今日は朝から雨でしたが、久々に走りに行ってきました。
結果的には、午後から雨もすっかり止んで、
埃が立たないコースで気持ちよく走れました。
若干、日差しが戻ってからは、蒸し暑かったですけどね(~~;
写真は、テントの前に停めたみんなのバイク。
何気に写っているのは「のりず」さん。
来週末から2週続けてレースに出場するという鉄人です。
私も来週末の富山でのレースには、頑張って出場しようかと思ってます。
しかし、最近、練習サボってたから、また一から体力つけねば…
スポークも折れちゃったし、サッサとバイク直して練習だー(^^)
-追悼-
もうみなさんもご存知のことと思いますが、
元世界グランプリライダーで、現在全日本ロードレースに参戦中の
阿部典史さんが、昨日(7日)の夕方、一般道での交通事故で亡くなりました。
享年32歳。
個人的には、アグレッシブなライディングスタイルが好きで、
テレビでの世界グランプリ中継では、いつも「ノリック」こと
阿部選手を応援していました。
確か、80年代の終わりか、90年代のはじめに、
2輪雑誌の企画物から名前があがり、
当時無名だった若者は、オートレースライダーの父親の血もあってか
瞬く間に頭角を現し、一気にグランプリライダーにまで
のぼりつめたような記憶があります。
ずっとその雑誌を読んでいた私は、この天才ライダーの
活躍をいつも見ていました。
くやしくて、悲しくて、そして、残念です。
2003年にも「天才」と言われたライダーが
レース中の転倒事故で亡くなるという悲しい出来事がありました。
彼もまたその走りを世界が認め、これから世界を舞台に活躍を始めるという矢先に
妻のお腹に子供を残して、いなくなってしまいました。
そして阿部選手も、世界グランプリを引退してから、
今年、全日本に復帰、これからまた日本のロードレース界を
引っ張っていく存在のはずでした。
それが一般道での事故死だなんて。
レース中の事故なら、まだ納得できる部分もあったでしょう。
事故はあってはならないことですが、レースを生業とする者なら
避けられない部分も少なからずあるはずです。
しかし、どんなに優れたライダーも、どんなに乗り慣れたバイクであっても、
いきなり前の車がUターンしたら避け切れません。
鈴鹿の世界グランプリでレースを見ていた誰もが、
息を呑むほどのスピードで大転倒した時も彼は無事に帰ってきました。
そのとき被っていた彼のヘルメットが、
のちに「阿部選手の命を救ったヘルメット」ととして、雑誌の広告に使われ、
ボロボロになったヘルメットの写真が掲載されたりしました。
もともと転倒の多いライダーでしたが、レースではいつも無事に帰ってきました。
「ノリック」のニックネームで親しまれた、世界で有名な日本人の1人。
日本では殆ど知られていませんが、
モータースポーツ文化が根付いている海外、特にヨーロッパでは、
一般人でも知らない人はいないほどの有名人でした。
そんな彼がいなくなってしまいました。
それが一般公道での事故死だなんて。
くやしくて、悲しくて、そして、残念です。
心からご冥福をお祈りいたします。
ヤマハH・P「阿部選手の訃報について」
motogp.com モトグランプリH・P(ENG)
結果的には、午後から雨もすっかり止んで、
埃が立たないコースで気持ちよく走れました。
若干、日差しが戻ってからは、蒸し暑かったですけどね(~~;
写真は、テントの前に停めたみんなのバイク。
何気に写っているのは「のりず」さん。
来週末から2週続けてレースに出場するという鉄人です。
私も来週末の富山でのレースには、頑張って出場しようかと思ってます。
しかし、最近、練習サボってたから、また一から体力つけねば…
スポークも折れちゃったし、サッサとバイク直して練習だー(^^)
-追悼-
もうみなさんもご存知のことと思いますが、
元世界グランプリライダーで、現在全日本ロードレースに参戦中の
阿部典史さんが、昨日(7日)の夕方、一般道での交通事故で亡くなりました。
享年32歳。
個人的には、アグレッシブなライディングスタイルが好きで、
テレビでの世界グランプリ中継では、いつも「ノリック」こと
阿部選手を応援していました。
確か、80年代の終わりか、90年代のはじめに、
2輪雑誌の企画物から名前があがり、
当時無名だった若者は、オートレースライダーの父親の血もあってか
瞬く間に頭角を現し、一気にグランプリライダーにまで
のぼりつめたような記憶があります。
ずっとその雑誌を読んでいた私は、この天才ライダーの
活躍をいつも見ていました。
くやしくて、悲しくて、そして、残念です。
2003年にも「天才」と言われたライダーが
レース中の転倒事故で亡くなるという悲しい出来事がありました。
彼もまたその走りを世界が認め、これから世界を舞台に活躍を始めるという矢先に
妻のお腹に子供を残して、いなくなってしまいました。
そして阿部選手も、世界グランプリを引退してから、
今年、全日本に復帰、これからまた日本のロードレース界を
引っ張っていく存在のはずでした。
それが一般道での事故死だなんて。
レース中の事故なら、まだ納得できる部分もあったでしょう。
事故はあってはならないことですが、レースを生業とする者なら
避けられない部分も少なからずあるはずです。
しかし、どんなに優れたライダーも、どんなに乗り慣れたバイクであっても、
いきなり前の車がUターンしたら避け切れません。
鈴鹿の世界グランプリでレースを見ていた誰もが、
息を呑むほどのスピードで大転倒した時も彼は無事に帰ってきました。
そのとき被っていた彼のヘルメットが、
のちに「阿部選手の命を救ったヘルメット」ととして、雑誌の広告に使われ、
ボロボロになったヘルメットの写真が掲載されたりしました。
もともと転倒の多いライダーでしたが、レースではいつも無事に帰ってきました。
「ノリック」のニックネームで親しまれた、世界で有名な日本人の1人。
日本では殆ど知られていませんが、
モータースポーツ文化が根付いている海外、特にヨーロッパでは、
一般人でも知らない人はいないほどの有名人でした。
そんな彼がいなくなってしまいました。
それが一般公道での事故死だなんて。
くやしくて、悲しくて、そして、残念です。
心からご冥福をお祈りいたします。
ヤマハH・P「阿部選手の訃報について」
motogp.com モトグランプリH・P(ENG)