スピーカーから流れる祭囃子が弥生を過去へと誘った。
「ほら~、もたもたすんなよ。たこ焼き売り切れちゃうだろ」
大好きだった男の子の声。思わず辺りを見回してしまう。いるはずがない。あれからもう、十年たつ。
幼馴染みだったあの子とは、もの心ついたときからいつも一緒だった。たこ焼きが大好物で、出店が出ているの見ると、少ないお小遣い全てを使ってたこ焼きを買っていた。いなくなったあの時もそうだった。そんなはずないのに、売り切れるから、と云って先に行ってしまった。前の日買って貰ったばかりのサンダルを履いていた弥生は、もたもたしていた為に置いていかれた。待って~、という声は届かなかった。悲しかったがいつものことだった。戻ってきたら文句を云って、それからはゆっくり歩いてもらおう。二人で金魚すくいをしよう。ヨーヨー釣りの方がいい、と云うかもしれないけどゆずらない。お祭りは始まったばかり。少年と一緒に、いっぱいいっぱい楽しもう。そう思った。まさか、そのまま消えてしまうとは思わなかった。
当然、大人たちは大騒ぎだった。弥生はその時の事をよく覚えていない。ただ、寂しかったのと悲しかったことだけを覚えている。
その後、小学校を卒業するまでは一人で夏祭りに行った。帰ってくるんじゃないか、ばったり会えるんじゃないかと思ったからだ。中学に入ってからは行かなくなった。現実を見るようになったのと、気持ちに踏ん切りをつけるためだ。
今年、弥生は高二になった。もう全ては過去のこと、と割り切っているつもりだった。甘かった。お祭り特有の喧騒。出店から漂うおいしそうな匂い。はしゃぎ回る子供たち。なんてことのない一つ一つが彼を連想させて、微かにイタイ。
「大丈夫?」
心配そうな声が現実に引き戻してくれた。今の弥生にとってかけがえのない友人である雅の顔が目の前にある。
「ちょっと、顔近すぎ」
いつも通りの声が出た。良かった。深すぎる傷ではないようだ。
「なによ、人が心配してあげてるのに」
雅の頬が膨らむ。
「ありがと、で、どこから行くの?」
「そうねぇ、とりあえず端から順に見て行きましょ」
雅はすぐ機嫌を取り戻した。言いだしっぺなのだからそうでなくては困る。おろしたての浴衣に身を包み、弥生の少し前を軽い足取りで歩いてゆく。首をひとつ振ってその後を追う。過去は気にしない。今を楽しむんだ。その為に自分はここにいる。
「あっ、ほら、かき氷、かき氷」
雅がはしゃぎながら走ってゆく。いいね。わたしはいちごにしようか。それともレモン。なんて思いながら後に続く。
直後、あれ、と思った。知ってる影が視界の端に。そちらを向いて動きが止まった。いや、違う。まるで世界の全てが静止したよう。
「久しぶり」
知らない青年だった。弥生より頭ひとつ高く、割とがっしりした体格をしている。優しそうに微笑む顔。大人びた声。初めてなのに何故か懐かしい。
「勇樹」
何年か振りに口にする、幼馴染みの名前。気にしないと、捉われたりしないんだと決めたばかりの過去が目の前に立っている。
「良かった、あまり変わってなくて。長いこと会ってなかったからわからないかと思ったけど、すぐわかったよ」
変わってないわけがない。髪は軽く色を抜いて腰の辺りまで伸ばしているのだし、身体つきも、着ている服だって、なにもかもが女っぽくなっているはずだ。でも、それは勇樹も同じだ。変わってないものなんて何もないのに、一目でわかった。
「あれ、ちょっと弥生。大丈夫?」
瞬き一つせず、呆けたように立つ弥生に不安を感じたのか、近づいて勇樹がその肩に手を掛ける。
「大丈夫に決まってるでしょ」
普通に応えられたのは、勇樹の体温を感じたからではなかった。懐かしかったからだ。名前を呼ばれたのが。そしてそれが当たり前の、皆が呼ぶのと同じ呼び方だったからだ。特殊な状況なのになんだか当たり前の日常にいる、そんな感覚に捉われて戻ってこれたのだ。
「てゆうか、大丈夫ってのはわたしの台詞でしょ。いったい今までどこ行ってたのよ? なんでいなくなったの? なんで今ここにいるのよ?」
「そんな一度に訊くなよ。時間が無いんだ。とりあえず一緒に来てくれ」
困ったように云いながら弥生の手を掴む。
「どこ行くのよ?」
「あっち、神社の方」
答えながらすでに歩き出してる。
「ちょっと~」
なにか云おうと思ったが言葉にならなかった。雅が気になったので出店の方を見たが、あと一人で自分の番らしく弥生を気にしてる様子は無い。というか側にいないというのに、まったくお構いなしという感じだ。薄情だが、らしいといえば確かにらしい。美点の一つであることは弥生も認めるところだ。薄情な所が、ではなく自分に素直という所がだ。
神社が近くなって来ている。もう反抗しても意味が無い。その気も無い。黙ってついてこうとしたら、気になる店が視界に入った。たこ焼き屋だ。三人並んでいる。
「ちょっと、いいの? たこ焼き屋さんよ」
「ああ。時間無いから」
そっけない口調だった。なんとなく寂しかった。当たり前の、時間の流れというものを唐突に弥生は感じた。
神社の前に来ても勇樹の足は止まらなかった。そのまま境内の裏へと向かう。
人気が離れた所で弥生は痺れを切らした。手を握り返し足を止める。
「ちょっと、どこまでいくつもりよ?」
「あと少し。そこに入り口があるから」
随分と寂しい所に来てしまった。祭りの灯りもたいして届かず、振り向いた勇樹の顔もよく見えない。
「入り口ってなんの?」
「向こう側の」
「向こう側? なにそれ? もっとわかるように云ってよ」
不安と苛立ちが少し声に混じる。
「だから、俺が今までいた所だよ。ここじゃない。別の場所。俺、呪いかけられててさ、解くのにお前の力が必要なんだ」
「なにそれ。よくわかんないよ。もっと詳しく話してよ」
「だから! 時間がないんだって! とにかく一緒に来てくれよ」
苛立ちを含みつつ、懇願するというよりは強制に近い。
「そんな、無理よ!」
訳がわからなかった。久しぶりの再会。懐かしむことも、喜ぶこともしてないのに、強引に話が進んでゆく。これは一体なんなのだろう。夢? 違う。夢だったらどんなに楽か。覚めればいいだけなのだもの。これは現実だ。性質の悪い、理解できない現実。
「ほら、頼むよ。こっち来てくれ」
手を掴んで強引に引っ張る。
「は~い、そこまで」
気の抜けた声だった。場にそぐわない。二人は声の方を向いた。
月灯りが絶好のスポットライトになっていた。そこに立つ、親しみやすい微笑みを浮かべている青年は、まるで異世界の住人であるかのようにみえた。実際にそうなのかもしれない。青年は勇樹と瓜二つであった。いや、手に半分以上減ったたこ焼きの入りのパックを持ち、口の周りに青海苔を付けたままの彼は、後ろに立つ勇樹以上に弥生の知る勇樹であった。
「勇樹?」
口にしたのは弥生だ。あまりのことに、自分の手を掴む力がさらに強くなったこともさほど気にならなかった。
「久しぶりだな、弥生。あれっ、ちょっと太ったか?」
「なわけないでしょ!」
勇樹だ。昔からああいう失礼な事を云う奴だった。それでよく泣かされた。間違いない。懐かしい幼馴染みだ。
「少し遅かったな。女はもう手に入れたぞ!」
片方で強く引かれ、もう片方の腕が弥生の首に回った。
何が起きたかは相変わらずわかっていない。ただ、背後から弥生を拘束している勇樹は、弥生の知る勇樹ではないようだ。
「ちょっと、放しなさいよ!」
逃れようとジタバタしてみるがうまくいかない。
「そうだ、放した方がいいぞ。その女、怒ると鬼より怖いぞ」
「それもない!!」
久しぶりだというのに、ほんと意地悪な奴。昔となにも変わってない。不意に涙がこみ上げてきた。堪えきれず頬を伝う。
「うそ! 泣いてんの? えっ、ごめん。えっ、えっ、ほんとに? なんで?」
動揺してるのは本物の方だ。
「バカ、しらない」
鼻声だった。みっともない。こんなところで、懐かしいから泣くだなんて。雅がいなくて良かった。見られたら絶対からかわれてる。
「しょうがねぇな。すぐ助けてやっから待ってろ」
呆れた口調だ。ほんとバカ。勘違いしている。別に怖いわけじゃないのに。でもいいや。涙がおさまってきた。弥生は少し愉快な気分になってくる。助けてくれるって。なんだか映画のヒロインみたい。
「随分と余裕だな? 弱点はこっちが握ってんだぜ!」
ニセ勇樹の口調はもはや完全に悪党のそれだった。
「弱点? 確かに。認めるぜ、弱点だって。でも、握ってるてのはどうかな?」
勇樹の眼が妖しく光る。たこ焼きに刺さっていた串を、頭上にかざす。
「ふざけてんのか? そんなのでどうするつもりだよ」
「別に、なにもしない。時間が無いからすぐ決めるけど、恨みっこ無しだぜ」
「だから! やれるもんな……」
ニセ勇樹の台詞は最後まで続かなかった。暗闇より飛来したなにかがその首を裂いたのだ。血飛沫は上がらなかった。断末魔の悲鳴も無く、弥生を束縛する力が緩んだかと思うと、そのまま地面に倒れた。
「出が遅くなったのにはこういった理由があったのさ。お前の足が止まる。あとはそこから動かさなければ、こっちの勝ちさ。俺は狙った的は外さない。これは、まっ、演出ってやつだね」
これとは、かざした串のことだろうか。なにかをしまいながら勇樹が近づいてくる。そのなにかを声を掛ける前にすでに放っていたということらしい。弥生にはよくわからなかったが、現状でわかる事がほとんどないのだからたいして気にはならない。それよりもだ。
「説明、してくれるんでしょうね?」
力を込めたつもりだったがうまくいかなかったようだ。
「なんだ、もう泣き止んじゃったのか。感激のあまり抱きつくってシーンは無しか。残念」
「勇樹!」
再チャレンジ。失敗。
「そんなカッカすんなよ。たこ焼き食べる?」
何も云わなかった。無言のプレッシャー。成功。
勇樹は残ったたこ焼きを慌てて平らげパックを放り投げる。
「ゴミ、捨てない」
拾いに行く。戻る足取りはゆっくりだった。
「説明って云われても難しいんだよね。さっきのはいわゆる化け物で、俺の姿と記憶を盗んでお前をさらいに来た。何故かはわかるよな?」
弥生が小さく頷く。その眼はまっすぐ勇樹の瞳をみつめている。
「今日起きたことの説明はそれだけさ。今日以前の話は長くなる。時間も無い」
「これからのことは」
少しの不安。打ち消す一言が欲しかった。
「先のことなんてわかるかよ。と云いたいが、もうお別れだってことはわかる」
やっぱり。
「なんで? どこ行くの?」
「さっきの奴が云ってただろ。ここじゃないとこさ。理由はこれも云ってたよな?」
「呪い?」
非現実的な響きだ。でも、今の場所には似合っているのかも。
「そう。これも詳しくは話してらんない。もうタイムリミットなんだ」
「たこ焼きなんか食べてるからでしょ」
勇樹はなんでもないことのように喋ってる。あわせてるつもりなのにうまくいってないことを弥生は自覚していた。再び、頬を涙が。
「そう云うなって。これが無いのが一番辛かったんだから」
目の前に、体温を感じ取れるくらい近くに勇樹がいる。でも、確かめることは出来ない。顔を上げることが出来ない。
「バカ。いつもそう、たこ焼き、たこ焼きってそればっか。わたし心配したのに。すごい、すごい心配したのに」
そっと抱きしめてくれる。ひろい胸。あたたかい。ちっとも嬉しくない。
「なによ、また行くんでしょ。早く行きなさいよ。これは夢なんだから。なにかの間違いなんだから。わたしの幼馴染みは十年前にいなくなったっきり、今も行方不明のままなんだわ。わたしは寂しくて、悲しくて、でも全てを吹っ切って生きるんだから。たまに思い出して懐かしむことはあっても、もう過去のことだから、もうすんじゃったことだから。わたしは、わたしは」
想いは言葉にならなかった。ただ泣き喚くことしか出来なかった。みっともないとは思ったが、どうでもいいことだった。
「戻ってくるよ。いつ、とは云えないけれど、必ず」
優しい言葉。肩を掴まれて距離が少し。
「だってそうだろ? たこ焼き二度と食えないなんて俺、やだもん」
彼らしい台詞。どこにでもあるような、そんな感じ。うん、そうだ。弥生は納得した。これは特別な事じゃないんだ。さっきから現実感が無くなったり戻ったり、よくわからなくなっていたけど、これは紛れも無い現実。勇樹は呪われていて、すぐいなくなっちゃうけどまた戻ってきてくれる。そして、たこ焼きを食べて、きっとまた遊んでくれる。昔と同じように。
「そうね、勇樹、たこ焼き好きだもんね。昔っから食いしん坊だった」
笑いながら涙を拭う。ようやく顔を上げることができる。勇樹の少し不貞腐れたような顔を見ることができる。
「なんだよ、それ。俺そんなんじゃなかっただろ」
「あなたは昔っからそうよ。そう、相変わらず。ありがと。わたしもう大丈夫」
その証拠に勇樹の優しさがわかる。昔と同じ様に接してくれて、おかげで自分を取り戻すことができた。胸ももう痛くない。
「よかった。涙の別れって苦手なんだ。なんかもう逢えないみたいで」
「平気よ。また戻って来るんでしょ。たこ焼き食べに」
「そう。あと弥生に逢うために」
そっと唇がふれる。取って付けたようだっけど、これが精一杯なんだってことはわかっていた。昔と何も変わってないのだから。
「ソースの味がする」
「カキ氷で口直しした後のほうが良かった?」
「そんな時間ないんでしょ?」
「そう。もうお別れ」
離れる時、少しの未練も勇樹は感じさせなかった。弥生も。
「じゃあ、もう行くから」
「うん、またね」
子供の頃はまた明日だった。少しは成長したということだろうか。去っていく背中は記憶よりも大きかった。
一度も振り返ることの無い背中を見えなくなった後もしばらく見送り、弥生も背中を向けた。今もにぎやかなままの祭りへと向かう。スピーカから祭囃子が流れてくる。
「ほら~、もたもたすんなよ。たこ焼き売り切れちゃうだろ」
大好きだった男の子の声。思わず辺りを見回してしまう。いるはずがない。あれからもう、十年たつ。
幼馴染みだったあの子とは、もの心ついたときからいつも一緒だった。たこ焼きが大好物で、出店が出ているの見ると、少ないお小遣い全てを使ってたこ焼きを買っていた。いなくなったあの時もそうだった。そんなはずないのに、売り切れるから、と云って先に行ってしまった。前の日買って貰ったばかりのサンダルを履いていた弥生は、もたもたしていた為に置いていかれた。待って~、という声は届かなかった。悲しかったがいつものことだった。戻ってきたら文句を云って、それからはゆっくり歩いてもらおう。二人で金魚すくいをしよう。ヨーヨー釣りの方がいい、と云うかもしれないけどゆずらない。お祭りは始まったばかり。少年と一緒に、いっぱいいっぱい楽しもう。そう思った。まさか、そのまま消えてしまうとは思わなかった。
当然、大人たちは大騒ぎだった。弥生はその時の事をよく覚えていない。ただ、寂しかったのと悲しかったことだけを覚えている。
その後、小学校を卒業するまでは一人で夏祭りに行った。帰ってくるんじゃないか、ばったり会えるんじゃないかと思ったからだ。中学に入ってからは行かなくなった。現実を見るようになったのと、気持ちに踏ん切りをつけるためだ。
今年、弥生は高二になった。もう全ては過去のこと、と割り切っているつもりだった。甘かった。お祭り特有の喧騒。出店から漂うおいしそうな匂い。はしゃぎ回る子供たち。なんてことのない一つ一つが彼を連想させて、微かにイタイ。
「大丈夫?」
心配そうな声が現実に引き戻してくれた。今の弥生にとってかけがえのない友人である雅の顔が目の前にある。
「ちょっと、顔近すぎ」
いつも通りの声が出た。良かった。深すぎる傷ではないようだ。
「なによ、人が心配してあげてるのに」
雅の頬が膨らむ。
「ありがと、で、どこから行くの?」
「そうねぇ、とりあえず端から順に見て行きましょ」
雅はすぐ機嫌を取り戻した。言いだしっぺなのだからそうでなくては困る。おろしたての浴衣に身を包み、弥生の少し前を軽い足取りで歩いてゆく。首をひとつ振ってその後を追う。過去は気にしない。今を楽しむんだ。その為に自分はここにいる。
「あっ、ほら、かき氷、かき氷」
雅がはしゃぎながら走ってゆく。いいね。わたしはいちごにしようか。それともレモン。なんて思いながら後に続く。
直後、あれ、と思った。知ってる影が視界の端に。そちらを向いて動きが止まった。いや、違う。まるで世界の全てが静止したよう。
「久しぶり」
知らない青年だった。弥生より頭ひとつ高く、割とがっしりした体格をしている。優しそうに微笑む顔。大人びた声。初めてなのに何故か懐かしい。
「勇樹」
何年か振りに口にする、幼馴染みの名前。気にしないと、捉われたりしないんだと決めたばかりの過去が目の前に立っている。
「良かった、あまり変わってなくて。長いこと会ってなかったからわからないかと思ったけど、すぐわかったよ」
変わってないわけがない。髪は軽く色を抜いて腰の辺りまで伸ばしているのだし、身体つきも、着ている服だって、なにもかもが女っぽくなっているはずだ。でも、それは勇樹も同じだ。変わってないものなんて何もないのに、一目でわかった。
「あれ、ちょっと弥生。大丈夫?」
瞬き一つせず、呆けたように立つ弥生に不安を感じたのか、近づいて勇樹がその肩に手を掛ける。
「大丈夫に決まってるでしょ」
普通に応えられたのは、勇樹の体温を感じたからではなかった。懐かしかったからだ。名前を呼ばれたのが。そしてそれが当たり前の、皆が呼ぶのと同じ呼び方だったからだ。特殊な状況なのになんだか当たり前の日常にいる、そんな感覚に捉われて戻ってこれたのだ。
「てゆうか、大丈夫ってのはわたしの台詞でしょ。いったい今までどこ行ってたのよ? なんでいなくなったの? なんで今ここにいるのよ?」
「そんな一度に訊くなよ。時間が無いんだ。とりあえず一緒に来てくれ」
困ったように云いながら弥生の手を掴む。
「どこ行くのよ?」
「あっち、神社の方」
答えながらすでに歩き出してる。
「ちょっと~」
なにか云おうと思ったが言葉にならなかった。雅が気になったので出店の方を見たが、あと一人で自分の番らしく弥生を気にしてる様子は無い。というか側にいないというのに、まったくお構いなしという感じだ。薄情だが、らしいといえば確かにらしい。美点の一つであることは弥生も認めるところだ。薄情な所が、ではなく自分に素直という所がだ。
神社が近くなって来ている。もう反抗しても意味が無い。その気も無い。黙ってついてこうとしたら、気になる店が視界に入った。たこ焼き屋だ。三人並んでいる。
「ちょっと、いいの? たこ焼き屋さんよ」
「ああ。時間無いから」
そっけない口調だった。なんとなく寂しかった。当たり前の、時間の流れというものを唐突に弥生は感じた。
神社の前に来ても勇樹の足は止まらなかった。そのまま境内の裏へと向かう。
人気が離れた所で弥生は痺れを切らした。手を握り返し足を止める。
「ちょっと、どこまでいくつもりよ?」
「あと少し。そこに入り口があるから」
随分と寂しい所に来てしまった。祭りの灯りもたいして届かず、振り向いた勇樹の顔もよく見えない。
「入り口ってなんの?」
「向こう側の」
「向こう側? なにそれ? もっとわかるように云ってよ」
不安と苛立ちが少し声に混じる。
「だから、俺が今までいた所だよ。ここじゃない。別の場所。俺、呪いかけられててさ、解くのにお前の力が必要なんだ」
「なにそれ。よくわかんないよ。もっと詳しく話してよ」
「だから! 時間がないんだって! とにかく一緒に来てくれよ」
苛立ちを含みつつ、懇願するというよりは強制に近い。
「そんな、無理よ!」
訳がわからなかった。久しぶりの再会。懐かしむことも、喜ぶこともしてないのに、強引に話が進んでゆく。これは一体なんなのだろう。夢? 違う。夢だったらどんなに楽か。覚めればいいだけなのだもの。これは現実だ。性質の悪い、理解できない現実。
「ほら、頼むよ。こっち来てくれ」
手を掴んで強引に引っ張る。
「は~い、そこまで」
気の抜けた声だった。場にそぐわない。二人は声の方を向いた。
月灯りが絶好のスポットライトになっていた。そこに立つ、親しみやすい微笑みを浮かべている青年は、まるで異世界の住人であるかのようにみえた。実際にそうなのかもしれない。青年は勇樹と瓜二つであった。いや、手に半分以上減ったたこ焼きの入りのパックを持ち、口の周りに青海苔を付けたままの彼は、後ろに立つ勇樹以上に弥生の知る勇樹であった。
「勇樹?」
口にしたのは弥生だ。あまりのことに、自分の手を掴む力がさらに強くなったこともさほど気にならなかった。
「久しぶりだな、弥生。あれっ、ちょっと太ったか?」
「なわけないでしょ!」
勇樹だ。昔からああいう失礼な事を云う奴だった。それでよく泣かされた。間違いない。懐かしい幼馴染みだ。
「少し遅かったな。女はもう手に入れたぞ!」
片方で強く引かれ、もう片方の腕が弥生の首に回った。
何が起きたかは相変わらずわかっていない。ただ、背後から弥生を拘束している勇樹は、弥生の知る勇樹ではないようだ。
「ちょっと、放しなさいよ!」
逃れようとジタバタしてみるがうまくいかない。
「そうだ、放した方がいいぞ。その女、怒ると鬼より怖いぞ」
「それもない!!」
久しぶりだというのに、ほんと意地悪な奴。昔となにも変わってない。不意に涙がこみ上げてきた。堪えきれず頬を伝う。
「うそ! 泣いてんの? えっ、ごめん。えっ、えっ、ほんとに? なんで?」
動揺してるのは本物の方だ。
「バカ、しらない」
鼻声だった。みっともない。こんなところで、懐かしいから泣くだなんて。雅がいなくて良かった。見られたら絶対からかわれてる。
「しょうがねぇな。すぐ助けてやっから待ってろ」
呆れた口調だ。ほんとバカ。勘違いしている。別に怖いわけじゃないのに。でもいいや。涙がおさまってきた。弥生は少し愉快な気分になってくる。助けてくれるって。なんだか映画のヒロインみたい。
「随分と余裕だな? 弱点はこっちが握ってんだぜ!」
ニセ勇樹の口調はもはや完全に悪党のそれだった。
「弱点? 確かに。認めるぜ、弱点だって。でも、握ってるてのはどうかな?」
勇樹の眼が妖しく光る。たこ焼きに刺さっていた串を、頭上にかざす。
「ふざけてんのか? そんなのでどうするつもりだよ」
「別に、なにもしない。時間が無いからすぐ決めるけど、恨みっこ無しだぜ」
「だから! やれるもんな……」
ニセ勇樹の台詞は最後まで続かなかった。暗闇より飛来したなにかがその首を裂いたのだ。血飛沫は上がらなかった。断末魔の悲鳴も無く、弥生を束縛する力が緩んだかと思うと、そのまま地面に倒れた。
「出が遅くなったのにはこういった理由があったのさ。お前の足が止まる。あとはそこから動かさなければ、こっちの勝ちさ。俺は狙った的は外さない。これは、まっ、演出ってやつだね」
これとは、かざした串のことだろうか。なにかをしまいながら勇樹が近づいてくる。そのなにかを声を掛ける前にすでに放っていたということらしい。弥生にはよくわからなかったが、現状でわかる事がほとんどないのだからたいして気にはならない。それよりもだ。
「説明、してくれるんでしょうね?」
力を込めたつもりだったがうまくいかなかったようだ。
「なんだ、もう泣き止んじゃったのか。感激のあまり抱きつくってシーンは無しか。残念」
「勇樹!」
再チャレンジ。失敗。
「そんなカッカすんなよ。たこ焼き食べる?」
何も云わなかった。無言のプレッシャー。成功。
勇樹は残ったたこ焼きを慌てて平らげパックを放り投げる。
「ゴミ、捨てない」
拾いに行く。戻る足取りはゆっくりだった。
「説明って云われても難しいんだよね。さっきのはいわゆる化け物で、俺の姿と記憶を盗んでお前をさらいに来た。何故かはわかるよな?」
弥生が小さく頷く。その眼はまっすぐ勇樹の瞳をみつめている。
「今日起きたことの説明はそれだけさ。今日以前の話は長くなる。時間も無い」
「これからのことは」
少しの不安。打ち消す一言が欲しかった。
「先のことなんてわかるかよ。と云いたいが、もうお別れだってことはわかる」
やっぱり。
「なんで? どこ行くの?」
「さっきの奴が云ってただろ。ここじゃないとこさ。理由はこれも云ってたよな?」
「呪い?」
非現実的な響きだ。でも、今の場所には似合っているのかも。
「そう。これも詳しくは話してらんない。もうタイムリミットなんだ」
「たこ焼きなんか食べてるからでしょ」
勇樹はなんでもないことのように喋ってる。あわせてるつもりなのにうまくいってないことを弥生は自覚していた。再び、頬を涙が。
「そう云うなって。これが無いのが一番辛かったんだから」
目の前に、体温を感じ取れるくらい近くに勇樹がいる。でも、確かめることは出来ない。顔を上げることが出来ない。
「バカ。いつもそう、たこ焼き、たこ焼きってそればっか。わたし心配したのに。すごい、すごい心配したのに」
そっと抱きしめてくれる。ひろい胸。あたたかい。ちっとも嬉しくない。
「なによ、また行くんでしょ。早く行きなさいよ。これは夢なんだから。なにかの間違いなんだから。わたしの幼馴染みは十年前にいなくなったっきり、今も行方不明のままなんだわ。わたしは寂しくて、悲しくて、でも全てを吹っ切って生きるんだから。たまに思い出して懐かしむことはあっても、もう過去のことだから、もうすんじゃったことだから。わたしは、わたしは」
想いは言葉にならなかった。ただ泣き喚くことしか出来なかった。みっともないとは思ったが、どうでもいいことだった。
「戻ってくるよ。いつ、とは云えないけれど、必ず」
優しい言葉。肩を掴まれて距離が少し。
「だってそうだろ? たこ焼き二度と食えないなんて俺、やだもん」
彼らしい台詞。どこにでもあるような、そんな感じ。うん、そうだ。弥生は納得した。これは特別な事じゃないんだ。さっきから現実感が無くなったり戻ったり、よくわからなくなっていたけど、これは紛れも無い現実。勇樹は呪われていて、すぐいなくなっちゃうけどまた戻ってきてくれる。そして、たこ焼きを食べて、きっとまた遊んでくれる。昔と同じように。
「そうね、勇樹、たこ焼き好きだもんね。昔っから食いしん坊だった」
笑いながら涙を拭う。ようやく顔を上げることができる。勇樹の少し不貞腐れたような顔を見ることができる。
「なんだよ、それ。俺そんなんじゃなかっただろ」
「あなたは昔っからそうよ。そう、相変わらず。ありがと。わたしもう大丈夫」
その証拠に勇樹の優しさがわかる。昔と同じ様に接してくれて、おかげで自分を取り戻すことができた。胸ももう痛くない。
「よかった。涙の別れって苦手なんだ。なんかもう逢えないみたいで」
「平気よ。また戻って来るんでしょ。たこ焼き食べに」
「そう。あと弥生に逢うために」
そっと唇がふれる。取って付けたようだっけど、これが精一杯なんだってことはわかっていた。昔と何も変わってないのだから。
「ソースの味がする」
「カキ氷で口直しした後のほうが良かった?」
「そんな時間ないんでしょ?」
「そう。もうお別れ」
離れる時、少しの未練も勇樹は感じさせなかった。弥生も。
「じゃあ、もう行くから」
「うん、またね」
子供の頃はまた明日だった。少しは成長したということだろうか。去っていく背中は記憶よりも大きかった。
一度も振り返ることの無い背中を見えなくなった後もしばらく見送り、弥生も背中を向けた。今もにぎやかなままの祭りへと向かう。スピーカから祭囃子が流れてくる。
キレイなスキンですね。
ワインレッドカラーが、私のディスプレイに大変映えて美しいです。
更新頑張ってくださいね。
私も一時期HPに組み込んだことがあるのですが、更新できずに十日でダウンしました(汗)。
リンクはフリーでしたでしょうか?
もうリンクしちゃいましたが、もしダメなようでしたらご連絡ください。
そして またゆく、拝読しました。
ミステリアスな雰囲気と恋愛が融合された、不思議な感覚の作品ですね。
誘拐などの事件ではないようですし、神隠し?
勇樹はどういう世界で大きくなったのか、大変興味をひかれます。
タコヤキ好きというキャラ付けが、全体を通して活かされており、ウマイ、と思いました。
これからもよろしくお願いします。
それでは~。
読ませていただきました。やはりラジオドラマにしてみたいと強く思いました。祭囃子で最初と最後をしめているので、構成もラジオドラマにそのままいけそうですね。一度自分たちでラジオドラマ化してしまうと言うのはどうでしょう? 声優さん志望を募り、お祭りの効果音などはCDで売っていますし、今はパソコンがMTRとして使えるので^^
では~。
お見舞い(!?)に来るの遅れてごっめ~(完全なるギャル口調)。
そしてブログ開設おめでと~。
kouさん(姑に愚痴を言われながらも必死で戦う二十一歳の健気な美青年)もっとはやく教えてくれたらすぐ駆けつけましたのに。
自己紹介、
>はじめましてkouといいます。ブログ初心者ですがよろしくお願いします。
……こんな普通なことが書かれていますけど、こういうときは、
「青春してるぜ俺のラブ&ポップ。迎えろ怒涛のクライマックス! 羽ばたけ無限のインフェニティ! な感じの美少年Aのkouっス。夜露死苦。」
って書かなきゃだめでしょ~(笑)。
ということでこれをコピペして自己紹介欄に貼り付けましょう。約束だぜっ!(かなりズルイ言葉)
リンク貼りたいんですけど、よろしいでしょうか?(びくびく)
更新するのはとても大変だと思いますけど(←体験済み)頑張ってください。
でわでわ、これからもよろしこ(古っ!)。
いやぁ、コメントが入るとやっぱ嬉しいです。ブログも映えますし、ようやくブログが動き出したって感じです。
更新の方はあまり無理せず、軽い気持ちでやっていくつもりです。それでも、こうしてコメントをくれる方がいる限りは、続けていきたいと思っています。
リンクはもちろんフリーです。こちらから是非とお願いしたいくらいです。今から貼りますので、みなさんもお願いします。(相互リンク。実は密かに憧れていた言葉です)
では、また遊びに来てください。
では、辛口にと言われたので厳しめの批評をさせていただきます。
全体を通して、連続する言葉が多かった気がしますね。一部を抜き出しただけですが、「懐かしむことも、喜ぶことも」「性質の悪い、理解できない」のような表現が多かったです。
この書き方は自分も好きなのでよく使いますが、今回はあまりにも頻繁だったため、「あ、まただ」と感じるまでになってしまいました。
同じような表現が続くと読者は多かれ少なかれ不快感を持つので、気をつけたほうがいいかと思います。
それと、これは連載作品なのでしょうか?
あまりにも多くの謎が残ってしまったため、単品でこれという評価を出すことが出来ません。
勇樹の能力とは? 呪いとは? なぜ「時間がない」のか? なぜ「帰ってこれない」のか? なぜ勇樹が呪いにかかってしまったのか? ……etc……。すべてとは言いませんが、単品で読める程度に疑問を解消しておいたほうがいいと思います。
それから、これは重箱の隅をつつくような(しかも主観の)批評ですが、
>>ただ、寂しかったのと悲しかったことだけを覚えている。
どちらかに統一したほうがすっきり読める気がします。
「寂しかったのと悲しかったのだけを……」か、「寂しかったことと悲しかったことだけを……」ですね。
>>中学に入ってからは行かなくなった。現実を見るようになったのと、気持ちに踏ん切りをつけるためだ。
中学に入ってからは、お祭り自体に行かなくなったんでしょうか? それとも、一人では行かなくなったんでしょうか? どちらともとれるので、混乱してしまいました。
という二点が気になりました。
なにかの参考になりましたら、幸いです。
全体的にどことなく女性的な文章だな、と思いました。男性のラノベ作家さんにはあまりない、繊細な地の文章だったと思います。
印象深い比喩を増やすなど改良の余地はあると思いますが、魅力的な文章でした。
どうぞこの優しい雰囲気は失わないようにしてください。
それでは、未熟者はこれにて退散します!
的外れなことを言ってしまっていたらごめんなさい;;
この作品はライトノベル作法研究所に、夏休み企画として去年投稿したのですが、その時頂いた言葉とは違う新たな言葉が聞けて嬉しいです。
たこ焼き好きの設定、実は作者の好物を取り入れただけで、うまく物語に彩りをくわえられたみたいで嬉しいです。
連続する言葉、これも自分の好みです。いまだ多用することが多く、直さなければいけない欠点の一つです。
この物語は、わからないことに遭遇した女の子を描いた作品なので、謎は謎のまま処理するつもりでした。ただ、それは良くないという意見がほとんどだったので、今後はもっと工夫していきたいです。
>>ただ、寂しかったのと悲しかったことだけを覚えている。
これは音の響きが好きだったのであえて統一しないようにしました。
次に受けた指摘に関しては、まったく気付きませんでした。
主観による重箱の隅を突く指摘。大変ありがたいです。自分の書いたものを他人がどう読んで、どう感じたのか。作者として最も知りたいことの一つです。
印象深い比喩や巧みな情景描写など、まだまだ身に付けなければならないことはたくさんあります。亀の如き歩みかもしれませんが、確実に前進していきますので、これからもお付き合い下さい。
よろしくお願いします。