だいすき

基本的に自分の好きなものについて綴っていきます。嫌いなものやどうでもいいこと、さらに小説なんかもたまに書きます。

16:00-18:00 後編

2008年04月24日 22時08分10秒 | オリジナル小説
 通りに出て時計を見ると、時刻はもうじき十七時になろうかというところ。たっぷり、というわけではないが、時間の余裕はあるようだ。
 駅に戻るのも手の一つだが、もう少し先に進んでみることにした。
 少し先に広い道路が横切っているのが見える。
 僕の頭にあるのはその道路のことではなく、いまいる通りに併走しているであろう、駅で二股に分かれていた隣の通りだ。
 きっとあの道路からそちらに移れるはず。見知らぬ土地を歩くことに慣れた僕の勘が、そう囁いている。
 広いといってもやはり交通量の少ない道路に出て、横を見ると少し先に確かにその通りはあった。
 駅から離れた分、賑やかさも店の数も減ってきているが、間違いではなさそうだ。
 今度はゆるやかな上り坂を、僕は歩きだした。
 坂を上るにつれ、人が増えていく。どこから現われたのか、不思議は程の多さだ。追い抜かれることもなかったはずだし、横道もない。静止しているわけではない彼等が、どこから来てどこに行くのか。気になるといえば気になるが、若者の動きなど得てしてそんなものかもしれない。僕だって風の向くまま気の向くままに旅することがあるのだ。人知れず通りに現われるなど、この町に棲息している彼等には容易いことだろう。
 隣の通りとなにかしら違う色があるか、と期待して歩み続けたが、特にそういうこともなく、それはそれでいいのだけどこれではすぐ駅についてしまうな、と心配しているところで、本屋を見つけた。
 大型書店などではなく、この町の空気に相応しい小さな町の本屋さん。
 僕は本が好きだ。
 旅のお供はいつだって文庫本と、それに携帯型音楽プレイヤーと決めている。
 出かけた先で見つけた本屋には必ず入る。
 僕が定めたちょっとしたルールのひとつ。
 この時も、僕は躊躇わずにルールに従った。
 店は二階建てで、入ってすぐ横に登り階段があった。
 二階は漫画に文庫本。一階に雑誌や新刊などといったところか。
 不思議なことだが、この配置の本屋をよく見かける。まるでこうしよう、と全国書店連盟でそう定めているかのように、日本全国あちこちで見かけることが出来る。
 誰の好みか知らないけれど、これはこれで見やすいからありがたい。
 客の入りは悪くはない。むしろ多いくらいだ。若者の活字離れが叫ばれる昨今ではめずらしいくらいだ。といっても、その大半が雑誌コーナーの前にいるんだから、安心するにはまだ早いのかもしれない。
 そんなことを考えらがら、一階を軽くぐるりと廻る。人の多い雑誌コーナーは避け、平積みされた新刊が目立つ本棚へ。だが、残念なことに真新しい発見はなかったので、そのまま二階へ。
 二階は打って変わってお寒い状況だった。
 制服を着た女子高生がひとりと、耳につけたイヤホンからけたましい音楽を垂れ流している青年。
 客はその二人だけ。
 先に僕が感じた安堵感を吹き飛ばしてくれる寂しい光景だが、レジに立つたった一人の店員はそんなこと気にする風もなく、黙々とコミックをビニールに詰める作業をしている。
 ――ふぅ、現実はこんなものか。
 誰に気づかれることもなく小さなため息を洩らし、僕は本棚を見て廻った。
 コミックの棚は普通。いや、どちらかといえば健闘しているほうか。メジャー出版社の物以外に、見慣れないカラーの背表紙が目立つ。
 端から順々にそれらを眺めていくと、気のせいか女子高生の動きがおかしい。
 僕は棚にしか視線を向けていなかったはずだが、緊張させてしまう不審な行動を取ってしまったのだろうか。それとも、彼女がよからぬことを考えているのか。
 ふとそんな考えがよぎったものの、こんな狭い店内でそんなことはありえないだろう。見るからに真面目そうな少女だ。
 努めて気にしないようにし、次は文庫本のコーナーへ。
 ここでそんな目新しい発見があるなんて期待してはいなかったけど、日が良かったのか、愛読しているシリーズの新刊が出ていた。
 早速手に取りレジに向う。
 こういうときふと思うのが、人間誰しも寂しがり屋なんだな、ということ。
 そのとき二階にいた三人が、たまたま同じタイミングでレジに並んだのだ。
 女子高生を先頭に、僕と青年が続く。
 少しタイミングをずらすだけで並ぶ必要などなくなるのだが、後の青年はそんなことする気もないようだった。そして僕もする気がなかった。何故なのかは、僕自身よくわかっていなかったが。
 前の少女はそんな僕らのことを、うぜぇ、なんて思っているだろうか。いや、それはないか。ひとを悪く云う少女には見えなかった。
 その彼女は、どうやらレジでもたついているようだった。
 財布から小銭を取り出すのに苦労しているらしい。
 ようやく小銭を取り出してレジに並べるも、十円足りません、と店員に無情なことを告げられている。
 少女はさらに財布の中を見ているようだったが、残念なことに、見てもお金は増えらなかった。
 じゃあ、いいです、と少女の消え入りそうな声を聞いた瞬間、僕は滅多にしない行動を取っていた。
 すでに手にしていた財布から、素早く小銭を取り出したのだ
 あくまで紳士的にいったつもりだったが、どうぞ、という僕の声は少し乱暴に聞こえたかもしれない。
 慣れない事で緊張していたからだ。
 少女は僕を振り返って、断ろうという素振りをみせたけれど、僕は笑顔でそれをさせなかった。
 なんというか、少し歩いただけどこの町に好印象を抱いていたのだ。まだ少しもこの町を理解したとはいえないけれど、それでももっとこの町にふれてみたいと思っていた。
 それでちょっと気分が良くなっていたから、普段はしないだろう善人めいたことをしたのだ。
 といってもたかが十円。たいして誇れるほどのことでもないし、少女に気を使わせるほどの金額でもない。
 僕は判断に困っている店員に、会計を促した。
 後が支えているのだ。モタモタしてもらっては困る。
 店員は無表情で業務を再開し、少女は礼を云って去って行った
 僕としてはささやかな善行に気をよくし、満たされた気分でいられるはずだったのだが、少し微妙な気分だった。
 少女がレジを済ませている間にちらった見えた、彼女の買った本。見慣れないサイズの、薄紫の背表紙がついた本。タイトルは『ハクセキレイと冥王星』。そこからではどんな内容か少しもわからないけれど、表紙に描かれた絵を見ればなんとなくどういう本かはわかる。
 レジを済ませ、僕もそのまま店を出ていいはずなのだが、どうしてもその本が気になった。
 彼女が立っていた本棚の前でその本を探してみると、印象的なタイトルのお陰ですぐに見つかった。そして、やっぱり思った通りの内容だった。
 俗に云うBL。
 男性同士が愛し合うという内容の本だ。
 僕は人の趣味に口を挟むような人間ではないから、彼女に対しなんら思うことはないけれど、彼女としてはどうだろう。
 僕が側によったときの態度からして、知られたくなかったんだろうな、と思う。たとえ見ず知らずの相手であっても、自分の趣味が知られたら恥ずかしいな、と思うタイプの女の子なのだろう。それなのに、僕はいい人気取りでお金をあげるなんてことをしてしまった。
 たぶん、相当に恥ずかしかっただろうな。
 良いことをしたつもりだったが、あだとなってしまってなければいいけれど。
 得られるはずの満足感を置き去りに、欲しかった新刊と少しばかりの罪悪感を手に店を出た。
 ライブの時間は近かったが、充実した時間を過ごす為に、気分直しが必要であることを僕は知っていた。
 それに適した場所はあるだろうか。
 まだ見ぬなにかを求め、さらに僕は徘徊を続けた。
 とはいえ、続くのは逸れることのない一本道。駅前に出るのももうじきだ。
 ――やれやれ、仕方ないか。
 半ば諦めかけた所で、賑やかな音楽が聞こえてきた。
 場所によっては所々にスピーカーを付け、通りに音楽や宣伝を流している商店街もある。
 ここはそういうことをしていないらしく、これまで聞こえたのは通りを行く人の喧騒ぐらいであったが、その静けさを打ち破る賑々しさだ。
 なにかと思い目を向けると、店頭に置かれたテレビで誰かのライブが流れていた。
 これも地域密着型のCDショップなのだろう。テレビの奥の壁には、様々なアーティストのポスターが貼ってある。
 店構えは悪くない。
 最近CDを買うことも少なくなってきている。
 今日のライブだって久し振りだ。
 ちょっとのぞいてみるのも、新しい発見があっていいかもしれない。
 入り口が狭く、店の奥が深い。
 この通りにあるほとんどの店の基本スタイルを、この店も踏襲している。
 店内はもっとごちゃごちゃしているかと思ったが、意外とすっきりしていた。どこになにがおいてあるのか、近寄らなくてもわかる、ということだ。
 入ってすぐは新譜のコーナー。売れているのから、この店の一押しまで飾られている。
 店の一押しがわかるのは、手製のポップがこれでもかというくらい貼られているからだ。ちらと読む限りでは、雑誌の記事を書き写しているのではなく、ちゃんと書き手本人の言葉として書かれている。
 こういうポップが僕は好きだった。店員の個性はやる気がじかに伝わってきて、知らないアーティストでも聞いてみようかという気にさせてくれる。
 なかでも一際目をひいたのが、店の中ぐらいの平台に飾られたテクノ音楽を集めたコーナー。
 その中のポップに、『わたしを信じてこれを聴け!』と書かれたものがあった。
 大上段から偉い自信で書かれたタイトルだったが、内容はそんなタイトルをつけるだけあって、熱意溢れる情熱的なものだった。
 テクノに縁のない僕でも、これは聴いてみようか、という気にさせるほどの。
 かなり惹かれはしたが、それでもテクノに踏み込む気はなく、他のコーナーも廻ってみる。すると、どこかしこにも、『わたしを信じてこれを聴け!』のポップがあることに気づいた。
 この店員はよほど音楽通なのだろう。そうでなければ、仕事がだいすきで毎日のようにCDを聴いているのかだ。
 なにせ演歌やアニメのCDにも、そのポップは貼ってあったのだから。
 ――ここまで勧められたら、なにか買わないわけにはいかないな。
 店員の熱意にほだされ、結局僕はCDを買うことに決めた。
 そのCDはテクノのCD。
 ファーストコンタクトというものを、僕は大事にする人間なのだ。
 会計を済ませるときに、気になる発見をした。
 ポップを書いた店員はTというらしいのだが、レジにいた女性の店員の胸に、高村と書かれたネームプレートがあったのだ。
 見ればまだ若く、僕と同い年ぐらいの女性だ。
 どこにでもいそうな感じに見えるが、あのポップを書いているのならば、只者ではないだろう。
 ほんの少し。
 ほんの少しだけのときめきを感じた。
 今日の僕は本当にどうかしている。
 特に社交的ということもないはずなのに、女性店員に話しかけたのだ。
 それはポップを褒めるという当たり障りのない会話。
 残念なことに彼女自身が書いたわけではないらしいが、それでもポップを褒められて嬉しそうだった。少しだけ誇らしげでもあった。
 彼女のそんな顔を見られただけで、僕の心は満たされていた。
 たまたまライブがあった。
 ただそれだけの理由で訪れた町。
 二時間ぐらいしか歩いていない町。
 それでも僕はこの町が好きになっていた。
 何度も繰り返し、また来ようという気になっていた。
 始めて付き合った彼女と始めて手を繋いだときに感じた温かさを再び胸に抱きながら、僕はライブハウスへと向った。
 楽しい夜はまだ始まったばかり。



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2 コメント

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Unknown (くりす)
2008-05-22 21:24:06
とっても面白かったです!
時間の流れがよく分かる、胸のほっこりする作品でした。
楽しい時間をありがとうございました。
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ありがとうございます! (kou)
2008-05-23 04:19:37
はじめまして、くりすさん。

なんかものすごい久し振りに他人からの感想が聞けて凄い嬉しいです。

ちょっと自信のない作品でしたが、楽しんでもらえたみたいで幸いです。

次はもっと面白い作品を書きますので、また読んでくださいね。

ではでは、感想本当にありがとうございました。
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