金融取引税のついでに消費税も考えよう

2014年10月16日 | 日記

京都大学大学院教授の諸富徹(もろとみ・とおる)さんによるEUの「金融取引税」についての話を紹介します。

「金融取引税」とは聞きなれない言葉ですが、通貨・株式・債権・デリバティブなど、ありとあらゆる金融資産の取引への課税のことで、デメリットが大きいため金融業界や経済界からの反対が強く、導入は難しいとされていたそうです。

しかし、2009年のリーマンショックに伴う金融危機で、苦境に陥った金融機関救済のためEUは、加盟国全体のGDPの39%に相当する金額を投入せざるを得なかったのです。そのため、費用の一定額を金融機関に負担させ、課税上の公平性を回復させようと、フランスやドイツなど11か国が昨年2月に、金融取引税を共同導入することを決定しました。導入目的のひとつです。

もうひとつの目的は、投機的な取引の抑制です。現在投機的な取引は想像を超えるスピードで増加しており、アメリカでは金融市場の売買の7割、ヨーロッパや日本では3割を高頻度取引が占めているそうです。高頻度で売買を行えば行うほど税負担が重くなり、その結果として、投機目的の売買が抑制されるということです。また、高頻度取引を用いる金融機関の顧客は、所得や資産の多い人なので、税負担の累進化の効果もあるといいます。

金融機関やEU以外の地域では、金融取引税についての関心は低く、導入にも積極的とはいえないようです。

経済システムの究極の目的は単なる効率性の向上ではなく、人々の福祉水準を高めること、つまり人々を幸せにすることにある。ならば、この金融取引税も検討に値するのではないだろうか。

金融「取引税」のついでに消費税について少しばかり。消費税が「公平なもの」「社会福祉の向上には不可欠なもの」として、北欧を手本に導入されていますが、(アメリカには消費税がありませんが、なぜか手本にしていませんね)この機会にちょっと考えてみたいです。

消費税はその名称から、商品やサービスにかかるもので、その商品やサービスを消費する消費者が公平に負担するもの、というかんじがします。消費者としてしょうがないことか、とやや無関心でいましたが、自分がお客様から消費税をいただく立場になり、はじめて「あれ?消費税って誰が支払うのか?国に納める義務は誰にあるのか?間接税といわれるのはなぜか?」と疑問に思ったのです。消費税を納めなければならないのは売上1千万以上の事業者です。なので私には納税義務はありません。私は消費税をネコババしたことになるのか?納税しないのにお客さんから徴収するのは違法なのか?消費税の納税を促すポスターなどでは、納税しないのはずるく悪辣で、善良な国民をだましているかのように書いているが…法人税や所得税にもこのようなポスターが存在するのか?消費税は身近でありながら謎が多い…

消費者が「1回消費」したからって「1回だけ消費税」を支払うってもんでもなく、問屋から仕入れたり、問屋がメーカーから仕入れたってかかります。消費してなくてもかかってます。なんで消費税なんて名前にしてるんでしょうか?取引ごとにかかるから、取引税なんじゃないか?ということで、金融取引税ついでに消費税でした。公平といわれているけれども、赤ちゃんからお年寄りまで生きている限り(何も消費しないなんてありえないもの)、払わなければならないという点ではおそろしく公平なのが、消費税です。

金融取引税といっしょに、この商品・サービス取引税についても再考すべきですよー

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依存先が多ければ多いほど自立できます!

2014年10月15日 | 日記

小児科医の熊谷晋一朗(くまがや・しんいちろう)さんが子どもの「自立」について、障がい者の視点からおもしろい考察をされています。熊谷さんは仮死状態で生まれ、その後遺症で脳性まひになり、リハビリに明け暮れる子ども時代を送っています。『リハビリの夜』という本のなかで、えんえんと当事者体験を語っています。すごく面白い本なのでおすすめします。医学書院っていう、名前を聞いただけで読むのを敬遠したくなるような出版社から出ていますが面白いんです…

一般的に「自立」は依存の反対語で、人に頼らずに自分のことは自分でできることだと捉えられていますが、熊谷さんは少し違う視点で考えています。

3・11の震災のとき、建物の揺れが収まるのを待って逃げようとしたところ、エレベーターが動かなかったのです。(安全装置が作動していたのです)熊谷さんは車いすで生活する障がい者であるため、エレベーターしか逃げる手段がありません。健常者は逃げる方法がたくさんあるが、障がい者はエレベーターという依存先しかない。その時に、障がい者というのは「依存できる先が少ない状態の人」のことだとあらためて気づかされたと言います。

障がい者は依存先が少なく、あるいは1つしかないのでつながりは太いが、健常者は依存先が多いのでつながりはそれぞれが細い。依存先が増えれば増えるほどひとつひとつは細くなり、何にも依存していないように錯覚する。

「自立」というのは、依存先をなくすことではなくつながりの数を多くする、つまり依存先を増やすことだというのが熊谷さんの考えです。

赤ちゃんのときは親しか依存先はないので、そのつながりはとても太いです。成長とともにできることが増えていき、親以外のものにどんどん頼れるようになっていきます。依存先が増えることで、親とのつながりは細くなっていきます。

依存できるものをどんどん開拓し、増やしていくことで子どもは「自立」していくのです。

このように考えると、今の日本の社会は子どもにとって、決して自立が容易ではないということに気づきます。子どもの教育にかかるお金はほとんど親の負担です。お金だけではなく、子どもの生活すべてが親がかりです。

熊谷さんは、親も依存先が少ないため子どもから離れられないと指摘しています。他人に迷惑をかけてはいけないという発想が中心で、自分でなんとかしようとし過ぎると、依存先が減って、結果的に自立が妨げられると言います。

何にも依存しない自立というのは虚構(フィクション)であり、その虚構に踊らされて道を誤ることは防がなければならない。ということです。

NPOもやいの湯浅誠さんも同じようなことを言っていましたよね。リーマンショックで多くの派遣社員が仕事を失って生活できなくなったときに、自己責任だという人たちがたくさんいたけど、湯浅さんは「依存先が少ない人はいったん落ちると底辺まで行ってしまって、そこから上がってこれない」「今大丈夫な人は依存先が多い人で、必ずしも自己責任で落ちていないわけではない」というようなことを言っていました。湯浅さんは依存のことを「ため」(溜めるの意味)って言ってましたが。

さて、私は「自立」できているだろうか?孤立から抜け出ていないような…

ところで、熊谷さんのパートナーはアスペルガー症候群の綾屋紗月さんです。『前略、離婚を決めました』で生きづらさを語っています。熊谷さんも綾屋さんも当事者研究者です。面白いです。

 

 

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怒りのコントロールでパワハラを防止しましょう

2014年10月09日 | 日記

月刊社労士で、職場のパワハラ防止のための「アンガーマネジメント」が3回にわたって掲載されていました。

アンガーマネジメントというのは、1970年代にアメリカから広まった「怒りと上手に付き合う」「怒りの感情をコントロールする」ための心理教育です。

問題となる怒りの現れ方4タイプが紹介されています。

⑴頻度が高い

⑵強度が強い

⑶持続する

⑷攻撃性を伴う

パワハラで問題になる人って、4つのタイプが全部そろっているような気が…

頻度の高い人は常にストレスフルの状態だから元のストレスを除去するべきとか、強度が強い人は自分の怒り(感情)を見える化するとか、持続する人は「思い出し怒り」を払しょくするには、正々堂々とした振る舞いで相手を見返すとか、なんかわかっちゃいるけど実行に移すのが難しいってかんじが…

ご心配なく!怒りを抑える具体的な方法もちゃんと書かれています。

怒りのピークは長くて6秒だそうです。なので、その最悪の6秒をやり過ごす方法です。

深呼吸・数を数える・自己暗示をかけるです。

なあ~んだ。と思うかもしれませんが意外とそういうもんです。とりあえず、何かひとつの作業に没頭するというのもありました。具体的な行動を起こすことがポイントですね。

人が怒る原因のひとつに「べき論」があるとのことです。~はこうすべし!ってやつですね。そして自分のべき論が目の前で裏切られるたびに怒るわけですが、これの解決方法はちょっと難しいかも…

相手の「べき論」を受け入れ、自分の「べき論」を緩める努力って書かれていますが、我が家はこれができなくて、夫婦ケンカ・親子ケンカが絶えないので、かなり高度な方法に思えるのですが…

では、どうすればいいのか?ちゃんと書かれていました!

自分や他人が日頃どのような「べき論」を大切にしているのか把握することだそうです。言われてみれば自分のべき論にしたって、頭に血がのぼっているときは、「そうなんだったらそうなんだ!!」と思い込んでいるけど、後になって「なんであんなにこだわって怒ってしまったんだろう…」と不思議に思ったりなんかしてます。ましてや他人のことになると…

アンガーマネジメントは地道な作業の繰り返しで自分のものにしていくしかないのかもしれません。

社労士でアンガーマネジメントファシリテーター(こんな名称があるんですね)の小林浩志さんのコラムを紹介しました。

ところで、アンガーマネジメントでは怒ること自体は全くかまわないけれども、「何を怒り、何を怒らないか、自分の基準で区別できないこと」を問題視していますが、「怒り」そのものをろくでもないもの、怒りに勝る悪徳はないと断罪しているのは、古代ローマの政治家・哲学者のセネカです。その著書『怒りについて』のなかで、怒りとは「他人に害を加えている間に自分を見失うもの」「怒るのは小心のしるしである」「怒って強くなる人はいない。ただし、怒らなければ強くなれない人は別であるが。」と容赦ないです。1冊まるごと怒りがいかにろくでもないかをえんえんと訴えています。興味のある方はぜひ一読を。

セネカはかの有名な暴君ネロの幼少期の家庭教師で、治世当初はネロのよきブレーンでした。ネロはさいしょっから残忍で悪辣な皇帝だったわけではなく、賢帝であろうと努力はしたようです。なにがどうしたのか手の付けられないくらいの暴君になり、セネカはネロに自殺を命じられ死んでいます。

セネカは他にも『人生の短さについて』『幸福な人生について』など今も残る名著を残しています。古代ローマ帝国の皇帝たちとその周辺の人間たちを見続けてきて、思うこと・感じることが多かったと思います。

 

 

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障がい者支援に生かすファイナンシャルプランナーの専門性

2014年10月08日 | 日記

FP(ファイナンシャルプランナー)ジャーナル10月号に、高知県の石川智(いしかわ・さとし)さんが「障がい者のご家族へのアドバイスこそ、今FPに求められていること」のタイトルで投稿されていました。石川さんは2010年にFP事業所・オフィス石川を開業し、通常の相談業務と並行して、障がい者支援施設や社会福祉協議会などでも「障がい者とお金」の研修を実施しています。

障がい者の家族が感じるお金の不安とは、ずばり「成人後のお金の不安」と「親亡き後の不安」だといいます。

例えば知的障がい者(2級の障害基礎年金を受給中)がいる家族で考えると、本人は成人後、就労継続支援事業所(作業所)で働くことになるが、1か月の工賃は2万円前後が多いそうです。年金月額約6万5000円と合わせると、「入ってくるお金は8万50000円」です。FPとしてこの収入状況をどう感じるか。親の気持ちで考えたら?おそらく多くの人が「漠然とした不安を感じたはず」です。その不安は、体調面などで仕事ができなくなったときに、その後の人生でお金に困らないだろうか?という中・長期的な不安です。これは障がい者に限らず、不安定な雇用形態で働いている多くの人にもいえることだと思います。働き続けているうちはいいけど、ちょっとしたきっかけで働けなくなると、生活がたちまち行き詰まってしまう人がこの豊かな日本という国にも数多くいることは、周知のとおりです。

2つ目の不安である「親亡き後の不安」は、亡くなる以外にも、病気や要介護状態になったときなどもです。自宅以外で生活することになった場合、今まで本人は負担していなかった光熱費や食費・住居費を自分で支払っていけるのか。亡くなった場合の相続はどうすればいいのか。兄弟がいる場合、どのように分配すれば「争続」にならないか。この不安にこたえることこそがFPの仕事であり、FPの持つ中・長期的な視点がまさに求められているそうです。石川さん自身、キャッシュフロー表での説明がこれほど不安を解消することになるとは、取り組み始めた当初は予想していなかったと言います。

石川さんによれば、高知県民の県民性として家計はほぼざる勘定で、家計相談をお金を払ってするなんて一般的ではなく、家計のことを真剣に考えるのは、行政や社福協が支援に入るとき、すなわち「ほんとうに崩壊寸前の家計」になっているときぐらいだそうです。このようなことは高知県民だけではないはず…

FPと障がい者支援はなんかあんまり縁がないようにみえます。石川さんの投稿を目にしたとき正直いって意外だな…と思いました。他のFPの方も同じようです。「障がい者支援は難しいのでは?」「そもそもビジネスとして成立しないのでは?」「そのような福祉分野でのサービス提供は必要ないのでは?」と誤解している人が多いそうですが、石川さんは断言しています。障がい者支援にはFPの専門性が求められているというのが事実であると。

新しい観点です。こうやって取り組みを報告してくれる会員の方はほんとうにありがたいです。

 

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障がい者の人だって「働いた給料で生活したい」のです

2014年10月07日 | 日記

介護の業界紙・シルバー産業新聞9月号に、働く障がい者の収入の引き上げに成功した事業所として、福祉用具レンタルサービスの「宝塚いくせい会」が紹介されていました。レンタル事業は就労継続支援事業としての取り組みです。この就労継続支援というのは、通常の事業所に雇用されることが困難な人に就労の機会を提供する福祉サービスで、雇用契約を結んで利用するA型と、雇用契約を結ばないB型があり、宝塚いくせい会ではA型12人、B型16人が働いています。

88年に無認可の小規模作業所としてスタートし、93年には社協が提供する福祉用具レンタル事業の搬入・搬出や消毒の業務を受託。01年からは法人としてレンタル事業所を立ち上げ、小規模作業所に配送業務と消毒業務を委託する形を取っています。

初年度の売り上げは介護保険レンタルと保険外レンタルで900万。

職員や利用者にとって「守られている」という状況から「自分たちで切り開いていかなければ」と危機感が高まったそうです。9時から5時まで働くのが当たり前、という空気が醸成されていき、工賃(障がい者の収入)が上がったのです。「働いて給料を稼ごう」を合言葉に、06年までに能力給を導入し、工賃は日額で1200円から2700円、月平均25000円から55000円に。13年度の売り上げは8055万円。平均してA型の人で時給584円、月額7万120円。B型は時給295円、月額3万5438円まで上がったのです。

私は学生時代、福祉作業所で2週間ほどボランティアをしたことがあります。保育士養成校の学生で福祉施設に就職したいと思っていたので、勉強のためケース会議にも出席させてもらいました。そのとき耳にした工賃は信じられないような金額でした。内職にも及ばないような、そんな金額でした。生活していけないとかそんな話以前に、これだけ働いてこの金額なのか…と愕然としたのです。利用者さんのなかには「働いている」とはいえない状態の人もたしかにいました。でもなかには、かなり手の動きの速い器用な人もいて、内職仕事に自信のある私でも、かなわない!と思う人もいました。体や心の不調のため、コンスタントに働き続けることは無理なのですが、それにしたって、不当な値段だなぁ…とため息がでました。福祉ショップで売られているものはその質に対してあまりにも値段が低すぎるように思います。利用者さん本人が作ったものもあれば、保護者の方が作ったものもあるのですが、どれもいい出来なんです。パンやクッキーはそのへんのケーキ屋よりはるかにおいしいのです。今はだいぶん改善されましたが、10~20年前は恐ろしく安かったです。障がい者というだけで最初から安い値段で買い叩かれているのです。市場原理もへちまもありません。

シルバー産業新聞では、2人の利用者さんが紹介されていました。

Nさんは自閉症のため、言葉によるコミュニケーションは一方的になりやすく、常に独り言を話しています。作業中は独り言を話さないように下唇をぎゅっと結んでいるそうです。職員さんいわく、「3年目あたりから、職業人として働くという強い意志が生まれてきたようだ」とのこと。

Kさんは簡単なコミュニケーションは取れるが、はっきりした言葉は話せず、細かい作業は苦手です。労を惜しまず黙々と重作業をする人です。仕事を終えるとケアホームに帰ります。53歳のKさんは親元を離れてケアホームで生活をはじめて20年。ホーム利用料・余暇費用などは自分の給料と年金でまかなっています。自動販売機で飲み物が買える120円を超えるお金の管理はいまいち苦手で、コンビニでの買い物がうまくいかないこともあるが、自分の稼ぎで自立した生活を送っています。

「自立」とはなにか。1人暮らしをしているとか、給料が高いとか、自分でお尻が拭けるとか、自分の手でごはんが食べられるとか、押し付けられた憲法じゃなく独自の憲法を作るとか…

子どもが大きくなるにつれて話し合いを深めていかないといけないです…

 

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