「つまりそのナイフは、久しぶりに帰って来た娘さんに、急いで干し肉を切っていたものなんですね」
男の家は粗末だったが、ほどほどに片付いていた。
オグは男と娘を並んで座らせ、向かいにルージュサンと並んで座った。
「そうだよ。そしたら果物屋のかみさんが、娘の仕えているお嬢様の旦那様が、亡くなったって知らせに来たんだ。そんな時に家に来たとなれば『贄の妻』にさせられるに決まってるだろう。聞こうとした途端に逃げ出したんだ」
「『贄の妻』?」
オグがルージュサンの顔を見た。
「この辺りには、豪族の当主が亡くなると、妻が供に埋葬される風習があるのです。けれど妻の髪を懐に入れた独り身の女性が、身代わりになることもあります。それが『贄の妻』です」
オグが嫌悪感を露にした。
「なんだそれ。後追い自殺無理強いかよ。おまけに身代わりだって?」
オグが娘を見る。
「何であんたが死ななきゃならないんだ?そんなとこ辞めればいいじゃないか」
娘がオグを睨む。
「お嬢様は気位の高い方です。私が代わると言えば止めるでしょう。だから早く帰して下さい。気付かれてしまいます」
「あんたは何で死にたがるんだ」
オグが怒るように聞いた。
「貴方には関係ないでしょう?」
娘はオグを睨んだままだ。
「お父様、ご事情をお聞かせ願えますか?」
ルージュサンの微笑みには、有無を言わせぬものがある。
男は半ば目を伏せて、ぼそぼそと話し始めた。
「俺たちは昔、隣町に住んでたんだ。近所のお屋敷で女房は下働きをしてたんだが、火の不始末をしちまった。三歳だったお嬢様を助けて女房は死んだし、煙を吸ったのが元で、体が弱かった奥様も亡くなった。旦那様は咎めなかったが、十三だったこいつは奉公に出た。そしてお嬢様がこの町に嫁ぐ時も、付いて来たんだ。俺も心配で越して来たんだが、案の定この始末だ」
次第に大きくなっていった男の声は、仕舞いには娘に向けられていた。
「お嬢様は三歳でお母様を亡くされたのよ。それからは妾達に邪険にされて、たった十二で四十も上の男に嫁がされた。そして二年で死ねっていうの?母さんが火さえ出さなければ、全部無かったことなのよ?」
「だからってお前が死ぬこたないだろ!嫁にも行かず尽くして来たんだぞ。もう十分だ!!」
「違うのよ。お父さんは全然分かってない!あぁ、最後に一目なんて、思わなきゃ良かった!」
睨み合う二人に、ルージュサンが提案した。
「気持ちの行き違いがあるようですが、時間が無いのでしょう?先ずはそちらを解決しましょう。お父上はお嬢様に、お嬢様はお仕えしている方に、亡くなって欲しくない。であれば二人とも助ければ良いのです。理解し合う時間は、その後で十分に持てる筈です」
「そんなこと出来るのか?」
口にしたのは男で、目を丸くしたのは娘だった。
ムンは大体察した様子で、オグとセランは手伝う気満々で笑みを浮かべた。