ブリコルールの日々

キャッチし、発信するアンテナ。ANTENNE アンテーヌ 芦屋・宝塚・三田よりのレアで@な情報発信基地より

想い出はラガーとともに

2007-08-16 01:41:03 | NEWS
ユーミンがでているラガービールのCMは、ビールと同じで淡く、ほろ苦い。

  


高校生のころ、仲間6名で神戸の文化ホールへコンサートにいった。

当時、大好きであったユーミンの。

美術部部長であったFくんの企画で、音楽好きが集まったのだが、その6名の中に、少し気になっていたMさんがいっしょでね。
クラスの中でも背中の中ほどまでのワンレングス、ロングヘアの彼女の背中を見るともなしに追いかけていたっけ。

初めてのユーミンのコンサートもだけど、その偶然にドキドキしていたのを今もハッキリと思い出す。

「悲しいことがあると、ひらく皮の表紙・・・
             ・・・ あなたは私の青春そのもの」

卒業写真をはじめ、数々の名曲を生で聴けて、大満足のエンディング。
最高だった。

興奮さめやらぬうち、終了して帰る段になったのだが、メンバーが一人足りない。

Mさんがいないのだ。

トイレかなんかだろうと待つこと10分ほど。
残りの5名で、手分けして探そうということになったとき、突然彼女が現れた。

「ユーミンに会ってきたの」

その言葉に一同、唖然とした。

ひとりで楽屋に行き、コンサートのスタッフに会いたいと申し出ると、楽屋に入れて会わせてくれたというのだ。今なら絶対にありえないことだけど、アルバム「コバルト・アワー」をだしてメジャーになる寸前のその当時は考えられなくもない。
なんたる強運。


その度胸と行動力に、すっかり参っちまった!


■そのときのユーミンのバックバンドのティン・パン・アレーが、くしくも一堂に会したCMがいまTVでもオンエアー中です。
以下のURLにアクセスして、リハーサルメイキング編3分47秒編をぜひごらんください 。あのときのあなたがそこにいるかもしれません。

http://www.kirin.co.jp/brands/RL/cm/index.html


えっ、その後?!

もちろん、「海を見ていた午後」の歌詞そのままに、泡のようにね。

したたかふられてさぁ!!


【ティン・パン・アレー(バンド名)は、細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆(、後に佐藤博 (ミュージシャン))からなる音楽ユニット。バンド名の由来は、アメリカのティン・パン・アレーに細野の好きなアーティストが多く活躍していた事から。

オリジナルとしては、『キャラメルママ』(1975年)と『TIN PAN ALLEY 2』(1977年)の2枚のアルバムを発表した。】


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2 コメント

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とめたらあかんー (kiyoto)
2007-08-17 23:02:03
ハハハ、そうですか。

そうですねー。
いろいろなことを、冷静に思い出せる(半分忘れてるが)年齢になりました。

音楽は記憶と密接にリンクしていますね。
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さすが。 (AYAKO)
2007-08-17 15:34:46
なんだかMさんの時代っていい時代だったのかもしれませんねー。ユーミンに会いに行くなんて!度胸のある女性だったんですね~。思わずキリンのHP見に行ってみました。サザンを聞くと昔の自分の思い出と重なります、ユーミンも松任谷さんになってからだと「あの歌のとき、あんなことがあったな~」ってなります。特に何がどうというわけではないのだけれど、胸がキュンとなります。思わずiPodでユーミンかけてたら、主人が帰ってきました。なんとなく音楽をとめてしまいました~。
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