使者は埃にまみれていた。
長いマントはフード部分と腰の周りを、幅広の紐で何重にも巻いてある。
ぐるぐると脛を縛り上げているのも、同じ紐だ。
肌色だったとおぼしきそれらは、染み込んだ汚れと貼り付いた砂で、灰色がかった土色に見えた。
二人とも酷く疲れた心と体を、使命感で支えているのが見てとれた。
初老の男は訛りの強いサス語しか話せないからと、若い方の男が通訳をしながら話を進めた。
ローシェンナは彼等に聞かれるままに、コラット家の家系、そしてセランとその子供達について詳しく答え、その家に案内した。
彼等が『全ての村』の使いだと、名乗ったからだ。
「こちらがルージュサン=コラッド、金髪の方がトパーズで銀髪の子がオパール、二人とも四歳です。ルージュサン、こちらは『全ての村』の使者で、ムンさんとオグさん」
紹介を簡単に済ませると、ローシェンナが提案した。
「二度手間になるから、セランが戻ってきてからお話ししましょう」
「そうですね」
ルージュサンが同意した。
《セランは間もなく戻る頃です。それまでどうぞ、お寛ぎ下さい》
ルージュサンがサス語でソファを勧めると、ムンは複雑な表情で腰を掛けた。
そして遠慮のない視線で双子を観察し、ルージュサンに尋ねた。
《子供達に、何か変わった所はなかろうか》
《目立った特徴はありません》
《では、セラン=コラッドは》
ムンが続けて聞こうとすると、玄関から陽気な声が響いて来た。
「ただいま!ルージュ!トパーズ!オパール!今日はお出迎えは無いのかな?」
続いて居間の扉を明け閉めする音、そして勢いよく客間の扉が開かれた。
ルージュサンの姿を捉えたセランが、髪を後ろに流した両手を高く掲げる。寸分の狂いもない完璧な造形だ。光輝くその美しさに、使者達は五感を吸い寄せられた。
「びっくりしたよ。寮でエクリュ風邪が流行っちゃって、明日から一月、臨時休暇だ」
『エクリュ風邪』の言葉に、ルージュサンが使者達を見る。
ムンが不機嫌そうに言った。
《我々は子供の頃に済ませている。罹った者の鼻水の付いた布を持って来たとしても、村を出たのはかなり前だ。とっくにうつす力は無くなっている》
《失礼しました。では『呼ばれてる』ということでしょうか》
ルージュサンの疑問に、ムンが疑わしげな目を向ける。
《多分・・・でも、お前は何を知っているのか?子供達はとても美しいが、本当に女か?本当に変わった所は無いのか?》
《ルージュと僕の子ですよ?飛び抜けて美しいのは当たり前じゃないですか。ただ、他に変わった所はありません。父である僕が保証します。僕はセラン=コラッド。この美しい双子の父で、この美女の夫です》
ルージュサンの代わりに、セランが胸を張って答える。
「この方はムン様、隣はオグ様、『全ての村』の使いの方です。セラン、こちらに座って下さい。大切な話があるそうです」
ルージュサンはそう言って、オパールを膝に乗せた。
セランもトパーズを膝に抱き上げて、二人の隣に座る。
話を始めたのはローシェンナだった。
「夫は亡くなる前、私に言い遺しました。『全ての村』の使者が来たら、コラッド家の男系男子とその家族は従わなければならない。このことは代々遺言として、必ず伝えるように、と。だから私は九年前、ルージュサンにセランのことを尋ねられた時にも、このことは話せませんでした」
オグに訳され、ムンが眉根を寄せる。
《では何故だ。我々の村が普通『エクリュ村』と呼ばれていることも、サス語を話すことも、知っていたろう?》
《セランが並外れていることが気になったので、民話や伝承について学びました》
「えっ?!じゃあ僕のためにあんなに頑張って学校に行ったの?九年前って、プロポーズの返事をくれる前じゃないか。そんなのおくびにも出さないで、ずっと愛してくれてたんだね!!」
目を潤ませてセランが伸ばし両腕を、ルージュサンがするりとかわした。
「トパーズを落とさないで下さいね」
「大丈夫。私たちなれてるから。パパは時々世の中から、ママしかいなくなるんだって」
澄まし顔でトパーズが言う。
「ごめんね、ルージュはパパの女神だから。でもトパーズもオパールも、僕はとっても愛してるよ」
セランがトパーズとオパールの頬にキスをすると、二人とも嬉しそうに小さく笑う。
美神と天使の戯れのようだ。
その光景の美しさに、ローシェンナと使者は思わず見惚れ、ルージュサンは目を細めた。
《あっ、あと『女の子か』って何ですか?ルージュに似た神々しいまでのこの可愛さ。女の子じゃなくて何だというんでしょう。若干の変動はあるけれど、睫毛の本数も一緒なんですよ。足指の形どころか、小爪も指紋もそっくり同じ愛くるしさです》
ローシェンナが首を傾げて、ルージュサンに、通訳を求める。
「戯言です」
ルージュサンが切って捨てた。
「ああ、いつもの」
ローシェンナが了解してオグを見る。
「何故来たか、話を進めて下さい」