るるの日記

なんでも書きます

3月29日(月)の思い出づくり

2021-03-30 07:06:47 | 日記




















昨日の3月29日の思い出
まずいつもの日帰り温泉へ。湯の温度がいつもより熱かった。風呂上がりにロビーでくつろぐ

近くのレストランにて食事。ドリアを注文。サラダと味噌汁つき。

真言宗のお寺を訪れ本堂でお詣りする。お賽銭は1000円。蝋燭とお線香をあげる。線香の煙が2つに分かれて私に向かってきたのが不思議でした

境内を散歩する。仏像の後ろ姿が美しかった。花もいろいろ咲いていた。このお寺は邱な坂道を上った所にある。お寺の後方の山も遊歩道になっていて木を切ってあり見晴らしがよい

最後は遺跡に。誰もいない。風が強くなり寒くなってきたので5分ほどで車へ引き返した。16時に帰宅。

祈祷

2021-03-24 14:57:32 | 日記
医学や文化がいかに進歩しようとも、神仏に対する祈祷、まじない、占いは絶えるものではないし、荒唐無稽な俗信は別として、祈願や祈祷などは精神療法の一分野ともなりえます

地元民家で祈祷していた人

●壮年の女子で予見(みとし)の利く人がいて、これまでかなり多くの人の病因や禍根などの見通しをしてきた。

●民家で稲荷大明神を勧請し、屋敷の後ろに祠を建て、依頼があれば燈明をあげ供物をして祈祷し、災厄を除く方法や「尋ねごと」に対する暗示を与えている老女がいる。

●この老女の隣の地区には観音像を祭壇に置き、先の老女と同じ所作で祈祷をしている老女がいる。経験は長い

封建社会での恋愛機会・盆踊り、祭り、ヨバイ

2021-03-24 14:30:28 | 日記
明治、大正、昭和の初期においては、自由恋愛による結婚は少なく、たいてい親の方で決めて、嫁も夫も結婚当日やっと見知ったというのが大方だった

しかしそれでも恋愛の機会はあった。これは結婚するかしないかは別の話しとしての恋愛である

若い男女の寄り合う場として盆踊りや祭りがあった。同じ村なら平素から知っていたどうしがここで実際触れ合うことになる

どこの村でも残っている話では「ヨバイ」というのがあった。深夜に娘の寝ている部屋に忍びこんで密会するというもので、これは男女双方が合意の上であることが多かったらしい

また地主の息子と奉公の少女、奉公人と女奉公人のヨバイにはじまる【ネンゴロゾイ】があったという

しかし遊び半分のものもあり、後に私生児を育てなければならないこともあった


身ごもりと風習・働けないことを気兼ねする嫁の実家

2021-03-24 14:05:58 | 日記
妊娠することを「腹にこどもができた」「腹でこなった」「はらんだ」などと言った。その兆候は表情に表れるが、胎児が男か女かの別まで見てとれたそう

顔がこけやつれると男
あたりまえの顔の時は女
腹がつきでたら男
腹がだだっ広くなれば女
男児は左、女児は右に宿る

妊娠したことを最初に告げる相手は夫。次に実家の母親。姑にはなかなかいえない。しかし姑からも分かっても問わない。姑は嫁の里親が挨拶に来るのを待っている。里の親の姑への挨拶は「仕事せん者が腹でかなってね」と嫁ぎ先に気の毒だという意を表す。つまり働き手の手がにぶることの気兼ねをするわけである

ひねずし

2021-03-24 13:50:31 | 日記
ひねずしとは馴れずしのこと。わが町では古代からの作り方を受け継いで毎年作る習慣が続いている地域がある。全国的にも珍しいことである

作り方はウグイ・アユ・アジ・ハチメなどを一尾のまま目玉をとって塩漬けにする。米飯を固めに炊いて塩を混ぜさましておく。樽に米飯・山椒の葉・人参などを敷いて、塩漬けにした魚を並べ、上からまた米飯をかぶせる。このように交互に重ね幾層も漬けこむ。手水は酢か酒を用いる。表面に竹の皮をかぶせて密閉し、重石をのせて40~50日おくと、骨まで柔らかくなっていて、味もよい頃合になる

これは魚と共に漬けた米飯が発酵してブドウ糖に分解し、更に乳酸・その他の酸にまで分解して、旨味をかもしだし防腐作用も行ったものである