国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在する大西卓哉宇宙飛行士(40)が、10月末に予定されている中央アジア・カザフスタンへの帰還を前にISSでの生活や心境について、読売新聞社に寄稿した。(写真はいずれも大西宇宙飛行士撮影、JAXA/NASA提供)
◇
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙飛行士の大西卓哉です。読売新聞への寄稿も今回が3回目、そして最終回となります。早いもので、今年7月9日に国際宇宙ステーションに到着してから3か月が経ち、地球への帰還が目前に迫ってきました。今回は初めての長期滞在を通じて感じたことを書きたいと思います。
実験装置 地上と一緒に改良
SS内に設置された実験装置と大西さん
第1回のレポートで「初めてISSを見た時、人類の科学力に畏敬の念を感じた」と書きました。それからの3ヶ月間、そのISSで非常に密度の濃い時間を過ごしました。体が無重力環境に適応するのに1週間ほどかかりましたが、ほどなくして最初の大きなマイルストーンとなったドラゴン宇宙船の到着がありました。ドラゴン宇宙船は米国のスペースX社の補給機で、ISSに物資を補給するだけでなく、貴重な実験や研究のサンプル(試料)を地上に持ち帰る能力を有しています。
多くの実験装置を搭載してISSに到着し、そのサンプルを積んで地上に帰ることになります。従って、限られた時間内にそれらの実験を遂行する必要があります。加えて、同じくドラゴン宇宙船で運ばれてきた、アメリカの次世代民間有人宇宙船がISSにドッキングするためのアダプターをISSに取り付ける船外活動もあり(私は船内の支援を担当)、私と米国人のチームメイト2人にとって、目の回るような1ヵ月半でした。
その間、JAXAの小動物飼育装置のメンテナンスを筆頭に、数多くの実験や研究に、時には操作者として、時には被験者として参加しました。どのテーマも興味深いものばかりで、地上の研究者の方々の熱意が伝わってきました。
私たち宇宙飛行士の仕事は、彼らの目となり耳となり、手となり足となって研究を実施することですが、時には現場にいる私たちにしかわからないこともあります。
例えば、実験装置の使い勝手です。
実験装置ののセットアップ作業をする大西さん
地上で念入りに検討され、工夫の末に開発された実験装置でも、いざISSの無重力状態で使用するとなると、色々な不都合が出てくることがあります。そういうときに、実際にそれを使っている私たち宇宙飛行士が、何が問題になっていて、手順をどう工夫すれば解決できるのかを地上に伝え、一緒になって手順を改良していくことが、とても重要になってきます。
宇宙実験は、少しずつ条件を変えて繰り返すものが多いので、長期間に及ぶものがほとんどです。実験装置というハードウェアはもちろん、手順や宇宙飛行士の訓練といったソフトウェアに相当する部分でも、地道に小さな改良を積み重ねていくことが、最終的に実験の成果を生み出すことにつながります。
問題を一つ一つ解決するたびに、私たち宇宙飛行士がこの宇宙にいることの意義を実感することが出来ました。宇宙空間は地上とは全く異なる世界です。地上では、重力に邪魔されてはっきりと観測出来ない現象も、宇宙でなら長時間観察することが可能です。そういった宇宙ならではの環境を利用し、人類が新たな科学的知見を蓄え、その成果を地上の人々の暮らしに還元することが、宇宙実験に携わる全ての人間の使命であり、私たち宇宙飛行士はその中でも現場にいる者として大きな役割を担っているということを、ISSに来て強く感じました。
自然破壊 見えないからこそ危険
ヨーロッパ・アルプス山脈
アフリカ大陸の地上にできた風紋
先日、ハム無線による日本の子供たちとの交信イベントで、ある子供から次のような質問を受けました。
「最近、地球の自然環境が破壊されていると思いますが、宇宙から見てそれが分かりますか?」
というものです。自分がここに来てから見てきた地球の姿を改めて思い返してみました。どれも美しい姿でした。息をのむような絶景も、何度も見てきました。私たちの住む地球という惑星は、水に恵まれた本当に美しい星です。
自然災害は宇宙からでもはっきりと見えます。台風が発達していく様子や、大雨が降ったあとの土砂が海に流れ出る様、森林火災の煙、洪水の爪痕などです。
ところが、私たち人間の手による自然破壊の様子は、少なくとも私の目には見えませんでした。自然災害と比べてはるかに緩慢に、はるかに小さな規模で進行するためでしょう。その質問を受けて考えさせられたのは、「見えないからこそ、より危険なのだ」ということでした。地球環境を守るというのは言うほど簡単なことではありませんし、私自身「地球は美しい、だから地球の自然は守らなければいけないんだ」という単純な論法は好きではないのですが、地球の外からこの星を眺めるという稀有な機会を与えて頂いた者の1人として、そこで感じたことをそのまま書かせて頂きました。
帰還したら皆様に直接報告を
アフリカ・マダガスカル島のベツィボカ川
夜の帳(とばり)。ISSから見た地球の昼と夜の境界
私の長期滞在は、通常よりも少し短めのものになりそうですが、その密度は決して小さくはなかったとクルー全員が自負しています。私が参加した「第47/48次長期滞在」では、過去最高のペイロードタイム(宇宙飛行士がISSで実験・研究に従事した週の平均時間)を記録したと聞いています。
ISSが完成してから数年が経ち、数々のノウハウを蓄え、その運用は更に効率性を増しています。今後も、この記録はあとに続くクルーによって次々に塗り替えられていくことでしょうし、そうなっていかなくてはなりません。
帰還した後の私の仕事は、まず宇宙医学研究のデータ取りに生きたサンプルとして出来る限りの協力をすること。そして、ISSでの仕事を通じて得た知見を地上の管制チーム、実験の運用チーム、研究者の方々と共有することです。約1年後に打ち上げが予定されている金井宣茂飛行士にも、伝えておきたいことが沢山あります。
宇宙飛行士の仕事というのは、どうしても打ち上げや帰還、船外活動といった大きなイベントに注目がいき、普段のISSでの仕事というのは、まだまだ一般の皆様には紹介しきれていないのではないかと思います。まさにそこで行われている宇宙実験にこそ、ISSの存在意義があるのだということを皆様にはご理解頂きたいと思っています。
その思いで、今回の長期滞在に臨む訓練の段階から、グーグルプラスというソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のツールを利用して、日々の仕事や感じたことなど、出来る限り詳細に記してきたつもりです。帰還後には直接皆様にお会いして、私の経験を共有できるよう、なるべく多くの地で報告会を行えるようにしたいと思っています。
その日を楽しみに、元気に地球に帰りたいと思います。最後まで、どうぞ応援よろしくお願いいたします!
2016年10月25日 YOKIURI 大西飛行士の宇宙便り
<所感>
おいしいものも食べられずに無機質の空間で作業をする。頭脳明晰で心身ともに強靭な選ばれた人。
<👀も>
やっぱり、これだ! 好きな音を聞きながら、見たい画像を見たり、ゲームで熱くなったりして、腹がへったらインスタントラーメン食って一日を過ごした。
八甲田山
十和田湖
八甲田ロープウェイ
奥入瀬渓流