長男が無事奄美大島から帰ってきました
亡くなった父宛に来ていたハガキを頼りに
奄美大島の宇検村芦検まで一人で出かけて行きましたが
人口300人程の村のため、村役場に行ったら親切に応対してくれたそうで
親戚にあたる人を探してくれたそうです
父の両親、つまり私の祖父母は、父が二歳の大正時代、
祖父母の姉妹兄弟、いとこ、はとこなどの親戚中みんなで東京に来て
三田、浜松町、阿佐ヶ谷、国分寺、横浜、川崎などなどに住いを構えたため
奄美大島に親戚はほとんど残っていないとのことで
それでも父のいとこのおばさんや、
父の四世代位前の人の兄弟の末裔などと会ってきたようです
その四世代前の末裔の人からは、私の実家の家系図を見せてもらったそうで
「うちにもあるはずだと言ってたよ」と言われました
確かに何十年か前に新しく家系図を作ったということで
見せてもらった記憶があり、父が亡くなった時連絡しなければと
その家系図を探したのですが、母も認知症になりすっかり忘れていて
見つけることが出来なかったのです
でも長男が表紙の写真を撮ってきたので
なんとかもう一度探してみたいと思いました
祖父母の家があった所に連れて行ってもらったり(空き地だったそうです)
ハブの皮で作った三味線(父たちは蛇味線ーじゃみせんと言っていました)で
歌まで歌ってもらったり、
三泊四日の自分のルーツを探る旅はなかなか充実したもののようでした
そんな長男の話を聞いたり、撮ってきた写真を見せてもらいながら
『私も行ってみたかったなぁ』と思いました