五、「教会とわたしたち」(319)
4.近代の教会の夜明け
―宗教改革―スコットランド
つまりジェームス1世と改称して、イングランドと共にスコットランドも一緒に統治することとなった。このころからジェームス1世は教会の統治権を手中に収めようとする意欲をあらわにしだした。7年後の1610年国会の賛同を得て、英国国教会の監督政治をスコットランドにも取り入れようとした。しかし、スコットランド教会は強力な抵抗体制をとった。ジョン・ノックスの死後の教会の後継者となった、ノックスの友人アンドリュー・メルヴィルは、かつてジュネーヴで学び、カルヴァンの感化を強く受けた人であったために長老政治を固守し王と争い投獄された。(ここまで前回)
1572年11月のノックスの死後のその時代から1643~49年のウエストミンスター会議まで70年間の、スコットランド教会の歴史は、その争いは近い隣国イングランドの教会政治との葛藤であったといえる。イングランド国教会の政治の影響からスコットランドの長老主義制度をいかに守るかの争いに明け暮れたといっても過言ではない。とくにジェームス1世が両国を一つにする統治の1603年からは厳しいものになった。先に言ったようにノックスの後継者メルヴィル投獄がすべてを物語っている。彼はその後一時海外に逃れるが、すぐ帰国し1622年世を去るまで教会とともに戦った。彼の後継者 (つづく)