婚礼の宣伝効果は抜群だった。
ドレスが飾られている十日間、見物人は引きも切らなかった。
女達はその見事な刺繍に感嘆し、店に並ぶ布の色、特にサキシアブルーに魅了され、値段の手頃さに感激して帰って行く。
それは多くの注文となり、評判は評判を呼んだ。
不足してきた人手は、サキシアのアイデアで補充出来た。
子育てで働きに出られない元お針子達を集めて、その子供達を子守り上手な女達にみてもらうことにしたのだ。
庭に倉庫を建てて、納戸にしていた部屋を、その場所に充てた。
サキシアはギャンと近くの安い借家に住み、染めの研究をしながら、子供達に昼食を作った。
今まで自宅か飯屋で昼食を済ませていたお針子達も、希望すれば食べられることにした。
家の事情で栄養状態の悪いお針子がいるのを知った、サキシアの発案だった。
条件の良い職場には、意欲のある人材が集まって来た。
有料で子供を預けたいという話も引き受けて、預かり所自体の利益も出るようになった。
店の業績はうなぎ登りで、全てが順調だった。
「ただいま、サキシア」
ギャンの声に、サキシアはスープをかき回す手を止めた。
「お帰りなさい。ギャン」
二歩出迎えに出たところでギャンに捕まり、ハグされる。
「会いたかったあ!」
そう言って放さない。
「お昼に会ったばかりじゃないの」
いつものようにそう答えながら、サキシアは大人しくそのままでいた。
長いハグを終えてから、ギャンはサキシアの膨らんできた腹にキスをした。
「ただいま、赤ちゃん」
ギャンが立ち上がるのを待って、サキシアが尋ねた。
「何があったの?」
「やっぱり、分かっちゃったか」
ギャンが肩をすくめた。
「サキシアが作った色の布を、勝手に売られたんだ。うちの分しか作らないって、取り決めてたのに」
「理由は思い付かないの?」
「うちは他の店より条件が良いんだよ。お義父さん達に訊いてみたけど、不義理なんかもしてないって。ごめんね、お金に貪欲だって、サキシアから聞いていたのに。油断してた」
「直接利益に繋がらない相手にだけ、素顔を見せるってあるものよ」
サキシアがギャンの胸に頬を寄せた。
「貴方には人を信じる力がある。私はそんなギャンが大好きなの」
「本当に?」
情けない顔でギャンが問う。
「勿論。それに」
サキシアが顔を上げた。
「材料の仕入れ先から、原料はいつか漏れるわよ。そしたら他所も、同じ色を出せるようになるわ。独占出来なくなるのは、時間の問題だったのよ」
「それじゃあサキシアの努力が水の泡じゃないか」
ギャンがむきになっても、サキシアは落ち着いている。
「町が染色で栄えれば、町の人達が喜ぶわ。取引も広がるだろうし、良いこと尽くしよ」
「そんなこと・・・全然考えてなかった」
呆然とするギャンに、サキシアが微笑みかける。
「私ね、糸から染めて織ることを、勧めたかったの。何色か織り込めば、一見無地でも深みが出せるわ。変わり織りや柄物も織ってみたから、相談してみて」
「えっ?赤ん坊の産着織ってるんじゃなかったの?」
今度はサキシアが、意外そうに目を見開く。
「ギャンのお兄さんに子供が産まれた時、お義父さん達と、お嫁さんのお祖父さんの両方から、沢山貰って着きれないからどうぞって。お実母さんが言ってたじゃないの」
「ああ、あの時」
ギャンは実母が店に来た時のことを思い出した。
サキシアが妊娠を報告すると『子供にアザが無ければいいけど』と、言ったのだ。
「お義母さんが怒らなかったら、俺が殴るとこだった」
ギャンが口をへの字にした。
「心配して下さったのよ。なんともないわ」
受け流す笑顔に、ギャンが切なくなる。
「愛してるよ。サキシア」
思わず強く抱き締めた。
「私もよ。だけど赤ちゃんが苦しがるわ」
「ああごめん。ごめんね、赤ちゃん」
ギャンは慌てて、サキシアを解放した。
「ただいま、サキシア」
ギャンの声に、サキシアは漬け物を刻む手を止めた。
「お帰りなさい。ギャン」
三歩出迎えに出たところでギャンに捕まり、ハグされる。
―ファサー
「会いたかったあ!」
そう言って放さない。
「お昼に会ったばかりじゃないの」
いつものようにそう答えながら、サキシアは大人しくそのままでいた。
―ファササ―
長いハグを終えてから、ギャンはサキシアの膨らんできた腹にキスをした。
「ただいま、赤ちゃん」
ギャンが立ち上がるのを待って、サキシアが尋ねた。
「何があったの?」
「やっぱり、分かっちゃったか」
ギャンが肩をすくめた。
「お義姉さんのお祖父さんが工場を売りたがってるって、お義母さんが言ってたろ?早速見に行ったんだ」
「何となく分かるわ」
―ファサ―
「町外れって言っても意外と近いし、川もあるしで良いんだけど。続きの野原と小さい森も、一緒に売りたいんだって」
「原料を栽培出来れば、染料が安定して手に入れられるわ。尚更良い話じゃない」
「そうか、そうだね。思い付かなかったよ。本当にサキシアは凄いなあ」
ギャンが大きく頷いた。
そして直ぐに、肩を落とす。
「でも、店とお義父さんの貯蓄を合わせたって、足りなさそうなんだ」
「その時は、婚礼石を売りましょう」
「何言い出すんだよ。あれはサキシアのだよ。別れた時の担保に、贈るものなんだから」
「私と別れる予定があるの?」
「そんな訳ないじゃないか」
「私もそうよ。だから構わないの。あの素晴らしい石を贈ってくれた貴方の気持ちは、ちゃんと受け取ったし」
サキシアを見つめる、ギャンの目が潤んだ。
「俺の気持ちは、あんなんじゃないんだ」
―バササッ―
「それじゃ、お面になっちゃうわ」
サキシアが笑う。
「そうじゃなくって」
ギャンが眉毛と目尻を下げた。
「せめて、あの位は持っていて欲しいんだよ」
「ありがとう。その気持ちもしっかりと受け取ったわ」
サキシアがギャンの胸に頬を寄せた。
―バサバサッ―
「支払いを分けてはもらえないの?」
「交渉してはみるけど・・・」
「じゃあ、そういうことで終わりにしましょう」
サキシアがギャンから体を離した。
「お夕飯はどうしようかしら。お肉は炒めちゃったのよ。生のままが良いわよね。それとも虫?」
―ファササササ―
「ごめんね。森から付いて来ちゃって」
ギャンが真上を見た。
嘴の太い鳥が、くるくると回っている。
白に近い灰色で、羽毛の縁だけ色が濃かった。
光と動きで、銀色に光が流れて見える。
「見たことが無い鳥だわ。とても綺麗ね。どうぞ」
サキシアが、皿から肉を一切れ摘まんで差し出した。
―ピイッ―
鳥は肉を咥えてUターンし、上着掛けに止まって呑み込んだ。
「ああ、もしかして」
サキシアは分厚い革の長手袋を、左手に嵌めた。
鳥が飛んで来て腕に止まる。
「頭が良くて、優しい子ね」
サキシアが嬉しそうに笑った。
「俺に付いて来たのになあ」
ギャンが嬉しそうに文句を言った。