ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園-Eの物語-贄の妻

2022-05-27 21:28:48 | 大人の童話
「つまりそのナイフは、久しぶりに帰って来た娘さんに、急いで干し肉を切っていたものなんですね」
 男の家は粗末だったが、ほどほどに片付いていた。
 オグは男と娘を並んで座らせ、向かいにルージュサンと並んで座った。
「そうだよ。そしたら果物屋のかみさんが、娘の仕えているお嬢様の旦那様が、亡くなったって知らせに来たんだ。そんな時に家に来たとなれば『贄の妻』にさせられるに決まってるだろう。聞こうとした途端に逃げ出したんだ」
「『贄の妻』?」
 オグがルージュサンの顔を見た。
「この辺りには、豪族の当主が亡くなると、妻が供に埋葬される風習があるのです。けれど妻の髪を懐に入れた独り身の女性が、身代わりになることもあります。それが『贄の妻』です」
 オグが嫌悪感を露にした。
「なんだそれ。後追い自殺無理強いかよ。おまけに身代わりだって?」
 オグが娘を見る。
「何であんたが死ななきゃならないんだ?そんなとこ辞めればいいじゃないか」
 娘がオグを睨む。
「お嬢様は気位の高い方です。私が代わると言えば止めるでしょう。だから早く帰して下さい。気付かれてしまいます」
「あんたは何で死にたがるんだ」
 オグが怒るように聞いた。
「貴方には関係ないでしょう?」
 娘はオグを睨んだままだ。
「お父様、ご事情をお聞かせ願えますか?」
 ルージュサンの微笑みには、有無を言わせぬものがある。
 男は半ば目を伏せて、ぼそぼそと話し始めた。
「俺たちは昔、隣町に住んでたんだ。近所のお屋敷で女房は下働きをしてたんだが、火の不始末をしちまった。三歳だったお嬢様を助けて女房は死んだし、煙を吸ったのが元で、体が弱かった奥様も亡くなった。旦那様は咎めなかったが、十三だったこいつは奉公に出た。そしてお嬢様がこの町に嫁ぐ時も、付いて来たんだ。俺も心配で越して来たんだが、案の定この始末だ」
 次第に大きくなっていった男の声は、仕舞いには娘に向けられていた。
「お嬢様は三歳でお母様を亡くされたのよ。それからは妾達に邪険にされて、たった十二で四十も上の男に嫁がされた。そして二年で死ねっていうの?母さんが火さえ出さなければ、全部無かったことなのよ?」
「だからってお前が死ぬこたないだろ!嫁にも行かず尽くして来たんだぞ。もう十分だ!!」
「違うのよ。お父さんは全然分かってない!あぁ、最後に一目なんて、思わなきゃ良かった!」
 睨み合う二人に、ルージュサンが提案した。
「気持ちの行き違いがあるようですが、時間が無いのでしょう?先ずはそちらを解決しましょう。お父上はお嬢様に、お嬢様はお仕えしている方に、亡くなって欲しくない。であれば二人とも助ければ良いのです。理解し合う時間は、その後で十分に持てる筈です」
「そんなこと出来るのか?」
 口にしたのは男で、目を丸くしたのは娘だった。
 ムンは大体察した様子で、オグとセランは手伝う気満々で笑みを浮かべた。


楽園-Eの物語-衝突

2022-05-20 21:23:13 | 大人の童話
 木の靴底が土を蹴る音に、一行は振り向いた。
 目に飛び込んだのは、若い女がドレスを閃かせ、全力で走る姿だ。
 ルージュサンとセラン、ムンは道を開けたが、避け損ねたオグが女にぶつかり、派手に尻餅を着いた。
「すみませんっ」
 そう言って立ち上がろうとした女が、自分の裾を踏み、又膝を着く。
「捕まえてくれっ!」
 野太い男の声がした。
 反射的にオグが女の右手首を掴む。
 今度はごま塩頭の男だった。
 必死の形相で走ってくる。
「すまん。助かった」
 息を切らせながら言うと、女に左手を伸ばす。
 オグは急いで立ち上がり、女を背に庇った。
「それは家の娘だ。渡してくれ」
「止めてよっ。もう決めたの」
 睨み合う二人を、オグが見比べる。
「渡しても逃がしても、後味が悪い。話を聞かせて下さい」
「悪いがあんたには関係ない」
「いいから放して下さいっ」
 二人が同時に言う。
 オグがまず、女を見た。
「こんな風に逃げても、親を心から振り切るなんて出来ない。きっと後悔する」
 女はすがり付く様な目で、首を小さく横に振る。
「そうだ。とにかく家に戻ろう」
 再び伸ばされた男の手を、オグが阻む。
「帰せるわけないだろう!」
 オグの視線が、男の右手に注がれた。
 その手にはナイフが握られていた。




楽園-Eの物語-責任の所在

2022-05-13 20:26:27 | 大人の童話
 翌朝は快晴だった。
 エクリュ村出身の老夫婦は、息子夫妻と孫を連れて見送りに来た。
「何も出来なくてすまない」
 白髪の老人がセランに言った。
「本当に。『神の子』がいないばっかりに」
 老婦人がそう付け加えながら、弁当を渡す。
 その手はすぐに、男の子の肩に置かれた。 
 珍しそうに一行を眺めるその子の頬はふっくらとしていて、オパールとトパーズより、二つ三つ年嵩に見えた。
 ルージュサンはその子の前に屈んだ。
「おはようございます。私はルージュサン=コラッド。貴方の名前を教えて貰えますか?」
「ケッタ」
「ケッタ。良い名前ですね」
 ルージュサンがケッタの頭を撫でる。
「ルージュサンもね」
 ケッタもルージュサンの頭を撫で返す。
 場の雰囲気が、一気に和らぐ。
「有難う」
 そう言ってルージュサンが立ち上がった。
「私の母親は、私を逃がす為に自らを傷付け、私の義母は息子の将来を思って、罪に手を染めました」
 ルージュサンの視線が老婦人に注がれる。
「セランの両親が詳しく知っていたら『神の子』が生まれないよう、仕向けていたかもしれません。親なら当然の気持ちですから。けれども実際は何もしなくても『神の子』は生まれませんでした。生まれるものなら何をしても生まれ、生まれないものなら何をしても生まれない。宿命とはそういうものなのだと思います」
 ルージュサンがにっこりと笑った。
「そしてこの旅を私達は選んだ。それだけのことなのです」

 
 


楽園-Eの物語-扉の外では

2022-05-06 22:19:55 | 大人の童話
 入口から老婦人を押し返すように、オグは店から出た。
「何しに来たんだ」
 圧し殺した声で、痩せた老婦人に詰め寄る。
「あたしは、やっぱり」
「ムンも旦那も止めただろう?談なの目を盗んで来たのか」
「一言、謝りたくて」
「必要ないって言われただろ。あんたは全部知ってたから『神の子』が生まれないように、息子の結婚を遅らせた。それはあんたの勝手だよ。だけど今更謝ってなんになる?赦してもらえばほっとするか?いっそ罵られれば気が楽か?あんたが息子の結婚に口を出さなかったら、行かずに済んだかもしれない。そんな思いであいつらを煩わせるのか。もし罵れば、自責の念まで残るのとになる。あいつらは『神の子』でもないのに、山に行くんだ。四歳の娘を二人残してな。自分の疚しさくらい自分で背負え!」
「そんな・・・・酷い」
 老婦人が灰色の瞳から涙が溢れた。
「あたしはただ」
 滴が頬の皺を伝っていく。
「泣いても同じだ。ここに来たのを旦那に知られなきゃもっといいって思ってるんだろ。虫のいい」
 老婦人の涙が止まった。