東京オペラシティーコンサートホール(大ホール)で開催された「阪田知樹ピアノ・リサイタル」に行ってみた。阪田知樹は1993年生まれの29歳、5歳からピアノを始め、6歳から作曲を始め、芸大音楽学部を中退後、ハノーファー音楽演劇メディア大学に特別首席入学、学士・修士課程とも最優秀の成績で卒業。内外のコンクールで入賞している。若手有望株の一人だろう。NHKのクラシック倶楽部で見たことがあるので名前と風貌は知っていた。
今日の座席はS席シニア料金で4,500円、平場の前の方の右側の席だった。ピアノ公演はピアニストの指の動きが見える左側の席が人気なのか、右側の最前列から7列目あたりまでは空席が目立った。ただ、全体としては7割方埋まっていただろうか。客層は明らかに若い女性が多く、若手の人気男性ピアニストの公演だとこうなるのか。しかし、オペラシティーの大ホールで公演できる集客力があるというのはたいしたものだ。今後の活躍次第でチケット代も1万円以上取れるようになるだろうし、なってもらいたい。
曲目は
- .S.バッハ/阪田知樹:アダージョ BWV564
- J.S.バッハ/F.ブゾーニ:シャコンヌ BWV1004
- ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 へ短調 Op. 57「熱情」
- ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ
- ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op. 58
(アンコール)
- ラフマニノフ/阪田知樹:ここは素晴らしい処 Op. 21-7
- アール・ワイルド:ガーシュウィンによる7つの超絶技巧練習曲 第6曲
ベートーベンの熱情とショパンのピアノソナタしか知らないが内容的にもこの二つの曲が今日のメインであろう。私は「熱情」が大好きで、かつ、技術的にも非常に難しい曲なのでこれに一番注目して聞いたが熱演だったと思う。
ただ、この「熱情」という曲だが、第2楽章の緩徐楽章の素晴らしメロディーの後に来る第3楽章は何という激しさであろう。最後の終わり方はまるで何かが爆発するような激しさである。ベートーベンの怒りの爆発ではないだろうか。同様な例は交響曲9番のフィナーレにも見られる。また、交響曲3番のフィナーレ、5番のフィナーレはどうであろうか。これはまるで苦難を乗り越えた勝利の宣言のようではないか。先日読み終えたフルトヴェングラーの「音楽と言葉」で「ベートーベンが予見的な透徹さをもって彼の最後のシンフォニーの使命の中に告示したあのシラーの言葉「兄弟らよ、星、輝く天の穹窿の上に、愛する父神は住みたまう」を彼が歌うとき、それは説教者の言葉でもなく、また、扇動家の言葉でもありません。それは彼が芸術の仕事の端初から、生涯をかけて生きてきたものでした。これこそ、またなぜ今日の人間も彼の歌を聴いて感動するかという理由をなすものでありましょう。」と述べているが、彼は本当に「扇動家ではなかった」のか、私は扇動家と紙一重の違いしかないと感じている。ロマン・ロランの「ベートーベンの生涯」を読むとゲーテがベートーベンと会ったときのこと、メンデルスゾーンからピアノでベートーベンの交響曲5番のはじめの部分を聞かされたときの彼の感想が書かれている。ゲーテは「まるで心を感動させるところがない。ただ人をびっくりさせるだけだ。大がかりだ。」と言ったが、やがて「こいつは偉大だ、無鉄砲なしろものだ。家がくずれおちはしないかと思うようだ」と述べたとある。また、ゲーテは心の底ではベートーベンの音楽に賛嘆を感じていたがしかしまたそれに恐れを感じていた。その音楽がゲーテの心の安定を奪ったからである。ゲーテが幾多の苦労の代償を支払ってようやく獲得した魂の静朗さをベートーベンの音楽が彼に失わせはしないかとゲーテは危惧したのである、と書いてある。ゲーテでさえこうなのであるから一般の人はこのベートーベンの3番、5番、9番、熱情のフィナーレを聞いてどう感ずるであろうか・・・
さて、クラシック音楽の公演では、時に演奏者がマイクを持ち、観客へのお礼、演奏する曲の解説などをしてくれる例があるが、今夜はそれは無かった。また、曲目選択の狙いについても公演パンフレットに書いてなかった。いずれの点も検討してほしいと思っている。
最近、男女を問わず、日本人の若者が国内外で活躍しているのは大変うれしい。著名な国際コンクールにも数多く入賞しているのだからたいしたものだ。芸術家、アスリートなどは国際舞台で活躍している日本人は少なくないが、クラシック音楽の分野はトップクラスではないだろうか。これはどういう背景があったのか、国の支援が大きかったのか、自発的な取組みか、楽団・劇団・音大などの指導・戦略が良かったのか、私は知らない。もっと注目されて良いだろう。ただ、先日聴きに行った公演で、国際コンクールに入賞してもそれだけではまだ食べていくのは大変だ、と説明されていたので現実はまだ楽な状況では無いのかもしれない。良いものを持っていながらそれをアピール、宣伝するマーケッティング連略が日本人は全般的には弱いと思うのでなんとか改善できないだろうか。SNS、YouTubeなどを有効に利用することも大いに検討すべきだ。いずれにしても今後のますますの活躍を期待したい。