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アフガニスタンに散った理想の人

2019-12-14 00:11:06 | 日記
本当に残念でならない。12月4日にアフガニスタン現地の武装勢力により、医師中村哲さんが殺害された。この人の生前における国際貢献は大変な偉業だ。また日本国憲法の、それも特に九条の永久平和の精神を貫徹し体現された行動でもあったことを考えると、既に古希を越えられていたとはいえ、真に惜しまれる死である。

中村哲さんの言動には言行一致の揺るがないものがあった。印象に残っているのは、アフガニスタンで戦禍が絶えない原因は、過酷な労働で家族と暮らす時間を削減された上に、1日に3度の最低限の食事もとれない貧しさにあるという点だ。つまり貧困に喘ぐ人々が生きる為に武器を取り兵士にならざるを得ない窮状である。だから中村哲さんは、武器ではない道具を使い、砂漠に緑の農地を増やしたり、用水路を建設し、食の確保だけではなく医療にも必要な水を増やすことで、住環境を改善し貧困を減らしていく努力をされていたのだと思う。そしてこれこそが戦乱と搾取が蔓延してきた人類の歴史を正しい方向に変化させる方法なのだ。そう考えると、戦乱と搾取を無くすには、解決する手順として搾取を無くす方が先に来ることがわかる。搾取による貧困を防ぐことこそが内戦や対外侵略といった戦争を含めた戦乱を引き起こさないことに繋がるはずだ。要は搾取こそが戦乱を生む原因になっている。

考えてみれば、日本においても、明治維新以降の大日本帝国は今よりも激烈な格差社会であった。富国強兵ではなく強国強兵であり、富める者になったのは、江戸幕藩体制の支配階級に取って代わった明治政府の支配階級である。倒幕という内戦で多くの若者が死に、その犠牲によって一見世界は大きく変わったように感じられても、搾取のシステムは残念ながら不変だった。江戸時代の士農工商という封建的身分制は取り払われ四民平等のスローガンが唱えられても、現実には新しい身分制の華族、士族、平民に再構成されたに過ぎない。

そして搾取は、21世紀になって増大した気候変動の甚大な被害の原因でもあるだろう。環境破壊は明らかに自然を削減していくことで富を増やそうとする搾取である。海洋の珊瑚礁を破壊して陸地面積を増やす土地開発などはほんの一例だが、その最たるものであろう。特に人間以外の生物は、人類の文明が加速度的に進歩しだしてからは、明らかに人間から搾取されっぱなしである。このブログでも取り上げさせてもらった環境活動家グレタ・トゥーンべリさんの世界中を回り温暖化対策を訴える活動も、中村哲さんの貧困国の現地で生活を共にするスタイルとは違うが、二人の行動は搾取を無くすという一本の線で繋がっている。なぜなら彼女は何も変わらないことを望む人々がいると言う。それは変化を恐れる人々であり、搾取の恩恵を受けて富を享受している自分たちの状態を変化させたくない権力者たちだ。

また彼女は今の世界の仕組みが上手くいかないのなら仕組みそのものを変える必要があると言っているが、まさにその通りだろう。ほんの一握りの勝者の莫大な富が延々と増え続けるのが今の仕組みである。変わらなければいけないのは政界や財界を問わず、世界を動かす立場にいる権力者たちなのだ。

彼女の方法は権力者に対して武器を使わずメディアで訴えることでプレッシャーをかけ続けるものだが、これは間違っていない。それが証拠に歴史的に革命や戦争で巨大な帝国が滅びることはあっても、その巨大な帝国の搾取のシステムをほぼ踏襲した新しい帝国が生まれてしまったではないか。結局、暴力では何も解決しないのだ。

中村哲さんやグレタ・トゥーンべリさんのような健気な行動が、これから増えていけば、世界中の権力者の心は変わり、彼らの莫大な富を、地球という生命体を慈しむように、温暖化対策や自然と共生するインフラ構築を貧困国に齎す為に使うことになるのかもしれない。これは戦争や革命では不可能な搾取のシステム崩壊であり、歪んだ社会構造の根本的改善である。そしてこれは平和でしか実現できないことだ。

ロシアのプーチン大統領はグレタ・トゥーンべリさんの優しさを讃えながらも、彼女は世界の複雑さを学んでいないと批判したが、どうも違うようだ。複雑さというキーワードが目くらましになっている。活動を優先して学校を休んでいる彼女が勉強不足だと暗に仄めかしているわけだ。しかし本当のところは、搾取のシステムを隠す為に世界は複雑になっているというのが事実ではないだろうか。例えば民主主義の法治国家においてさえも、政府にとって都合の悪い事実は記録を改竄したり廃棄したりして、政府に好都合な内容に捏造されたりもする。まさに時間の無駄であり、複雑さの典型である。

もしプーチン大統領が語る複雑さが、貧困国の人々にも搾取の恩恵を受けている大金持ちのように途轍もなく豊かになりたいという過剰な上昇志向も存在するということだとしたら、そこを調整することこそ世界を動かせる自らの政治家としての役目だろう。そしてそれをグレタ・トゥーンべリさんは確りと理解しているように見受けられる。プーチン大統領に限らず先進諸国の首脳は、まずこれまでの搾取で蓄えた莫大な富を、知恵を尽くして超富裕層から貧困層に還元していくべきなのだ。その上で、有限な地球資源の中で経済成長には限界があることを真摯に説いていくべきである。

搾取は人類にとって必要の無い単一的な巨悪だが、搾取を隠す構造は複雑怪奇である。古今東西、権力者は思想や宗教さえをも利用して搾取の構図を覆い隠してきた。しかしネット社会になり、広大な情報の洪水が搾取の化けの皮を剥がしつつある。そこから見透せるのは、今以上に経済成長をしても富は偏在していくだけではないかという懸念だ。そしてその対策として現存する富の使い様も、未来を真面目に見据えるならば明確になってきているのではないか。恐らくこれからの世界は人類が環境を破壊せずに、多様な自然と共生するシンプルな方向へと進むべきなのだ。マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツは世界の億万長者が資産の半分以上を寄付する活動を提言し実行しているが、まさにシンプルでわかりやすい善行である。

今にして思えば、生前の中村哲さんの平和を希求する直向きな姿勢や勇気ある行動は、彼の祖国であるこの日本でもっと伝えられていても良かったように思う。そうなっていないのは、ここ数年の日本社会において、護憲から改憲の方向に傾斜しつつある危惧すべき情勢にあるのかもしれない。しかし中村哲さんの死は決して無駄死ではない。平和を愛する彼の偉大な功績は不滅の輝きを放ち、やがて生前よりも全世界に認知され理解される時が必ずやって来るはずだからだ。


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