東平安名崎へ向かう途中、バスを下車して、東平安名崎の風景を眺めました。Gifアニメにしてみました。
(東平安名崎の風景)
歩いていると2つのバケツが木にぶら下がっていました。何だろうと思いました。説明では、ウリミバエ根絶のための仕掛けとのこと。ウリミバエは、果実を食い荒らす害虫のようでした。
(2つのバケツ)
「保良漁港」と刻まれた石碑がありました。
(「保良漁港」と刻まれた石碑)
下の方を見ると漁港がありました。
(漁港が)
東平安名崎に到着しました。
(東平安名崎に)
灯台に向かって歩いていきました。
(灯台に向かって)
リーフや海岸線に巨岩がごろごろと沢山あるのは、1771年に起った「明和の大津波」で打ち上ったものだと言われ、「津波岩」と呼ばれているようです。
(津波岩)
海面から標高20mほどある高さに「津波岩」が打ち上っていて、この岩には伝説があり、昔々、マムヤという絶世の美女がいて、宮古島の按司(豪族)との悲しい恋の物語があったと言われ、「マムヤの墓」と呼ばれている岩です。
(「津波岩」)
マムヤの墓の説明が書かれていました。
(マムヤの墓の説明)
灯台近くからの太平洋側の眺めです。
(太平洋側の眺め)
白い灯台に近づきました。灯台を境に左側が太平洋で、右側が東シナ海です。
(左側が太平洋で、右側が東シナ海)
平安名崎灯台の説明板がありました。
(平安名崎灯台の説明板)
灯台の上に登られて展望されている人たちがいました。時間がなくて、登りませんでした。
(灯台の上に)
(写真撮影:2019.10)
(東平安名崎の風景)
歩いていると2つのバケツが木にぶら下がっていました。何だろうと思いました。説明では、ウリミバエ根絶のための仕掛けとのこと。ウリミバエは、果実を食い荒らす害虫のようでした。
(2つのバケツ)
「保良漁港」と刻まれた石碑がありました。
(「保良漁港」と刻まれた石碑)
下の方を見ると漁港がありました。
(漁港が)
東平安名崎に到着しました。
(東平安名崎に)
灯台に向かって歩いていきました。
(灯台に向かって)
リーフや海岸線に巨岩がごろごろと沢山あるのは、1771年に起った「明和の大津波」で打ち上ったものだと言われ、「津波岩」と呼ばれているようです。
(津波岩)
海面から標高20mほどある高さに「津波岩」が打ち上っていて、この岩には伝説があり、昔々、マムヤという絶世の美女がいて、宮古島の按司(豪族)との悲しい恋の物語があったと言われ、「マムヤの墓」と呼ばれている岩です。
(「津波岩」)
マムヤの墓の説明が書かれていました。
(マムヤの墓の説明)
灯台近くからの太平洋側の眺めです。
(太平洋側の眺め)
白い灯台に近づきました。灯台を境に左側が太平洋で、右側が東シナ海です。
(左側が太平洋で、右側が東シナ海)
平安名崎灯台の説明板がありました。
(平安名崎灯台の説明板)
灯台の上に登られて展望されている人たちがいました。時間がなくて、登りませんでした。
(灯台の上に)
(写真撮影:2019.10)