だいすき

基本的に自分の好きなものについて綴っていきます。嫌いなものやどうでもいいこと、さらに小説なんかもたまに書きます。

聖夜に捧げる死闘 (前編)

2006年06月22日 04時33分46秒 | オリジナル小説
 賛美歌が遠くで聞こえる。そういえば裏に教会があった。病室の中はやけに静かで、耳の良い征十郎はその澄んだ歌声を聴きながら、ベットの上の清美を見つめていた。
「遂に奴を見つけたよ。今夜、決着をつけてくる。イブの夜に野暮なことをと思うかもしれないけど、俺に言わせれば、こんな夜こそ決着をつけるのに相応しいと思うんだ」
 清美は応えない。三年前から変わらない姿勢で、横たわったまま。
「今夜も冷えるそうだから、風邪ひかないようにしろよ。って、ここは暖かいからその心配はないか。でも、清美は寒いの平気だったよな。俺は家でゴロゴロしてたかったのに、よく表に連れて行かれたもんな」
 過去を懐かしむ征十郎の口元に微笑が浮かぶ。
「そういえば、今度のイブにイルミネーションを見に行こうって約束してたっけ。今年も無理だけど、来年は必ず空けとくから。その時にはお洒落してきてくれよ」
 そっと額に口付けをする。それからベッドの脇に立て掛けておいた刀を手にして、
「じゃ、行って来るから」
 コートの裾を翻し、病室を後にした。



 近くの駅から随分と離れたところにある大きな倉庫。今は使われていないそこで、最近おかしな事が続くという。中に忍び込んだ子供が帰ってこないだとか、幽霊が出るとか。警察の捜査も入ったが、端からそんな話を信じていない為得られるものは何もなく、尾ひれのついた噂が今も流れるだけ、となっている。
 だが、この世には真実に精通している者がいる。その一人である征十郎は、表の灯りが微かに差し込むだけのがらんとした倉庫の中に、ひっそりと佇んでいた。
「いるんだろ? 出て来いよ」
 静かな声で話し掛ける。
 他に人の姿はない。征十郎に応えるものはいない。そう見えたが、灯りの届かない闇の中から応える声があった。
「久しぶりだな。相変わらず元気そうで嬉しいよ」
 姿を現したのは征十郎と同じ二十代半ばぐらいの、黒衣の男だった。長身である征十郎と同じくらいの背丈だが、がっしりとした体格の征十郎に比べ貧相な身体つきをしている。
「豹馬、お前は変わったな。前に比べ禍々しさが増したみたいだ」
「三年間、精進を重ねたからな。ところで、清美はどうしてる? 相変わらず寝たきりなのか?」
「ああ、お前に呪をかけられて以来、眠ったままさ」
 言いながら、手にしていた刀をゆっくり抜いた。
「悪いと思ってる。これが終ったら、確実に殺してやるから、それで許してくれ」
 豹馬も構えた。懐から取り出したアーミーナイフが鈍く光る。
「させない。お前はここで倒す」
 征十郎が前に出た。三条の閃光が煌きを放つ。まさに電光石火の三連撃だったが、豹馬は最小の動きでそれを躱し、流れるようにして反撃に転じる。
 刀を殺すように間合いを詰め、零距離からナイフを繰り出す。
 腹部めがけて迫る刃を、刀の柄を叩きつけることによって征十郎は辛うじて弾いた。
 豹馬は慌てない。ナイフを持っていない左の肘で征十郎の顎を狙う。
 この時点で、豹馬の猛攻が続くと征十郎は読んだ。肘を躱しつつ全身の力を抜き、攻めを諦め守りに徹する。
 案の定、豹馬の連撃が来た。身体中のあらゆる固い部位を使い、吹き荒れる嵐のような波状攻撃を仕掛けてくる。いずれも一打必倒。おまけにアーミーナイフの攻撃も巧みに織り交ぜてくる。
 征十郎は強風に煽られる柳の如きしなやかさでその全てを受け、あるいは捌ききった。そしてほんの僅かな隙をつき、後ろに退って間合いを広げた。
「やるじゃないか、征十郎。三年前までは体術じゃ俺の方が上だったのに」
「精進を重ねたのはお前だけじゃないってことさ」
「そうかよ。じゃあ、こんなのはどうだ?」
 そう言って懐から取り出したのは数本の投剣だった。無造作にそれを上に放る。
 と、同時に動いた。さきほど以上の速さで征十郎に襲い掛かる。
 迎え撃つ征十郎。今度は防戦一方にならず、自分からも仕掛けた。
 激しい攻防。互いに実力は伯仲していて長く続くかに見えたが、均衡は意外に早く崩れた。
 きっかけは豹馬の放った投剣であった。
 豹馬は攻防を続けながらも互いの立ち位置を把握していた。そして、互角の戦いを続けているように見せながら、巧みに征十郎を誘導していたのだ。
 頭上からの意外な伏兵に、やられこそしなかったものの征十郎はリズムを崩した。
 その機を逃さず、豹馬が攻める。
 なんとか逃げようと間合いを取る征十郎。豹馬は次々と投剣を取り出し、頭上からの攻撃と合わせて征十郎を撃つ。
 放たれた死を告げる刃は二十を超えた。だが、驚くべきはその全てを無傷のままやり過ごし、あまつさえ最後の一本は豹馬に向けて打ち返した征十郎の技量だろう。
「流石だ。だがな、これで終わりじゃないんだぜ」
 返された一本を難なく掴み、次に取り出したのはどこにしまっていたのかと思うほど大量の投剣だった。
「いい加減にしろ」
 豹馬が宙に放ったそれに向けて、征十郎が左の掌を突き出す。その途端、まるで突風が叩きつけたのか、大量の投剣は倉庫の奥へと弾き飛ばされた。
「遊びは終わりだ」
 征十郎の纏う気の質が変わった。より濃密で、より攻撃的なものへと。
 しかし、豹馬は変わらない。口元に余裕の微笑みを浮かべたまま。
「相変わらず念動力は健在ってわけか」
 そう、投剣を弾いたのは、征十郎の強靭な意志力が生み出した念動力だったのだ。
「闇に巣食う魍鬼を討つ戦士の中で最強の男。いよいよ本領発揮だな」
 確かに征十郎は最強と呼ばれていた。長時間の使用には耐えられないものの、その念動力はあらゆる魍鬼を打ち砕いたし、生み出す念動障壁は全ての攻撃を弾き返した。さらに持って生まれた身体能力の高さと修行により身につけた剣技は、与えられた霊刀の威力を如何なく発揮し、十五にして五匹の魍鬼を討つという偉業を成し遂げていた。
 だが、それは征十郎の求めている強さとは違っていた。欲しかったのは、愛する者の笑顔を守るだけの力。
「最強か……。お前の拘ってた言葉だな」
 豹馬も昔は征十郎と同じ戦士だった。呪を操り、殺傷能力ひとつ見れば征十郎の上をいっていた。豹馬は相手にかすり傷一つ負わせたらそこから呪をを送り込み、その命を断ち切ることが出来たのだ。二人は幼い頃に組織で知り合い、ずっと親友として共に歩んできた。三年前、二人の師にあたる清美の父を豹馬が殺すまでは。
「正確に言うと、最強になりたかったわけじゃない。俺は自由が欲しかったんだ」
 豹馬がアーミーナイフを投げ捨てた。戦意喪失、というわけではなさそうだ。笑顔に含まれた闇がさらに深まる。
「お前は何故か受け入れていたな。孤児の自分が組織に引き取られ、資質があるという理由だけで戦士の道を歩まされたことを。だがな、同じ境遇でありながら俺はそれがたまらなく我慢できなかった。ずっと焦がれていたのさ。普通ってやつに。組織に束縛されない自由というものに。強さを求め、手当り次第魍鬼を殺しまくったのはそれが理由さ。魍鬼がいなくなれば自由になれると思ったんだ」
「魍鬼はいなくならない。魍鬼は変質したもの達の成れの果てだからだ」
「そう。最初から魍鬼としてこの世に現れるものなど僅かしかいない。人の想いや欲望が器物、あるいは生物に悪い形で作用して、魍鬼となるのがほとんどだ。そして、魍鬼は必ず世界に害をなす。魍鬼は間違った存在だから」
「だから、俺達は魍鬼を討つ。この世界を守るために」
「しかし、それは本当に正しいことなのか? 本当に魍鬼は間違っているのか? 魍鬼を否定するのは、人の強い想いや欲望、延いては人間そのものを否定することになるんじゃないか? 俺が倒した魍鬼達はみな嬉しそうにしていたぞ。くだらない束縛から解放され、自由を謳歌しているようだった。あれこそが人としてのあるべき姿じゃないのか?」
「それが、師匠を殺した理由か?」
 奥歯を噛み締めながら、征十郎が問う。
「そうだ。邪魔なあの男を殺し、俺は自由を手に入れた」
 豹馬の身体が変質を始める。といっても外見はさほど変わらない。ただ、内側が人でないものになっていくのだ。中から溢れ出す強い瘴気を感じ、征十郎は身体を緊張させた。
「そして、自由を邪魔させない力も手に入れたんだ」
 右手を突き出す。轟音と共に突然炎が現れた。炎は四本の柱となり、征十郎を取り囲んだ。熱気が征十郎の肌を焼く。それだけではない。炎は渦を描くようにして包囲を狭めてきた。
 迫る炎に臆することなく征十郎は動いた。迅雷の疾さで炎の脇を駆け抜け、そのまま豹馬に突進する。
 その行く手を遮るように炎の壁が吹き上がった。征十郎は自身の周りに念動障壁を張り巡らせ、勢いを殺さず壁を突破した。そこに豹馬の姿がある。
 征十郎の持つ霊刀は《殲滅者》と呼ばれている。飛来した隕石を元に打たれたという刀身は鋼をバターのように切り裂き、込められた霊力は魍鬼の身体を構成する瘴気を浄化する。名に恥じぬ凄まじき威力を持ち、放たれた斬撃も苛烈であったが、豹馬は容易くそれを素手で受け止めた。
 二人の視線が交差する。征十郎は次撃を放とうと剣を引いた。その時、戦士として長年培ってきた勘が警報を鳴らした。退避行動は神速であった。
 一瞬遅れて征十郎のいた空間を灼熱の炎が包み込む。炎は球体と化し、続いて弾け飛んだ。征十郎は飛んできた炎弾を刀で打ち落とし、その向こうの豹馬を睨みつけた。
「どうよ。これが魍鬼として俺が身に付けた力だ。お前の念動力に負けない素晴らしい力だと思わないか?」
「例え地獄の炎であっても、俺を止めることは出来ない。豹馬、お前は師匠を殺し、清美までも殺そうとした。お前の自由を俺は許しはしない。清美を救うためにも、必ずここで討つ!」
 念動力を放つ。不可視のエネルギー塊が豹馬めがけて疾走する。
 直前で炎が炸裂した。豹馬が念動力を相殺したのだ。
 炎を抜けて豹馬が姿を現す。その動きが止まった。目指す征十郎の姿がなかったのだ。
 慌てて辺りを見回す豹馬。常人を凌駕する動きでその死角をつき、征十郎が仕掛ける。
 奇襲はギリギリで躱された。征十郎が常人を超えるならば、豹馬もまた、人を超越した存在なのだ。
 危機を逃れ、豹馬が笑みを浮かべる。その笑みを消そうと、征十郎が追撃を放つ。
 舞い踊る閃光。征十郎の攻撃は鋭く速く、そして華麗であった。かろうじて防ぎながら、後退る豹馬。
 これが人間同士の争いなら、一瞬にして決着がついていただろう。魍鬼相手であってもここまでもつれ込む事はそうあることではない。戦士としての資質と経験を持ったまま魍鬼となった豹馬は、他の魍鬼とは違う特別な存在なのだ。
 豹馬は押されながらも絶えず隙を伺い、あるかないかの乱れをつく。
 突き出された拳を征十郎はしっかりと防いだ。しかし、込められた力は予想を超えていた。踏み止まろうとしたものの、その一撃で後方へと離された。
「無駄だ、征十郎。お前の力では俺を倒せない。清美も救えない。師匠を殺したのを見られたあの時、とっさに清美も、と思ったのは俺の優しさだったんだ。お前がその念動力で俺の呪を取り除こうとしなければ、あのまま安らかに死ぬことが出来たんだ。お前の無駄な努力が、いまも彼女を苦しめている」
「違う。彼女を苦しめているのは、お前の身勝手な裏切りだ。確かに彼女は目を覚まさない。呪が歪んだ形で彼女を縛っているため、組織の手を借りても確実に救う手立ては見つかっていない」
「そうなってはもう駄目さ。たとえ俺を倒したとしても、彼女は救えない」
「いや、お前は忘れている。彼女を救う方法は一つだけ残されている。神降しの儀式だ」
 征十郎が間合いを詰める。振り下ろす刀は虚空を裂いた。豹馬は後ろに退りながら、牽制するように炎弾を放つ。怯むことなくそれを払う征十郎。
「神降し? あの百八殺しの伝説か? 馬鹿な、あんなのはただの作り話だ」
 そう言って豹馬が笑うのも無理はない。それは古くから伝わる御伽噺のような伝説。百八の魍鬼を倒した勇者の身に神が降りて奇跡を起こすという。当然、いままで神が実際に降りてきたという話はない。
「伝説なのは条件を達成した者がいなかっただけだ」
 組織に属する戦士の戦歴で、最も輝かしいもので最大討伐数は五十を僅かに超えるぐらいだ。魍鬼がこの世からいなくなったことがないとはいえ、常に世界中のあらゆる所で出現しているというわけではない。一人の戦士が生涯で遭遇する数が三十を超えるだけでも珍しいのだ。さらに、寿命の問題もある。死と隣り合わせである戦士の平均寿命は一般に比べ遥に短い。ほとんどが四十を前に亡くなるか、なんらかの事情で引退している。
 だから、一人の戦士が百八もの魍鬼と遭遇し、さらにそれを打ち倒すことなど普通ではありえないのだ。
「残された手立てが伝説にすがるしかないとわかってから、俺は世界中を飛び回った」
 話しながらも、征十郎は攻撃の手を緩めない。素早い動きで豹馬に迫っては鋭い斬撃を浴びせる。
 豹馬とてやられっぱなしではない。人であった頃に身につけた体術を活かし、躱すと共に蹴りを繰り出し、防いだ征十郎の身体を吹き飛ばした。
「本来であればそうしたところで、出会える魍鬼の数などたかが知れてただろう。だが、時代が俺に味方した。荒れているのは日本だけじゃない。世界中どこに行っても、人の歪んだ欲望は魍鬼を生み出し続けていた」
 いまや征十郎の語る言葉は駆け引きの一種となっていた。言葉で気を引き、隙を見出しては攻め込もうとしている。
「さらにお前の存在があった。お前があちこちで人を唆し、魍鬼を増やしていったおかげで、俺はこの三年間休むこともなく魍鬼を倒し続けることが出来た」
 征十郎は視界の端に、豹馬の捨てたアーミーナイフを捉えていた。気付かれないよう念動力でそれを掴み、豹馬のわき腹を狙う。
 あっさり止められた。研ぎ澄まされた刃を物ともせずに握り締める。
 それで良かった。征十郎としてもそんな攻撃でどうこう出来るとは思っていなかった。ただ、一瞬の隙間が欲しかったのだ。
 その一瞬で間合いを詰める。それでも、両足を刈るように薙いだ刀は躱された。
 跳び上がった豹馬を念動力が追尾する。不可視の攻撃をまるで見えているかのように、豹馬は爆炎で防いだ。
「そして倒したわけか。百以上の魍鬼を」
「そうだ。合わせて百七。お前で最後だ」
 距離を取った豹馬は、両手を征十郎に向けて突き出した。そこから炎の矢が次々と生じ、征十郎を襲う。
「愚かな奴。俺はそういうのが嫌だったんだ。世のため人のためなんかに命を懸けてたまるか。俺は俺の生きたい様に生きる。面白おかしくな。それを邪魔するなら古い馴染みでも殺す!」
 矢は全て直撃し、征十郎は劫火に包まれた。豹馬は笑いながら、それを見ている。
 やがて、風もないのに炎が大きく揺らぎ霧散した。そこに征十郎の変わらぬ姿があった。
 豹馬がより嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「戦士として育てられた俺は、戦う理由について考えたこともなかった。それ以外のことをしたいと思うこともなかった。だが、清美に会って全てが変わった。戦う理由、人生の喜び。清美が全て与えてくれた。俺は清美のためなら、この命を捨てても惜しくない!」
 咆哮と共に征十郎の闘志が膨れ上がる。
 この戦い自体に喜びを見出しているのか、笑いながら豹馬の瘴気も濃くなっていく。
 互いに相手を求め突進し、真っ向から衝突した。繰り広げられる戦いは技と力のせめぎ合いだけではない。強い想いと存在意義がぶつかり合う、魂の闘争だ。
 どちらも決定打を与えられぬまま、二人が離れた。考えることは同じ。一気に片をつけるための一撃を放つ。

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