「モーレツからビューティフルへ」。日本の広告史に残る、富士ゼロックスのCMコピーが世に出たのは昭和45(1970)年、高度成長のまっただ中である。「モーレツ」は、すでに流行語になっていた。
▼下の句をひねり出したのが、当時、電通のプロデューサーだった藤岡和賀夫(わかお)さんである。猛烈に仕事するだけでは寂しい。もっと人間らしく生きよう。世の中に先駆けてこんなメッセージを発信していた、広告業界のガリバー企業が大変なことになっている。
▼新入社員の女性が昨年末、過労自殺し、労災認定された。平成3年にも、入社2年目の男性社員が過労自殺している。電通をめぐる過重労働の問題は、厚生労働省東京労働局などによる大規模な強制捜査に発展した。
▼実は藤岡さんも、モーレツ社員の一人だった。昭和20年代の半ばに入社すると、ラジオ放送局の開局の準備にてんてこ舞いとなる。毎晩徹夜同様の生活が続き、とうとう200時間残業3カ月という記録を作って倒れた。
▼「電通中興の祖」「広告の鬼」と謳(うた)われた4代目の吉田秀雄社長が社員の心得として「鬼十則」を書き上げ、全社員に配布したのもこの頃である。「取り組んだら『放すな』、殺されても放すな、目的完遂までは」。過激なスローガンを含んだ十則は、今も社員手帳に記されたままだという。
▼59歳で電通を退職し、フリーのプロデューサーとしても活躍した藤岡さんは、昨年87歳で亡くなった。「百パーセントの『会社人間』だけはやめよう。一〇パーセントでも二〇パーセントでも減らせば、その分ストレスも減って精神衛生的によくなる」。自らの反省もこめて、著書に書き残している。今こそ「モーレツ」と「鬼」から決別する時である。
2016.11.9 05:04【産経抄】
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