目の仕組みについて以前書いたことがある
目というのは眼球のことではなく
あの三角に目がある
あの仕組みのことだ
監視するという意味だけで捉えられることが多いが
そうではなく
私は 目を 支配するということであると 思った
ようするにテレビであるとかネットであるとか
あらゆる媒体で 目にはいる情報を
支配することで
世界を支配するということである。
利口そうな
まじめくさった人が
けいしきばった言葉や態度で
いえば、真実味が増す
そうして
ありもしない現実がつくられ
そのさる芝居に ほとんどの人がまきこまれてしまう
そういう実験的なシステムを
この数十年間構築して
その集大成が あれだったのだろうと思った
さいしょは信じられなかった
こんなことに騙されてしまうことや
こんなことに騙されたふりをして
人を殺すのをなんとも思わない人が
こんなに多くいるとはおもわなかったから
でもそうじゃないんだ
この数十年、
いやもっと前から
この仕組みに伴って
嘘を嘘と認識せず
害を害と認識しないで
どんどんお金のために
人々は死に追いやられ
人々は人を死に追いやり
それに気づかないシステムが 構築されてきていたのだ
それを だれも ほとんどの人が気づいていないだけの話で
毎日屠殺場に連れられていく牛が
毎日平和に暮らしている牛舎で
なにが世界で起きていて
いずれ自分たちが肉になることを知らないで
朗らかに生きているのと
なにも変わりはしない。
ただ、誰かの肉になり
誰かの糧になっていく それだけ。
それの仕組みの だれが勝者で
だれが 家畜なのか
それを 固定していこうという試みにだれもが
抵抗できず乗っかっているだけ
その手先になっているのに
気づかないだけ
そういう世界に生きているってことなんだ。