サイクリストの間では有名なしまなみ海道の島の一つ「大三島」の北に位置するところに「大久野島」という小さな島があるのですが、ここは第二次世界大戦中、国際法で禁止されていた毒ガスの製造が行われていた島です。
現在では
休暇村(BGMがかかります)ができ、多くのウサギと触れ合える「ラビットアイランド」として観光客が訪れているのですが、当時、政府は地図からは消し、秘密裏に毒ガス製造を行っていたとのことです。
そしてこの工場で働いた人たちは、毒ガスが皮膚に付着したり吸引したために、重篤な呼吸器疾患や皮膚疾患にさらされることとなったのでした。
しかし一方で「認定患者」として国から補償を受けられているのは約1割程度。原爆同様、患者の高齢化やすでに亡くなっているかたも多くいるそうです。
本書は、原発や公害などを題材にしたドキュメンタリー写真を撮影している写真家、樋口健二氏のモノクロ写真と被害者のインタビュー、広島大学教授や病院の院長による寄稿などで構成されています。
「わしらは国家から捨てられた乞食よ。使うだけ使って知らん顔だ。資本家と官僚、それに政治家が結びついてんだから、わしら毒ガス患者5000人を人間と思っておらんのだよ。」(76歳男性*)
「わずか4000人の人間を救済するなんて国にすれば簡単ですよ。それをやらないのは国際法を無視して毒ガスを作ったというメンツの問題でしょう。」(73歳男性*)
* 取材当時の年齢
この毒ガス工場に関する重要書類は敗戦と共に焼却されたため、正式な従業員等の名簿は存在していません。
そのため、毒ガス後遺症の研究を進めるにも苦慮したようです。
一部の元従業員から情報を募り、人づてにかき集め、調査が進められたとのことです。
また、元陸軍でこの工場で指揮にあたっていたかたは当時を振り返り自責の念を抱きつつ、「被害者自身も今少し被害者意識に目覚めて欲しいのです。戦時中に政府が地図からこの大久野島を抹殺した力は、いままたその事実すら末梢しようとしているのです。」と語っています。
「国家の、国際信義にもとる毒ガス製造の事実を認めるわけにはいかないという国の「面子」という巨大な壁の前で、自らの加害者を告発しようともしない被害者たち。」という表現からは、大きな権力の前で全くの無力である被害者たちの現状を的確に言いあわらしています。
瀬戸内海に浮かぶ美しい島で行われていた毒ガス製造とその被害者たち。
戦時中は誰もが「国のため」に悲惨な体験を強いられ、重要な事柄は秘密にされ真実は明かされず、そしてその証拠となるべき書類などは全て廃棄されてしまいました。
倫理や人権をないがしろにする国家は責任など取ろうはずもないし、弱者を力でねじ伏せることを何とも思わない。
しかし一方で、
「あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。」(何度も引用している箇所ですが・・・)
と、故伊丹万作氏が「
戦争責任者の問題」で書いた頃と今の我々は変わってきたでしょうか。
同じような悲劇を繰り返さないためには、私たちはどうしたらいいのでしょう。
今、まさに個人がそれを真剣に考える時がやってきているのではないでしょうか。
そんなことを強く感じさせられた一冊でした。