だいすき

基本的に自分の好きなものについて綴っていきます。嫌いなものやどうでもいいこと、さらに小説なんかもたまに書きます。

花を愛する人

2006年04月08日 00時56分33秒 | オリジナル小説
「私はね、花屋になるのが夢なの。大好きな花に囲まれて仕事が出来るなんて、素敵だと思わない?」
 そういって彼女は微笑んだ。
 俺は花なんて興味なかったし、将来のことについて考えたこともなかったから、
「そう、なれるといいね」
 と軽く流した。
「うん、なれるといいいな」
 その時にはもう、友達へのメールを打つのに気を取られていたので、彼女がどんな顔していたかはわからない。
 俺は確かに彼女を愛していたはずだった。けれど彼女の好みも、彼女の想いも、なにひとつわかってはいなかった。別れて半年経ついま、たまに考えてはみるものの、相変わらずわからないままだ。



 退屈な授業から開放され、みなが自由を謳歌しようと賑わいをみせる放課後の教室で、俺は一人帰り仕度をしていた。漫画や借りたゲームなんかを鞄に入れ、立ち上がったところで親友の勇介が話し掛けてきた。
「で、どうすんの? 行くの?」
 性格と同じで軽い口調。
「行くってどこに?」
「どこって、昼に話しただろ。ファミレスでかわいい娘がバイトしてるって」
「パス。そういうの興味ないから」
 鞄を手に教室の外へ向かう。
「おい、待てって。なんだよ、せっかくお前のために探してきてやったっていうのによ」
「自分の為だろ。お前、フラフラすんのもいい加減にしとけよ。麻美が可哀相だろ」
「いいの、俺と麻美は深く愛し合ってるから。お前等とは違って、こんなことで別れたりしないの」
「俺の事は関係ないだろ」
「お、なんだよ」
 勇介が意外そうな顔をした。
「まだ、引きずってんのかよ。もう半年だろ。いい加減忘れろよ」
「別に引きずってなんかねぇよ」
 本心だった。彼女のことなんかたまに思い出す程度だ。
 彼女との別れはそれほど劇的なものではなかった。彼女が転校して、一ヵ月後にさよならの手紙が届いた。遠距離恋愛なんて続ける自信がなかったから、ごく普通に受け入れた。彼女が好きだという思いは残っていたが、時と共に風化されると思っていた。当りだ。いまの俺の心にはなにも残っていないはずだ。
「なら、いいけど。じゃ、ファミレス行こうぜ」
「だから、行かないって」
「じゃあ、どこ行くよ?」
「いつものとこでいいだろ」
「またぁ? ほんと飽きないね、俺たち」
 下駄箱の所まで来ると、校庭の方から部活をしてる連中の声が聞こえてきた。それで思い出した。
 校庭の端に花壇がある。彼女がまめに面倒を見ていた花壇だ。彼女が転校した後は、俺が水をあげていた。別れた後も、たまにそれを続けている。
 勇介に断ることなしに校庭へと足を向けた。
「ん? どした?」
 勇介の声が後ろからついてくる。
 花壇には前と同じようにいくつかの花が咲いていた。見覚えのない花もある。彼女がいなくなった後も誰かが手入れをしているのだろう。
 彼女の好きなのは赤い花だった。名前は、何度も聞いたはずだが忘れた。今は花壇の隅で咲いている。
 近くの水道にホースを繋いで軽く水をやる。誰かが面倒見ているのなら俺がすることじゃないかもしれないけれど、なんとなくしてしまう。
「お前さ、やっぱ引きずってんじゃないの?」
 横に立つ勇介が馴れ馴れしく肩に手を掛けてきた。
「違うって」
「じゃあ、なにしにここ来たんだよ?」
「ちょっと気になっただけ。さ、行こうぜ」
 ホースを片付ける。勇介はなにも言わなかった。肩をすくめてみせたりはしたかもしれないが、俺は見もせずに歩き出していた。
 校門を出る時に同じ二年の立原達に追い抜かれた。入学式の後で三年生とやりあったという噂のある立原と、取り巻きの二人。一年の時からその三人に目を付けられている関口の四人だ。三人は大声で話しながら駅の方へと歩いていく。四人分の鞄を持った関口がその後に続く。
「あいつらもほんと懲りないよな。いじめなんて、高校に入ってまですることじゃねぇよ。もっと有意義に過ごさなきゃ、時間の無駄だぜ」
「そうだな」 
 呆れた口調の勇介に俺も同意する。それだけだった。助けたりとかはしない。俺達には関係ないことだし、関わり合いになるのは億劫だ。でも、違う考えをする奴もいた。彼女がそうだった。
 一年の時は全員が同じクラスで、立原の我が儘っぷりや関口に対するいじめは一学期から目立っていた。しかし、みんなは見て見ぬ振りをしていた。彼女だけが違った。何故か彼女は立原達に食って掛かることが多かった。別に正義感が強いとかそういうことはなかったはずなのに、何度か関口を助けたりもしていた。当然、立原達からは煙たがれたし、クラス内でも浮いていた。それでも孤立することがなかったのは、その頃から付き合っていた俺が側にいたのと、社交性抜群の勇介が巧みに庇っていたからだ。
 俺がぼんやりと立原達の後姿を眺めていると、勇介が心配そうに話しかけてきた。
「おい、おかしなこと考えてるんじゃないだろうな?」
「おかしなことってなんだよ?」
「立原に関わろうとかしてないか? 関口助けようとか」
「するかよ。面倒臭い」
「ならいいけど。あの娘の影響で、おかしな正義感に目覚めたりしたら困るからな」
「目覚めるか、そんなもん」
 否定してから思い出した。彼女が立原に食って掛かったのは、あいつが花壇を荒らしたからだ。花を愛でる気持ちのない奴は呼吸する資格がない、なんて過激なことを言ってたっけ。
 ――そんな理由で突っかかって、殴られたりしたら嫌だろ?
 俺が言うと彼女はまっすぐな瞳で、力強く答えてくれた。
 ――殴られるのは嫌だけど、それを理由に躊躇するのはもっと嫌。私は花が好きだから、凛々しく咲き誇る花が好きだから、そういうふうにありたいの。
 まったくわからなかった。でも面倒だったから、そうなんだ、と受け流した。彼女が好きだったから、それでも構わないだろうと思っていた。好きでありさえすればいい、なんて根拠もなく思い込んでいたんだ。



 駅の近くにあるバーガーショップが俺達のいきつけだ。二階の窓際の席に陣取り、ポテトを口に運ぶ。
「なんか、退屈。面白いことねぇかな」
 勇介が呟く。それに答えず窓の外を眺めてると、頭に花の飾りをつけた女子高生が通り過ぎた。
「なぁ、花好きか?」
「別に。興味ねぇよ。あ、でも、女って花あげると喜ぶって言うよな。本当かな。今度花持ってナンパしてみようか」
「お前そればっか」
「いいだろ、誰にも迷惑かけてないんだから」
「花はナンパの道具じゃねぇよ。愛でるもんだ」
 言いながらも、よくはわかっていない。愛でるって、綺麗だとか、可愛いとか思うってことなのか? それなら俺だって思う。でも、花ばかり見てそんなこと思ったって退屈なだけだ。
「俺は花より女の子を愛でてたいよ」
「俺もだ」
 頷いて、最後のポテトを手に取る。
「お、あれ見ろ。立原だ」
 不意に勇介が窓の外を指差した。目を向けるが通りのどこにも立原の姿はない。
「違うって。ゲーセンの中」
 その指は斜め前のゲームセンターに向いていた。最初は見えなかったが、自動ドアが開いたときに見えた。入り口側にあるクレーンゲームの所に立原が立っている。
「あいつクレーンゲームって柄かよ。ちぇっ、この後ゲーセン行きたかったのに。あいつがいるなら他所行くか」
 立原がいるってことは他の奴等もいるんだろう。関口も、相変わらずだろうな。彼女なら、こういう時席を立ったりするだろう。関係ないことなのに。花壇を荒らされた。それはたぶんきっかけにしかすぎないんだ。自分らしく、花のようにあるために、彼女はきっと席を立つ。俺は特になにがしたいというわけじゃないが、仕方なしに後に続くんだ。
「なぁ、お前、映画好きだよな? 好きな映画の真似ってしたりする?」
「はぁ?」
 いきなりの質問に勇介が変な声をあげる。
「映画の真似? するわけないだろ。ガキじゃあるまいし」
「だよな」
「あ、でも、ロマンチックな映画を見てさ、参考にする時はあるよ。粋な台詞とか、真似したりするかも」
「麻美に言ったりするのか?」
「あとナンパの時とかな。それに格好良いキャラなんかいると憧れて、あ、そっか、真似したりするな。映画ってか登場人物の真似」
「そうか。やっぱするか」
 彼女の場合も同じことなんだろうか。花が好きで、花のようにありたい……。う~ん、よくわからない。
「で、それってなんの話?」
「花の話。花のようにあるってどういうこと?」
「……さぁ、電波系ってこと? あるいは、綺麗でいたいとか、素敵でいたいってことかな」
「いじめられてる奴助けたりするのって素敵か?」
「ダサいね。善人ぶってて。でも、時にダサいことはすごく格好良かったりするよな」
「そうか」
 考えながら席を立った。
「おい、ちょっと待った。やめとけって。面倒なことになるぞ」
 最もな意見だ。たぶん、俺も口にしたはずだ。
「でも、気になるんだよな」
「立原がか? それとも関口か?」
「彼女が。正確には、彼女の考えが」
「マジかよ。やっぱ引きずってんじゃん」
 勇介が頭を抱える。
「引きずるっていうか、やっぱ気になるだろ。別れたことはもうどうでもいいんだけどさ、一体なに考えてたのかって。付き合ってたのに、俺よくわかってなかったから」
「別れたんだからいいじゃん。ほっとけよ」
「別れたからだろ。別れたから、なんか気になるのさ」
 階段を降りて、店の外に出る。一人だ。勇介はきっと心配そうな顔で、窓の外を覗いているに違いない。
 ゲームセンターの中は賑やかだった。学校帰りの生徒がたくさんいる。うちの制服を探すと、店の奥にいた。四つ並んだ筐体に座り、レーシングゲームをしている。
 声を掛けて少し話すと、トイレに行くことになった。想像通りの展開だ。喧嘩の腕は人並みだが、覚悟を決め気合を入れる。
 立原の一撃は強烈だった。腹に一発くらっただけで、膝をつきそうになる。
「なにがあったんだ? お前こんな風に善人ぶるキャラじゃなかっただろ」
 余裕のたっぷりに立原が俺を見下ろしている。
「なんとなくだよ。なんとなく、お前等が気に食わなくなったのさ」
 歯を食いしばりながら、なんとか身体を起こす。
「で、なんとなく痛い目にあわされたいわけか。女の趣味といい、ほんとおかしな奴だ」
「うるせぇ」
 顔面めがけて右拳を突き出す。あっさりと防がれた。相手の拳が来た。かろうじて躱せた。しかしよろめいてしまったために、次の蹴りはまともにくらった。
 痛い、もの凄く痛い。
 なんで俺こんなことしてんだろ。わからない。わからないから、ここでは引けない。
 俺は突進した。体当たりに立原はびくともしなかったが気にしなかった。狙いはそこじゃない。足だ。
 力を込めて踏みつけると、さすがに顔をしかめた。その顔面を思い切り殴りつけてやった。きれいに決まった。
「てめぇ」
 顔を押さえる立原の口調が変わった。
 突き出される拳はさっきよりもはるかに早く力強かった。我ながらよく防げたもんだ。それでも、ふらついて背中が壁に当る。前蹴りも半端なかった。腹にクリーンヒットし、今度は膝をついた。
「あんま調子乗ってんじゃねぇぞ」
 立原が俺の前に立つ。その時、トイレのドアが開いた。
「うわぁ、ひょっとして間に合わなかった?」
 相変わらずの口調。勇介が見張りの二人を押しのけ強引にトイレに入ろうとしている。
「なんだ、勇介。お前もやる気かよ?」
 立原が振り向いて、挑発するように勇介を見る。
「冗談だろ。俺は喧嘩なんてしないよ。かったるい。でも、友達は助けるよ」
「どうやって?」
「頭を使ってさ」
 勇介が携帯を取り出す。
「このままポリに電話してもいいし、知り合いにメールを送ってもいい。こういう時のために人付き合いを良くしてきたんだ。味方は俺の方が多い」
「数だけで勝てるつもりか?」
「学校で孤立したいのかよ。つらいぜ、ひとりぼっちってのは」
 立原が無言のまま勇介を睨んでる。
「これで終わりってのでどうだ? お前だって暇つぶしにやってただけじゃねぇの。関口のことだって、もういい加減飽きてきてんだろ」
「ちっ」
 舌打ち一つして立原がトイレの外に向かった。
「興醒めだ。お前等うっとうしいんだよ。善人ぶりやがって」
 そのまま取り巻きの二人を連れて外に出て行く。
「ギリギリセーフかな?」
 心配そうに勇介が覗き込んでくる。
「アウトだ。助けに来るならもっと速く来いよ」
 ゆっくりと立ち上がる。腹が痛い。当たり前だけど、腹が猛烈に痛い。
「演出上の都合でな。ヒーローは遅れてやってくるもんなのさ」
「なんだ、それ」
「あ、あの」
 関口が話しかけてきた。腹を押さえてる俺は、前屈みのまま視線を向けた。
「ありがとう、助けてくれて」
「いいよ、別に」
 急に恥ずかしくなってきた。真顔で礼を言われるとさすがに照れる。
「結局、俺はなにもできなかったんだし、ダサいところを見せただけさ」
「それでも、立原の前に立ってくれた。なんとなくなのかもしれないけど、僕はそれが嬉しくてしょうがないんだ」
 関口が笑顔を見せる。俺には理解できないことで、さらに恥ずかしくなってきたから、おもわず目を逸らしてしまった。でも、胸にあるこそばゆい気持ちは悪いものではなかった。
「おい、そろそろ出ようぜ。こんな所いつまでもいるもんじゃないだろ」
「ああ」
 勇介に促されてトイレを出た。
「で、どうよ? 彼女の気持ちは理解できたのか?」
「さっぱりだ」
 俺は首を横に振った。バカな事をしたと今更ながらに思う。こんなことをしたって、彼女のことなんかわかるはずないのに。けれど、不思議と無駄な事をしたとは思わなかった。僅かだが、得るものがあったからだ。それは、ささやかな充実感。
「ねぇ、良ければさ、この後どこかに行かないかな?」
 控え目な口調だった。関口に誘われるのは初めてだ。学校でも、自分から人に話し掛けるのはあまり見たことがない。
「いいけど、どこ行く?」
「ファミレス行こうぜ。かわいい娘がバイトしてんだよ」 
 勇介が俺の肩に手を掛けてきた。
「またそれかよ」
 うんざりしながらその手を払う。
「あれ、二人とも彼女いるんじゃないの?」
 関口が野暮なことを聞いてくる。
「俺はいるよ。でも気にしない。俺はそういうタイプだから。こいつは独り。振られてもう半年」
「うるせぇ」
 余計なことを、と睨みつける。
「え、あの娘と別れたの? なんで?」
 関口は心底驚いてるようだ。
 遠距離だから。別れた理由はそれだと思っていた。でも、違うんだ。きっと、近くにいても別れたと思う。俺は彼女が好きだったし、愛してるつもりだった。
 あくまで、つもり。
 実際には彼女のことなんて少しも理解していなかったし、見ているようで見ていなかった。こんなんで愛してるって言っても通用するわけがない。
 別れたのは、俺がなにもわかってなかったから。彼女のことも、自分のことも。
「お前、花好き?」
「花? あのお花?」
 唐突な俺の質問に、関口がびっくりして聞き返してくる。
「そう、あのお花」
「好きですよ」
 意外な答えが返ってきた。
「え、マジで」
 勇介も驚いてる。
「なんで?」
「だって、綺麗だし、それになんかロマンチックじゃないですか」
 呆然と勇介が口を開けている。俺も同じだ。
 まさか関口が花好きだとは。しかも理由がロマンチックだからだなんて。似合わないにも程がある。
 でも、そうか。ロマンチックか。なるほど、そうかもしれない。確かに花はロマンチックかも。女の子が好きになるのもよくわかる。そして、俺にそれが足りないのも。
「それだ、関口」
「え?」
「それが理由で俺は振られたんだ」
 なんだか無性におかしくなってきた。堪えられずに笑い出す。勇介も笑ってる。
「え、なにがおかしいんです? 僕なにかおかしなこと言いました?」
 花はロマンチック。そんなこと言ったら彼女は笑うだろうか? 頷くだろうか? まさか怒りはしまい。あの頃の俺がそんな考えを持っていたら、今とは違う結果になっていたかもしれない。後悔をしているわけじゃないが、少しだけ興味がある。相変わらず彼女のことはわからないままだけど、少しだけ違っていたかもしれないなにかに、興味がある。
「よし、花屋行くか」
「えー、本当に?」
 訳がわかっていない関口がいきなりの展開に驚いてる。
「本当だ。当たり前だろ」
「いいねぇ。じゃあ、花束持ってファミレス行こうぜ。それで、ロマンチックに口説き落とそう」
「お前、ほんとそればっか」
 ゲームセンターをを出て、花屋に向かう。色取り取りの花を前にああでもないこうでもない言い合う。
 花が好きな彼女と別れ、あの頃見向きもしなかった花を俺はいま買っている。面倒臭がった花壇の水撒きも続いてる。なんでかなんてわからない。それでもいいんだ。とりあえずいまは味わってみる。よくわからないロマンチックってやつを。

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