先日、『セッション』という映画を見てきました。
「セッション」とういうワードについて考えちゃいました。
名門音楽大学に入学したドラマーと完璧を求る 音楽指導者との狂気のレッスン。
どう、ミュージシャンは育っていくのか、音楽をどう追求し成長して行くのか、興味があったから。
映画のすじ書きは、ここでは避けよう。
率直な、私の感想。 難しくて~(´Д`;) うなずけなかった。
映画って、本当にいいですね。 あなたのハートには何が残りましたか?
って、誰でもが知ってる名せりふ。
私のハートには・・・・『意地悪』って・・・・そんな印象。
スポ根ものならぬ、音根映画のような気もするし、復讐の罠もあるし・・・・
音楽の良さが、表面にないからかな~? 自分が音楽に詳しくないからかな~?
映画として人間模様や、根性ものなら、もう少し報われてもいいんじゃないかな?
そもそも、「セッション」っていうのは、本来、楽器の掛け合いとか音と音との会話することのようだが、
もちろん、我々も「セッション」というワードを見聞き、使用するが、
その日、その場の雰囲気で出会うものであるから、もちろん曲も決まっていないし譜面もない。というのが、本当のセッションらしいが
「セッション」するからには、奏者のテクニックアイテムをどれだけ持ち合わせて引き出せるか?になると思うけど
この映画では、ドラムテクニックに関することに集中していたような気もするから、
タイトル、「ドラマー」でも良かったんじゃないかな~?
ドラマーの役割って、とても重要だと思うけれど、役割の重要性は語っていないし、「セッション」は独りよがりではないし、
クライマックスシーンでは、主人公となったドラマーと指揮をする指導者との思いがけないプレイが「セッション」だよ。と言いたかったのか・・・・
映像に迫力だけ求めるなら、スリルと精神的には、えっ?って思うところもあったけど、
アカデミー賞受賞作ということで話題になっているが、
ミュージシャンに、音楽界はそんなに甘くないとでも言いたいのか?
逆に、名門大学行ったって、有名ドラマーになれるわけないじゃん!とも思う。
夢も希望も期待も楽しみも、持てない! 『意地悪』と『なんだったんだろ
』という印象だった。
私は、歌も歌えないし、楽器もできないし 専門的なこともわからないけれど
ごく、周辺セッションと言われるものは、おもしろいフレーズ・アドリブみたいなことが少しでも飛び出せばセッションと言っていいんじゃないかな~?
個人の腕前、技、スキルも違うんだし知っている曲に沿ってでも、自分が光れるように・・・・・
だって、楽器で会話し放題させてもらえる場所もないのが現状なのだから。
スタジオこもりきりも不可能な事だしね・・・・誰かに見てもらいたい聞いてもらいたい気持ちもあるしね。
これから、たくさんの音楽映画が目白押し。
また、違うの見に行こうーーーーっと。