら、知っていて当然です。なので改めて言いはしませんでした。ムンさんが私達の国の言葉が分かることのように》
 ムンが目を見開く。
《えっ!?ムンさん分かってたんですか?そう言えば『話せない』って、言ってましたね。でもオグさんに通訳させてました。何で分からないふりしてたんですか?》
セランが何度も瞬きをした。
ムンが表情を改めた。
《そうすればオグがいない時、二人の自由な会話を聞けると思った。信頼出来ると分かってからも、言い出せなかった。すまなかった》


楽園-Eの物語-兄弟の宿命

2022-07-08 21:22:24 | 大人の童話
 次の朝、ムンはセランを連れて、村長の家を訪れた。
 暫く後に召集の鐘を鳴らし、ムンとセランは村長と共に、大広間に入った。
 子供時代を過ごした家だ。
 ムンは出入口に近い壁にもたれて、昔のことを思い出していた。
 雪に降り込められた冬や、雨の日は、兄とここでよく遊んだ。
 いつからこんなに、仲が悪くなったんだろう。
 オグを学校に行かせた時からか?。
 いや、その前だ。
《村長さんはお兄さんなんですよね?ここでは皆、こんなに、他人行儀なんですか?》
 心を読んだように、セランが聞く。
《いや。俺達はあまり仲が良くない》
《そうなんですか。僕は一人っ子だから、兄弟がいるのも面白いかなって思ってました》
《そうだな。昔は仲が良かった》
 楽しい遊び相手も、今は部屋の反対側で腕を組んでいる。
 ムンとセランの前を通って、一人、二人と家長達が入って来た。
 皆、セランの美貌に目を奪われ、 暫し見惚れてから、思い出したようにムンに会釈をする。
 祭りを三日後に控え、昨晩ムン達が帰って来たのを見た者もいる。
 皆、議題の見当はついていた。 《集まってくれて有難う。ムンから報告がある》
 百人程集まったところで、村長が声を張った。
 ざわめきが止み、皆が部屋の奥を見る。
 村長の横にムンが立ち、口を開く。
《「神の子」は、生まれていなかった》
 広間がどよめく。
《なので「神の子」に一番近い者を連れてきた。セラン、こちらへ》
 セランがムンに歩み寄る。 
 村人達が改めてセランを見た。
 セランが余裕の微笑みを返す。
 光の輪が辺りに散った。 
《見ての通り十歳ではなく、それなりに分別もつく。けれど完璧なまでのこの美しさだ。そして大概の傷は一晩で治る回復力。他人の顔は判別できないが、強い運命を持つ者は分かる特別な目。本を読めば一言一句、違わず覚えるその記憶力。どこかで運命が狂い、不完全な形で、神の力が宿ったものと思われる》
 いつもの訥々とした、話し方ではない。
 太く大きく、落ち着いたムンの声には、説得力があった。
 村長は複雑な思いで、それを見ていた。
 村人達がムンに同意するのは嬉しい。
 他に手は無いのだから。
 けれど時々突き付けられる、武骨なムンの意外な一面。
 村長の家を継ぐべき自分の、足りない部分を見せつけ、その立場を脅かす存在。
 他家の子供に怪我をさせたのも、父のペンを失くしたのも、全てムンに責があるように、上手く立ち回った。
 首尾よくムンへの親の愛情は薄らぎ、順当に村長になってもチリチリと心を炙る存在。
 後ろめたさと妬ましさで、年を取った今でも、そして今回のことでも。
《特別な力を持つって、何で分かるんだ》
 若い村人の声で、村長は我に帰った。
《この男は若く見えるが三十路半ばだ。傷跡の一つや二つ無ければ不自然というものだろう。けれど傷跡はおろか、黒子すら無い。それに生き物というものは、左右で僅かに異なるのだ。利き腕や利き脚というものもある。けれどこの男はぴったりと対照だ。学者なのにペンだこ一つ無い。そして随一と言われる学院の教授だ。それも専門外の学科でだ》
《だからって「神の子」ではないんだろう?大丈夫なのか?》
《正直なところを言えば、分からない。けれど「神の子」がいないのだ。どうなるものか見当のつけようもないが、他に方法があるのか?これが今考えられる、最善の策なのだ。そしてこの者の妻も又、只の女ではない》
《只の女じゃないって?》
 他の男から声が上がる。
《女の祖父は「神の子」が出る血筋の男系だ。そして女は特別な耳を持つ。ほんの小さな音も、人には聞こえぬ筈の高い音も、聞き取ることが出来るのだ》
《それも証明出来るのか?》
 先程の若い男だ。
《勿論》
 ムンが大きく頷いた。
《セラン、悪いが笛を貸してくれ》
《特別ですよ》
 小声でそう言いながらも、セランがすんなりペンダントを外す。
 そして銀色の鎖ごと、犬笛をムンに渡した。
《済まない》
 そう言って受け取った笛を、ムンは右手で高く掲げた。
《これは遠くから妻を呼ぶ為に、彼が身に付けている犬笛だ。知っての通り犬笛の音は、人に聞こえるものではない。これが特別な耳を持っている、証拠になるだろう》
《じゃあ、今呼んでみてくれ》
 背の高い男が指を指す。
《頼めるか?》
 ムンが聞く。 
《仕方ないです》
 セランが答える。
《呼ぶだけじゃ打ち合わせてあるかもしれない》
 最初の若い男が、疑わしげに言う。
《では今、吹き方でも決めるか?》
 ムンが首を傾げてみせる。
《そうだな。プープププープーでどうだ》
《それが分かれば納得するんだな?》
 ムンが念を押す。
《ああ》
《他に異論があるものはいるか?》
 ムンが広間を見渡す。
 声を上げる者は居なかった。
 ムンが微笑み、セランに目顔で聞く。
 セランも無言で承知する。
《では、吹こう。女は今、俺の家の居間にいる。一人二人外で見ていれば分かるだろう》
 出入口に近い男達が顔を見合わせる。
 そして三人の男が外に出て、扉が閉められた。
 ムンがセランに笛を返し、セランの顔が和らぐ。
《では、吹きます》
 セランが片手を上げ、笛を咥えた。
 村人には誰一人、笛の音が聞こえない。
 皆が固唾を飲んで、扉を見つめる。
 暫くの沈黙の後、扉は開いた。
《呼びましたか?》
 よく通る、鋼の声だ。
 高い位置で纏めた赤い巻き毛が、鮮やかな滝を作っている。
 陽光を放つような金色の瞳、凛とした立ち姿から溢れる気品。
 そして何よりも空間が歪む程のパワーが、誰の目にも見てとれた。
「ルージュ!」
 嬉しそうにセランが駆け寄る。
《ごめんね。こんなことで呼びつけて。でも皆に、納得してもらいたかったんだ。ねえ、笛はどう鳴った?》
《ピーピピピーピー》
《ね?》
 セランが村人達に向き直り、虹を吹く様に笑った。


楽園-Eの物語-君の待つ場所

2022-07-01 21:39:35 | 大人の童話
 一行は、エクリュ村の冬着に着替えて、早朝に宿を出た。
 膝上まである長い靴の、脛を幅広の紐で巻き上げ、目深に被ったマントの額と手首、腰にも紐を使う。
「なんて可愛いんだルージュ!まるで土から這い出たみの虫みたいだ!」
 周りの頭を悩ます褒め方をしたセランは、山に入ってその実用性を実感した。
 まだ残る雪や手足を震わせる風に、対抗するにはもってこいだったのだ。
 山に慣れたムンが先頭を歩き、三人がそれに続く。
 村に着いた時には日が暮れていたが、月明かりと雪の反射に、ベージュ色の家々が、浮かび上がって見えた。
《えっ?》
 ムンが呟いた。
《明かりが点いてる》
《俺のとこもだ》
オグがムンの顔を見る。
《まずは俺の家に行こう》
 そう言ったムンの足が速くなる。
 最後は駆け寄る様に、村の端に近い所に建つ家に着いて、その扉を叩いた。
 待つこともなく、その扉が開かれ、飛び付かれたムンがよろけそうになる。
《ドニ。どうしてここにいるんだ。町に行ってろって、あれほど!》
《行けないわよ。あたしの居場所はムンの居場所だもの》
《じゃあ、サナも?》
《うん。子供と一緒に村に居る》
《俺、帰る》
 ドニの言葉が終わらぬうちにオグが駆け出す。
《この人達が?》
 セランとルージュサンを見て、ドニが首を傾げる。
《『神の子』は生まれなかった。この人達が一番近い》
《そう。とにかく入って。寒かったでしょう》
 ドニに招き入れられ、三人は靴とマントを取った。