No Room For Squares !

レンズ越しに見えるもの または 見えざるもの

喜多方ラーメンの哀歌(エレジー)

2024-09-16 | 街:福島









僕は喜多方の町が大好きだ。事ある度に立ち寄っている。今回も旅の岐路に立ち寄った。喜多方ラーメンの老舗「あべ食堂」のラーメンを食べようと決めていた。行列ができる有名店で、その行列に並ぶ根気がなく、一回も食べたことがなかった。一度、台風の時だったか、コロナ禍だったか、喜多方に立ち寄った際に、最大のチャンスがあった。実はどうせ混んでいるだろうと別の店でさっさとラーメンを食べた。食後に散策すると、あべ食堂に行列はなかった。滅多にない奇跡だ。喜多方ラーメンはあっさりしているので、2杯くらいは食べることはできると思う。だが僕はカロリーとか塩分のことを思い悩み、絶好の機会を逃してしまった。どこかで「ここで食べないと一生食べることが出来ないかも」という想いがあった。

今回はそんな想いを払拭すべく、例え1時間でも並んで食べようと、並々ならぬ覚悟を決めていた。そして店に行くと・・・・。嗚呼、営業していない。というか店は廃業していた。知らなかった。移転したのかもと思ったけど、聞けば間違いなく廃業だった。仕方なく僕はいつも通りの喜多方の町の巡回を続け、いつも通りの写真を撮り、あべ食堂の代わりに別の知らない店に入った。こうして旅のおまけも終わってしまった。

追伸:代わりに入った店でのことである。外から見ればラーメン店だけど、既存の別店舗と内部で繋がっていて、どちらも高齢の店主がみていた。若い女性の先客がいた。聞くともなしに聞こえる会話から、いまは県外に出ている元地元民で、店主とは小さな頃から顔馴染みのようだった。女性客は「おじちゃんがラーメンやるなんて思わなかった。凄いね」という意味のことを言っていた。それに対するおじちゃんの応えが衝撃的だった。
「何にも凄くないよ。指導するコンサルタント(多分商工会?)はいるから、誰でも作れるようになる。メニューなんかも考えてくれる。でも本当のラーメン屋は喜多方でも数えるほどで、うちみたいな店は底辺中の底辺だ。客も知らずに来る観光客くらいで(おい!)、数人しか来ない日ばかりだよ。本当にゼロの日だってある。正直、味も底辺だから仕方ない」。・・・・。確かにそうかもしれない。そして自虐ユーモアで大げさに言ったのかもしれない。でも数少ない客である僕がいる前では言うなよ(笑)。でも、おじちゃん。言うほど悪くなかったよ。専門店からの高品質麺はいまいちだったけど、スープは独特のコクがあった。この揺らぎが食の面白さでもある。

X-PRO3 / XF23mm F2R WR
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会津の奥を目指す旅(終)~世に三島は四つあり

2024-09-14 | 街:福島









僕は西伊豆の出身で、現在は秋田県に住んでいる。伊豆には伊豆長岡町(現・伊豆の国市)という町がある。新潟県長岡市と区別するためのネーミングだと思う。また秋田県には湯沢市という町があり、新潟県には湯沢町という町がある。新潟の湯沢町は「越後湯沢」と称されることが多い。これも区別のためである。僕が知る限り、三島という名のつく市町村は、①愛媛県の伊予三島市、②福島県の三島町、③鹿児島県の三島村、④静岡県の三島市の4つである。他に地区名や市町村内の町名などでは沢山あると思う。状況によっては、静岡の三島市は「伊豆三島市」になった可能性があるし、福島の三島町は「会津三島町」になった可能性もある。何となくだけど、三島と名のつく町は須らく良い町で、水の綺麗なところだと思っている。僕は行く先に、例え小さな集落名であっても、三島という町を見つければ必ず立ち寄るようにしている。

そんなわけで会津の三島町に来た。先へ先へと延びる道。両脇に建つ木造の大きな家屋たち。かつて人々はここを歩いて移動したのだなと容易に想像できる。街道特有の町並みに魅了される。ここはモノクロで撮った。今回の旅では全体の3割くらいはモノクロで撮影したいと思っていた。でも会津の「色」にやられてしまい、三島町が唯一のモノクロ撮影である。こういう時にライカM10モノクロームのようにモノクロ専用機だと悩まなくて済む。例え、色に未練があってもモノクロしか撮れないのだから、嫌でも頭がモノクロモードになる。でもライカはもう手元にない。フジフィルムでもモノクロ専用機を出してくれないかなーと思っている。どことなく色に未練の残る写真になってしまった。次の旅では、この辺りを修正したいと思う。

さて、全4回(+番外編)で掲載した「会津の奥を目指す旅」もこれで終了となる。東北コンプリートも終盤に入り、完全なる未知の町は数えるほどしか残されていない。奥会津は残り少ない未知なる場所という意味であり、心わくわくする旅だった。今回は三島町で終えたが、その先にまだ町は残されている。クルマの運転距離は長くなったけど、わくわく感が勝り、思ったよりスムーズな旅だった。会津奥地への旅は近いうちに再開されるだろう。


X-PRO3 / Voigtlander NOKTON 23mm F1.2 Aspherical

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会津の奥を目指す旅(番外編)~緑の会津

2024-09-13 | 街:福島



会津旅シリーズは次回が最終回となる。今回は番外編である。僕は町並みを偏愛し、自然風景などはあまり撮らない。もちろん自然風景が嫌いということではない。うまく撮ろうという意思と努力と技術がないだけである(ほぼ全てないわけだけど)。今回は只見川(またはその支流)沿いにクルマを進め、折に触れ美しい光景が目に入った。少し山を昇れば、JR只見線の橋梁のビュースポットなどもあった。列車通過時間と合わなかったので行かなかったけど、きっと絶景だったと思う。只見川も夕景とか、あるいは朝靄に包まれる早朝は、えも言われぬ美しさに違いない。そういう特別な光景は撮れなかった。それでも適当にクルマを停めて、パシャっと撮るだけでも十分美しい緑の光景があった。会津は山と川と緑、冬には雪を抜きには語れない土地だと思った。



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会津の奥を目指す旅③~赤べこ伝説発祥の地

2024-09-12 | 街:福島









初日の最終目的地は柳津町。柳津町は「赤べこ」発祥の地である。今から400年前に、この地域は大きな地震に襲われた。お寺(圓蔵寺)の本堂を再建しようとすると、どこからともなく大きな赤い牛たちが現れ、木材の運搬などに力を尽くしてくれたという。福を呼ぶ牛「赤牛(べこ)」として、人々から慕われるようになった。現在では首を振る可愛い赤べこの玩具となり、人気がある。そんな柳津町は本当に美しい町だった。町の真ん中に只見川が流れる。水鏡のように橋梁が映る姿には目を奪われた。町並みも素晴らしかった。

柳津町の中心部はコンパクトである。端から端まで歩いてもさほど時間は掛からないはずだ。どこをどう歩いたのか、気づけば相当な時間が経っていた。青空の下にあった橋梁は、帰る頃には夕焼け空の下だった。この柳津町で宿を取り(今回は写真は割愛する)、翌日に備えるのであった。

X-PRO3 / Voigtlander NOKTON 23mm F1.2 Aspherical
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会津の奥を目指す旅②〜街道を西へ向かえ

2024-09-11 | 街:福島









会津坂下町から進路を南西(南南西)に取れば、奥会津へと向かうことになる。その前に一旦、真西へと向かう。そこにあるのは西会津町である。西会津町も宿場町(街道町)として栄えたところで、新潟県との県境に位置している。すぐ先には阿賀町がある。阿賀町は現在は新潟県の町だが、江戸期には会津藩の領地であった。嗚呼、町歩きには歴史の勉強も必要なのかと愕然とする。僕は歴史には疎い。でも知っていれば、また別の何かが見えてくるのも事実である。いつかここから新潟方面に抜けなければと思いつつ、趣のある町並みを眺めるのであった。ちなみに「ルービンリキ」の酒屋さんは、ここ西会津町で見つけたものだ。モノクロで撮るという当初の予定を変更し、カラーで撮影した。色に魅惑されてしまったからだ。西会津町は会津坂下町よりも湿度感があり、ぬめっとしている。冬の積雪期には全く異なる顔を見せるだろう。それはもしかして、津軽を連想させるような光景かもしれないし、新潟の豪雪地帯に似ているのかもしれない。見てみたいけど、ハードルは高そうだ。いつまでも想像に浸っていたいけど、次なる町へ。さあ、いよいよ南南西に進路を取ろう。

X-PRO3 / XF23mm F2R WR

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会津の奥を目指す旅①〜ディープ会津の玄関口、会津坂下町

2024-09-10 | 街:福島












福島県の全市町村を踏破するのは、いつになるだろうか。岩手県の市町村コンプリ―トも大変苦労した。それでも当時は時間的な自由も効いたし、何よりも鉛温泉(湯治部)という中継基地の存在があった。秋田県から福島への遠征は日帰りでは無理な場面も多く、岩手以上の苦戦が予想される。福島で手つかずで残っているのは、奥会津、あるいは南会津と呼ばれる地域である。会津若松とか喜多方には割と初期から足を踏み入れ、何度となく往来している。でもその先は未踏である。僕にとって東北地方で残された最後の秘境、もとい桃源郷といえる。今回は、会津坂下町、西会津町、柳津町、三島町を訪れた。更に先には南会津の町々が控えているが、その手前で大人の撤退を決めた。進めば進むほど、蟻地獄のように離れがたい町が残っているだろう。


まずは会津奥地に向かう玄関口ともなる会津坂下町に着いた。「あいづばんげまち」と読む。この時点で心踊る。これが「あいづさかしたちょう」では雰囲気が出ない。会津坂下町は交通の要衝として栄えた町だ。沼田街道(会津坂下町 - 群馬県沼田市)の起点であり、南会津を経て群馬方面への往来があった。また隣の西会津町を経て、新潟県とも通じている。阿賀川の水運を利用し、様々な品が交易されたものと思われる。現在の町並み自体は、他の地方の町と同様に衰退していることは否めないが、からっとした明るさを感じさせる。最果てとか奥地といった悲壮感はまるでない。まあ会津若松や喜多方といった町もすぐ近くなので、当たり前かもしれない。この先の町はどうなっていくのか、久しぶりにワクワク感を持って進んでいこう。

X-PRO3 / Voigtlander NOKTON 23mm F1.2 Aspherical
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ルービンリキのある光景

2024-09-08 | 街:福島




「ルービンリキ」つまりはキリンビールの古い看板のことである。会津方面に遠征に行ってきて見つけたものである。最近はあまり話題に挙げないが、東北コンプリートについては粛々と活動を続けている。残すは青森県と福島県。未踏の市町村は多く、まだまだ時間は掛かるだろう。地理的に遠方の町ばかりで、日帰りで訪問することは困難になってきている。僕には僕の事情もあるので、そうそう出かけることも叶わない。一方で未踏の町も分類整理されつつあり、完全に未知の町はそう多くないとも感じている。そんな中でも例外的に手つかずのエリアの一つが、会津、それも奥会津とか南会津と言われる地域である。これまで会津若松より先には殆ど足を踏み入れてこなかった。

この週末、会津方面への短い旅に出た。明日以降、その写真を掲載することになるが、予告編としルービンリキの酒屋さんの写真を出した。何の作為もなく、これが普通に存在することに衝撃を受けた。このルービンリキは、ガチものである。いきなり奥会津の洗礼を受け、気を引き締めて次に向かう。


X-PRO3 / XF23mm F2R WR

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陸奥を北上せよ(終)〜心躍るその刹那

2024-05-09 | 街:福島











唐突だけど、今シリーズ最終回となる。あとは移動しながら幾つかの町によったけど、旅行記は今回の三春町で終わりとしたい。思い起こせばGWの旅先として幾つかの場所を検討した。以前は物理的(肉体的、精神的)な限界点まで車移動することも厭わなかったが、最近はさすがに躊躇する。秋田県からの移動は、鉄道を使うことは現実的ではない(本当は鉄道で行きたい)。車で行くしかないとすれば、候補として次の5か所が挙げられた。

①長野県上田市
②富山県滑川市
③青森県十和田市
④青森県佐井村、大間町、風間浦村
⑤福島県白河市

①はブロ友のZUYAさんが訪問したので、今回はそれで満足した。②はyottinさんに以前に勧められ、これは行かなきゃと常に頭にある。距離とか混雑度とか優先順位とかあらゆる要素を比べて迷った。迷いに迷って今回は断念した。結果的に⑤を選んだ。じゃあ⑤だとして、どこに泊まるのかという問題が発生する。順当にいけば白河の駅前の一択となる。前記事で書いた通り、そもそも白河駅前に泊まることが旅の理由そのものでもあった。でも実はもう一つの宿泊候補地もあった。それが今回の写真の場所、三春町である。旅の数日前に偶然、7〜8枚目の「ぬる湯旅館」に泊まった人のYouTube番組を観た。素晴らしかった。宿泊は比較的新しい旅館棟に泊まり、お風呂は併設された銭湯に入るのである。この銭湯が年季の入った文化財級のものだった(写真の建物は銭湯と宿主の自宅になっているそうだ)。思いっきり心揺れたが、当初の計画通り白河泊を選び、三春町は帰りに立ち寄ることにした。

そして二日目に三春町に来た。想像通り、いや想像以上に素晴らしい町だった。比較的コンパクトな範囲に多くの機能がまとめられ、実に暮らし易そうな町である。僕が歩いたのは旧市街に相当する範囲だけど、そこから2ブロックほど歩けば、新しいショッピングゾーンもある。東北の殆どの町は車がないと生活すらままならない。三春町はバスで町の中心部に来さえすれば、大抵の用事が間に合いそうだ。しかも過度の再開発に晒されることなく、古くからの町並みも残している。こういう町を見つけることもあるから、町歩きはやめられない。久々の感動である。これは岩手県でいえば、初めて岩手の水沢や大迫、摺沢といった町に行ったとき。青森でいえば、大鰐町、黒石、五所川原に行ったとき。山形県でいえば上山市や長井市に行ったとき。その刹那に感じた感動と同じである。惜しむらくは、旅の体力が落ちていて、疲れ切っていたことだ。足が重くて動かない。三春町にはまた来たい。その際は「ぬる湯旅館」に泊まろうと思う。この後、幾つかの町に立ち寄りながら、自宅へと向かう。みちのく北上の旅は終わりである。福島県は広大で、コンプリートはまだまだ先の話になりそうだ。

X-PRO3 / XF23mm F2R WR





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陸奥を北上せよ④〜円谷英二ミュージアムでの一刻

2024-05-08 | 街:福島










福島県矢吹町の次は、須賀川市である。周辺には多くの市町村があり、どのみち全ては廻れない。須賀川市は今回はパスして、次回探索の拠点にしようとかと考えていた。だが偶然地図で「円谷英二ミュージアム」を見つけてしまった。ウルトラマン、ゴジラを始め数々の特撮映画を手掛けた円谷英二は、須賀川市の出身なのだ。市の中心部に須賀川市民交流センターという立派な施設があり、その5階に円谷英二ミュージアムは作られ、なんと無料公開されている。昭和の漢としては素通りできない。しかも街なかのベンチにはカネゴンとかピグモンが座っている(笑)。

しばし童心に帰り、ミュージアムを堪能し、次の目的地に向かうのであった。次回、こぼ旅のハイライトにして最終回。

GRⅢ

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陸奥を北上せよ③〜知らない町を訪ねてみたい

2024-05-06 | 街:福島






白河の夜は終わった。締めに白河ラーメンを食べたかったけど、満腹で果たせなかったことだけが心残りだ。翌朝も旅は続く。さあ陸奥を北上しよう。

福島県には未踏の市町村が数多く残っている。他の東北5県(山形、秋田、岩手、宮城、青森)では殆どの市町村に行ったし、まだ撮影をしていなくても大体どんな町かは理解している。でも福島の町だけは分からない。今日の写真は矢吹町という町だ。失礼ながら、矢吹町という町のことをよく知る人は、世の中にそれほどいないと思う。僕も知らなかった。ざっくりといえば、白河市と須賀川市の間に位置する町である。面積は約60平方kmと小ぶりであり、人口は約1万6千人と標準(やや多め)的といえる。産業面での特徴はよく分からない。高速道路IC、新幹線駅、空港などが生活圏にあり、交通の便はすこぶる良いことは確かだ。殺虫剤で有名な「バルサン」の本社がある。実に興味深い。白河から北上していくと、こういう町村が連なっている。全部に寄りたいところだが、いちいち寄ればキリがない。泣く泣く通過した町も多い。福島コンプリートのため、また来ます。それでも今回は白河市も入れると11市町村(旧市町村)に立ち寄り、多少なりとも撮影した。そのうち3〜4の町村は、もう一度じっくりと再訪できればと思う。矢吹町にしても、歩いたのはこの一角だけなので、歩き足りないというのが本当のところである。ちなみにブログに掲載するのは、ごく一部の町だけとなります。

どんな町がそこにあるか分からない。行ってみてもどんな町かは知らない。場所以外は事前の下調べもしていない。こんなワクワク感は久しぶりである。いつも後で分からなくなるので、今回は備忘録として以下に記録しておく。ちょっと無理した。次回はもう少しじっくり行きたい。

<今回立ち寄った市町村=撮影済み>
①白河市
②同上の旧・東村
③同上の旧・表郷村
④中島村
⑤矢吹町
⑥須賀川市
⑦三春町
⑧飯舘村
⑨南相馬市の旧・鹿島町
⑩相馬市
⑪新地町


X-PRO3 / XF23mm F2R WR
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