アロハ ウハネ
清里はめっきり涼しくなり、あの先々週の蒸し暑さがうそのようです。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
私の著書『アロハ・スピリット』の中でも少し触れましたが、日本の古来の土着の信仰である神道の原型とハワイの古代の信仰は、同じと言っても過言ではないと思っています。
今日は、そのお話を少ししたいと思います。
もともと神道の神社というのは、遠い昔に光が天から降りて来ている場所(土地)があり、その光が見えた人がいて、そこを神社として、光(神)を祀ったのです。日本には、各地区に神社があります。各地区を守ってくれている光の降りている場所があったのです。そして、神官たちは、その光がずっと降りて来れるように、その場所を祓い、清めて、その地域が守られているように取り図ったのです。祓い、清めるには、言霊を活用し、祝詞をあげ、巫女たちが舞ったたり、雅楽を奏で、音と気で土地を清め、祓ったのです。もちろん、その場所で祓い清めるには、舞う人間、祝詞を唱える人間、音楽を奏でる人間の心も清くなければ、祓う事はできません。
その昔、遠い昔は、社が立ってなく、土地の廻りに石の囲いがしてあっただけではないかと感じます。あるいは、滝の前であったり、巨石の前だったりします。沖縄には、まだその原型が残っており、御嶽としてしられています。
ハワイのヘイアウ(聖地)もその原型を保っていて、石の囲いがあるだけです。
神道が洗練されていくにつれて、立派に神様を祀るようになっていたのでしょう。そして、いつしか、神社の維持費がかかる為、お布施だけではまかなえずに、お札を販売し、祈願をする場所と変わっていってしまったのです。本来は、祈願する場所ではないのです。伊勢神宮に行きますと「神恩感謝」という項目で正式参拝の祈祷をお願いする事ができます。本来は、感謝を送り、自分を見つめ直す場所なのです。お願い事を叶えてもらう所ではないのです。
神道の教えとして、神社には、「像」は祀られていません。社の中には、丸い鏡がおいてあります。これは、何を意味しているのでしょうか? 自分の中に神があるのですよ。と教えてくれているのです。聖なる土地において、本当の魂としての自分とご対面する機会を与えれてくれる場所、時間なのです。
そして、いつもお守り頂いている地元の氏神さまに感謝を送るところです。旅先では、その土地の神様にご挨拶し、宜しくお願い致しますと言いに行くのです。それと同時に自分の魂、光と再度つながる為の場所なのです。
ハワイのヘイアウも同じです。私がマヘアラニ先生から教わった、ホ’オポノ・ポノ・ケ・アラの宇宙の法則の一つには、「大自覚の法則」というものがあります。
毎朝、鏡に向かって、自分に「アロハ ウハネ」と挨拶をしましょう! というものです。
これは、神道の社の中の鏡と同じ事だと思いました。
自分が人間である前に、ウハネー偉大なる光の存在、魂である事を大自覚しましょう! という教えです。
ぜひ、実践してみてください~。
アロハ&ポノ
清里はめっきり涼しくなり、あの先々週の蒸し暑さがうそのようです。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
私の著書『アロハ・スピリット』の中でも少し触れましたが、日本の古来の土着の信仰である神道の原型とハワイの古代の信仰は、同じと言っても過言ではないと思っています。
今日は、そのお話を少ししたいと思います。
もともと神道の神社というのは、遠い昔に光が天から降りて来ている場所(土地)があり、その光が見えた人がいて、そこを神社として、光(神)を祀ったのです。日本には、各地区に神社があります。各地区を守ってくれている光の降りている場所があったのです。そして、神官たちは、その光がずっと降りて来れるように、その場所を祓い、清めて、その地域が守られているように取り図ったのです。祓い、清めるには、言霊を活用し、祝詞をあげ、巫女たちが舞ったたり、雅楽を奏で、音と気で土地を清め、祓ったのです。もちろん、その場所で祓い清めるには、舞う人間、祝詞を唱える人間、音楽を奏でる人間の心も清くなければ、祓う事はできません。
その昔、遠い昔は、社が立ってなく、土地の廻りに石の囲いがしてあっただけではないかと感じます。あるいは、滝の前であったり、巨石の前だったりします。沖縄には、まだその原型が残っており、御嶽としてしられています。
ハワイのヘイアウ(聖地)もその原型を保っていて、石の囲いがあるだけです。
神道が洗練されていくにつれて、立派に神様を祀るようになっていたのでしょう。そして、いつしか、神社の維持費がかかる為、お布施だけではまかなえずに、お札を販売し、祈願をする場所と変わっていってしまったのです。本来は、祈願する場所ではないのです。伊勢神宮に行きますと「神恩感謝」という項目で正式参拝の祈祷をお願いする事ができます。本来は、感謝を送り、自分を見つめ直す場所なのです。お願い事を叶えてもらう所ではないのです。
神道の教えとして、神社には、「像」は祀られていません。社の中には、丸い鏡がおいてあります。これは、何を意味しているのでしょうか? 自分の中に神があるのですよ。と教えてくれているのです。聖なる土地において、本当の魂としての自分とご対面する機会を与えれてくれる場所、時間なのです。
そして、いつもお守り頂いている地元の氏神さまに感謝を送るところです。旅先では、その土地の神様にご挨拶し、宜しくお願い致しますと言いに行くのです。それと同時に自分の魂、光と再度つながる為の場所なのです。
ハワイのヘイアウも同じです。私がマヘアラニ先生から教わった、ホ’オポノ・ポノ・ケ・アラの宇宙の法則の一つには、「大自覚の法則」というものがあります。
毎朝、鏡に向かって、自分に「アロハ ウハネ」と挨拶をしましょう! というものです。
これは、神道の社の中の鏡と同じ事だと思いました。
自分が人間である前に、ウハネー偉大なる光の存在、魂である事を大自覚しましょう! という教えです。
ぜひ、実践してみてください~。
アロハ&ポノ
こんばんは、つっちーです
お話、感覚的にすごい理解できました
最近、「アロハ ウハネ」って挨拶してます
なんか落ち着くようになりました
いつもありがとうございます
MAHALO