《ネット小説ランキングより来られた方へ》
はじめまして、kouといいます。
僕の小説に興味を抱いてくださってありがとうございます。
ここはブログがメインなのですが、少し小説も置いてあります。
カテゴリーのオリジナル小説のところにおいてありますので、もしよろしければそちらもご覧下さい。
もちろん、ブログの方も読んでいただけると幸いです。
拙いものばかりで構成されているブログですが、暇なときにはまた遊びに来て下さい。
これからも、どうかよろしくお願いします。
では、前置きが長くなりましたが、小説の方をどうぞ。
『16:00-1800』
アニメの『ムーミン』に出てきた『スナフキン』が好き。
だからというわけでもないけど、ひとり旅に抵抗はない。
着の身着のまま、思い立てばどこにだって行ける。
電車を乗り継いで遠く町に来ることだって、良くあるわけではないが、特別なことでもない。
古い銀の車体がホームに滑り込んだのは十六時五分前。十六時は過ぎるだろうと思っていたから、予想以上に近いということか。
乗り慣れない電車を降り辺りを見回すと、そこには見知らぬ風景が広がっていた。
微妙な時間帯のせいか、人の流れも、向かいの電車を待つ人の影もまばら。
誰に迷惑かけることもなく、僕はホームの中央に立って辺りを見回してみる。
都心から少し離れた私鉄沿線の駅なので、さして広いわけでもなく、線路一本向こうには僕の住む街よりははるかにのどかな、けれど思った以上に賑わいを見せる商店街がある。
――ふ~ん、なんか感じの良さそうな町。
好印象を抱きつつ、ようやく改札に向う。
この沿線の駅は他に二つしか降りたことがないが、どこも似たような雰囲気がある。古びていて、どこか薄暗く、当たり障りのないポスターが貼られている。
改札を抜けて、とりあえず人の多い方に出た。
バスのターミナルやタクシーを待つ場所もない。通りが交わる為のちょっとしたスペースがあるのみ。
そこには駅とは打って変って多くの人がいた。
驚いたことに若者ばかりである。
ホームではそうでない人の影も見た気がするのだが、それは錯覚だったと思いたくなるほど、見事に若者しかいない。
無論、都心の繁華街とは比べ物にはならない。
しかし、これはこれでなかなかのものだ。
背広姿も、子連れの主婦も、学生服の姿も見えない。
普段着だとわかるのだけど、流行から外れることなく、自己の主張もしっかりしている、見ていて楽しい格好を誰もがしている。
特に目をひいたのが、駅前の隅で五人固まってなにかを話している若者のグループだ。
四人が黒を基調とした生地の厚そうな服で全身を覆い、ひとりが白を基調とした、やはりこれも暑そうな服を着ている。
全員が髪を染めており、金、銀、赤、青、ピンクと賑やかなことこの上ない。
地元では決して見ることのない、ビジュアル系のファッションに身を包んだ若者達。しかもよくよく見ると誰一人として楽器を持っているわけではなく、誰かのファンなのか、単にファッションとしてきているだけなのか。
その彼等の後でひとりタバコを吸っている、線の細い、黒ぶち眼鏡をかけた神経質そうな青年がギターバッグを持っている。むしろこっちの方が楽器と縁がなさそうだったから、最初は気づかなかった。
借り物のイメージ。古くはステレオタイプといったか。誰かの作った当たり前を、軽くぶち壊してくれる町。どうやらここはそんな町らしく、それを当たり前として皆が暮らしている。
僕の住む町には絶対にないこの感性。そういえば、誰かがここを若者の町と呼んでいたっけ。僕はまだ二十三で、普通に若いつもりでいたけれど、ここでは通用しないのかもしれない。
でもそれは決して嫌なことではなく、そのことが僕の異邦人性を強調し、一層の心地よさを与えてくれる。
僕は自然と口元を緩めながら歩き出した。
今日の目的はライブを観ること。
お気に入りのマイナーアーティストがこの町で演るというので、わざわざ足を運んだのだ。
開場まではまだ時間があったが、それまでの間は町をうろついて時間を潰せばいい。
こういう時間の使い方が、僕の好みだった。
駅前から伸びる三本の道の内、ひとつは左へ伸びており、交通量の多くない静かな道路が見える。残る二つは駅に背を向け二股に分かれており、人の多さからみて、メインストリートであることが明らかだ。
ちなみに駅から出てすぐ右手を見ると三階建ての建物があって、一階に小物屋、二階にハンバーガーショップ。三階は美容室となっているようだ。
辺りを見回してもそれより高い建物はなく、見上げる空は広々としているのだが、そのサイズの建物が密集して立ち並んでいるので解放感はあまりない。
こじんまりとして雑多。
そういうところもここの良さ。
駅前には車の入れるスペースがなく、そういう意味では左の道路は免許を持つ人間には大事なのだろうが、免許もなければ、歩くことも好きな僕としては、とりあえず二股の道の右の通りを選んでいた。
やさしい下り坂とゆるやかに蛇行のある道。
人通りは割と多い。道が狭いからそう感じられるというだけでなく、実際に多い。黄昏刻から夜に入ろうかというこの時刻。色々な制約から解放された若者達で通りが賑わうは当然だろう。
その両脇に雑貨屋、洋服店、バーガーショップに居酒屋。他にも多種多様な、というか入り口から覗いた限りではなにを扱っているのかわからないような店がずらりと軒を構えていたが、いずれも入り口は狭く、そのことが一層雑多な雰囲気を協調していた。よくよく見れば店の奥は広がりがあるようにも見え、ディスプレイの仕方を変えればきっと解放感を醸し出すことが出来たであろうが、それはこの町のカラーではないのだ。皆がそういう取り決めをしているかのように、入り口付近にもこれでもかというくらいのものが並び、並べるもののない店でさえ、小さな黒板やらなにやらを出して、今日のお薦め品を書き込んでいる。
そしてそのことを窮屈に感じることもなく、多くの若者が出入りしている。
――ちょっと入ってみるか。
特に欲しいものも、興味を惹かれるものもなかったが、この町の色に触れてみたくなった。
僕は店頭にずらりとスニーカーが飾られた、名前のよくわからぬ店に入った。
通りが下り坂になっている為か、階段を二段下りて店内に入る。
内は外見ほど狭くはなかった。入り口の三倍ほどの横幅があり、奥に長い。
BGMの洋楽がやたらとうるさく、でも客はそんなことは意に介さずに、品数豊富なTシャツの中から自分の好みに合うものを選んでいる。
普通の一見さんなら思わず足を止めてしまう、意表をついた店内だったが、あちこちうろついている僕はこういうことにも慣れている。内心では一瞬怯みはしたものの、足を止めることなく店内を見て廻った。
おしゃれとはあまり縁のない生活を送ってきたせいで、ファッションのこととはよくわからない。店を埋め尽くすTシャツのなにが良くてなにが悪いのかも。なんとなく気になったものを軽く手にしてみても、やたらと派手な柄が前面に描かれていて、着るのが恥ずかしかったり、胸元になにかのエンブレムが小さく入っているだけの、あまりに地味すぎるものだったりして、やはり興味を惹かれない。それでいて、その無地のTシャツは八千円もするのだから恐ろしい。
こんなの誰が買うんだろう、とさりげなく店内を見回してみると、客のひとりはそれだけで見本市が開けるんじゃないだろうか、というほどのシルバーアクセサリーを身につけた青年で、その奥にはごく普通の大学生らしい青年がいた。若者の町にいるべくしているような二人だが、このシャツを買うお金はどこから出てくるのかが不思議だ。
軽い気持ちで入った店だが、あまりに場違いな雰囲気が強く、いたたまれなくなってすぐ出て来てしまった。知らない世界の空気を存分に味わえるチャンスだったかもしれないので、もったいないといえばもったいないのだが、こればかりは仕方ないだろう。
表に出て、先に進む。
目当てはないのだが、そろそろ食事にでもしようかと、辺りを見回す。
今日は休日で起きるのが遅かったから、自然朝食も遅かった。まっ、それは計算の内で、初めからこの町で遅い昼食を取ろうと考えていたのだ。
賑やかな通りだから食事をするところを探すのも楽だろう、と踏んでいたのだが、いままで通り過ぎた中にこれという店はなかった。というか、居酒屋の数はそれなりにあるのだが、ちゃんとした食事が食べれそうなところは一軒もなかったような気がする。まさかここまできて、チェーン展開しているようなバーガーショップで食べる気もしないし。
いささかの不安を抱きながら、足を進める。町の、というか他の建物のサイズにあわせたような小さなコンビニが見えてきたが、ここで弁当を買うというわけにもいくまい。
まるで田舎から出てきたばかりのように辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていたら、うっかりすれ違う青年とぶつかってしまった。
相手に目をやり、謝ろうかとしたけれど、相手はこっちに目もくれずに歩き去っていったからやめておいた。それだけ手にしていた携帯用ゲーム機に熱中していたということだろう。
僕の勝手なイメージで、この街に住む人は活気に溢れる人が多いと思っていた。古いかもしれないが、若者という言葉にはそういったイメージが付きまとっている気がした。
だがよくよく考えてみれば、ああいった青年もいるだろう。すぐそこにはゲームショップがあるし、いまの時代彼が特別ということはないはずだ。
そしてこの町はそういうのもあり、なのだろう。離れて行く彼の着ている服も全身から漂う雰囲気も、その横を彼女と腕組んで歩いている同い年ぐらいの青年と少しも変わらない。
どんな若者も受け入れる。あるいは若くなくても受け入れてくれる、そんな懐の広さも持っているのかもしれない。
――さて、懐の広さもいいがそろそろ店を見つけないと。
時計を見ると この町に来てもう三十分が過ぎていた。今日のライブでは派手に騒ぐつもりだから、食後すぐというのは避けたいところだ。
このままなにもなければ駅の方に戻り、居酒屋に入るしかないが、それもちょっと乗り気ではない。
少し焦り気味になってきたところで、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
カレーの匂いだ。
どこかの家が夕食の準備をしている、という感じではない。
この近くにカレーを出す店があるのだ。
しかもそのカレーは、匂いから察するに、僕がこれまで食べた中でも最上級に位置する味を持っていそうだ。
期待に胸を膨らませ、辺りを見回しながら先を急ぐ。
すると、ようやく食事ができる店の看板を目にすることが出来た。しかも、三つも。
ひとつはラーメン屋だった。最初からこういう町には当然あるだろうな、と当たりをつけてきたんだけど、思っていたより本格的な、なんとかというラーメンチャンピオンがプロデュースしている店らしい。
ラーメンチャンピオンという言葉がなんとなく胡散臭かったが、焦がしねぎをたっぷり乗せた自慢のしょうゆラーメンは確かに美味そうだ。
もう一軒はパスタ屋。創造性豊かな和風パスタを食べさせてくれるらしい。この町で何度も目にする小さなブラックボードに、今日のお薦めが明太スープパスタだとピンクのチョークで書かれている。
最後の一軒はのれんにカツと書かれた、やけにここだけが古風なオーラを出しているカツ屋さんだった。
どれも感じのいいお店で、普段であればどこに入ろうか迷うところだが、いまは違うことで悩んでいた。
――カレーライスを食べさせてくれるのはどのお店なんだろう。
見た限りでは、どこも出してなさそうに見える。三軒ともカレーとは縁がなさそうだ。
だが、確かにカレーの匂いは通りに漂っていて、このすぐ側にカレーを食べさせてくれるお店があることを証明している。
可能性が高そうなのはカツ屋だ。カツカレーなんていうのは、カレー屋だけの定番メニューではないはずだ。カツ専門店にあったとしてもおかしくはない。
パスタ屋とラーメン屋はまさかな、と思うものの、店構えからしてない、とは云い切れない。
ラーメンチャンピオンという言葉と、創造性豊かという言葉は侮れない。僕の想像力の斜め四十五度上を軽く跳び越えている可能性がある。
――どうする? どの店に入る。
通行人の邪魔にならないよう、道の端で一分近く悩んだ末、僕は安全策をとることにした。
のれんをくぐると、いらっしゃいませぇ、という可憐な声が迎えてくれた。バイトの女の子だろう。
店内はここも狭く、カウンター席が六つと四人がけの席が二つしかなかった。
この段階で、僕ははずれくじを引いたことに気づいた。
店内には揚げ物の匂いしかなかったのだ。
がっかりしたものの顔には出さず、カウンター席に腰を下ろし、一番人気だというカツ丼を注文した。
他に客がひとりしかいなかったせいか、元々仕事が早いのか、カツ丼は特に待たされることなく出てきた。
カウンターの中から渡されたそれは驚くほどの肉厚。たっぷりの肉汁。卵のからみ、汁のコク、たまねぎの甘さ、とどれをとっても一級品で、これで七百八十円は安すぎる、と唸ってしまうほどのものだった。
最初のがっかり感などどこ吹く風。僕は笑顔で勘定を済ませ、店を出た。
それでも、一歩外に出ればいまだ漂うカレーの匂いが気になるもの。結局この匂いはどこから来たのだろう、と懲りずにキョロキョロしてみる。
その僕の後ろを芳しい匂いが通り過ぎた。
慌てて目で追いかける。
離れていくその後姿は、頭にターバンを巻き、テレビでよく観るカレー屋の店員が着るような服を着ている。
――遂に見つけた!
思わず小躍りしそうになる僕の目の前で、彼は一軒の建物の中に入っていった。
階段を上がっていく彼の背中を見送った後、二階に窓に書かれた文字を見ると、そこには僕を困惑させる片仮名が書かれていた。
インターネットカフェ。確かにそこにはそう書かれている。
そしてその建物は二階建てで、他の店が入っている様子はない。
彼が休憩の為に立ち寄っただけ。
そうとも考えられたが、なんだかしっくり来ない。
正しい解を得るために、僕も階段を上がっていく。
狭く薄暗い階段の先には、おしゃれなカフェ風のドアが。
その脇にちょこんと小さなたて看板があり、お世辞にも綺麗とは云えない字で、本格カレーあります、と書かれていた。
どこかで見たような、漫画おじさんのキャラがブラボォーと絶叫している絵も貼ってある。
――ご丁寧に、こりゃ凄いね。
思わず笑みがこぼれた。
なんとなく、儲けだとか若者受けだとか、そういうのを狙ってカレーを出しているのではない気がした。
あくまで誰かの趣味か、たまたまカレーの得意なインド人が側にいただけだろう。
それだけでこういう店を出してしまう。
そのセンスがあまりに素晴らしく、見ていて愉快な気分になった。
ちょっと入っても良かったのだが、どうせならゆっくりと時間を過ごし、カレーも食べてみたい。
それだけの時間はさすがになかったので、諦めて階段を下りる。
――今度はこの店に入る為だけにこの町に来よう。
そんなことを考えながら。
16:00-18:00 後編へ
はじめまして、kouといいます。
僕の小説に興味を抱いてくださってありがとうございます。
ここはブログがメインなのですが、少し小説も置いてあります。
カテゴリーのオリジナル小説のところにおいてありますので、もしよろしければそちらもご覧下さい。
もちろん、ブログの方も読んでいただけると幸いです。
拙いものばかりで構成されているブログですが、暇なときにはまた遊びに来て下さい。
これからも、どうかよろしくお願いします。
では、前置きが長くなりましたが、小説の方をどうぞ。
『16:00-1800』
アニメの『ムーミン』に出てきた『スナフキン』が好き。
だからというわけでもないけど、ひとり旅に抵抗はない。
着の身着のまま、思い立てばどこにだって行ける。
電車を乗り継いで遠く町に来ることだって、良くあるわけではないが、特別なことでもない。
古い銀の車体がホームに滑り込んだのは十六時五分前。十六時は過ぎるだろうと思っていたから、予想以上に近いということか。
乗り慣れない電車を降り辺りを見回すと、そこには見知らぬ風景が広がっていた。
微妙な時間帯のせいか、人の流れも、向かいの電車を待つ人の影もまばら。
誰に迷惑かけることもなく、僕はホームの中央に立って辺りを見回してみる。
都心から少し離れた私鉄沿線の駅なので、さして広いわけでもなく、線路一本向こうには僕の住む街よりははるかにのどかな、けれど思った以上に賑わいを見せる商店街がある。
――ふ~ん、なんか感じの良さそうな町。
好印象を抱きつつ、ようやく改札に向う。
この沿線の駅は他に二つしか降りたことがないが、どこも似たような雰囲気がある。古びていて、どこか薄暗く、当たり障りのないポスターが貼られている。
改札を抜けて、とりあえず人の多い方に出た。
バスのターミナルやタクシーを待つ場所もない。通りが交わる為のちょっとしたスペースがあるのみ。
そこには駅とは打って変って多くの人がいた。
驚いたことに若者ばかりである。
ホームではそうでない人の影も見た気がするのだが、それは錯覚だったと思いたくなるほど、見事に若者しかいない。
無論、都心の繁華街とは比べ物にはならない。
しかし、これはこれでなかなかのものだ。
背広姿も、子連れの主婦も、学生服の姿も見えない。
普段着だとわかるのだけど、流行から外れることなく、自己の主張もしっかりしている、見ていて楽しい格好を誰もがしている。
特に目をひいたのが、駅前の隅で五人固まってなにかを話している若者のグループだ。
四人が黒を基調とした生地の厚そうな服で全身を覆い、ひとりが白を基調とした、やはりこれも暑そうな服を着ている。
全員が髪を染めており、金、銀、赤、青、ピンクと賑やかなことこの上ない。
地元では決して見ることのない、ビジュアル系のファッションに身を包んだ若者達。しかもよくよく見ると誰一人として楽器を持っているわけではなく、誰かのファンなのか、単にファッションとしてきているだけなのか。
その彼等の後でひとりタバコを吸っている、線の細い、黒ぶち眼鏡をかけた神経質そうな青年がギターバッグを持っている。むしろこっちの方が楽器と縁がなさそうだったから、最初は気づかなかった。
借り物のイメージ。古くはステレオタイプといったか。誰かの作った当たり前を、軽くぶち壊してくれる町。どうやらここはそんな町らしく、それを当たり前として皆が暮らしている。
僕の住む町には絶対にないこの感性。そういえば、誰かがここを若者の町と呼んでいたっけ。僕はまだ二十三で、普通に若いつもりでいたけれど、ここでは通用しないのかもしれない。
でもそれは決して嫌なことではなく、そのことが僕の異邦人性を強調し、一層の心地よさを与えてくれる。
僕は自然と口元を緩めながら歩き出した。
今日の目的はライブを観ること。
お気に入りのマイナーアーティストがこの町で演るというので、わざわざ足を運んだのだ。
開場まではまだ時間があったが、それまでの間は町をうろついて時間を潰せばいい。
こういう時間の使い方が、僕の好みだった。
駅前から伸びる三本の道の内、ひとつは左へ伸びており、交通量の多くない静かな道路が見える。残る二つは駅に背を向け二股に分かれており、人の多さからみて、メインストリートであることが明らかだ。
ちなみに駅から出てすぐ右手を見ると三階建ての建物があって、一階に小物屋、二階にハンバーガーショップ。三階は美容室となっているようだ。
辺りを見回してもそれより高い建物はなく、見上げる空は広々としているのだが、そのサイズの建物が密集して立ち並んでいるので解放感はあまりない。
こじんまりとして雑多。
そういうところもここの良さ。
駅前には車の入れるスペースがなく、そういう意味では左の道路は免許を持つ人間には大事なのだろうが、免許もなければ、歩くことも好きな僕としては、とりあえず二股の道の右の通りを選んでいた。
やさしい下り坂とゆるやかに蛇行のある道。
人通りは割と多い。道が狭いからそう感じられるというだけでなく、実際に多い。黄昏刻から夜に入ろうかというこの時刻。色々な制約から解放された若者達で通りが賑わうは当然だろう。
その両脇に雑貨屋、洋服店、バーガーショップに居酒屋。他にも多種多様な、というか入り口から覗いた限りではなにを扱っているのかわからないような店がずらりと軒を構えていたが、いずれも入り口は狭く、そのことが一層雑多な雰囲気を協調していた。よくよく見れば店の奥は広がりがあるようにも見え、ディスプレイの仕方を変えればきっと解放感を醸し出すことが出来たであろうが、それはこの町のカラーではないのだ。皆がそういう取り決めをしているかのように、入り口付近にもこれでもかというくらいのものが並び、並べるもののない店でさえ、小さな黒板やらなにやらを出して、今日のお薦め品を書き込んでいる。
そしてそのことを窮屈に感じることもなく、多くの若者が出入りしている。
――ちょっと入ってみるか。
特に欲しいものも、興味を惹かれるものもなかったが、この町の色に触れてみたくなった。
僕は店頭にずらりとスニーカーが飾られた、名前のよくわからぬ店に入った。
通りが下り坂になっている為か、階段を二段下りて店内に入る。
内は外見ほど狭くはなかった。入り口の三倍ほどの横幅があり、奥に長い。
BGMの洋楽がやたらとうるさく、でも客はそんなことは意に介さずに、品数豊富なTシャツの中から自分の好みに合うものを選んでいる。
普通の一見さんなら思わず足を止めてしまう、意表をついた店内だったが、あちこちうろついている僕はこういうことにも慣れている。内心では一瞬怯みはしたものの、足を止めることなく店内を見て廻った。
おしゃれとはあまり縁のない生活を送ってきたせいで、ファッションのこととはよくわからない。店を埋め尽くすTシャツのなにが良くてなにが悪いのかも。なんとなく気になったものを軽く手にしてみても、やたらと派手な柄が前面に描かれていて、着るのが恥ずかしかったり、胸元になにかのエンブレムが小さく入っているだけの、あまりに地味すぎるものだったりして、やはり興味を惹かれない。それでいて、その無地のTシャツは八千円もするのだから恐ろしい。
こんなの誰が買うんだろう、とさりげなく店内を見回してみると、客のひとりはそれだけで見本市が開けるんじゃないだろうか、というほどのシルバーアクセサリーを身につけた青年で、その奥にはごく普通の大学生らしい青年がいた。若者の町にいるべくしているような二人だが、このシャツを買うお金はどこから出てくるのかが不思議だ。
軽い気持ちで入った店だが、あまりに場違いな雰囲気が強く、いたたまれなくなってすぐ出て来てしまった。知らない世界の空気を存分に味わえるチャンスだったかもしれないので、もったいないといえばもったいないのだが、こればかりは仕方ないだろう。
表に出て、先に進む。
目当てはないのだが、そろそろ食事にでもしようかと、辺りを見回す。
今日は休日で起きるのが遅かったから、自然朝食も遅かった。まっ、それは計算の内で、初めからこの町で遅い昼食を取ろうと考えていたのだ。
賑やかな通りだから食事をするところを探すのも楽だろう、と踏んでいたのだが、いままで通り過ぎた中にこれという店はなかった。というか、居酒屋の数はそれなりにあるのだが、ちゃんとした食事が食べれそうなところは一軒もなかったような気がする。まさかここまできて、チェーン展開しているようなバーガーショップで食べる気もしないし。
いささかの不安を抱きながら、足を進める。町の、というか他の建物のサイズにあわせたような小さなコンビニが見えてきたが、ここで弁当を買うというわけにもいくまい。
まるで田舎から出てきたばかりのように辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていたら、うっかりすれ違う青年とぶつかってしまった。
相手に目をやり、謝ろうかとしたけれど、相手はこっちに目もくれずに歩き去っていったからやめておいた。それだけ手にしていた携帯用ゲーム機に熱中していたということだろう。
僕の勝手なイメージで、この街に住む人は活気に溢れる人が多いと思っていた。古いかもしれないが、若者という言葉にはそういったイメージが付きまとっている気がした。
だがよくよく考えてみれば、ああいった青年もいるだろう。すぐそこにはゲームショップがあるし、いまの時代彼が特別ということはないはずだ。
そしてこの町はそういうのもあり、なのだろう。離れて行く彼の着ている服も全身から漂う雰囲気も、その横を彼女と腕組んで歩いている同い年ぐらいの青年と少しも変わらない。
どんな若者も受け入れる。あるいは若くなくても受け入れてくれる、そんな懐の広さも持っているのかもしれない。
――さて、懐の広さもいいがそろそろ店を見つけないと。
時計を見ると この町に来てもう三十分が過ぎていた。今日のライブでは派手に騒ぐつもりだから、食後すぐというのは避けたいところだ。
このままなにもなければ駅の方に戻り、居酒屋に入るしかないが、それもちょっと乗り気ではない。
少し焦り気味になってきたところで、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
カレーの匂いだ。
どこかの家が夕食の準備をしている、という感じではない。
この近くにカレーを出す店があるのだ。
しかもそのカレーは、匂いから察するに、僕がこれまで食べた中でも最上級に位置する味を持っていそうだ。
期待に胸を膨らませ、辺りを見回しながら先を急ぐ。
すると、ようやく食事ができる店の看板を目にすることが出来た。しかも、三つも。
ひとつはラーメン屋だった。最初からこういう町には当然あるだろうな、と当たりをつけてきたんだけど、思っていたより本格的な、なんとかというラーメンチャンピオンがプロデュースしている店らしい。
ラーメンチャンピオンという言葉がなんとなく胡散臭かったが、焦がしねぎをたっぷり乗せた自慢のしょうゆラーメンは確かに美味そうだ。
もう一軒はパスタ屋。創造性豊かな和風パスタを食べさせてくれるらしい。この町で何度も目にする小さなブラックボードに、今日のお薦めが明太スープパスタだとピンクのチョークで書かれている。
最後の一軒はのれんにカツと書かれた、やけにここだけが古風なオーラを出しているカツ屋さんだった。
どれも感じのいいお店で、普段であればどこに入ろうか迷うところだが、いまは違うことで悩んでいた。
――カレーライスを食べさせてくれるのはどのお店なんだろう。
見た限りでは、どこも出してなさそうに見える。三軒ともカレーとは縁がなさそうだ。
だが、確かにカレーの匂いは通りに漂っていて、このすぐ側にカレーを食べさせてくれるお店があることを証明している。
可能性が高そうなのはカツ屋だ。カツカレーなんていうのは、カレー屋だけの定番メニューではないはずだ。カツ専門店にあったとしてもおかしくはない。
パスタ屋とラーメン屋はまさかな、と思うものの、店構えからしてない、とは云い切れない。
ラーメンチャンピオンという言葉と、創造性豊かという言葉は侮れない。僕の想像力の斜め四十五度上を軽く跳び越えている可能性がある。
――どうする? どの店に入る。
通行人の邪魔にならないよう、道の端で一分近く悩んだ末、僕は安全策をとることにした。
のれんをくぐると、いらっしゃいませぇ、という可憐な声が迎えてくれた。バイトの女の子だろう。
店内はここも狭く、カウンター席が六つと四人がけの席が二つしかなかった。
この段階で、僕ははずれくじを引いたことに気づいた。
店内には揚げ物の匂いしかなかったのだ。
がっかりしたものの顔には出さず、カウンター席に腰を下ろし、一番人気だというカツ丼を注文した。
他に客がひとりしかいなかったせいか、元々仕事が早いのか、カツ丼は特に待たされることなく出てきた。
カウンターの中から渡されたそれは驚くほどの肉厚。たっぷりの肉汁。卵のからみ、汁のコク、たまねぎの甘さ、とどれをとっても一級品で、これで七百八十円は安すぎる、と唸ってしまうほどのものだった。
最初のがっかり感などどこ吹く風。僕は笑顔で勘定を済ませ、店を出た。
それでも、一歩外に出ればいまだ漂うカレーの匂いが気になるもの。結局この匂いはどこから来たのだろう、と懲りずにキョロキョロしてみる。
その僕の後ろを芳しい匂いが通り過ぎた。
慌てて目で追いかける。
離れていくその後姿は、頭にターバンを巻き、テレビでよく観るカレー屋の店員が着るような服を着ている。
――遂に見つけた!
思わず小躍りしそうになる僕の目の前で、彼は一軒の建物の中に入っていった。
階段を上がっていく彼の背中を見送った後、二階に窓に書かれた文字を見ると、そこには僕を困惑させる片仮名が書かれていた。
インターネットカフェ。確かにそこにはそう書かれている。
そしてその建物は二階建てで、他の店が入っている様子はない。
彼が休憩の為に立ち寄っただけ。
そうとも考えられたが、なんだかしっくり来ない。
正しい解を得るために、僕も階段を上がっていく。
狭く薄暗い階段の先には、おしゃれなカフェ風のドアが。
その脇にちょこんと小さなたて看板があり、お世辞にも綺麗とは云えない字で、本格カレーあります、と書かれていた。
どこかで見たような、漫画おじさんのキャラがブラボォーと絶叫している絵も貼ってある。
――ご丁寧に、こりゃ凄いね。
思わず笑みがこぼれた。
なんとなく、儲けだとか若者受けだとか、そういうのを狙ってカレーを出しているのではない気がした。
あくまで誰かの趣味か、たまたまカレーの得意なインド人が側にいただけだろう。
それだけでこういう店を出してしまう。
そのセンスがあまりに素晴らしく、見ていて愉快な気分になった。
ちょっと入っても良かったのだが、どうせならゆっくりと時間を過ごし、カレーも食べてみたい。
それだけの時間はさすがになかったので、諦めて階段を下りる。
――今度はこの店に入る為だけにこの町に来よう。
そんなことを考えながら。
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