先に仕掛けたのは豹馬だった。両手を勢いよく広げたかと思うと、一瞬にして倉庫内に炎が燃え広がった。ただの炎ではない。豹馬の意志力により極限まで高められた炎は、人間など瞬きするより速く消し炭に変えてしまう。さらに閉された倉庫内の酸素も奪っていく。
小細工なし。どう足掻いても逃げられない、人目すら気にしない大胆な攻撃だ。
征十郎は身を焦がす炎に囲まれても、息を止めたまま微動にしなかった。じっと、念動障壁で身を固めたまま、精神を集中させる。
燃え盛る炎以外に動くものはなく、豹馬も薄ら笑いを浮かべたまま、静かに様子を見ている。
前触れは一切なかった。ただ、弾けたのみ。征十郎の練り上げた念動力が、音もなく、ただ弾けたのみ。
壁の窓ガラスが一斉に割れた。その音だけが倉庫に響く。炎は消えていた。現れた時以上の唐突さで。
倉庫内を襲った念動力の嵐は、その強さのあまりおもわず豹馬が目を瞑ってしまった一秒の間に治まった。
豹馬が目を離したのはそれだけだ。たったそれだけの空白で、征十郎の姿は消えていた。
辺りを見回してもどこにもいない。隠れる場所も無い。
征十郎が新たな能力を発現させ、その身を隠したか?
いや、違う。征十郎は隠れてなどいない。豹馬が知覚できないだけ。魍鬼となった豹馬が感じることさえ出来ない疾さで、征十郎は移動しているのだ。鍛え上げられた身体能力と、限界ギリギリまで練り上げた念動力を掛け合わせて、この超高速移動を可能にしていた。
豹馬が征十郎の存在を感じた時には全てが遅く、その背後で霊刀が無情な輝きを放っていた。
念動力と渾身の力を込めた必殺の一撃は、これまで何十という魍鬼を打ち倒してきた。そして遂に、師の仇である豹馬の胴を二つに斬り裂いた。
断末魔の悲鳴は上がらない。裂けた身体から血も流れない。征十郎はこれまでにそれを何度も体験してきた。自分の存在を過信する魍鬼はやられたことに気付かず、流れる血もないため、静かに塵に還っていくことが多い。その為、倒した確信を得ていた征十郎は疑問を抱くことなく受け入れ、あまつさえ心を緩めた。
そこを突かれた。
顔面を殴打する一撃はこれまで受けたことがないほど強力だった。征十郎の身体は倉庫の端まで吹き飛び、受身を取ることも出来ず壁に激突した。
「悪いな、征十郎。言い忘れていたが、俺が得た力は炎を操ることだけじゃないんだ。限りなく不死に近い生命力。これこそが最も強力な力だ」
その声には笑いが含まれている。宙に浮かんだ豹馬の下半身が急速に再生していく。再び元の身体に戻るのはあっという間だった。
「さぁ、続きをやろうか」
何事もなかったかのようにうずくまる征十郎に声を掛ける。
征十郎は身体を起こし立ち上がろうとするが、その姿はあまりに弱々しかった。受けたダメージが大きすぎるからではない。念動力の使い過ぎと酷使し続けた肉体の疲労が、征十郎から精悍さを奪っているのだ。
「どうした? 俺を討つんじゃなかったのか? 諦めて逃げ出すなら昔の好みで見逃してやってもいいぞ」
「ふざけるな」
呟いて走り出す。肉体を動かしているのは気合いのみだったが、一流の短距離走者並みの速度は出ていた。
豹馬にしてみれば、軽く捻っただけなのだろう。それだけで、爆炎が刀を持つ征十郎の右腕を弾き飛ばす。
もう、声を上げることも、のた打ち回ることも出来なかった。地面に倒れ、身体を激しく震わせながら、征十郎は激痛に耐えていた。
「無様だな。そんなになってまで清美を救いたいのか? 女なんて他にいくらでもいるだろうに」
「別に、女が欲しいわけじゃないさ。俺は清美が欲しいんだ」
荒い呼吸をなんとか整えながら話す言葉は、病人のうわ言のような熱が込められていた。
「ふっ、それが命を捨てる理由か」
「そうだ。俺は明日なんかいらない。清美のいない未来なんかなんの価値もない。全てを取り戻すために、ここで命を捨ててでも、お前を!」
ようやく立ち上がる。いつ終ってもおかしくないような状態で、ふらつきながら一歩一歩豹馬に近づいて行く。
「いいぜ、征十郎。その心意気に免じて、一発喰らってやるよ。さぁ、思いっきりこい」
両手を広げて豹馬からも近寄っていく。
征十郎に出来たのは、左の拳を握り、振り上げたところまでだった。そこで力尽き、前に倒れこむ。
豹馬がその身体を抱え込んだ。
「限界か? なら、俺の腕の中で死んでいくがいい。安心しろ、清美も後を追わせてやるから」
「この場面。必ずくると思っていたぞ」
弱っているはずなのに、何故か征十郎の声には逞しさがあった。
「お前の性格なら一思いに止めを刺さないだろう。自分の優位を味わうために、俺に優しくしてみせる。心弱いお前なら絶対すると確信していた」
「言うじゃねぇか。最後の足掻きか?」
「そうだ。これで最後だ」
衝撃が二人を貫く。弾かれた右手の掴む霊刀が宙を浮き、死角となる征十郎の背中越しに豹馬の左胸を突き刺したのだ。
「ば、馬鹿な……」
痛みより、驚愕で豹馬の顔が歪む。限界を遥かに超えた征十郎の念動力ゆえだ。
「ぐぅぅ、やってくれるな。だが、まだだ。魍鬼である俺に、心臓などあるはずがないだろう」
「だが、核はあるだろ。伝わってくるぞ。肌越しに、霊刀を伝って、お前の波動が」
豹馬は征十郎の狙いを正しく把握した。慌てて身体を離し、さらに炎で焼き尽くそうとした。
だが、遅かった。
これが本当の最後になるであろう征十郎の念動力はそれを許さず、一瞬にして豹馬の核を打ち砕いた。
静かに豹馬が塵へと還る。
全てが終った後、崩れるように征十郎は膝をついた。
震える左手を天に伸ばす。
「これで百八だ。さぁ、神よ。いるのなら早く」
掠れ声に応えるものはない。
「頼む。時間がないんだ。助けてくれ。どうか、清美を」
死闘が終った後の倉庫に外からの冷気が入り込んでくる。それは征十郎の身体を包み込むと、残された僅かな生命力を奪っていく。
上げた左手が落ちた。身体を支える力も失い、小さな音を立てて地面に倒れる。
瞼をゆっくりと閉じる征十郎が最後に見たのは、暗くて冷たい倉庫の床だった。
鐘の音が聞こえる。瞼を開くと最初は視界がぼんやりとして、薄暗いことしかわからなかった。次第にはっきり見えるようになってくると、見覚えのない天井が見えた。相変わらず薄暗いままだったが、灯りがついていないんだと、なんとなくわかった。
身体が重く、思うように動かない。それでもなんとか身体を起こし、辺りを見回した。飾り気のない個室の中だった。直感でここが病室だと悟った。だが、なぜ自分がいるかはわからない。
ベッドの端にナースコールのボタンがあるのが見えた。手を動かすのは億劫だったが、努力してボタンを押した。
少しして廊下を走る足音が聞こえた。乱暴にドアが開かれる。廊下から差し込む光が眩しい。入り口に立つ人影はすぐに部屋の灯りをつけた。
眩しいなんてものじゃない。光が痛いくらいだ。強く目を瞑り、顔を伏せる。
入り口の人物が息を呑む気配が伝わってきた。来た時と同じように、いや、それ以上の慌しさでその人物は部屋を飛び出していった。
「先生! 大変です。六〇七号室の患者さんが!!」
遠くで叫び声が聞こえた。
部屋の灯りには徐々に慣れてきたが、今度は頭が痛くなってきた。
六〇七号室の患者さん……。それはやはりあたしのことなのだろうか。あたしはなぜ入院したんだろう。
痛む頭でそんなことを考える。それから、急に大事なことを思い出した。
そうだ。征十郎は? 征十郎はどうしたんだろう。彼は、いまどこに。
一旦思い出すと、会いたくてたまらなくなってくる。
痛む頭を押さえながら目を開き、清美は征十郎の姿を探した。
しかし、先ほど見回した病室は灯りがついても何も変わらず、清美以外の人間は一人もいなかった。
すぐにやってきた人物も、中年の医師で、看護師を従えたままうるさく話し掛けてくる。
清美はうわの空でその話を聞いてた。頭の痛みは落ち着いてきたが、気持ちはちっとも落ち着かない。
会いたい。一刻も早く征十郎に会いたい。
強く思いながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。その時になって、外に雪が降っていることに気付いた。
ゆき……。もう、冬なんだ。そういえば、征十郎とイブの日にデートする約束してたっけ。
あれはいつの約束なのだろう。自分はどのくらいここにいるのだろう。急に色々と不安になってきた。
お願い。征十郎、会いに来て。
目を瞑って、雪の降る空に願う。
「あれ、眠り姫はお目覚めのようだね」
懐かしい声。愛おしい声が聞こえた。
清美は目を開けて、ゆっくりと入り口の方を向いた。
「目覚めのキスがしたかったのに、残念だよ」
求めていた笑顔がそこにあった。
「せいじゅうろう」
声が震えた。涙がこぼれた。
征十郎は笑顔を湛えたまま近づいてきて、ベッドに腰掛けた。
「征十郎、会いたかった」
「俺も。会いたかったよ、清美」
そばに医者も看護師もいたのだが、気にせず二人は抱きあった。
抱き合ってすぐ、清美は異変に気付いた。なにがどうとは説明できなかったが、以前と何かが違うと思った。
「征十郎、なにかあった?」
身体を離し、全身を見つめる。記憶にある征十郎との違いは見当たらない。
「別に、なにもないよ。ただちょっとだけ、信心深くなっただけさ」
そういって笑う。それから二人は再び抱き合った。
互いに交わすべき言葉は無数にあった。だが、いまこの時には必要ない。なにもいらない。ただ、相手の存在を確かめ合うことができればそれでいい。
清しこの夜。恋人達の未来に幸多からんことを。
小細工なし。どう足掻いても逃げられない、人目すら気にしない大胆な攻撃だ。
征十郎は身を焦がす炎に囲まれても、息を止めたまま微動にしなかった。じっと、念動障壁で身を固めたまま、精神を集中させる。
燃え盛る炎以外に動くものはなく、豹馬も薄ら笑いを浮かべたまま、静かに様子を見ている。
前触れは一切なかった。ただ、弾けたのみ。征十郎の練り上げた念動力が、音もなく、ただ弾けたのみ。
壁の窓ガラスが一斉に割れた。その音だけが倉庫に響く。炎は消えていた。現れた時以上の唐突さで。
倉庫内を襲った念動力の嵐は、その強さのあまりおもわず豹馬が目を瞑ってしまった一秒の間に治まった。
豹馬が目を離したのはそれだけだ。たったそれだけの空白で、征十郎の姿は消えていた。
辺りを見回してもどこにもいない。隠れる場所も無い。
征十郎が新たな能力を発現させ、その身を隠したか?
いや、違う。征十郎は隠れてなどいない。豹馬が知覚できないだけ。魍鬼となった豹馬が感じることさえ出来ない疾さで、征十郎は移動しているのだ。鍛え上げられた身体能力と、限界ギリギリまで練り上げた念動力を掛け合わせて、この超高速移動を可能にしていた。
豹馬が征十郎の存在を感じた時には全てが遅く、その背後で霊刀が無情な輝きを放っていた。
念動力と渾身の力を込めた必殺の一撃は、これまで何十という魍鬼を打ち倒してきた。そして遂に、師の仇である豹馬の胴を二つに斬り裂いた。
断末魔の悲鳴は上がらない。裂けた身体から血も流れない。征十郎はこれまでにそれを何度も体験してきた。自分の存在を過信する魍鬼はやられたことに気付かず、流れる血もないため、静かに塵に還っていくことが多い。その為、倒した確信を得ていた征十郎は疑問を抱くことなく受け入れ、あまつさえ心を緩めた。
そこを突かれた。
顔面を殴打する一撃はこれまで受けたことがないほど強力だった。征十郎の身体は倉庫の端まで吹き飛び、受身を取ることも出来ず壁に激突した。
「悪いな、征十郎。言い忘れていたが、俺が得た力は炎を操ることだけじゃないんだ。限りなく不死に近い生命力。これこそが最も強力な力だ」
その声には笑いが含まれている。宙に浮かんだ豹馬の下半身が急速に再生していく。再び元の身体に戻るのはあっという間だった。
「さぁ、続きをやろうか」
何事もなかったかのようにうずくまる征十郎に声を掛ける。
征十郎は身体を起こし立ち上がろうとするが、その姿はあまりに弱々しかった。受けたダメージが大きすぎるからではない。念動力の使い過ぎと酷使し続けた肉体の疲労が、征十郎から精悍さを奪っているのだ。
「どうした? 俺を討つんじゃなかったのか? 諦めて逃げ出すなら昔の好みで見逃してやってもいいぞ」
「ふざけるな」
呟いて走り出す。肉体を動かしているのは気合いのみだったが、一流の短距離走者並みの速度は出ていた。
豹馬にしてみれば、軽く捻っただけなのだろう。それだけで、爆炎が刀を持つ征十郎の右腕を弾き飛ばす。
もう、声を上げることも、のた打ち回ることも出来なかった。地面に倒れ、身体を激しく震わせながら、征十郎は激痛に耐えていた。
「無様だな。そんなになってまで清美を救いたいのか? 女なんて他にいくらでもいるだろうに」
「別に、女が欲しいわけじゃないさ。俺は清美が欲しいんだ」
荒い呼吸をなんとか整えながら話す言葉は、病人のうわ言のような熱が込められていた。
「ふっ、それが命を捨てる理由か」
「そうだ。俺は明日なんかいらない。清美のいない未来なんかなんの価値もない。全てを取り戻すために、ここで命を捨ててでも、お前を!」
ようやく立ち上がる。いつ終ってもおかしくないような状態で、ふらつきながら一歩一歩豹馬に近づいて行く。
「いいぜ、征十郎。その心意気に免じて、一発喰らってやるよ。さぁ、思いっきりこい」
両手を広げて豹馬からも近寄っていく。
征十郎に出来たのは、左の拳を握り、振り上げたところまでだった。そこで力尽き、前に倒れこむ。
豹馬がその身体を抱え込んだ。
「限界か? なら、俺の腕の中で死んでいくがいい。安心しろ、清美も後を追わせてやるから」
「この場面。必ずくると思っていたぞ」
弱っているはずなのに、何故か征十郎の声には逞しさがあった。
「お前の性格なら一思いに止めを刺さないだろう。自分の優位を味わうために、俺に優しくしてみせる。心弱いお前なら絶対すると確信していた」
「言うじゃねぇか。最後の足掻きか?」
「そうだ。これで最後だ」
衝撃が二人を貫く。弾かれた右手の掴む霊刀が宙を浮き、死角となる征十郎の背中越しに豹馬の左胸を突き刺したのだ。
「ば、馬鹿な……」
痛みより、驚愕で豹馬の顔が歪む。限界を遥かに超えた征十郎の念動力ゆえだ。
「ぐぅぅ、やってくれるな。だが、まだだ。魍鬼である俺に、心臓などあるはずがないだろう」
「だが、核はあるだろ。伝わってくるぞ。肌越しに、霊刀を伝って、お前の波動が」
豹馬は征十郎の狙いを正しく把握した。慌てて身体を離し、さらに炎で焼き尽くそうとした。
だが、遅かった。
これが本当の最後になるであろう征十郎の念動力はそれを許さず、一瞬にして豹馬の核を打ち砕いた。
静かに豹馬が塵へと還る。
全てが終った後、崩れるように征十郎は膝をついた。
震える左手を天に伸ばす。
「これで百八だ。さぁ、神よ。いるのなら早く」
掠れ声に応えるものはない。
「頼む。時間がないんだ。助けてくれ。どうか、清美を」
死闘が終った後の倉庫に外からの冷気が入り込んでくる。それは征十郎の身体を包み込むと、残された僅かな生命力を奪っていく。
上げた左手が落ちた。身体を支える力も失い、小さな音を立てて地面に倒れる。
瞼をゆっくりと閉じる征十郎が最後に見たのは、暗くて冷たい倉庫の床だった。
鐘の音が聞こえる。瞼を開くと最初は視界がぼんやりとして、薄暗いことしかわからなかった。次第にはっきり見えるようになってくると、見覚えのない天井が見えた。相変わらず薄暗いままだったが、灯りがついていないんだと、なんとなくわかった。
身体が重く、思うように動かない。それでもなんとか身体を起こし、辺りを見回した。飾り気のない個室の中だった。直感でここが病室だと悟った。だが、なぜ自分がいるかはわからない。
ベッドの端にナースコールのボタンがあるのが見えた。手を動かすのは億劫だったが、努力してボタンを押した。
少しして廊下を走る足音が聞こえた。乱暴にドアが開かれる。廊下から差し込む光が眩しい。入り口に立つ人影はすぐに部屋の灯りをつけた。
眩しいなんてものじゃない。光が痛いくらいだ。強く目を瞑り、顔を伏せる。
入り口の人物が息を呑む気配が伝わってきた。来た時と同じように、いや、それ以上の慌しさでその人物は部屋を飛び出していった。
「先生! 大変です。六〇七号室の患者さんが!!」
遠くで叫び声が聞こえた。
部屋の灯りには徐々に慣れてきたが、今度は頭が痛くなってきた。
六〇七号室の患者さん……。それはやはりあたしのことなのだろうか。あたしはなぜ入院したんだろう。
痛む頭でそんなことを考える。それから、急に大事なことを思い出した。
そうだ。征十郎は? 征十郎はどうしたんだろう。彼は、いまどこに。
一旦思い出すと、会いたくてたまらなくなってくる。
痛む頭を押さえながら目を開き、清美は征十郎の姿を探した。
しかし、先ほど見回した病室は灯りがついても何も変わらず、清美以外の人間は一人もいなかった。
すぐにやってきた人物も、中年の医師で、看護師を従えたままうるさく話し掛けてくる。
清美はうわの空でその話を聞いてた。頭の痛みは落ち着いてきたが、気持ちはちっとも落ち着かない。
会いたい。一刻も早く征十郎に会いたい。
強く思いながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。その時になって、外に雪が降っていることに気付いた。
ゆき……。もう、冬なんだ。そういえば、征十郎とイブの日にデートする約束してたっけ。
あれはいつの約束なのだろう。自分はどのくらいここにいるのだろう。急に色々と不安になってきた。
お願い。征十郎、会いに来て。
目を瞑って、雪の降る空に願う。
「あれ、眠り姫はお目覚めのようだね」
懐かしい声。愛おしい声が聞こえた。
清美は目を開けて、ゆっくりと入り口の方を向いた。
「目覚めのキスがしたかったのに、残念だよ」
求めていた笑顔がそこにあった。
「せいじゅうろう」
声が震えた。涙がこぼれた。
征十郎は笑顔を湛えたまま近づいてきて、ベッドに腰掛けた。
「征十郎、会いたかった」
「俺も。会いたかったよ、清美」
そばに医者も看護師もいたのだが、気にせず二人は抱きあった。
抱き合ってすぐ、清美は異変に気付いた。なにがどうとは説明できなかったが、以前と何かが違うと思った。
「征十郎、なにかあった?」
身体を離し、全身を見つめる。記憶にある征十郎との違いは見当たらない。
「別に、なにもないよ。ただちょっとだけ、信心深くなっただけさ」
そういって笑う。それから二人は再び抱き合った。
互いに交わすべき言葉は無数にあった。だが、いまこの時には必要ない。なにもいらない。ただ、相手の存在を確かめ合うことができればそれでいい。
清しこの夜。恋人達の未来に幸多からんことを。
巴々佐奈です。『聖夜に捧げる死闘』拝読しました。
熱い作品ですね。ここでの描写が『~駄文』や『早春拳』につながってゆくと思うと、なるほどなぁと思わされます。戦闘描写が既にこなれていて、クリスマス企画にこれを出しておられれば、少なくとも自分は高めの評点を差し上げたでしょう。みんな甘々のラブコメを投稿していた分、多少外していたほうが新鮮に映りますから。
欠点としましては、ご自身が言及しているとおりの戦闘中に延々と続く会話。それから、ラスオチのご都合主義の二つですね。前者は語りの中ではなく、エピソードとしての描写が欲しいところです。ワン・シーンの中で描写しきるのは少々詰め込みすぎの感がありました。ラスオチ。甘い結末というのが制約条件でしたので、これもまたいいかもしれませんが、主人公が助かる伏線がないのが若干気になりました。
会話が若干リズムを乱しているものの、戦闘描写は買いですね。それでは、また面白いお話読ませてくださいませ。
会話、多いですよね。もう、恥ずかしい限りです。ですが、この失敗のおかげで、今ではもう少しましな物語が書けるようになったので、あるいは必要な失敗だったのかもしれません。
ラストのご都合主義に関しては、やはりテーマが頭にあったからです。伏線や描写が極端に少ないのは、微かに匂わす程度のほうが、神の奇跡というやつを表現するに相応しいかな、と思ったからです。
感想どうもありがとうございました。会話と地の文のバランスが絶妙に取れた、僕の次回作をどうか期待して待っていてください。
「目覚めのキスがしたかったのに、残念だよ」
……ッあっまぁーーーーーい!!
kouさんのタラシな一面を垣間見た気分なたつみです。こんにちは。
「聖夜に捧げる死闘」拝読させていただきました。
個人的に化け物絡みはとっても好きなのですが、豹馬が結構好みだったので残念でした。
魅力的な敵だったと思います。価値観の相違で、彼らは道を違(たが)ってしまったのでしょうね。勧善懲悪になりきらず、かつ違和感のないラストだったので、非常に良かったと思います。
欠点と言うほどの欠点はありませんでしたが、あえて言うなら「クリスマス」であることの必要性をあまり感じませんでしたね。最初と最後にしか出てこなかったので、ややこじつけのように思われました。
戦闘描写はいつものことながら素晴らしいです。
それではまた。たつみでした。
いや、意識して書いた台詞ですが、こうして抜きだされてしまうと、恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがないです。
いや、ホントなに書いてるんだろ。
でもですね、これは企画モノとして書いたわけでして、けっして僕が普段からこのようなことを言っているとか、そういうことはないです。言いたいと思ったこともありません。
バラの花束は一度でいいから贈ってみたい、とかそういうことも思ったことないです。
ただ、僕から花束贈られてもいいな、と思う人は募集してます(ナニ?
赤面ついでにとんでもないことを言いつつ、感想どうもありがとうございました。