糸井ひろしの気まぐれ日記

日本共産党群馬県西毛地区委員会役員の日々のあれこれ

消費税増税への怒り

2014-03-29 | 雑想

 思えば、私が大学に進学する前、当時の自民党中曽根内閣のときに「売上税」なる大型間接税の導入を巡って、日本中が大騒ぎしました。このときには、国民の猛反対にあい、この税制は廃案になりました。

 そのわずか2年かそこらのうちだったと記憶してますが、自民党竹下内閣のときに同じような仕組みの大型間接税導入が、日本中を再び騒がせました。

 「名前を何にするか」という議論も報道され、「福祉目的税」だのと言われました。要するに、「社会福祉の充実を目的に導入する」との論議でした。のちに「消費税」という名前になるわけですが、この税制も、当然国民の猛反対にあうのですが、当時の竹下内閣は、自民党の単独過半数という、議席の数にものを言わせて強行採決。消費税が1989年にスタートしました。

 消費税は、「福祉充実」を掲げながら、特定財源としての扱いはされず、一般会計に組み込まれることに。要するに、何に使われるのかはわからない状態にされました。

 この消費税の導入前から、日本共産党は「消費税は税制の原則をはずすもの」と指摘し、問題だらけのこの法案に最初から反対し続けました。

 「国民みんなから3%(当時)集めるんだから公平」というのを、今でも信じている人もいるかもしれませんが、所得に対して一律の税率で徴収する税制とは根本的に違います。公平なんてまやかしなんだと、今では知っている人の方が多いと思います。

 

 コトは税制の原則だけに及びません。消費税が導入され、今日まで一貫して自民党が言ってきたのが「社会保障の財源」です。「社会福祉・社会保障を充実する」と言っては、消費税を必要だと言い続けてきました。

 実際がどうなっているかは、今の状況を見れば明らかでしょう。「税制の原則だけではない」というのは、自民党の社会保障に対する考え方が転換しているからです。

 憲法第25条の生存権を根拠に、社会保障は国民の運動とともに発展してきました。ところが自民党が持ち出した社会保障は「受益者負担の原則」です。彼らは社会福祉を「福祉サービス」と言い出し、医療分野でも社会保障の分野でも、「地獄の沙汰もカネ次第」の仕組みづくりをすすめてきました。「お金を出せば、よりハイレベルなサービスを受けられる」仕組みから、いまでは「お金のない者にサービスなし」の仕組みへ、その姿は広げられたのです。

 「誰もが安心して医療を受けられる仕組み」として始まった「国民皆保険」としての国保も、上がり続ける保険税のために、払いきれない人が増え、いまでは役人が「保険税を払ってないひとがサービスを受けられないのは当たり前」と、すぐに保険証を取り上げ、昔のサラ金も真っ青の取り立てを行政が行うことも横行しています。

 

 この国に生まれて、人間らしく生きることが何らも保障されないなんてどうかしてます。国は何のためにあるのか。「民主国家だ」と平気で言う安倍さん、国民の生存権も守れない国で、民主国家なんてよく言えたもんです。

 

 今の税制の仕組みを、直接税中心に戻すこと。予算を、この国の主人公である国民の命とくらしを守ることに最優先にまわすこと。こうしたことで、日本はもっと豊かな国になれるんです。

 

 

 ほんの一握りの人たちの利益を守るために圧倒的多数の国民に犠牲を強いる消費税に、そしてそのことを何とも思わず、自分勝手な妄想(軍国主義の日本)に国中を巻き込もうとする安倍自民党政権に、あらためて怒りがわいています。


PTAって大変?

2014-03-20 | 日記

 昨日は夕方から娘の高校のPTAの役員会議でした。午後5時から。今の社会を考えると、この時間に出てくるなんて、結構無理のある話なんです。改善の余地ありですね。

 

 実際、この時間がネックになって、「間に合わない」「出られない」から「役員を引き受けられない」という人も結構いたりします。

 Facebookで書いてますけど、小中学校のPTA役員のやらされ感というか強制力は恐ろしく、役員を断るのだって「仕事は理由になりません」って言うんです。

 「みんな仕事してるんだから」というのがその根拠のようですが、働き方がまともでなく、また多様化しているなかで、ひとくくりにして「みんな同じ」だから「理由にならない」というのはあたらないと思います。

 カミさんは、中学のPTA役員決めの会議で、すごい光景を目の当たりにしたんだそうです。くじ引きで役割を決めていたらしいのですが、その日たまたま仕事の都合で出られなかった人が「あたり」になってしまいました。「くじで決まったのだから」と、周囲はろくに議論もなしにその人に決定してしまいました。

 

 仕事だけでなく、家庭環境だっていろいろな昨今、もうちょっと思いやる必要があるんじゃないのかと、カミさんがグッタリして帰って来たのを思い出します。後日、もっとひどい決め方をしている話も小耳にはさんだことがありました。

 

 PTAにはいろんな役割があると、NHKの朝の番組でやってましたが、だからこそ社会の理解が必要なんだと思います。職場だってそうですよ。将来その子がその職場ではたらくことになるかもしれません。その大切な将来のためにPTAの役割はあるんですから、やむを得ずPTAの活動をするときには、気持ちよく送り出せる環境づくりが欠かせないと思うんですよ。

 こんな強制力に押され、やらされ感だけが満載の活動が楽しくなるはずもなく、おかげで高校でのPTAも「あわよくば関わりたくない」と考えている親御さん、かなりいらっしゃいます。

 また、うちの高校は、それまでの子育てに苦労されてきた(いる)方も多く、周囲のことまで気持ちがまわらないと考えている親御さんも多いです。「このうえPTAなんてやってられない」と思うのもごもっとも。一方で、「苦労した子を受け入れてくれる高校に感謝」の思いで参加してくださる方もいらっしゃいます。

 

 どちらも思いは同じです。だから、直接役員になっていない保護者のみなさんにも、私たちPTAの活動を知ってもらいたいと切実に思っています。

 

 少なくとも、物理的な理由で参加できないという環境は改善したいですよね。

 

 


趣味は人間を豊かに

2014-03-13 | 雑想

 私をよくご存知の方は、私が遊ぶのが好きだというと、納得されることと思います。

 

 興味を持つと手を出したくなるんですよねえ。特に「雑貨などの日用品を作る」ようなものって、大好きです。これまでも、紙を使ったものは言うにおよばず、木、金属、毛糸など、いろんな材料でいろんなものを作ってきました。現在でもそれらの趣味をやめてしまったつもりは毛頭なく、時間さえとれればやりたいことはたくさんあります。

 

 何かを作る趣味って、人間にとって大切なことだと思います。私の経験則でしか語れませんが、何かを作るには、完成状態をイメージしながら、それに向かって試行錯誤を繰り返すことが行われます。

 「こんなはずじゃなかった」という失敗は相応にあるわけで、その度に何かを学びます。「こうしたい」と思ったら、どうやったらできるかを、いろいろな角度から勉強します。

 そうして苦労して完成した作品は、誰かに見せたくなります。しかも、日用品を作ると、それが日常生活に生きるのですから喜びもひとしおです。しかし、そこで満足できないのです。次には、その不満な部分を補った、より完成度の高いものを作ろうとします。

 

 この繰り返しの中で、同好の士と知り合い、交流が生まれ、新しい知識も得られ、社会の広がりが出てきます。私自身、そんななかでずいぶん成長したものだと思っています。

 

 人間、自分の向き不向きや好き嫌いって、実はよくわかっていないことが多いと思います。趣味に手を出す中で、自分が案外不器用なことも知りましたし、あまり好きでないことでも、実は向いていたと感じることも少なくありません。また、苦手なことだって、好きなもの、好きなことのために越えなければならないハードルならば好き好んで努力もするんです。

 私は「やればできる」ことを趣味を通して学びました。人間の可能性って、自覚している以上にあるのだとも知りました。それだけ自分が豊かになりました。

 

 いろんなモノがあふれ、「こんなものがあれば」と思ったものの多くが商品となっている現代では、自分で何かを作ること自体が贅沢なことかもしれません。趣味にはそれなりにお金もかかります。だから私の趣味は思うように進まないとも言えますがw

 

 今は「趣味」と言っていますが、社会が発展し、人間の発達がもっと保障される社会になれば、人間の可能性ももっと広がり、豊かになるだろうなあと、私は未来の社会を楽しみにとらえているんです。

 そして、そういう社会を実現したいと思って、今の道を歩いています。「自己責任」とか、「金がすべて」とか、「他人を蹴落としても自分がのし上がる」の世の中では実現し得ないことなので、今私はこの道を歩いているんです。

 


いろいろと、ちょっとずつ

2014-03-04 | 日記

 更新頻度が下がっていて恐縮しています。Facebookの方でも、ここ数日、まともに投稿してませんでした。

 ちょっと身の回りと自分自身に変化がありまして。

 

 本ブログのタイトルのあたりとか、自己紹介文のあたりに、ちょっとした変化が見てとれると思います。

 

 

 さて、3日は下の娘の片方の卒業式でした。なんと、3年で卒業してしまいました。これから何をするか、まだなんにも決まってないというのにw。

 もう片方は、卒業への単位が足りず、4年生になります。よっぽど居心地が良かったんでしょう。先生との相談でも、最後は頑として「卒業しない」と言い張ったそうですw。

 

 そんなわけで、私もPTAに残る条件ができてしまいました。が、今度は会長は勘弁してもらいたいと思っています。

 

 卒業式の当日、待ち合わせをして、学校の近くのショッピングモールで食事をする約束をしていましたが、娘から「友達も一緒に食べたいって。いい?」との連絡が。こちらも断る理由もありませんでしたし、何より娘たちに友達ができたという喜びもあって、承諾しました。

 友達の人数は4人。なぜ彼女たちがそんな希望を出したのか。仲間内で我が家の話をしているらしく、興味をそそったようで、「親の顔が見たい」ということになったそうです。

 

 まあ、年頃ですから、親に対する反抗心などがあって、親子の仲がうまくいかなくなっていても不思議はないわけで、そういう子らから見れば、我が家の仲の良さが分からないということのようです。

 うちの場合は、娘の情緒の発達がそこまで行ってないだけだと思ってるんですが。

 

 昼を一緒に、といっても合計8人。一つのテーブルというわけにもいかず、結局十分なコミュニケーションはとれません。昼食後、モール内のフードコートで、テーブルをつなげてひとかたまりになりました。

 

 が、結局、友達と娘とが楽しく語らうばかりで、私たちがいる意味もあまりないようでしたので、親は中途で引き上げました。

 

 女の子の友達同士、食べるものや飲み物を買ってきて、みんなでわけあったりしながら食べる姿をみて、いいなあと思いました。

 みんながそれぞれ一所懸命に生きている命が眩しく見えました。

 

 小中学校の間、いろんな原因があって苦労した子どもたちが、今の高校に入って、居場所を見つけることができたわけです。

 これから、居心地の良かった学校に別れを告げて、社会という現実にさらされることになります。そのギャップだって、そうとうなもんだと思います。

 これからも、親の苦労はあるでしょうし、何より本人が苦しみながら生きていくこともあるでしょう。しかし、ここで得た友達の力が支えになり、なんとか生きていくんだろうと思いますし、そうあってほしいと思います。

 

 卒業した娘は、今日は洗濯だの炊事だのに精を出していると思います。朝っぱらからゴミ出しにも行きました。残る娘も学校へ向かいました。上の娘も無事に正規の雇用となり、毎日クルマを運転して通勤しています。カミさんもいつもどおり出かけました。忙しい月初めの業務にため息をつきながら。

 私の出勤時間も、役割が変わったので早くならざるをえなくなりました。

 

 それぞれがそれぞれの社会に生きるようになりましたが、家族は家族。成長を楽しんでいます。急な変化もありますが、まあ、ちょっとずつ歩いていきたいと思います。