ロシアの「イスラム国」空爆は相当な成果をもたらしている。一方この空爆によって、アメリカは過去1年半ほど「イスラム国」を空爆してきたものの、その攻撃は真剣に行なわれていなかった事実が明白になった。むしろ「イスラム国」が米・英軍から積極的な支援と武器の供与を受けているのは明らかだ。(『ヤスの備忘録』連動メルマガ・高島康司)
IS支援の米国が打倒めざす「アサド政権」支持率55%の衝撃
ロシア軍のシリア空爆
9月28日、ロシアはシリアの「イスラム国」の拠点である「ラッカ」を中心に激しい空爆を開始した。すでに120回の空爆が実施され、「イスラム国」および、「アルカイダ」に相当な被害を与えている。
ロシア軍参謀本部によると、今回の空爆で「イスラム国」はパニックに陥っており、すでに600人の戦闘員が攻撃を避け、ヨーロッパに逃れたとしている。
また、「イスラム国」のほか、「アル・ヌスラ戦線」「ジェイシュ・アル・ヤルムーク」のなどのテロ組織の戦闘員3000人以上が、シリア政府軍の攻撃とロシア空軍の空爆を恐れて、シリアからヨルダンへ逃げたと伝えられている。
さらに、10月7日にはカスピ海からロシア海軍の4つの艦艇から26発の巡航ミサイルがシリアに向けて発射され、ロシア空軍のみならず海軍も「イスラム国」撃滅の作戦に参加した。
ちなみに巡航ミサイルはイランとイラク上空を通過してシリアに着弾するため、両国の空域上空を飛ぶ許可が必要となる。イランとイラクはロシアにこの許可を与えていた。
アメリカ軍の「イスラム国」支援
このように、ロシアの「イスラム国」の空爆は相当な成果をもたらしている。一方この空爆によって、アメリカは過去1年半ほど「イスラム国」を空爆してきたものの、その攻撃は真剣に行なわれていなかった事実が明白になった。
このメルマガの読者であれば覚えているだろうが、「イスラム国」がアメリカ軍とイギリス軍の積極的な支援、ならびに武器の供与を受けていることはあらゆる証拠から明らかになっている。
アメリカは、イスラエルに敵対しているシリアの「アサド政権」の打倒 を最優先に考え、これと敵対している反政府勢力の「イスラム国」をむしろ支援する動きをしていた。
また「イスラム国」は、中東でイスラエルに挑戦する能力のある国家をすべて壊滅し、中東を恒常的な混乱状態に置くというイスラエルの戦略を実行するためのツールとして利用していた。
そのため、中東における「イスラム国」の拡大とそれによる中東全域の流動化は、イスラエルとこれを支援するアメリカとイギリスにとっては好都合な状況であった。
このような状況のため、アメリカは建前では「イスラム国」の空爆を実施していたものの、「イスラム国」の軍事拠点や施設の破壊は回避し、「イスラム国」の戦闘能力に実質的に関係のないターゲットだけを空爆していた。
今回、ロシアの空爆が相当な成果を上げることによって、これまでアメリカの実施していた空爆が単なる建前だったことがはっきりした。
アメリカの強い反発
このような成果を上げているロシアに対して、「アサド政権」の打倒を最大の目的としているアメリカとイギリスは激しい怒りをあらわにしてロシアを非難している。
アメリカは、「ロシアの空爆は『イスラム国』の拠点を外しており、アメリカが支援しているイスラム原理主義ではない反政府勢力の『自由シリア軍』や、多くの民間人が犠牲になっている」と主張している。
ちなみに「自由シリア軍」とは、「アサド政権」に反発してシリア政府軍を離脱したシリア政府軍の将兵が結成した組織である。
これに対してロシアのラブロフ外相は、「自由シリア軍」のメンバーのほとんどは「イスラム国」に寝返り、現在は組織としては存在していないとしている。
事実、ラブロフ外相の発言の少し前に米上院軍事委員会で行われた公聴会で証言した米中央軍のオースティン司令官は、米軍が訓練した54名の反政府勢 力の戦闘員のうち、多くが「イスラム国」に寝返ってしまい、4名から5名しか残っていないと証言した。ニューヨークタイムスが掲載した記事でも、アメリカ の反政府勢力の支援は完全に失敗したとされている。
また民間人が犠牲になっているとのアメリカとイギリスの主張が根拠にしているのは、「シリア人権監視団」というイギリスに本部があり、シリア国内からの情報を根拠に「アサド政権」の人権弾圧を告発している団体の主張である。
この団体は亡命シリア人のラミ・アブドル・ラーマンという人物が設立した組織である。会員はこの人物一人がいるのみだ。
多くの欧米のメディアはこの組織が提示する民間人死亡者数をそのまま報道しているが、フランスの通信社は、「この団体が信頼できない組織だということははっきりわかっているが、この世界は競争が激しいから、われわれはそれでも彼らの数字を流し続ける」と言い、十分に信頼できない組織であることを認めている。
「イスラム国」と一体化した「自由シリア軍」
現在欧米とロシアの間で激しいプロパガンダ戦争が行われており、「自由シリア軍」が存在しているのかどうか、またロシア軍の空爆で多くの民間人の犠牲者が出ているのかどうか分からない。
しかし、フランスの通信社「エイジェンス・フランスプレス」が2014年9月12日に配信した記事では、シリアの首都ダマスカス郊外で「自由シリア軍」と「イスラム国」との間で相互不可侵協定が結ばれ、現在は「自由シリア軍」と「イスラム国」の組織は一体化していると報じている。
欧米や日本では、ロシアの空爆による「自由シリア軍」の被害を報道しているが、もはや「自由シリア軍」は「イスラム国」に吸収されてしまっており、ロシアの言い分の方が正しいように見える。
思いのほかシリア国民の支持が高い「アサド政権」
ところでロシアは、「アサド政権」を支援し、政権の崩壊を防ぐ意志をはっきりさせており、「イスラム国」のみならずすべての反政府勢力を攻撃の対象としている。
これは「アサド政権」の打倒を目標にしているアメリカには絶対に許すことのできない暴挙として映る。
このため欧米のメディアでは、国民を残虐に抑圧する独裁政権の「アサド政権」こそ「イスラム国」のようなイスラム原理主義勢力が拡大した原因であり、国民の支持を完全に失った「アサド政権」の打倒こそ急務であるとのキャンペーンを展開している。
ところが、「アサド政権」の国民の支持率が思っても見ないほど高い事実が次第に明らかになってきた。シリアで民主化要求運動が続いていた2012年、カタール政府は世論調査機関と契約し、「アサド政権」の支持率を調査した。2012年の支持率は55%であった。
そして2015年、9月に英大手の世論調査機関『ギャロップ』が調査したところ、圧倒的に多数のシリア国民がアメリカこそ「イスラム国」を支援する敵であると認識している事実が明らかになった。
以下が調査の結果である。数字はイエスと答えた人々の割合だ。
- 「イスラム国」はアメリカと外国が支援して作った組織である。82%
- 外国人勢力の介入は内戦を悪化させた。79%
- 国の分裂には反対だ。70%
- シリア人は分裂を乗り越えて一緒に暮らすことができる。65%
- 外交的な解決策はある。64%
- 状況は悪化している。57%
- 政治的な解決策がもっともよい。51%
- アメリカが主導する空爆には反対だ。49%
- 「イスラム国」はよい影響を及ぼしている。22%
- アサド政権下の生活よりも現在のほうがよい。21%
この調査には「アサド政権」の支持率に関する質問はないが、「アサド政権下の生活よりも現在のほうがよい」と答えているシリア国民は21%しかいないので、圧倒的に多数のシリア国民が「アサド政権」を支持していると見て間違いないだろう。
ロシアが「アサド政権」を支えるために空爆に踏み切った背景には、シリア国民のこうした支持率の高さがあるようだ。もし「アサド政権」が国民の支持がほとんどない独裁政権であったのなら、これを支援するロシアの空爆は国民の強い反発を招き、内戦を悪化させる結果になる。
こうした状況は、勢力の拡大を狙う「イスラム国」などのイスラム原理主義テロ組織にとってはかっこうの状況になるはずだ。おそらくロシアはこうした状況も踏まえ、軍事介入に踏み切ったのだろう――
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